脱出
「わけなしだ。ニーナ、見ているがいい」 私は、指揮塔の、配電盤のキイを、ぽンぽンぽンと押した。 その次の瞬間、私は人造人間が、がちゃンがちゃンと音をたてて、こっちへ歩いてくるのを予想していた。ところが、そうはいかなかった。場内に並んだ人造人間は、林のように、しずまっている。 「へんだなあ」 「それごらんなさい。人造人間は、うごかないじゃありませんか」 「そんなはずはないんだが……今押した人造人間は、故障かもしれない。他の人造人間をうごかしてみよう」 私は、別なキイを押した。ところが、やはり駄目だった。人造人間は、うごかない。私は、焦ってきた。そこで、私は最後の試みとして、あらゆるキイを押して、そこに並んでいる人造人間のすべてをうごかすように試みた。すると、ふしぎにも、最後にキイを押した三人の人造人間が列をはなれて、指揮塔内に入ってきた。私は、涙が出るほど、うれしかった。 「ニーナ、やっぱり、うごいたよ。三人うごいてくれれば、こっちの思う壷だ。さあ君は、この人造人間の背中におのりよ。私は、こっちのに、のる」 私は、よろこび勇んで、ニーナを、人造人間の背中に、のせてやった。ニーナは、妙な顔をして、 「人造人間を、三人も呼んで、どうなさるの。あたしたち二人をのせて脱出するのだったら、二人でたくさんじゃない。一人、あまるわ」 「そうじゃないんだ。どうしても、三人の人造人間が必要なんだ。のこりの一人の人造人間がたいへん大事な役をするんだ。見ていなさい、今すぐに分る」 私は、こういって、第二番目の人造人間の背中にのった。そして背中のうえから、腕をのばして、キイをポンと押した。 すると、第三番目の人造人間が、つかつかと、配電盤の前へ歩いていって、すぐその前まで私が占めていた位置についた。そしてその人造人間が、私に代って、キイを、ぽンぽンぽンと押したのであった。 「ニーナ、走り出すから、しっかりつかまえて………」 言下に、私たちを背負った二人の人造人間は、うごきだした。そして指揮塔の出入口から出ていった。 「出発から、破壊から、疾走から、それから国境越えまで、なにからなにまで、私が計画したとおり、配電盤の前に残っているあの人造人間が、順序正しくやってくれるんだ。まあ、見ているがいい」 私は、得意だった。ニーナと私をのせた人造人間は、肩を並べて、すッすッすッと歩きだした。そして階段をもう一階、上にのぼると、たいへんな力を出して、扉を押したおし、外へ出た。そこには一条のりっぱな地下道がついていた。人造人間は、そのうえを、走りだした。だんだんスピードがあがってきて、風がひゅうひゅう鳴りだした。 「ニーナ、おちないように、人造人間の背中に、しがみついているんだ!」 「ええ」 人造人間は、砲弾のように走る。 あっという間に、衛兵所の前を通りすぎた。そして地下道から外に出た。草の匂いが、ぷうんとした。二人の人造人間は、なおも肩を並べ、風を切って走りいく。 (どうも、あんまりうまくいきすぎたようだ) 私は、人造人間を利用したこの脱出計画が、あまりにうまくいきすぎて、うれしくもあったが、意外な感がしないでもなかった。それにしても、衛兵が発砲するでもなし、誰かが後を追いかけてくるでもなし、全く意外なことだらけであった。 一時間ばかりすると、夜が白々と明けていった。心も感情もない人造人間に背負われて、どんどん広野を逃げていく私たちの恰好は、全くすさまじいものに見えた。とにかく、この勢いで、あと一時間ばかり走らなければならないが、途中、ベルギー兵かフランス兵にとがめられたとすると、人造人間にのった私たちは、化物かスパイ扱いにされて、誤解をまねくおそれがある。そんなことも、新しい心配になって、私の頭をつかれさせた。 ニーナも、死人のように、青ざめた顔をしている。彼女は、大きな眼をあいて、不安げに、しきりに、あたりを見まわしている。 そのニーナが、とつぜん私をよんだ。 「ねえ、私たちの前を、へんな自動車が走って行くわよ。髯もじゃの紳士が、のっていて、反射鏡で、しきりに、こっちをみているわ」 「えっ、そんな奴が、前にいたか」 私は、うしろばかり注意していたので、この先駆者には、気がつかなかったのだった。なるほど、前方五百メートルのところを、たしかに、私たちと同じようなスピードで、街道を走って行く無蓋自動車があった。 その自動車のうえから、とつぜん、ぴかぴかと、眩しい光線が、閃いた。なにかの信号のように。 すると、どうしたわけか、私たちののっていた人造人間のスピードが、急におちて、おやへんだと思っているうちに、ぴったりと、道路のうえに、停ってしまった。 「こんなはずはない。私は、国境附近に達するまで、人造人間を、全速力で走りつづけさせることにしてきたのに……」 と、私は、人造人間が、急に停ってしまったことに、大不審をもった。 「おい、千吉じゃないか」 太い声が、私をよんだ。 私は、前を見た。いつの間にか、例の怪自動車が、私たちの前に停っていた。そして、車上からこっちを向いている髯もじゃの顔! 「おお、モール博士じゃありませんか。これはおどろいた」
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