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高山の雪(こうざんのゆき)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-5 8:57:46 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

底本: 山岳紀行文集 日本アルプス
出版社: 岩波文庫、岩波書店
初版発行日: 1992(平成4)年7月16日
入力に使用: 1994(平成6)年5月16日第5刷

底本の親本: 小島烏水全集 全14巻
出版社: 大修館書店
初版発行日: 1979年9月~1987年9月

 

    一

 日本は海国で、島国であるには違いないが、国内には山岳が重畳ちょうじょうして、その内部へ入ると、今でも海を見たことのないという人によく出会うのは、私が山岳地の旅行で親しく知ったことである。これに反して山を(高低の差別はあるにもせよ)未だ生れてから見たことがないという人は、盲目でない限りは、殆んどないようである。これは山岳そのものの性質が立体で、遠見が利くからでもあるが、日本が全体において山岳国であることが解る。極端に言えば、日本人は国内においては、向うに山の見えないという地平線に立ったことは、未だないはずである。冬は言うまでもないとして、三月四月頃、試みに郊外に出て見給え、遠くに碧い山か、斑らな雪の縞を入れて、菜の花の末、または青葉若葉の上に、浮ぶように横たわっている。もっとも山の高低や、緯度の如何いかんに随って雪の多少はあるが、高山の麓になると、一年中絶えず雪を仰ぎ視る事が出来る。就中なかんずく夏の雪は、高山の資格を標示する徽章である。
 雪と山とは、このように密接な関係があり、山上の雪は後に説明するいわゆる「万年雪」や、氷河となっている。即ち永久に地殻の一部を作っているので、地質学者は雪を岩石の部に編入しているほどである。雪と山との合体から、雪の色が山の名になってしまった例はすこぶる多い。日本で一番名高いのは「越の白山」と古歌に詠まれた加賀(飛騨にもまたがる)白山(二六八七米突メートル)である。それから日本全国中、富士山に次いでの標高を有する、私共のいわゆる日本南アルプスの第一高峰白峰しらね(三一九二米突)がそれである。やや低い山で、割合に有名なのは、日光と上州草津に白根山(日光二二八六米突、草津二一四二米突)という同名のが二つある。これを外国に見ると、全世界の大山脈を代表するほどに有名なる欧洲アルプスは、前章にも述べた通り、「白き高山」ということで、アルプス山中の最高峰モン・ブラン(Mont Blanc 四八一一米突)は正に白山という義である。その他亜細亜アジア大陸のヒマラヤ大山脈中にも似寄った意義の山名は少なからず発見せられる。即ち「世界の屋根」と呼ばれるヒマラヤ山は、最高峰エヴェレスト Everest は、海抜三万尺の高さに達しているが、ヒマラヤは梵語ぼんご「雪あるところ」という意義であるそうで、そこから「雪山」という漢訳語も、起因しているのである。また先年本邦に立寄られた大探検家スエン・ヘディン氏(Sven Hedin)の講演によれば、パミール第一の高山七千八百米突のムスタアグ・アー夕山は、土耳古トルコ語で「氷雪白き山岳の父」という意味だそうである、同氏はトランス・ヒマラヤを越えて、西方へ行き、ダングラユムツオ Dangrayumtsuo なる湖水のかたわらに、タルゴ・ガングリ Targo-gangri 山を発見せられたが、この「ガングリ」なる名は、しばしば西蔵チベット語に出て来る「氷の山」の義で、常に崇高な氷雪を戴いているため、チベット人は、神聖視しているとのことだ。
 また北米で有名な、シエラ・ネヴァダ山 Sierra Nevada のシエラは鋸歯ということだが、ネヴァダは万年雪(N※(アキュートアクセント付きE小文字)v※(アキュートアクセント付きE小文字))と語原を同じゅうした「雪の峰」ということである、米人ジョン・ミューア John Muir は、かつてヨセミテ谿谷 Yosemite Valley の記を草して、このシエラ山は全く光より成れる観があると言って、シエラをば「雪の峰と呼んではいけない、光の峰と名づけた方がいい」と言ったが、雪のある峰であればこそ、光るので、我が富士山が光る山であるのは、雪の山であるためではあるまいか。
 顧みて「高根の雪」なる美しい語が、我が日本の古くからの歌に散見するのも、我が山岳国には欠かれない存在であると云わねばならない。しかしながら、単に「雪で白い山」だけなら、理解力の幼稚な小児でも言える。私どもの知識欲は、この荘厳にして視神経を刺戟する程度の強さが、容積の大から来るそれに匹敵する山岳に対して、もう少し、微細に深刻に入って見たい。
 思うに、人事において流行はやりすたりのある如く、自然においても旧式のものと新式のものが自らある、空中飛行機におどろく心は、やがて彗星をあやしむ心と同一であると云えよう。自然に対しても、近代人は近江八景や、二見ヶ浦の日の出のような、伝習にとらわれた名所や風光で満足が出来ないのである。ちょうど十九世紀に著しく勃興した探検事業は、科学的研究心と合体して、未知数に向い、無人境に向った結果、山岳研究ということが、欧洲より米国に、また日本に伝わって来て、諸々の文明国は、山岳会を有するに至った。何故ならば、山岳は百般の自然現象を、ほぼ面積の大なる垂直体に収容した博物館であり、美術殿堂であるからである。就中山岳の雪は、研究の対象として最も興味のある題目である。

      二

 山岳は雪を被むるによって、その美しさを一層増す。朝は日を受けて柔和な桃色をし、昼は冴えた空に反映して、燧石すいせきのようにキラキラきらめき、そのあまりに純白なるために、傍で見ると空線に近い大気を黒くさせて、眼を痛くすることがある。夕は日が背後に没して、紫水晶のように匂やかに見える。筑波山の紫は、花崗石の肌の色に負うことが多いが、富士山の冬の紫は、雪の変幻から生ずる色といっても大過はあるまい。
 ただしこれらは遠くで見る山の美しさである、実際日本北アルプス辺の峰頭に立って見ると雪田の美しさは、また別物である、柔かく彎曲する雪田の表面は、刃のような山稜から、暗い深い谷に折れ、窪地に落ちこんでは、軟らかい白毛の動物の背中のように円くなり、長くねった皴折ひだの白い衣は、幾十回となく起伏を重ねて、凹面にはデリケートな影をよどませ、凸面には金粉のような日光を漂わせ、その全体は、単純一様に見えながら、部分の曲折、高低、明暗は、複雑な暗示に富み、疲れた眼には完全なる安息という観念を与える、そのまた雪白色は、蒼空と映じていかにも微細で尖鋭な、ピンク色に変化させる。
 もっともこう言った雪の美しさだけなら、何も高山に限らず、寒帯地方で、もっと大規模に見られるかも知らぬが、高山特得ともいうべきは、空の濃碧であること、色彩の光輝あること、植物の変化と豊饒なることなどが、その背景バックになっていることで、北寒地方の雪といえども、これらには辛うじて匹敵し得られるに過ぎまい。
 しかしながら山岳の雪は、ただその美観によって研究される価値あるばかりでなく、造山力を有する動作から言っても、雪それ自身の特立した状態から言っても、また生物を保護する恩恵から言っても、興味があるから、以下にこれを説く事にする。
 こころみに諸君と共に、郊外に立って雪の山を見よう、雪が傾斜のある土の上に落ちると、水のように低きに就く性質を有するから、山の皺や襞折ひだの方向に従って、それを溝渠として白い縞を織る。平生はあるとも見えぬ皺が、分明に出来る。そればかりではなく、空線の遥か遠くに、白い頭が方々に出るので、あんな所にも山があったのかと初めて気がく。また山の頭のギザギザは、白くなったために、輪廓がハッキリして、一本一本の尖りまで見える。
 白い山に碧い空は、最も対照の美なるものである、或植物学者が花の色の最も眼にハッキリ見えやすいのは、緑の葉で包まれた白い花である、と言ったが、碧い空で包まれた白い山も、同じ視線をくのである。それに反して紫の山となると、碧い空との区別が朦朧としてしまう。その時には、雪の白色を拭き消された夕暮になるのである。富士山を見ると、雪の真っ白なときには、頂上の八朶はちだの芙蓉にたとえられた峰々がよく別る。山腹に眼をうつすと、あの雪の中で藍になって雪が消えたように見える所がある。あれは宝永の噴火口で、雪が実際は消えていないのであるが、火口壁の陰影で、藍色に見えるのである。少し近づいて見ると、その火口壁の雪は、反対に白紙でも貼りつけたように目立って見える。また方面によっては、二合目位から以下に、雪が及んでいないのは、それも実際雪がないからではなく、森林帯の黒木のためにち切られているからである。
 古い雪の上に新雪が加わると、その翌る朝などは、新雪が一段と光輝を放ってまばゆく見える。雪は古くなるほど、結晶形を失って、粒形に変化するもので、粒形になると、純白ではなくなる、また粒形にならないまでも、古い雪に白い輝きがなくなるのは、一部は空気を含むことが少ないからで、一部は鉱物の分子だの、塵芥泥土だのが加わって、黄色、灰色、または鳶色に変ってしまうからだ。殊に日本北アルプスの飛騨山脈南部などでは、硫黄岳という活火山の降灰のために、雪のおもてが、瀝青チャンを塗ったように黒くなることがある、「黒い雪」というものは、私は始めて、その硫黄岳の隣りの、穂高岳で見た、黒い雪ばかりじゃない、「赤い雪」も槍ヶ岳で私の実見したところである。私は『日本アルプス』第二巻で、それを「色が桃紅なので、水晶のような氷の脈にも血管が通っているようだ」と書いて、原因を花崗岩の※爛ばいらん[#「雨かんむり/毎」、346-2]した砂に帰したが、これは誤っている、赤い雪は南方熊楠みなかたくまぐす氏の示教せられたところによれば、スファエレラ・ニヴァリス Sphaerella Nivalis という単細胞の藻で、二本のひげがある。水中を泳ぎ廻っているが、また鬚を失って円い顆粒となり、静止してしまう、それが紅色を呈するため、雪が紅になるので、あまり珍しいものではないそうである、但し槍ヶ岳で見たのも、同種のものであるや否やは、断言出来ないが、要するに細胞の藻類であることは、確かであろうと信ずる、ラボックの『瑞士スイス風景論』中、アルプス地方に見る紅雪として、挙げてあるのも、やはり同一な細胞藻であった、この外にアンシロネマ Ancylonema という藻が生えて、雪を青色または菫色に染めることもあるそうであるが、日本アルプス地方では、私は未だそういう雪を見たことはない。(紅雪を標品として採集するには、雪と共に瓶の中へ入れ、フォルマリン薬を臭気強いまで滴下して置けば、雪は無論溶けるが、藻は保存が出来る、ただし紅色はやや久しいうちには、全く失われるが、学術標品としては差支えないのである。)
 さて新雪について言うと、低地の気温の高い所で、密集した雲が雨となるように、山岳の高寒地のそれは雪になる、しかし今まで降っていた雪が、低い空気層に入ると、たちまち雨と変わることは高山を上下する人のよく遭遇する所である。こういう時、下りて見ると、麓の草原は雨の雫で緑がシットリと輝くのと対照して、山の新しい雪が、キラキラと雲母のように光って、雪と雨とを区別する境界線が、山の中腹に引かれている。これはいわゆる雪線で、よく新聞の電報欄に、昨夜何山の何合目まで降雪ありという、その何合目が即ち雪線に当るのである、しかし地理学で普通に言う雪線もしくは恒雪線などいうのは、そのように雪の供給と消費が、一時に精密に平均する地点を意味するのでなくて、年々落ちる雪の量が、次年の夏に悉く(でなくともほぼ全体)消費される地線を指すので、一年または数年の経過を含めてのことである。――高山の中腹では、この雪線を境としてその上に雪が堆積して、万年雪となり、その万年雪の一部が氷河の運動を起して、徐々そろそろと下落し、遅かれ早かれ、融解するのである。
 但し花崗岩や片麻岩質の、石が硬くとも分解しやすい山(日本南アルプスの駒ヶ岳山脈や、関東山脈の西端、甲武信三国境界附近の、花崗岩塊にこの種の高山が多い)は、岩石大崩壊のために遠望すると白くなって雪とまぎらわしいが、久しく空気にさらされているので、雪に比べると晶明な光輝が乏しいので、あまり遠からぬ距離からは、容易に区別される。
 かかる高山の雪は、何時いつ頃降るだろうか。
 一体高山の初雪というのは、改まった暦の初めに降るという意味なのでなく、雪の消滅時季なる夏を通過してから、後に初めて降る雪を言うのである。故に一月元旦に降ったからとて、必ずしも初雪とはいわず、前年の九月や十月頃に降った方のを、かえって初雪と称する。それも山に常住して言うのではなく、遠望して言うのだから、世に報告された初雪なるものが、正しいか否かは疑問である。いわゆる初雪は、一昨々年の調査によると、

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