廻らぬ歯車
大尉が、汗をぬぐい終らぬうちに、指揮塔の向こうに見えている箱の横に、ぽっかりと扉が開いて、中から一人の技師が、とびだしてきた。 「フリッツ大尉。これは、どうもへんですぞ」 と、彼は、大きなこえで、どなった。 大尉は、びっくりしたような顔になって、箱の中にひそんでいた技師を、そばによびよせ、 「なにが、へんだ」 と、きいた。 「なにがって、エッキス光線で、今の人造人間の腹の中をみていたのですが、腹の中にあるたくさんの歯車のうちで、ついに一度もまわらなかった歯車が二個ありました。へんじゃありませんか」 技師は、熱心を面にあらわしていった。 「まわらない歯車が二個もあったか。どうしたわけだろう」 と、大尉は私の顔を、じろりと睨んだ。 だが、何を、私が知っているものか。 「あらゆる号令は、かけてみたつもりだが、はて、へんだな」 と、大尉は、なおも解せぬ面持で、広い額を、とんとんと拳で叩いた。 「なぜだろうな、セン。説明したまえ」 「私が、なにを知っているものですか。あの筒の中に、こんなすばらしい設計図が入っていると知ったら、私は、あんなところにぐずぐずしていませんよ」 「ふしぎだ。が、まあ今日のところは、これでいいだろう」 と、フリッツ大尉は、試験の終了を宣したのであった。 私たちは、檻を開いて、外に出たが、そのとき大尉は、私に向い、 「どうだね、セン。君は、捕虜として土木工事場で、まっ黒になって働きたいか、それとも、この工場で、見習技師として、楽に暮したいか」 と、たずねた。 「もちろん、楽な方がいいですなあ」 と、私は即座に答えた。単に、楽を求めたわけではない。私は、見習技師としてでも何としてでも、この工場にとどまりたかったのであった。それには、一つの望みがあった。それは、なんとかして、人造人間の設計図を、うばいかえしたいということだった。 その日から、私は、この地下工場で、働くことになった。フリッツ大尉が、試験の結果、これならば大丈夫、戦場に出して充分役に立つことがわかったので、それからというものは、工場は、全能力をあげて、人造人間の製造にかかったのである。 当時、大尉の計算によると、この工場で、一日のうちに、人造人間を五百人作ることが出来る。十日間頑張ると、五千人の人造人間部隊が出来るから、これをもって、イギリス本土への上陸作戦が、うまくいくにちがいないと考えたのである。しかも、一人の人造人間は生きた人間の兵士の百人に匹敵し、五十万の英兵を迎え討つに充分であるというのだ。 私は、その夜のうちに、すべてを決行しようと、機会のくるのを、待っていた。私は、捕虜の身分であるので、例の藁のうえに寝た。ニーナも捕虜であるから、同じ部屋に寝るのだった。ニーナは、私に向かいいろいろと昼間の出来ごとを質問した。しかし私は、一切、口を緘して、語るのをさけた。ニーナは、ついに腹を立てて、寝てしまった。 午前三時! ついに、その時刻となった。私は、その時刻こそ、脱出するのに最上の機会だと思って狙っていたのだ。 「ニーナ、お起きよ」 私は、ニーナを、ゆすぶり起した。 ニーナは、びっくりして、藁の中から起きあがった。私が、脱出のことを話すと、ニーナはあまりだしぬけなので、俄かに信じられない顔付だった。 「脱走なんて、そんなこと、出来るの」 「うん、出来るのだ。人造人間を使って、ここを脱がれるんだ」 「ええ、人造人間? そんなこと、出来るのかしら」 信じ切れないニーナを、ひったてるようにして、私は窓を破って、廊下へ出た。もちろん私は、例の黒い筒を、背中にしっかりと背負って、両手は自由にしておいた。 「ドイツ兵に見つかったら、どうなさるの」 ニーナは、心配げに、たずねた。 「柔道で、投げとばすだけだ。柔道のことは、ニーナも知っているだろう」 と、私は、投げの形をして見せた。 「ああ柔道! 知っている、あたし。日本人は、ピストルがなくても、敵とたたかえるのね。まあ、すばらしい」 その足で、私は、フリッツ大尉の部屋へ飛びこんだ。もちろん大尉は、ベッドの中で、ぐうぐういびきをかいて寝ていた。大尉の上衣が、壁にかかっている。私はそのポケットを探した。一束の鍵が、手にさわった。私は狂喜した。それこそ、あの人造人間の指揮塔の扉の鍵だったのである。私はニーナの手をとって、階段づたいに、人造人間のいる三階へ、かけのぼって行った。 ニーナは、その途中で、私に、こんなことをいった。 「なにもかも、お芝居のように、うまくいくのね。あんまり、うまくいきすぎると思うわ。それにしても、フリッツ大尉は、なんというだらしない人でしょう」 ニーナは、あきれている。私とて、じつはこううまくいくとは、思っていなかったのだ。脱出方法のことや、大尉が、無造作にポケットになげこんだ指揮塔の鍵束のことなどは、ちゃんとしらべてあったのだが、それにしても、こううまくいくとは思いがけなかった。廊下にも階段にも、歩哨一人、立っていないのだ。 私たちは、らくに、指揮塔の中に忍びこむことが出来た。 「これからどうなさるの」 「これから、人造人間の背中に、おんぶされて、ここを脱出するのだ」 「まあ、そんなことが、ほんとに出来るかしら」 ニーナは、目を丸くしている。
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