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偸盗(ちゅうとう)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-16 14:13:53 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



       六

 ふけやすい夏のは、早くも上刻じょうこくに迫って来た。――
 月はまだ上らない。見渡す限り、重苦しいやみの中に、声もなく眠っているきょうの町は、加茂川の水面みのもがかすかな星の光をうけて、ほのかに白く光っているばかり、大路小路の辻々つじつじにも、今はようやく灯影ほかげが絶えて、内裏だいりといい、すすき原といい、町家まちやといい、ことごとく、静かな夜空の下に、色も形もおぼろげな、ただ広い平面を、ただ、際限もなく広げている。それがまた、右京左京うきょうさきょうの区別なく、どこも森閑と音を絶って、たまに耳にはいるのは、すじかいに声を飛ばすほととぎすのほかに、何もない。もしその中に一点でも、人なつかしい火がゆらめいて、かすかなものの声が聞こえるとすれば、それは、香の煙のたちこめた大寺だいじの内陣で、金泥きんでい緑青ろくしょうところはだらな、孔雀明王くじゃくみょおうの画像を前に、常燈明じょうとうみょうの光をたのむ参籠さんろうの人々か、さもなくば、四条五条の橋の下で、短夜を芥火あくたびの影にぬすむ、こじき法師の群れであろう。あるいはまた、夜な夜な、往来の人をおびやかす朱雀門すざくもん古狐ふるぎつねが、かわらの上、草の間に、ともすともなくともすという、鬼火のたぐいであるかもしれない。が、そのほかは、北は千本せんぼん、南の鳥羽とば街道のさかいを尽くして、蚊やりの煙のにおいのする、夜色やしょくの底に埋もれながら、河原かわらよもぎの葉を動かす、微風もまるで知らないように、沈々としてふけている。
 その時、王城の北、朱雀大路すざくおおじのはずれにある、羅生門らしょうもんのほとりには、時ならない弦打ちの音が、さながら蝙蝠こうもりの羽音のように、互いに呼びつ答えつして、あるいは一人、あるいは三人、あるいは五人、あるいは八人、怪しげないでたちをしたものの姿が、次第にどこからか、つどって来た。おぼつかない星明かりに透かして見れば、太刀たちをはくもの、矢を負うもの、おのを執るもの、ほこを持つもの、皆それぞれ、得物えものに身を固めて、脛布はばき藁沓わろうずの装いもかいがいしく、門の前に渡した石橋へ、むらむらと集まって、列を作る――と、まっさきには、太郎がいた。それにつづいて、さっきの争いも忘れたように、猪熊いのくまおじが、物々しくほこの先を、きらりとやみにひらめかせる。続いて、次郎、猪熊いのくまのばば、少し離れて、阿濃あこぎもいる。それにかこまれて、沙金しゃきんは一人、黒い水干すいかん太刀たちをはいて、※(「竹かんむり/祿」、第3水準1-89-76)やなぐいを背に弓杖ゆんづえをつきながら、一同を見渡して、あでやかな口を開いた。――
「いいかい。今夜の仕事は、いつもより手ごわい相手なんだからね。みなそのつもりで、いておくれ。さしずめ十五六人は、太郎さんといっしょに、裏から、あとはわたしといっしょに、表からはいってもらおう。中でも目ぼしいのは、裏のうまやにいる陸奥出みちのくでの馬だがね。これは、太郎さん、あなたに頼んでおくわ。よくって。」
 太郎は、黙って星を見ていたが、これを聞くと、くちびるをゆがめながら、うなずいた。
「それから断わっておくが、女子供を質になんぞとっては、いけないよ。あとの始末がめんどうだからね。じゃ、人数にんずがそろったら、そろそろ出かけよう。」
 こう言って、沙金は弓をあげて、一同をさしまねいたが、しょんぼり、指をかんで立っている、阿濃を顧みると、またやさしくことばを添えた。
「じゃ、お前はここで、待っていておくれ。一刻いっとき二刻ふたときで、皆帰ってくるからね。」
 阿濃は、子供のように、うっとり沙金の顔を見て、静かに合点がてんした。
「されば、こう。ぬかるまいぞ、多襄丸たじょうまる。」
 猪熊いのくまおじは、ほこをたばさみながら、隣にいる仲間をふり返った。蘇芳染すおうぞめ水干すいかんを着た相手は、太刀たちのつばを鳴らして、「ふふん」と言ったまま、答えない。そのかわりに、おのをかついだ、青ひげのさわやかな男が、横あいから、口を出した。
「おぬしこそ、また影法師なぞにおびえまいぞ。」
 これと共に、二十三人の盗人どもは、ひとしく忍び笑いをもらしながら、沙金しゃきんを中に、雨雲のむらがるごとく、一団の殺気をこめて、朱雀大路すざくおおじへ押し出すと、みぞをあふれた泥水どろみずが、くぼ地くぼ地へ引かれるようにやみにまぎれて、どこへ行ったか、たちまちのうちに、見えなくなった。……
 あとには、ただ、いつか月しろのした、うす明るい空にそむいて、羅生門らしょうもんの高いいらかが、寂然せきぜんと大路を見おろしているばかり、またしてもほととぎすの、声がおちこちに断続して、今まで七丈五級の大石段に、たたずんでいた阿濃あこぎの姿も、どこへ行ったか、見えなくなった。――が、まもなく、門上の楼に、おぼつかないがともって、窓が一つ、かたりとあくと、その窓から、遠い月の出をながめている、小さな女の顔が出た。阿濃は、こうして、次第に明るくなってゆく京の町を、目の下に見おろしながら、胎児の動くのを感じるごとに、ひとりうれしそうに、ほほえんでいるのである。

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