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千早館の迷路(ちはやかんのめいろ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/8/25 6:46:35 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


     6

 帆村は急に先を急ぎ出した。
 彼は千早館の前に通っている道を奥へ取って、老婆の話にあった、聖弦寺せいげんじを一覧した。それは今にも化けそうな荒れ寺であった。ぷうんとするかびくさい臭気を犯して、中へ入ってみたが、どの部屋もみな畳はみんな腹を切ってぼろぼろでここで炊事をしたり泊ったりすることは、出来ないことを確めた。
(では、田鶴子がこの土地へ来ているものなら、必ずあの千早館へ入りこんでいるに違いない。どこかに、あの女が出入りしている秘密の戸口があるに違いない。よし、それでは正攻法だ)
 帆村のはらは決った。彼は千早館の前を通りぬけ、どんどん反対の方向へ春部を連れていった。約五丁ばかり東南へ行ったところに、下に池を抱えた一つの丘陵があって、松の木が生いしげっていた。その丘陵へ帆村はずんずん登っていった。
「ここならいい。これから我慢くらべだ」
 春部が聞き返したが、帆村は、しばらく自分のすることを見ていれば分るといって、彼の持っていた洋杖ステッキの分解を始めた。
 まず洋杖の柄を外し、あとの棒をがたがたやっていると、それはいつの間にか三脚台に変った。次にその洋杖の柄を縦に二つに割ったが、それを見ると、中には筒に入ったレンズやその他いろいろな精巧らしい器具がぎっしりまっていた。帆村はその中からいくつかの器具や部品を取出し、それを三脚台の上に取付けた。もう誰の目にもはっきりそれと分る望遠鏡が出来上った。帆村はクランプをまわして望遠鏡の仰角をあげると、その焦点を調整した。
「ああ、千早館をここから監視なさるのね」
「そうです。今、よく見えています。交替で監視を続けましょう。そして、もし誰かが千早館を出入りするようだったら、それはどこから出入りするのか、よく見定めるのです。……しかしこの仕事は退屈ですよ。まず三十分交替としましょう。始めはもちろん私がやります。あなたはそれまでぶらぶらそこらを歩くなり、草の上で仮眠うたたねをするなり好きなようになさい」
 この仕事が如何に退屈なものであるかは、それからいくばくもなくして二人によく分った。さすがの帆村も、二時間目には退屈して下の池まで下りて散歩をした。それから戻って来た彼は、カズ子と、見張りを交替して、池の話をした。
「変った池ですね。水が牛乳のように白いですね。多量に石灰を含んでいる。しかしこの辺は他に石灰質のところを見かけないんだが、あの池だけが石灰質の池なのかなあ。そんなことは有り得ないと思うが……」
 そんなことをいわれたので、春部カズ子はその池へ興味を持って、下へ降りていった。
 その春部は十五分ほど経つと、息をせいせい[#「せいせい」はママ]切って帆村のところへ駆け登って来た。
「た、大変よ。恐ろしい発見をしたんです。ちょっと来て下さらない、池のところまでですの」
 春部はこれまでいつも面憎つらにくいほど取澄とりすましていたが、このときばかりは若い女子動員のように騒ぎ立てた。
「困りましたね。なにか重大なものを発見したらしいが、この千早館の監視は一秒たりとも中断することが出来ないのです。一体何ですか、あなたの発見したものは……」
「あの人の着ていた服地です」
「えっ、何といいました」
「田川のいつも着ている服の裏地なんです。それがこまかく切られて、はさみでつまんだ髪の毛のようになっているんですが、それが池の中に浮いているんです……」
「間違なしですか。見誤りじゃないでしょうね」
「いいえ、決して間違いではありません。わたくしは念のために、竹を拾って池の水にけ、そのこまかく切られた服の裏地をそっと引揚げたのです。これがそうです。この瑠璃るり色とくちなし色と緋色の絹糸を、こんな風に織った服の裏地は、わたくしがあの人へ贈ったもので、他にはない筈のものです。どうしてあの人の服の裏地が、あんな池の中に浮いていたのか、ああ、恐ろしい……」
「なるほど。そうだとしたら、これは重大だ」
「ねえ帆村さん。千早館の入口を探すよりも、あの池をさらえる方が急ぎますのよ。もしもあの池の中に、あのひとの死骸が沈んでいたら……ああ、いやだ、いやだ」
「お嬢さん。気をしずめなければいけませんよ、まだ、そう思ってしまうのは早い……」
「でも、わたくしは、もうじっとしていられません。下へ行って人を呼んで来て、あの池をさらって貰います」
「待ちなさい、春部さん。今が大事なところだ、私が――」
 といいかけた帆村は突然口をつぐんだ。彼の全身の関節がぽきぽき鳴った。彼は望遠鏡にのしかかった。喘ぐように、彼の大きな口が動いた。
「……分りました。千早館の入口が……」
 帆村は望遠鏡から目を放して、歓びの色を隠そうともしなかった。
「今、ねえ、たしか田鶴子と思われる女が外から戻って来て、千早館の中へ入っていったのですよ。玄関の脇に、巧妙な仕掛がある。あんなところから自由に出入りしていたんです。さあ、急いで行ってみましょう」
「どっちへ行くんですか。千早館ですか、池の方ですか」
「ああ、池……。池へ行ってみましょう」

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