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三人の双生児? 二人の双生児なら、これはよく分るが、三人の双生児とはどうしたことであろうか。三とあるのは二の誤記ではあるまいかと思ったが、よく考えてみると、双生児が二人なら、別に改まって「二人の双生児」と断る必要はない筈である。三人だからこそ不思議なので、三人のと断ったものだと考えられる。二月十九日といえば、たしかに妾の誕生日なのである。これは妾の手文庫の中にあった妾の緒にチャント書いてあったから間違いはないと思う。すると二月十九日には妾の外にもう二人のはらからが誕生したことになる。 もっとも父は「授かる」と記し、「家内が産んだ」とは書いてないので、疑えば疑えないこともないが、まず授かるといえば、父の子供として認める意志があったように取れるので、出産のあったものと見るのが無難だと思う。 すると妾の母は、三人の双生児を生んだのであろうか。そしてそのうちの一人が、この妾なのである。残りの二人は何処にいるのであろうか。どうして三人で双生児なのであろうか。そういうことはあり得ることではない。二人ならば双生児だし、三人ならばどうしても三つ子といわなければならない。いくら三つ子が生れたからといって、父が三つ子を双生児と書き誤る筈はないと思う。そうなると、三人の双生児という有り得べからざる名称のうちに、何か異状の謎が語られていることになる。 妾はいろいろと縁よりを探してみた。だがそれがどうしてもハッキリ分らない。実は父が死んだときは、妾が十歳のときのことであるが、そのとき父についていた身内というのは妾一人だった。しかも生れ故郷を離れて、妾たちは放浪していたその旅先だった。 前に妾が述べたように、妹とカンカン競べをやったのが最後となって、母と妹とに別れた話をしたが、両人が妾の前から見えなくなって間もなく、父は親類の赤沢さんの伯父さんと大喧嘩をやったことを憶えている。恐らくこの喧嘩は母と妹とが見えなくなった事件と関係のあることだろうとは思うが、詳しいことは知らない。 と、間もなく妾は父に連れられて故郷を立ち、貨物船に妾ともども乗り組んだ。それから妾は父の死ぬまで四五年の海上生活を送ることになり、船の上で物心がついてきたのであった。 「お母アさま、どうしたの?」 と、妾はよくこの質問を父にしたことだった。それを云うと、父は急に機嫌を悪くして噛んで吐きだすように云った。 「おッ母アはどこかへ逃げちまったよ。お前が可愛くはないのだろうテ」 「あの立葵の咲いていた分れ家のネ」 「ウン」 「あの中に、あたしの同胞がいたわネ。あの子を連れて逃げちゃったのでしょ」 すると父は首を大きく振って、 「イヤイヤそうじゃないよ。あの子は赤沢の伯父さんが、どっかへ連れていってしまったんだよ。おッ母アは、あの子も可愛くないのだろう」 「じゃお母ア様は、誰が可愛いの」 「そりゃ分らん……赤沢にでも聞いてみるのじゃナ」 父は苦い顔をして応えた。 「ねえ、お父さま。もとのお家へ帰りましょうよ、ねえ」 「もとのお家? なぜそんなことを云うのだ」 と、父は俄かに声を荒らげていうのであった。 「もとの土地へ帰っても、もうお家などは無いのじゃ。あんな面白くもないところへ帰ってどうするんか。この船の上がいいじゃないか。じっとして、どんな賑かな港へでもゆける」 父は故郷を呪ってやまなかった。 「お父さま。あたしたちの故郷は、何というところなの」 「故郷のところかい。おお、お前は小さかったから、よく知らんのじゃなア。イヤ知らなけりゃ知らんでいる方がお前のためじゃ。そんなものは聞かんがいい、聞かんがいい」 と云って、父は妾が何といって頼んでも、故郷の地名を教えなかった。だから妾は、幼い日の故郷の印象を脳裏にかすかに刻んでいるだけで、あの夢幻的な舞台がこの日本国中のどこにあるのやら知らないのであった。 いまにして思えば、あのとき何とかして故郷の方角でも父から訊きだして置くのであったと、残念でたまらない。なぜなら、その後父は不図心変りがして船を下り、妾を連れて諸所贅沢な流浪を始めたが、妾が十歳の秋に、この東京に滞在していたとき、とうとう卒中のために瞬間にコロリと死んでしまった。そしてとうとう妾は永久に故郷の所在を父の口から聞く術を失ったのであった。それから後ずっとこの方、故郷はお伽噺の画の一頁のように、現実の感じから遠く距ってしまったような気がする。 幸いに父が持って歩いていたトランクの中に、相当多額の遺産を残して置いてくれた。それは主として宝石と黄金製品とであったが、父が海外で求めて溜めていたものであろう。その遺産故に妾を世話する人もあって、こうして東京の地に大きくなることが出来たのであった。いま妾は至極気楽に見える生活をしている。数年前には、話が出来て聟をとったけれど、彼は二年ばかりして胸の病気で針金のように痩せて死んでしまった。それからこっち妾は気楽に見える若い有閑未亡人の生活をつづけている。再縁の話も実は蒼蠅いほどあるのではあるが、妾は一も二もなくこれをお断りしている。結婚生活なんて、そんなに楽しいものではないからである。それにこの節は、結婚などということよりも、もっともっと気にかかることがあって、その方へすっかり精力を引よせられているので、男のことなんか考えている余裕がないのである。気にかかることというのは、もちろんこれまでにお話したとおり、生死不明の妾のはらからを探しあてることが出来るかどうかということである。そして、妾の名誉のためにも誇りのためにも三人の双生児の謎を解くことができるかどうかということである。 あの新聞広告を出したその翌日から、妾の住んでいる渋谷羽沢の邸は俄かに賑かになった。それは新聞広告をみてから各種の訪問客が殖えたということである。それはきっと妾のことだろうといって、はらからを名乗ってくる人が毎日十二三人ある。併し随分平気で出鱈目をやれる人があると見えて、やってくる人の殆んどは三十歳を越している。妾が本年二十三歳なのを考えれば、もっと早く気がつく筈だと思うが、妾の前で滔々として原籍や姉妹のことを喋ってしまって、大分経ってから気がついて急に逃げだすというのが多い。ただその中に三人だけ、妾の関心を持てる人が混っているのである。 まず第一にお話しなければならないのは、速水春子という女流探偵のことである。彼女はあの新聞広告を見ると、早速妾のところへやって来た。妾はお手伝いさんのキヨに、一応その女流探偵の身形その他を訊きただした上で、客間に招じて逢ってみた。 春子女史は、薄もので拵えた真黒の被布に、下にはやはり黒っぽい単衣の縞もの銘仙を着た小柄の人物で、すこし青白い面長の顔には、黒い縁の大きな眼鏡をかけて、ちょっとみたところ年齢のころは二十五六の、まずポインター種の猟犬が化けたような上品な婦人だった。妾は女探偵などというと、もっと身体の大きな体操の先生のような婦人を想像していたのであるが、速水春子女史はそれとは違った智恵そのもののような女性だった。しかし彼女の眼だけはギロリと大きくて、妾にとってはたいへん気味がわるかった。 「新聞で拝見しましたんでございますけれど……」 と女史はさも慣れ切っているという風に話の口を切った。 「たいへん六ヶ敷そうなお探しものでいらっしゃいますのネ。あたくしにお委せ下されば、イエもう永年の経験でこつは弁えて居りますから、すぐに貴女さまのご姉妹を探しだしてごらんに入れますわ。……ええと、それでまずその問題のお父上の日記帳というのを拝見しとうございますが……」 妾は手文庫のなかから、父の日記帳をとりだした。それはポケット型というのであろう、たいへん小さな冊子で黒革の表紙もひどく端がすりきれて、その色も潮風にあたって黄いろく変色していた。それを開くと、中は罫なしの日附は自由に書きこめるという式の自由日記で、尖の丸い鉛筆を嘗め嘗め書きこんだらしい金釘流の文字がギッシリと各頁に詰まっていた。女流探偵はその中の或る日記を声を出してよみだした。 「ほう、こんなことが出ていますわ。――二月一日、『タラップ』ノ手摺ヲ修繕スル。相棒ガ不慣デナカナカ捗ラヌ。去年ノ今頃モ修繕シタコトガアッタッケガ、ソノトキハ赤沢常造ノ奴ガイタカラ、半日デ片付イタモノダ。彼奴ガ下船シテ故郷ニ引込ンダノハソノ直後ダッタ。モウ一年ニナルノニ、彼奴ハ故郷ニジットシテイテ、ドコニモ働キニ行コウトシナイ。ワシハオ勝ノコトガ心配デナラン。ト云ッテモ、オ勝ハモウスグオ産ヲスル。オ産ヲスルマデハ、イクラ物好キナ彼奴トテモ手ヲ出ス様ナコトガアルマイ。トハ云ウモノノ、女ヲ盗ムニハ姙婦ニ限ルトユウ話モアルカラ、安心ナラン――ほほう、亡くなった貴女さまのお父さまは、この赤沢常造という男を大分気にしていらっしゃるようですが、これはどんな関係の方でございましょうか」 「その赤沢というのは、伯父さんだと憶えています。一度父と大喧嘩をしたので、あたしは知っているのです」 「どんなことから大喧嘩なすったのでございましょう」 「さあそれは存じません」 「それは重大なことですね。……それから奥様のお生れ遊ばしたのは何日でございましょうか」 「その日記の最後の日附がそうなのです」 「ああそうでございますか。そうそう、この同じ二月十九日に、貴女さまはお生れ遊ばしたのでございますね」 そういって春子女史は日記の頁の最後のところまでめくり、 「ああ、ありました。二月十九日、オオ呪ワレテアレ、今日授カッタ三人ノ双生児! これでございますネ。三人の双生児!」 と、女流探偵は深刻な表情をして、三人の双生児! と口の中でくりかえした。 「いかがでございましょう。お心あたりがありまして」 と訊ねると、女史は、 「これは現地について調べるのが一番早や道でございますわ。探偵が机の上で結論を手品のように取出してみせるのはあれは探偵小説の作りごとでございますわ。本当の探偵は一にも実践、二にも実践――これが大事なので、そこにあたくしたちの腕の奮いどころがあるのですわ、奥さま」 「でもその現地というのが雲を掴むような話で第一何処だか見当がついていないのですよ」 「それは奥さま、調べるようにいたせば、分ることでございますわ」 と女史は怯む気色もせず云い放った。 「広告にお書きになりましたサワ蟹とか立葵とかは、日本全国どこにもございまして、これは手懸りになりません。でも奥さまは、もっと何か地方的な特色のあることを御存知の筈と存じますわ。お小さいとき、よくお気のつくものとしては物売りの声、お祭りなどの行事、その辺のごく狭い地区の名、幼な馴染の名などでございますが、一つ思い出していただきましょうか」 そこで妾は変な諮問を受けることとなった。 「物売の声で、なにか憶えていらっしゃるものはございません?」 「さあ、――」 と妾はこの意外な問いにすくなからず驚いた。そして長い間考えていたが、やっと一つ思い出すことが出来た。 「そうです、魚売りのおばさんの呼び声を思いだしましたわ。こうなんです――いなや鰈や竹輪はおいんなはらーンで、という」 「おいんなはらーンででございますか。たいへん結構なお手懸りでございますわ。ではもう一つ、お祭の名称など、いかがでございます」 「さあ、――明神さまのお祭りだとか、それから太い竹を輪切りにしてくれるサギッチョウなどというものがありました」 「ああ左義長のことですネ。それも結構です。それからこの辺の村の名とか町の名とか憶えていらっしゃいません」 「近所の地名ですか何ですか。アタケといっていましたわ」 「ああアタケ、安宅と書くのでしょう。ああ、それですっかり分りました」 と、春子女史はいった。 「すると奥さまのお郷里は四国です。阿波の国は徳島というところに、安宅という小さな村があります。そこならサワ蟹だって、立葵だって沢山あります。ではあたくし、これから鳥度行って調べて参ります。四五日の御猶予を下さいませ」 女史の探偵眼はたいへん明快であった。どうして、そんな明快な答が出たのか妾には合点がゆかなかったけれど、彼女は別に高ぶる様子もなく、妾の故郷だという四国の安宅村へ、三人の双生児の実相を確めるために発足するといって辞し去った。妾は狐に鼻をつままれたように、女史を見送ったが、後になって一切が判明するまではこの女流探偵の神通眼は単に出鱈目だと思っていたのであった。
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