大悪人だ
「さあ、この隙に、国境まで急行しよう」 博士は、自動車のハンドルをとった。私たちの乗った車は、空中にまい上ったA型人造人間の破片が、まだ地上におちない先に、国境向けて、疾走を始めたのであった。 「向うに見えるあの丘陵を越えれば、国境は目の下に見えるのだ。あと七八十キロ!」 博士は、元気なこえで言った。 私たちの自動車が、丁度丘陵の下までやって来たときに、博士はなに思ったか、 「あっ!」 と叫んで、大急ぎで、ブレーキをかけた。 「どうしたのですか、モール博士」 と、私は、博士の背中越しにこえをかけた。 「また、人造人間部隊が現われた。あれを見ろ、行手の丘陵の上から、こっちへ向かって下りてくる」 なるほど、博士の目は早い。教会の垣根のように、整然と並んで、人造人間と思われる部隊が、例のすり足の行進で、ざくざくと、こっちへ向かってくるのであった。 博士は、車を停めると、双眼鏡をとりだして、新手の人造人間部隊をじっと睨んでいたが、 「おお、うしろに、ハンスがいるではないか。あいつ、ドイツ軍のまわし者だったんだな。ち、畜生!」 ハンス? 私は、双眼鏡をもっていなかったので、博士のように、ハンスの顔を、はっきり認めることが出来なかったが、しかし丘陵を駈け下ってくる人造人間部隊の一番後方に、一台の快速戦車があって、その掩蓋から、一人の将校が、首から上を出して、人造人間部隊を指揮しているらしいのが見えたが、多分それがハンスなのであろうと思った。 「おお、ハンス奴。ナチスの旗を立てている。なに、モール博士、降服しろと信号を送っているぞ。な、なまいきな奴だ」 博士は、かんかんになって怒りだした。そして、一層早口になって、ハンスを呪いだした。 「おい、ハンス。お前は、わしの持っていたB型人造人間の設計図をつかって、その人造人間部隊を作りあげたのじゃろう。双眼鏡で見ると、お前はたいへん得意らしい顔つきだが、B型人造人間なんて、A型人造人間同様に、不完全なんだ。見ていろ。わしが、この釦を押せば、その瞬間に、せっかくの人造人間部隊が、ばらばらになって空中に吹きとんでしまうんだ。さあ一つ、その豪華な爆発作業を見せてやるかな」 と、遠くにいるハンスに向って、モール博士は、さんざんの憎まれ口をきいたうえ、例のスイッチを入れ、そして指先に力を入れて、B型人造人間が爆発分解する釦を、ぽッと押したのであった。 「おやッ!」 叫んだのは、モール博士だ。予期した爆発が、起らないのであった。人造人間部隊は、あいかわらず整然と隊伍をととのえて、丘を下りて、こっちへやってくる。 モール博士は、狼狽の色を、かくそうともしなかった。彼は、二度、三度……いや七度八度と、爆破の釦を押した。 だが、爆発は、いつまでたっても、起らないのであった。 “どうです、モール博士。悪いことは出来ないと、始めて知りましたか” と、車上につけてあったラジオの高声器から、とつぜんハンスのこえが、大きく聞えてきた。 “私の操縦する人造人間部隊を、いくら博士の器械で爆破しようと思っても、それはだめです。これは、博士の望んでいらるるようなB型人造人間ではないのです” うむ――と、博士はハンスの声に対して呻りごえをあげた。 “あの図面の秘密はもうちゃんとわかってしまいましたよ。千吉のもっていったA型の図面だけでもすぐこれは不完全な人造人間が出来るし。私のもっていったB型の図面だけでも、同様に不完全な人造人間が出来る。――そうでしょう。だから、完全な人造人間をつくるにはA型とB型との両図面をどっちも二つに折って半分ずつつぎあわせたうえで、そのつぎはぎ図面によって作ればいいのです。ねえ、博士、そのとおりでしょう” “博士。いまこの丘陵を下りつつある人造人間はその完全な人造人間部隊なんですよ。そして間もなく、博士を逮捕してしまうでしょう。もう覚悟をされたい” ハンスが号令を下すと、人造人間部隊は、弾丸のように丘をかけ下って、博士を包囲してしまった。博士は、大ぜいの人造人間に、胴あげにされたまま、ハンスの前につれてこられた。 私は、あまり意外なこの場の出来ごとに、すっかり気をのまれていたが、このときようやくわれにかえって、車をおりるとニーナと共に、ハンスの前へ近づいた。 「これは一体どうしたわけかね、ハンス」 私は、聞きたくて仕方がないことを、ぶっつけて尋ねた。 「うん、君は、びっくりしたろう。しかし、わけは、簡単なんだ。このモール博士というのは、もと、われわれの祖国ドイツにいた科学者だ。博士は、ナチスのため祖国を追われて、このベルギーへ移ったが、そのとき、モール博士と同僚だった私の父、すなわちヘルマン博士の秘密研究をうばって、逃げてしまったんだ。しかも私の父は、モール博士のために毒を盛られ、とつぜん心臓麻痺で倒れてしまったので、博士のやった悪事が、永い間、わからなかったのだ。でも、ドイツ官憲の、懸命な捜索から、モール博士の所在がわかり、私は、身分をかくして博士の門下となり、盗まれた秘密の研究を、とりかえそうと、くるしい努力をしていたのだ。君か私かのどっちかが、どうかなってしまえば、図面が半端になり折角の苦心も水の泡になったところだ。だがA型人造人間をエッキス光線でしらべて、廻らない二つの歯車があるところから君の持っていたあの図面だけでは、完全な人造人間が出来ないことを推論したフリッツ大尉は、私以上の殊勲者だ。君を、わざと逃がして、その行手に、モール博士が待っていることをいいあてたのは、もちろん私だが、こうもうまくいくとは思わなかった。とにかく、父ののこした貴重な研究を、とり戻して、こんなうれしいことはない」 そういって、ハンス少尉は、私とニーナの手を、かわるがわる、つよく握ったのであった。ハンスの父ヘルマン博士の研究による完全人造人間の部隊は、いずれそのうち、欧洲戦線のどこかに、必ず姿をあらわして、ドイツ軍に刃向う敵軍を、徹底的に圧迫するにちがいない。
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