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泣虫小僧(なきむしこぞう)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-10-23 13:08:15 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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波と風とにさそわれて 今日も原稿書いている…… 啓吉が、ひどく 「そンなに淋しがるな、ええ? 叔父さんだって、なんじゃ、もんじゃだ。判るかい? 面白いだろう。淋し淋しっていうンだ。しっかりしろ!」 しっかりしろといわれても、中々しゃっくりは止まらなかった。 「変なしゃっくりだなア、ぐっと息を呑み込んで御覧よ。ぐっと大きく……」 コロッケ屋と花屋の前へ来てもしゃっくりが止まらなかった。勘三の家では伸一郎が万歳をして迎えてくれた。 「まア、啓吉、また来たのかい?」 前掛で濡れ手を拭きながら出て来た寛子は、目立って鮮かな頬紅をつけていた。 「姉さんはとうとう都おちだぜ」 「都おち?」 「落ちゆく先きは九州 二十六 「だけど、それは本当でしょうか?」 「本当にも何にも、ほら、これを見て御覧よ。ええ? 拾円札封入してあります。よろしくお願いしますさ。姉さんにすれば、啓坊だって可愛いさ、腹を痛めて産んだ子供だものねえ……」 「可愛いければ何も……」 「連れて行けばいいっていうんだろう。だけど、姉さんにすれば身は一つさ、子供だって可愛いが、連れ添ってみれば御亭主も可愛いとなったら、君はどうする?」 「いくら新しい良人がいいったって、子供は離しませんよ」 「それは、まともな事だよ。だけど、良人がその子供を嫌がったら困るじゃないか」 「そんな無理をいう良人は持ちませんよ」 「そうか、そうすると、さしずめ、俺は無理をいわぬ、いい御亭主だな」 「何ですか、少しばかり懸賞金貰ったと思って厭に鼻息が荒くて……」 「まだ三百円貰えなかったことにこだわっているのだろう? 新しい雑誌社だもの、五拾円でも貰えれば、もって幸福とせにゃならん」 「ああ厭だ厭だ……」 寛子は、啓吉の方へ見向きもしないで、台所の方へ降りて行った。 啓吉は所在がないので、梯子段の上り口に腰を降ろして爪を噛んでいたが相変らずしゃっくりは止まらない。 勘三は、勘三でまた腹這いになって、 「俺だって、こんな生活は厭々なンだ」 と大きい声で呶鳴った。 「そうでしょう……貴方が厭だってことは、この二三日、私によく判っていますよッ」 「大きな口を利くなッ」 「そんな事をおっしゃるけれども、ちゃんと判るンですから……貴方の気持ちなんて……」 「うん、それで、頬紅なンぞつけてきげんとっているんだな?」 「あら厭だ、若い女に言うような冗談はいわないで下さい!」 「冗談か、ま、女って奴は、都合のいいようにばっかり理屈をくっつけたがる、奇妙なもンだ。――啓吉! 出てお出でッ」 啓吉は、さっとして立ちあがった。 寛子は、頬をふるわせて坐り込んでいたが、啓吉が、障子の陰から呆んやり出て来ると「何ですかッ、啓吉啓吉といってさ」と、 叔父のそばへつっ立っていると不思議にしゃっくりが止まった。 「叔母さんはよく怒るねえ」 「僕が来たからだろう?」 勘三は愕いたような目をして、啓吉を見上げたが、 「心配するな、叔父さんが後にひかえている。――子供のくせに、ええ? 心細がる奴があるかッ」 「…………」 「ああ、叔父さんだって、まごまごしちゃいられないんだ。啓坊も叔父さんもうんと勉強してさ、ねえ、――そこの煙草を取ってくれよ」 啓吉は銀紙のはみ出たバットを部屋の隅から取って来てやった。 「九州って遠いの?」 「九州か、そりゃッ遠いさ……行きたいか?」 「…………」 「母さんが一番いいんだろう……」 「だって、あのおじさんのいない時には、母さん、うんと僕たち、可愛いがるよ」 「いまに、礼子ちゃんと帰って来るさ、待てるだろう?」 啓吉は心の中で、「どこで待てばいいか」と訊きたかった。 二十七 啓吉は伸一郎を守りしながら、誰にも愛されないで、叔父の散らかしている本ばかりを読んで暮らした。 アンデルセンの絵なき絵本という本は、そっと自分のランドセールに隠してしまった位すきであった。 絵なき絵本を読むと、飛んでもない連想が湧いて、遠い長崎に行った母親を尋ねて行きたくなった。――長崎へ行くには、不思議な色々な道があるのに違いないと思った。 学校で、木のてっぺんにもずが鳴いていた時のように、よく晴れた朝であった。 啓吉は、勝手をしている叔母や、朝寝をしている叔父達に黙って、ランドセールを背負ったままほつほつ西への道へ向って歩いた。 アドバルウンが、月のような色をして昇っている。啓吉は歩きながら、段々心細くなって来たが、それでも引きかえす気持ちはなかった。 ただ、啓吉の心をかすめてゆくものは、学校の庭の景色や伸一郎が壊してしまった硝子の壺の事や、ガレージの二階の尺八吹きの部屋のありさまなどで、肉親の事と言えば、やっぱり、母だけが泣きたい程、なつかしいのであった。 空が青くって奇麗だ。 自分の前へ進んで行く、柱のように長い自分の影を踏んで、啓吉は、学校へ行く時のようにランドセールをゆすぶりながら歩いた。 「おおいッ! あッ、あぶないッ」 誰かが啓吉の後から突き飛ばした。啓吉はよろよろ二三歩前へつんのめったが、前額部をがあんと道へ打つけたと思うと、後はそのまま、暫く何も覚えがなかった。 目の上に海のような空所が見える。血の筋が渦巻きのような模様を造って色々に描かれて行った。 「おおい!」 誰かが呼んでいるようだ。後から 「しっかり、しっかり」 と、勢いをつけてくれている。 だが 「痛いよう!」 啓吉は、思わずうなり声をあげた。 自分のうなり声に、思わず瞼をあけると、白い部屋の真ん中に、啓吉は横になっていた。アンデルセンの物語りのなかのように、小さいながら清潔な部屋で、月のような若い看護婦が二人も、啓吉の枕元に立っていた。 枕元には海のように青い空だけ見える窓が一つあった。 「痛いですか?」 脣の奇麗な看護婦が訊いた。啓吉は顔を 手も足も、動かせば、すぐずきんずきんと頭に響いた。看護婦達が、枕元で、窓の下を見て話しあっている。 「運がよかったのねえ、ランドセールが身代りに、まるでおせんべいみたいだったンですって……」 啓吉は、菓子の銀紙にする、鉛を積んだトラックにはねとばされたのであった。 啓吉は、うつらうつら薄目のままでまた深い眠りにおちたが、頭の中に、唄のような柔かい風が吹きこんで、蝶々も小鳥も、鰐も、草花も、太陽も、啓吉の夢のなかで、絵具が溶けるように、水のようなものの中にそれが拡がって行った。 (昭和九年十月二十三日―十一月二十一日 東京朝日新聞) 底本:「日本文学全集20 林芙美子集 」河出書房新社 1966(昭和41)年2月3日発行 入力:林 幸雄 校正:小林繁雄 2003年8月8日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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