火星のニュース
「なにをするって、君、わかっているじゃないか。つまりムーア彗星のところまでとんでいって、その超放射元素ムビウムとやらを採ってくるのさ」 「それはだめです。ここから、ムーア彗星までは、たいへんな距離です」 「たいへんな遠方でもよろしい。生命のあるかぎり、いけるところまでいってみようじゃないか」 「はあ」 「なにかね、そのムーア彗星は、これからのち、もっと地球に近くならないのかね」 「え?」 このとき、緑川博士は、すいぶん大きな声をだした。よほどおどろいたのである。博士の顔は、たちまち赤くなった。なぜ? (ああ、そうだった。自分としたことが、なんという間ぬけだったろう!) 博士は、われとわが頭を、拳でもって、ごつんと殴ったのであった。 「こら待て、いくら自分の頭だからといって、そうらんぼうに殴るとはいかん……」 「いや、大竹閣下。自分は、今閣下からいわれるまで実はたいへんなことを忘れていました」 「たいへんなことを忘れていた。それは何か。いってみなさい、それを」 「いや、外でもありません。そのムーア彗星が、やがてどのへんまで地球に近づくか、その計算をまだしてなかったのです」 「ふーん」 「そうだ。何ヶ月か何年か待てば、ムーア彗星は今よりもっと地球に近くなるかもしれない」 「そのとき、こっちから出かけていけばいいではないか」 「そうでした。閣下におっしゃられて、はじめて気がつきました。計算をしてみれば、よくわかりますが、これからのちには、きっと今よりも、ずっと地球に近づくときがあるはずです」 「じゃあ、すぐ計算にかかりたまえ」 「はい。どのへんまで近づくか、早くしりたいものですねえ」 「あわててはいかん。まちがいのない計算をたてたまえ。そのあとで、どうしてそのムビウムを採取するか、その仕掛けのことも考えるんだ。性能のいい噴行艇をそろえるにも、これから相当の日がかかるだろう、何年かあとに、一等近づいてくれると、こっちには都合がいいのだが……」 実戦の猛将でもあり、また航空技術にもすぐれている大竹中将は、早くもこれからの方針を頭の中にたてて緑川博士をはげましたのであった。 こういう秘話があってのちに、百七十隻の噴行艇から成る宇宙遠征隊が編成せられたのであるが、それは三年のちのことであった。そしてムーア彗星は、それからのち更に五年ののちに一等地球に近づくのであった。 これはつまり、その当時から八年後にムーア彗星は、一等地球に近づくのであって、すべて緑川博士の計算から出てきたものであった。 さきに、大宇宙遠征隊は、十五年の行程で出発したといったが、出発して五年のちにムーア彗星にあい、その後十年して、地球へ戻ってくる計算であった。なぜ帰りに十年もかかるかというと、全隊がムビウムを採取したのち、一つに集合するまでにもかなりの月日がかかるであろうし、いよいよそれを積みこめば、噴行艇の荷が重くなるため、帰り道は行くときより日がかかると思われるし、また万一何か故障があったときのことも考えて、充分安全なように、その十年という年月のゆとりをおいたのであった。 さて話は元へ戻る。ここは司令艇の司令室であった。 司令大竹中将が、めがねをかけて、書類をしらべているところへ、幕僚長が先頭に、数人の幕僚をひきい何か昂奮している様子で部屋へ入ってきた。 「司令。会議の時刻になりました」 と、幕僚長がいえば、大竹司令は、めがねをはずして、 「おお、もうそんな時刻になったか。今、例の火星世界の偵察報告を夢中になってよんでいたが、中々前途多難じゃね」 司令のめがねは、火星世界の偵察報告の開かれたページの上におかれた。 「はい、司令。そのことでございますが、実は只今、ちょっと気になる火星世界のニュースがまた一つ入りました」 と、幕僚長は、手にしていた受信紙を司令の前に出した。 気になる火星世界のニュース? 一体、それはどんなことであったろうか。そしてそれは、今、月世界において、怪人群のため捕虜になっている風間三郎少年や、木曾九万一少年の身の上と、どんな関係があるのであろうか。
中佐のおどろき
司令は、めがねごしに、受信紙の上に書かれてある文字をひろう。 その文は、次のようなものであった。 偵察者213報告――火星人の月世界派遣隊により火星本国に向けて発せられた通信によると、その派遣隊は、地球人類の乗っている噴行艇一隻が月世界についたのを見た。また、その噴行艇の乗組員であるところの二名の日本人を捕虜にして、只今取調べ中である。なお、その噴行艇との間にはまだ戦いは始まっていない。 司令大竹中将の太い眉が、ぴくんとうごいた。 「ふーん、これは容易ならぬニュースではないか。のう、幕僚長」 司令は、そういって、机の前に立っている幕僚長の顔を見上げた。 「はい、はなはだ容易ならぬことでございます」 「月世界に、火星人の先遣隊がいっていたなどとは、わしは知らなかった。これは本当かな」 「は、月世界に不時着しましたアシビキ号に対し、只今連絡中でございますから、もうしばらくおまちねがいたいものです。しかし今迄の報告では、月世界は昔のとおりの無人の境地だと書いて居りました。もし偵察者213の報告が正しいものとすれば、容易ならぬことであります」 「そうか。早くアシビキ号の辻中佐を呼びだしてもらいたいものじゃ。二名の日本人が、火星人につかまえられたというが、どうしてつかまえられたものじゃろうか。一体、そいつは誰と誰なのか、それも早く知りたいものじゃな」 「は、ごもっともです」 「もし火星人と戦いを始めるようなことになれば、こっちは捕虜になっている者が二人もあるわけだから、相当こっちは不利じゃね」 「は、さようでございます」 「辻中佐の豪胆なることについては、わしも知らないわけではないが、そういう不利な態勢でもって、思いがけなく火星人と月世界の上で戦うのでは、ずいぶんとやりにくかろう」 司令は、辻中佐のため、かなり心をいためているようすである。 ああ火星人! 火星人が、月世界の上で二名の日本人を捕虜にしたといっているが、そうすると、その日本人というのは、風間三郎少年と、その仲よしの木曾九万一少年とのことではあるまいか。 多分それにちがいはなかろう。 すると、二少年をとりかこんでいるあの甲虫ともペンギン鳥ともつかない怪物こそ、これぞ外ならぬ火星人なのだ! おお何という奇怪な火星人のすがたよ! なぜ火星人は、まるで鳥のような形をしているのであろうか。ふくろうのような大きな目を光らせているのであろうか。なぜ、あのような細い脚をしているのであろうか。あの翅のようなものはほんとうに翅なのであろうか。 いちいち考えていくと、いちいちふしぎに思われることばかりである。 一体火星には生物がすんでいるらしいことはわかっていたが、それがどんな形のものか、知られていなかった。だから今度はじめて火星人の姿がわかったわけである。二少年こそ、はじめて火星人を見た地球人間である。 もし今、二少年にむかい、お前たちの目の前に立っている怪物こそは火星人だぞと、そっと耳うちをしておしえてやっても、彼らは多分それを信じないであろう。なぜならば、彼らは日頃から火星人もやはり地球人間と同じように、手もあり足もあって、人体と同じ形をしているだろうと考えていたからである。 司令艇からは、すぐさまこのことが、月世界に不時着中のアシビキ号に向けて、無電でもって知らされた。 この知らせをうけとった、アシビキ号の艇長辻中佐のおどろきは、大きかった。 「おい、火星人がこの附近にいると、司令艇から知らせがあったのだ」 「ええっ、火星人がこの月世界に……」 「そうなんだ。しかも、この火星人のために、日本人が二人捕虜になっているというが、誰と誰だろうか」 「日本人が二人? はてな、誰でしょうか。では、すぐ点呼をしてみましょう」 「それがいい」 辻中佐の命令で、非常呼集が行われた。 乗組員一同は、なにごとであろうかとおどろいて、仕事をそのままにして噴行艇内にかけこんだ。 点呼は行われた。たしかに二人足りない。それはもちろん風間少年と木曾少年の二人であった。 「ふーむ、艇夫少年二名が、火星人の捕虜になったのか、こいつは厄介なことが出来た」 艇長辻中佐は、うれいをおびた面持で、一同の前に立ち、アシビキ号の乗組員一同に対して司令艇から通知のあったようすをはじめて知らせたのであった。 「なに、火星人が、この月世界にいたのですか。それは意外だ」 「アシビキ号が、不時着で修理中のところをねらって火星人は一あばれする気だな」 乗組員たちは、拳を固めて、艇の外をにらんだ。
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