海底都市
動く道路を降りて丘になっている一段高い公園みたいなところへあがった。もちろん地中のことだから頭上には天井がある。壁もある。その広い壁のところどころに、大きな水族館の水槽ののぞき窓みたいに、横に長い硝子板のはまった窓があるのだった。 その窓から外をのぞいた。 「やあ、やっぱり水族館ですね」 うすあかるい青い光線のただよっている海水の中を、魚の群が元気よく泳ぎまわっている。こんぶやわかめなどの海草の林が見え、岩の上にはなまこがはっている。いそぎんちゃくも、手をひろげている。 「水族館だと思いますか」 区長さんが笑いかけた。 「よく見て下さい。今、燈火をつけて、遠くまで見えるようにしましょう」 そういって区長は、窓の下にあるスイッチのようなものを動かした。すると昼間のようにあかるい光線が、さっと水の中を照らした。その光は遠くにまでとどいた。魚群がおどろいたか、たちまちこの光のまわりは幾組も幾組も、その数は何万何十万ともしれないおびただしさで、集って来た。 「これでも水族館に見えますか」 と、区長がたずね、 「いや、ちがいました。これは本物の海の中をのぞいているのですね」 遠くまで見えた。こんな大きな水族館の水槽はないであろう。 「お分りでしたね。つまりこのように、わが国は今さかんに海底都市を建設しているのです」 「海底都市ですって」 「そうです。海底へ都市をのばして行くのです。また海底を掘って、その下にある重要資源を掘りだしています。大昔も、炭鉱で海底にいて出るのもありましたね。 ああいうものがもっと大仕掛になったのです。人も住んでいます。街もあります。海底トンネルというのが昔、ありましたね。あれが大きくなっていったと考えてもいいでしょう」 正吉は海底都市から出かけて、ふたたび上へあがっていった。 とちゅうに停車場があって、たくさんの小学生が旅行にでかける姿をして、わいわいさわいでいた。 「あ、小学生の遠足ですね。君たち、どこへ行くの」 「カリフォルニアからニューヨークの方へ」 「えっ、カリフォルニアからニューヨークの方へ。僕をからかっちゃいけないねえ」 「からかいやしないよ。ほんとだよ。君はへんな少年だね」 正吉は、やっつけられた。 そばにいた区長がにやにや笑いながら、正吉の耳にささやいた。 「ちかごろの小学生はアメリカやヨーロッパへ遠足にいくのです。この駅からは、太平洋横断地下鉄の特別急行列車が出ます。風洞の中を、気密列車が砲弾のように遠く走っていく、というよりも飛んでいくのですな。十八時間でサンフランシスコへつくんですよ」 「そんなものができたんですか。航空路でもいけるんでしょう」 「空中旅行は、外敵の攻撃を受ける危険がありますからね。この地下鉄の方が安全なんです。なにしろ巨大なる原子力が使えるようになったから、昔の人にはとても考えられないほどの大土木工事や大建築が、どんどん楽にやれるのです。ですから、世界中どこへでも、高速地下鉄で行けるのです」 「ふーン。すると今は地下生活時代ですね」 「まあ、そうでしょうな。しかし空へも発展していますよ。そうそう、明日は、羽田空港から月世界探検隊が十台のロケット艇に乗って出発することになっています」 正吉は大きなため息をついてひとりごとをいった。 「三十年たって、こんなに世界や生活がかわるとは思わなかったなあ。こんなにかわると知ったら、三十年前にもっと元気を出して、勉強したものをねえ」 あとで分った話によると、例のモウリ博士は月世界探検に行ったまま、遭難して帰れなくなっているということだ。こんどの探検隊が、きっと博士を救い出すであろう。
宇宙探検隊
正吉は、その日以来、宇宙旅行がしてみたくてたまらなくなった。 三十年前、やがて月世界へ遊覧飛行ができるようになるよと予言する人があったら、その人はみんなから、ほら吹きだと思われたことであろう。それが今は、ほんとに出来るのだという。なんという進歩であろう。 正吉は、そのことを東京区長のカニザワ氏と、大学病院のサクラ女史とに相談してみた。すると二人は、そういうことはカンノ博士にたのむのが一番いいであろうと教えてくれた。 そうだ、カンノ博士。 博士とは、しばらくいっしょにならないが、カンノ博士こそは、正吉少年を冷凍球から無事にこの世へ出してくれた恩人の一人で、有名な生理学の権威である。 「ほんとに行きたいのかね、正吉君」 カンノ博士は、人のよさそうな笑顔で、正吉を見まもった。 「ぜひ行きたいのです。三十年のながい間、ぼくは眠っていて、知識がうんとおくれているのです。ですからこんどは、今の世の中で、一番新しいものを見て一足とびに学者になりたいのです」 正吉は、子供らしい欲望をぶちまけた。 「ほんとに学者になるつもりなら、一足とびではだめだよ。こつこつと辛抱づよくやらなければね。宇宙旅行だってそうだ。見かけは花々しく見えるが、ほんとうに宇宙旅行をやってみれば、はじめから終りまで辛抱競争みたいなものだ。ちっともおもしろくはないよ」 カンノ博士のことばは、じつに本当のことであったけれど、正吉には、博士が正吉の宇宙旅行を思いとどまらせようと思って、つらいことばかり並べているのだと思った。 「ぼくは辛抱するのが大好きなんです。三十年も冷凍球の中に辛抱していたくらいですからね」 「ああ、そうか、そうか、それほどにいうのなら、連れていってやるかな」 「えっ、今なんといったんですか」 正吉はあわててたずねた。カンノ博士は、いよいよニヤニヤ笑顔になって正吉を見ていたが、やがて口を開いた。 「じつはね、私たちはこんど、かなり遠い宇宙旅行に出かけることになった。お月さまよりも、もっと遠くなんだ。早くいってしまえば火星を追いかけるのだ。そのような探検隊が、一週間あとに出発することになっているが、君を連れていってやっていい」 「うれしいなあ。ぜひ連れてって下さい」 「しかし前もってことわっておくが、さびしくなったり、辛抱が出来なくなって、地球へぼくを返して下さい、なんていってもだめだよ」 「そんなこと、誰がいうもんですか」 正吉は、胸を張ってみせた。 「大丈夫かい。それから火星を追いかけているうちに、火星人のためにわれわれは危害を加えられるかもしれない。悪くすればわれわれは宇宙を墓場として、永い眠りにつかなければならないかもしれない。つまり、火星人のため殺されて死ぬかもしれないんだが、これはいやだろう。見あわすかい」 「いや、行きます。どうしても連れてって下さい。たとえそのときは死んで冷たい死骸になっても、あとから救助隊がロケットか何かに乗って来てくれ、ぼくたちを生きかえらせてくれますよ。心配はいらないです」 「おやおや、君はどこでそんな知識を自分のものにしたのかね。たぶん知らないと思っていったのだが……」 カンノ博士は小首をかしげる。 「先生は忘れっぽいですね。この間、大学の大講堂で講演なさったじゃないですか。――今日外科は大進歩をとげ、人体を縫合せ、神経をつなぎ、そのあとで高圧電気を、ごく短い時間、パチパチッと人体にかけることによって、百人中九十五人まで生き返らせることが出来る。この生返り率は、これからの研究によって、さらによくなるであろう、そこで自分として、ぜひやってみたい研究は、地球の極地に近い地方において土葬または氷に閉されて葬られている死体を掘りだし、これら死人の身体を適当に縫合わして、電撃生返り手術を施してみることである。すると、おそらく相当の数の生返り人が出来るであろう。中には紀元前何万年の人間もいるであろうから、彼らにいろいろ質問することによって、大昔のことがいろいろと分るであろう。そんなことを、先生は講演せられたでしょう」 「ハハン。君はあれをきいていたのか」 「きいていましたとも、だから、もう今の世の中では、死んでも死にっ放しということは、ほとんどないことで、死ぬぞ、死んだらたいへんだ、なんて心配しないでよいのだと、先生の講演でぼくは分ってしまったんです。ですから連れてって下さい」 「よろしい。連れていってあげる」 「ウワァ、うれしい」 正吉はよろこんで、カンノ博士にとびついた。
新月号離陸
やっぱり東京の空港から、探検隊のロケット艇は出発した。 艇の名前は、「新月号」という。 新月号は、あまり類のないロケットだ。艇の主要部は、球形をしている。 その外につばのようなものが、球の赤道にあたるところにはまっている。そしてこれはどこか風車か、タービンの羽根ににている。 空気のあるところをとぶときは、このつばの羽根が、はじめ水平にまわり、離陸したあとは、すこしずつ縦の方へ傾いていって、斜めに空を切ってあがる、なかなかおもしろい飛び方をする。 そして、もう空気がほとんどないところへ来ると、このつばの羽根が、球から離れる。 そのあとは球だけとなる。この球がロケットとして、六個の穴からガスをふきだして、空気のない空間を、どんどん速度をあげて進んでいくのだ。 球形の外郭には、たくさんの窓があいている、もちろん穴はあいていない。厚い透明体の板がこの窓にはまっている。そしてこの窓は暗黒の中に美しい星がおびただしく輝いている大宇宙をのぞくために使う。 新月号のこの球の直径は、約七十メートルある。だから両国の国技館のまわりに、でっかい円坂をつけたようにも見える。 この新月号は、ただひとりで宇宙の旅をすることになっていた。 こういう形のロケットは、今まであまり見受けなかったことで、あぶながる人もいた。学者の中でも、疑問をもっている人があんがい少なくなかった。 しかし、この新月号の設計者である、カコ技師は、安全なことについては、他のどのロケットにもまけないといっていた。そして、それを証明するために、自分も機関長として、新月号に乗組み、この探検に加わることとなった。 それでは、新月号の艇長は、いったい誰であろうか。これこそ宇宙旅行十九回という輝かしい記録をもつ有名な探検家マルモ・ケン氏であった。カンノ博士は、観測団長だった。 スミレ女史が通信局長であった。女史は、正吉を冷凍から助けだしてくれた登山者中の一人であった。 こうして新月号に乗組んだ者は、正吉をいれて総員四十一名となった。 「はじめて宇宙旅行をする者は、地球出発後七日間は、窓の外を見ることを許さない」 こういう命令を、マルモ艇長は、出発の前に出した。 「なぜ、あんな命令を出したんだろう」 と、正吉はおもしろくなかった。飛行機に乗って離陸するときでさえ、たいへん気持がいい。ましてや、このふうがわりの最新式ロケット艇の新月号で離陸せるときは、さぞ壮観であろう。だからぜひ見たい。 また高度がだんだん高くなって、太平洋と太西洋とがいっしょに見えるようになるところもおもしろかろう。ぜひ見たい。 なぜマルモ艇長は、それを禁ずるのであろうか。しかも一週間の永い間にわたって外を見てはいけないというのはなぜだろう。 正吉は、カンノ博士にあったとき、その話をした。すると博士はニヤリと笑って、 「フフフ、それは艇長の親心というものだ。艇長は君たちのことを心配して、そういう命令を出したんだ。まもった方がいいね」 と艇長の肩を持った。 「なぜ七日間も、窓から外をのぞいちゃいけないんですか、ぼくはその理由を知りたいです」 「それは……それは、今はいわない方がいいと思う。艇長の命令がとけたら、そのとき話してあげるよ」 それ以上、カンノ博士は何もいわなかった。 正吉と同じ不満を持った、初めての宇宙旅行組の者が二十人ばかりいた。それぞれ、こそこそ不満をもらしていたが、先輩たちは何も説明しなかった。みんな艇長からかたく口どめされているのだった。 見るなといわれると、どうしても見たくなるのが人情であった。正吉は、そのうちこっそりと外をのぞいてやろうと決心した。
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