斥候隊の行方
火星人が、アシビキ号の乗組員に対して、どんな気持をもっているか、それはぜひ早く知りたいことだった。 だが辻中佐をはじめ、乗組員一同には、今のところ、火星人の気持を知っている者は、只の一人もいなかった。 しかし二少年を捕虜にしたという話だから、一応これは、火星人が地球人間に対して敵意をもっているものと思って注意をするがいいであろう。そう思った辻中佐は、総員に対して一時噴行艇の修理の中止を命令し、そして火星人に対しての警戒陣をしかせたのであった。 一同は、それぞれ武器をもって立上った。決死の斥候隊が五隊編成せられ、直ちに噴行艇を出発した。それは二少年と火星人の所在をつきとめるためだった。 約半数の乗組員は、噴行艇のまわりに立って、警戒の位置についた。 残りの乗組員は噴行艇の機関部その他に配置せられ、万一の場合には、故障のままでも、ともかくも月世界から離陸できるように用意をととのえて待つこととなった。 辻中佐は、アシビキ号幕僚と共に噴行艇の一司令所にたて籠って、どんな司令でも出せるし直ちに通信もできるような位置についた。 今なお大宇宙を予定の針路どおり飛んでいる司令艇からは、アシビキ号に向けて、たえず無電で問いあわせがあった。アシビキ号のことを、たいへん心配して、無電をうってくるのであった。 辻中佐は、斥候隊から、いい報告が入るのを、今か今かとまちうけていた。しかし彼らが出発してからもう一時間にもなるのに、何のいい報告も入らなかった。 “第一斥候隊報告。只今、ミドリ大溝を、カンガルーの如く飛び越えたところ” だとか、 “第二斥候隊報告。只今、サギ山の頂上にあり、附近を念入りにしらべたるも、何の手がかりなし” だとか、どの報告も似ったりよったりであった。 五つの斥候隊のうち、どうしたわけか、第四斥候隊だけが、出発以来、何の報告もしてこないのであった。 「どうしたんだろうなあ、第四斥候隊は」 と、艇長辻中佐は、幕僚をふりかえった。 「さあ、どうしたわけでしょうか。こっちからも、さっきからたびたび第四斥候隊あてに、無電で信号呼出をうっているのですが、更に応答なしです」 「無電機がこわれたのかな」 「さあ、そんなことはまずないはずだと思います。こっちを出かけるときに、そういう機械るいは充分に点検をしていくことになっていますから、故障のはずはありません。しかし、ひょっとすると……」 と、この幕僚は、そこで次の言葉をのみこんだ。 「なんだね、ひょっとするとどうしたというのかね」 「いや、あまり不吉な言葉をはいては申わけないと思い、ためらっているのですが……ひょっとすると、第四斥候隊は火星人の猛撃をうけて、どうかなったのではありますまいか」 「おお、そうか。火星人の猛撃をくらって、どうかしたのではないかというのか。ふうむ」 辻中佐は、腕組みをして、頭を左右にふった。 「わしは、そうも思わないが、なにしろ何もいってこないし、こっちから呼び出してもへんじをしないのだから、こいつは困ったものだ。もうすこしまってみよう」 辻中佐は、机上にひろげた月世界の地図へ再び目をおとした。しばらくたって、中佐の背後に、壁に向けてすえつけてある無電配電盤の前で、受話器を頭にかけて、しきりに連絡をとっていた無電員の一人が、とつぜん大きなこえをあげた。 そのこえが、あまりに大きかったので、艇長も幕僚も思わずその方をふりかえった。するとその無電員は一枚の受信紙をつかんで、幕僚の方へふりながら、 「たいへんです。第五斥候隊からの救難信号です。そして、その信号の途中で、無電が、はたと切れてしまいました。この電文をごらんください」 と、無電員は、はあはあ息を切らしている。よほどおどろいたものらしい。 その受信紙は、直ちに艇長の前にひろげられた。電文には始めは規定どおりの救難信号があって、そのあとに本文がはじまっていたが、 “……人間大の怪しき甲虫の形をした怪物およそ十匹にとりかこまれた。わが携帯用無電機を眼がけて、拳をふりあげて来る。無電機をこわすつもりか……” そこで電文は切れている。 ああ第五斥候隊の遭難! さきに第四斥候隊が行方不明で、心配しているとき、今また第五斥候隊がとつぜん怪物団にとりかこまれたという。この怪物団とは、火星の一隊であることにまちがいはない。 月世界のうえにまたもや血腥い事件がもちあがったのである。辻中佐はじめ、アシビキ号の乗組員たちは、底しれぬ戦慄の淵へなげこまれた形であった。
皿のような乗物
「おい、無電員。今の第五斥候隊の位置は、わかって居るか」 「はい。大体見当はついております」 「今の最後の無電をうってきたとき、方向探知器で、その電波の発射位置をたしかめて置いたか」 「は。それはとうとう間に合いませんでした。しかし、その十五分前に来た電波で方向がしらべてありますから、まずそれで間に合うと思います」 「その地点はどこか」 「ヨーヨーの峡谷です。大砲岩から、北の方へ十キロばかりいったところです」 「ふん、ヨーヨー峡谷か」 辻中佐は、地図の上に、ヨーヨー峡谷の所在をさがして、その上に赤い三角旗のついたピンをつき刺した。 「救援隊に出発を命令せよ、二ヶ隊を送るのだ。急がなければならないぞ」 辻中佐は命令した。 命令一下、幕僚は直ちにマイクをもって、艇外に待機中の予備隊二ヶ隊を救援隊として出発させた。 いよいよこれは大きな戦闘になるであろう。棲むことにさえ慣れない月世界の上において、地球人間よりは、ずっとすぐれた頭脳の持主であるといわれる火星人と闘うのであるから、これは一大覚悟を要することだった。 艇員の顔は、曇る。同胞が今危難に苦しんでいるのだと思うと、胸がしめつけられるようであった。 どうなるであろうか、この戦闘は。 月世界の上の大乱闘の末、もしアシビキ号の乗組員が一人のこらず火星人のためにたおされてしまい、その上に噴行艇さえ奪われてしまうようなことがあったら、これは一大事である。それは大宇宙遠征隊のために一大事であるばかりか、ひいては地球人類のために一大事であった。なぜならば、火星人は、地球人類を見くびって、それからさき、どんなことをむこうからしかけてくるかわかったものではない。 だから、ここでわが地球人類は、どんなことがあっても、火星人に負けてはならないのであった。いま辻中佐の頭の中には、とっさに、あれやこれやと策略が渦まいている。どの作戦をとりあげたら、火星人をうちまかすことができるであろうか。 もっと、火星人の様子が知りたい。火星人がどんな風に出てくるのか、それを知りたい。それが分らないかぎり、こっちからうつべきよい手が考えられない。 「おい無電員、何か現場よりの報告は来ないか」 「はい。あれきりです。新しい報告はまだ一つも入りません」 「そうか。ふうむ」 そういっているとき、無電配電盤に、ぱっぱっと、監視灯がついたり消えたりした。 「おや、第四斥候隊が、こっちを呼んでいるぞ。これはめずらしい」 「えっ、第四斥候隊それにまちがいがないか。今まで、何のしらせもなかった第四斥候隊か」 艇長は、席を立って、無電員の傍へやってきた。だが無電員はそれにへんじをしなかった。彼はむちゅうになって、無電をうけて、その電文を紙の上に書いているのであった。ああ、それはまちがいなく第四斥候隊からの始めての報告だった。 辻中佐は、いそがしそうにうごく無電員の手の間から、次のような電文を読みとった。 “第四斥候隊報告。わが隊は、すこし考えるところありて、火星人隊発見まで、電波を発射しないことを定めおけり。そのわけは、電波を発射せば、火星隊のために、かえってわが隊の所在をしらせることをおそれたるがためなり” 「なるほどなるほど」 艇長はうなずいた。 報告書は、なおその先があった。 “……わが隊は、アメ山より、対いのヒイラギ山のかげに火星人の乗物があるのを発見せり。火星人隊の総勢は約十名かとおもわれる。彼らの乗物は、その形、大きい皿の如く、その中央の出入口よりぞろぞろと現われるのを見たり。わが隊は、そのあとにて、アメ山を下りて、ひそかに火星人の乗物に近づけり。幸いに乗物には火星人の居る訳なし。しかも出入口は、明け放しになり居りたるゆえ、内部へ入りて見たり。その結果、われらは、風間、木曾の二少年を発見せり” 「ほう、二少年が見つかったそうじゃ」 “……さりながら、二少年は共に、人事不省のありさまにて発見せられたるゆえ、われらはおどろき、手当を加えつつあるも、いまだにそのききめなきはざんねんなり。われわれ二少年をこのまま連れ戻ろうとす。医療の用意をたのむ” 「ほう、二少年とも人事不省だそうだ。それをたすけて、第四斥候隊はこっちへ戻ってくるというが、うまくかえれるかどうか、わからない。すぐさま、第四斥候隊の方へも、救援隊を向けてやれ」 辻中佐は、心配の中にも、第四斥候隊の無事だったことを知って、ほっと一息ついたのであった。
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