四
高清水へ着いたときにはもう薄暗くなっていた。嘉三郎は、以前、商用で何度も来たことがあったが、詳しくは知らなかった。それに、素面で会うのも、何となく厭な気がした。嘉三郎は町外れの居酒屋に這入った。 「冷てえのを茶碗でくんねえかね。」 嘉三郎はぽっそりと言った。同時に、二三人の客の眼が、嘉三郎の方へ一斉に集まって来た。嘉三郎は手で髭を隠すようにした。 「あの、高橋治平さんという人の家は、どの辺だね?」 嘉三郎は、そう酒を運んで来た茶屋女に、髭を隠すようにしながら訊いた。 「すぐこの先でがす。三軒、四軒、五軒、六軒目の家でがす。饂飩屋ですぐ判ります。」 「その家には、離室でも、別にあるのかね?」 「離室って、前に、馬車宿をしてたもんだから、そん時の待合所を奥さ引っ込んで、どうにか人が寝泊まり出来るように拵えたのがあるにはあんのでがすけど、今のどころ、他所者の若夫婦が借りてるようでがす。」 「お! 一栗の嘉三郎旦那じゃねえかね?」 突然、そう誰かが、薄暗い土間から立ちあがった。 「私かね? 私は古川の者ですよ。古川の繭商人ですよ。」 嘉三郎はぎょっとしながら、髭を隠して、声色を使ってそう言った。 「併し、よく似た人だがなあ。」 印半纏の土工風の男は首を傾げながら言った。 併し、嘉三郎は、そのまま何も言わずに、残っている冷酒を一息にあおると、忙しく勘定をして、梅雨の暗い往来へ出て行った。
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