大暗闘
なにしろその異人たちはなかなか力があって、マルモ探検隊員は圧迫されがちであった。その上に人数も相手の方が倍ぐらい多いのである。形勢はよくない。 隊員たちは武器を持っていないわけでなかった。だがマルモ隊長は、それを使うことを命じなかった。隊長としては、出来るだけ平和的手段でもって事をかたづけたかったからである。だが、困ったことに、相手とはことばが通じない。電波を出して、 「もしもし、君たち、らんぼうは、よしたまえ。話があるなら聞きますよ」 と呼びかけても、相手はさっぱり感じないのであった。 その上、相手は力がある。マルモ隊長は、隊員を一つところにあつめて円陣をつくり、まわりからおどりかかって来る相手めがけて、そのへんにころがっている大きな岩石をなげつけさせた。そうして相手を近づけないようにするためだった。 月世界の上では、同じ大きさに見える岩石でも、地球の上で感ずる重さの六分の一にしか感じない。だから大きな岩石を隊員はかるがると持ちあげて遠くまでなげとばすことが出来た。 ところが異人たちは、それには閉口せず、遠まきにして目を光らかせ、すきをみては、とびこんで来た。岩石をなげつけられても、けがをして血を出すようでもなかった。 「ははあ、こっちが疲れるのを待っているのだな」 マルモ隊長は、そう気がついて、どきんとした。なにしろ相手は、ますます活発にあばれてみせるのだった。 そのうちに、相手の一部が、場所をかえて、装甲車の方へ近づいていった。 「あ、装甲車をうばわれては、たいへん」 マルモ隊長はおどろいて、隊員の半分をさいて装甲車の方へ急行させた。 その人たちは、装甲車の中にはいって、それを運転して走りだした。すると異人たちは、それを追いかけた。平地なら装甲車はどんどん走れるが、ここはトロイ谷である。道はでこぼこしている上、どっちへ走ってもすぐ崖につきあたりそうになる。そうなるとスピードが出せない、いつの間にか装甲車の上に異人たちが三、四人ずつのって、天井をこわそうと、大きなこぶしをふりあげて、がんがんと叩く。そこを叩きわられてはたいへんだ。 上にのっている異人たちを、銃でもって射ちおとしたいと思ったが、上にのっているのでは射ちようがない。おまけに夜の闇は深くて、相手の姿をしかと見つけるのも容易なことではなかった。 (これは手おくれとなったかな。もっと早く、武器をとって相手をおっぱらうのがよかったかな) 隊長も、さすがに暗い気持ちになった。 たしかに手おくれに見える。このままでは、一同は、異人群のために捕虜になるか、うち殺されるかのどっちかだ。 ああ、重大なる危機来る! そのときだった。とつぜん異人たちがさわぎだした。装甲車の上にいた異人が四人、五人、風にさらわれたように吹きとばされたのである。とまたつづいて四、五人が、下にもんどりうってつきおとされた。 「や、カンノ君が、かけつけてくれたぞ。カンノ君は機銃で異人たちを射っているそうだ」 マルモ隊長の受話器にも、他の隊員の受話器にも、カンノ博士の声がはいって来て、一同をはげました。 カンノ博士と正吉少年と、その他に三名の隊員が、装甲車の上から、異人たちにもうれつな機銃の射撃をおくっていた。他の一人の隊員は、その装甲車を操縦した。ヘッドライトは消して近づいたので、異人たちは、ふいをくらった形だった。 この機銃は、普通のように金属の弾丸を射ち出す機銃ではなかった。これに使っている弾丸は、銃口から射ち出されると同時に、その弾丸の中で摂氏五百度の熱を発生するようになっていた。しかもこの弾丸は、この熱の発生と共に弾丸の外側がぐにゃりとしたゴムのように軟化し、あたった物にぺったりと付着するのであった。そうして、叩き落とそうとしても離れないのだ。 しかし二時間たてば、熱も消え、ぽろりと落ちる。――これは熱弾というが、別に「お灸の弾丸」ともいわれるものであった。相手の生命をとるというほど危険なものでなく、二時間ばかり相手を熱さになやませるだけだ。つまりこの弾丸の命中したものは二時間お灸をすえられているようなもので、従って、力なんか出せない。この熱弾の中には、二種の薬品がはいっていて、発射されると同時にこの二つが作用して、あの高熱を発するようになっているのだ。 そのような熱弾をくらった異人たちは、びっくり仰天。 「あっ、あつい、あつい」 「わあ、あつい。助けてくれ」 とでもいうかのように、目を白黒、からだをゆがめて大地をころがり、どことも知れず、闇の中にみんな姿を消してしまった。
月人の説
マルモ隊長をはじめ、救われた人々は、大よろこびであった。 カンノ博士や正吉たちをとりまいて、感謝のことばをおくった。 「あんなおもしろいことは、今までになかったですよ。あいつらは、今もなお、お灸をからだにくっつけて、『あつい、あつい』と悲鳴を挙げているんだと思うと、おかしくておかしくて……」 そういって笑いこける正吉少年だった。 みんなも笑った。 「熱弾が、こんなところで最初の手がらをたてようとは、思わなかったねえ」 と、この熱弾機銃の発明者であるカンノ博士も、にやにや笑っていた。 「さあ、急いでここを引揚げよう。ああいう敵があると分ればぐずぐずしていられない。みんな急いで装甲車へ乗れ。そして急ぎ本艇へかえるのだ」 マルモ隊長は、引揚げを号令した。 掘りだしたルナビゥムは、必要量の三分の一にすぎなかったが、今はそれでがまんするほかなかった。一同は前のとおり装甲車に分乗し、急いでトロイ谷をはなれた。 一号車の中で、マルモ隊長を中にして、カンノ博士などの幹部や正吉が、今日とつぜん現われた怪しい相手について、意見をのべあった。 「地球をくいつめた強盗団の一味ではないでしょうか」 「彼らはみんなばかに力が強かったですよ。そしてからだもずっと大きく見えた」 「すると何国人のギャングかな」 「いや、あれは、われわれの世界の人間ではないと思う」 そういったのは、マルモ隊長だった。 「地球をくいつめた強盗団ではないとおっしゃるのですか」 「うん。早くいえば、月人だと思う。つまり月世界に住んでいる人間なんだ」 「それは、おかしいですね。月は死の世界で、冷えきっています。そして空気もなければ水もない。それなのに、月の世界に住んでいる人間があるんですか」 これは正吉の質問だった。 すると、マルモ隊長は、にっこりとうなずいて、 「もっともだ。そういう疑問を持つのは。だがね、この死の世界と見える月にも、あんがい生物が住んでいられるかもしれない。実は今までわしは、月世界には生物なしという考えでいたので、今日まで問題にしていなかったが、今日ばかりは恐れいったよ、カンノ君」 マルモ隊長はカンノ博士を見で、微笑した。 「カンノ博士が、どうしたんですか」 正吉が、たずねる。 「月世界に生物が住んでいられるかもしれないというのは、実にカンノ君のたてた説なんだよ。君、話してやりたまえ」 「はあ。それでは、かんたんに申しますが、元来月は、地球の一部がとび出して、この月となったのです。おそらく今太平洋があるところあたりから、抜けだしたのであろうといわれています。ことわっておきますが、これは私の説ではなく、昔から天文学者の研究で唱えられている学説の一つです」 正吉はカンノ博士の、この奇抜な説に、ひじょうな興味をおこして、前にからだをのりだした。 「これから後が、私の説なんですが、しからば月が地球を離れるとき、動物も植物もいっしょに持っていったに違いない。そして条件さえ、よければ、月の上で、しばらくはその動物や植物が繁殖し、繁茂したに違いない」 「おもしろいなあ」 「そのうちに、月世界の上にある大異変が起って、だんだん冷却してきた。そこで動物や植物の多くは死んで行き、枯れていった。しかし動物の中で、文化の進んでいた者――つまり人間でしょうね、この人間たちは早くも身をまもることを考え、その仕事にとりかかった。どうしたか分からないが、その人間たちの子孫は今も月世界の中に住んでいると考えられないこともない。たとえば、地中深くもぐりこんで、地熱を利用して生活し、あるいはまた別に熱を起し、空気を作り、食物を作って相当高級な生活をしているのではあるまいかとも考えられる」 「でも、その頃の人間は、あまり文化が進んでいなかったのでしょう」 正吉のねっしんな質問だ。 「いや、そうともいえない。五千年以前における人間の文化のことは、ほとんど知られていないが、それより以前に住んでいた人類がすばらしい文化を持っていたことが、方々から出る遺跡によって、ぼつぼつ知られはじめている。そういう古い文化民族は、ふしぎにもみんな全滅しているのが多いらしい。どういうわけで絶滅したのか。おそろしい流行病にやられたか、洪水や氷河期のような天災でやられたのか、とにかく何かのおそろしい事件のために絶滅したらしい。しかも、何度もこんなことが、別々の時代にくりかえされたらしい。それを思うと、この月世界の人間も、かなり高い文化を持っていたのではないかと思われる。だから月人は、ばかになりませんよ」 カンノ博士のことばに、正吉は今までにない感動をおぼえた。月人は、きっと実在するのにちがいない。
ハンカチーフの研究
やっとのことで、装甲車隊は、宇宙艇「新月号」が待っているところへ帰りつくことができた。 「ああ、よく帰って来たね」 「ずいぶん心配していたよ。ここに残っている私たちは、ついに悲壮なる最後の決心をしたほどだ」 「いや、心配させてすまなかった。みんな、助かったよ。ありがとう。ありがとう」 迎える者も迎えられる者も、ともに涙をうかべて、抱きあった。 装甲車は、すぐさま宇宙艇の中に格納せられた。 マルモ隊長は、厳重な見張をするように命令した。それは、例の月人たちが、いつ逆襲してくるか分からなかったからである。 トロイ谷で掘って来たルナビゥムは、大切に倉庫へしまいこまれた。 「どうだい。今日採ってきたルナビゥムだけで、これから火星を廻って、地球へもどるのに十分だろうか」 隊長は、機械長のカコ技師にきいた。 「とてもだめですね。どうしても、今日採ってきた量の三倍は入用ですね」 「あと、どれだけいるのか。それでは、明日もう一度トロイ谷へ行って掘ることにしよう」 「しかし隊長。トロイ谷へ行くことは、たいへん危険だと思いますが……」 「危険は分っている。しかし火星へ行くのをやめて、このまま地球へ引っ返すこともできないと、みんなはいうだろう」 「それはそうですね」 「そうだとすれば、われわれはもう一度危険をおかさなくてはならない」 「やっぱり、そういうことになりますかなあ。あの倉庫第九号に貯えておいたルナビゥムが盗まれないであれば、こんな苦労をしないですんだのですがね。あれを盗んだ犯人は、もう分かったのですか」 「カンノ君が調べていたんだが、その調べの途中で、僕たちがトロイ谷から救いをもとめたので、カンノ君は捜査をうち切って、われわれの方へかけつけたのだ。そういうわけだから、カンノ君はまだ犯人をつきとめていないだろう」 隊長とカコ技師がそういって話をしているところへ、正吉がひょっくり顔を出した。 「あ、隊長。お願いです。ぼくをもう一度、倉庫第九号へ行かせて下さい」 「あぶないよ、それは。しかし、どうしてもう一度行きたくなったのか」 「ぼくは、おじさん毛利博士の最後を見とどけたいのです。あの倉庫をもっとよく探せば、おじのことが分かると思うのです。それにカンノ博士も、ぼくもいっしょに行ってもいいといっておられます」 「なに、カンノ君までが、そういうのか。みんな自分の生命をそまつにするから困る。もし一人がたおれると、その人だけの損ではなく、わが探検隊全体が弱くなるんだから、そこを考えて自重してもらわないと困る」 「はい」 そういわれると、正吉はそれでも行かせてくださいとは、いいかねた。そして、しおれて、カンノ博士のところへ戻っていった。 カンノ博士は、正吉の方へちらりと目をやっただけで、また机に向かった。 机の上には、顕微鏡がある。それから化学実験用の道具が並んでいるが、これは四角い鞄の中にはいっていて、いつでもこれをしまって、鞄の形にして携帯できるようになっている。 博士が顕微鏡を使ってのぞいているのは一枚のハンカチーフであった。これは倉庫第九号の入口のところで拾ったもので、五万年前の人骨が横たわる下にあったものだ。 「うん、よしよし。なるほどなあ」 博士はひとりごとをいった。 正吉は、何事だろうと、博士のそばへそっと寄っていった。すると博士は、気がついて正吉を手招きした。 「おい君、私は今一つ、発見したよ。このハンカチーフの主――つまり君のおじさんの毛利博士は、少なくとも今から三ヶ月前までは生きていたという事実が分かった。それはこのハンカチーフについている博士の身体からの分泌物の蒸発変化度から推定して今のようにいうことができるんだ。どうだね、この発見は君に何か元気を加えることにはならないだろうか」 「ああ、そうですか。しかし三ヶ月前まで生きていたことが分かっても、大したことではありませんね。今、生きているかどうか、それを知りたいです」 正吉は、あまりうれしがらなかった。 「ふーン。君はこの発見を、その程度の値打にしか考えないのか。私なら、もっとよろこぶがなあ。つまり三ヶ月前に生きているものなら、今も生きているだろうとね。三ヶ月なんか、この月世界ではなんでもない短い期間だよ」 「そうでしようか。ぼくは、おじが現在生きている姿を見せてくれるまでは、うれしがらないでしょう」
「おやおう。だいぶんごきげんよろしくないようだ。そんなに悲観してしまっては困るね」 せっかくカンノ博士がわざとそういったのだと思い、よろこぶ気になれなかったのである。
上一页 [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] ... 下一页 >> 尾页
|