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五重塔(ごじゅうのとう)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-4 9:52:40 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


       其三十一

 時は一月の末つ方、のつそり十兵衞が辛苦経営むなしからで、感応寺生雲塔いよ/\物の見事に出来上り、段※(二の字点、1-2-22)足場を取り除けば次第※(二の字点、1-2-22)※(二の字点、1-2-22)とに露るゝ一階一階また一階、五重巍然ぎぜんと聳えしさま、金剛力士が魔軍を睥睨にらんで十六丈の姿を現じ坤軸こんぢくゆるがす足ぶみして巌上いはほに突立ちたるごとく、天晴立派に建つたる哉、あら快よき細工振りかな、希有ぢや未曾有ぢやまたあるまじと爲右衞門より門番までも、初手のつそりを軽しめたる事は忘れて讃歎すれば、圓道はじめ一山いつさんの僧徒も躍りあがつて歓喜よろこび、これでこそ感応寺の五重塔なれ、あら嬉しや、我等が頼む師は当世に肩を比すべき人も無く、八宗九宗の碩徳せきとく達虎たちこ豹鶴鷺へうかくろと勝ぐれたまへる中にも絶類抜群にて、譬へば獅子王孔雀王、我等が頼む此寺の塔も絶類抜群にて、奈良や京都はいざ知らず上野浅草芝山内、江戸にて此塔これに勝るものなし、殊更塵土に埋もれて光も放たず終るべかりし男を拾ひあげられて、心の宝殊たまの輝きを世に発出いだされし師の美徳、困苦にたゆまず知己に酬いて遂に仕遂げし十兵衞が頼もしさ、おもしろくまた美はしき寄因縁なり妙因縁なり、天の成せしか人の成せし将又諸天善神の蔭にて操り玉ひし歟、をくを造るに巧妙たくみなりし達膩伽尊者たにかそんじやの噂はあれど世尊在世の御時にも如是かく快き事ありしを未だきかねば漢土からにもきかず、いで落成の式あらば我を作らむ文を作らむ、我歌をよみ詩をして頌せむ讃せむ詠ぜむ記せむと、各※(二の字点、1-2-22)互に語り合ひしは慾のみならぬ人間ひとの情の、やさしくもまた殊勝なるに引替へて、測り難きは天の心、圓道爲右衞門二人が計らひとしていと盛んなる落成式執行しふぎやうの日も略定まり、其日は貴賤男女の見物をゆるし貧者にあまれる金を施し、十兵衞其他をねぎらひ賞する一方には、また伎楽を奏して世に珍しき塔供養あるべき筈に支度とり/″\なりし最中、夜半の鐘の音の曇つて平日つねには似つかず耳にきたなく聞えしがそも/\、※(二の字点、1-2-22)ぜん/\あやしき風吹き出して、眠れる児童も我知らず夜具踏み脱ぐほど時候生暖かくなるにつれ、雨戸のがたつく響き烈しくなりまさり、闇に揉まるゝ松柏の梢に天魔のさけびものすごくも、人の心の平和を奪へ平和を奪へ、浮世の栄華に誇れる奴等の胆を破れや睡りをみだせや、愚物の胸に血のなみ打たせよ、偽物の面の紅き色奪れ、斧持てる者斧を揮へ、矛もてるもの矛を揮へ、汝等がき剣は餓えたり汝等剣に食をあたへよ、人の膏血あぶらはよき食なり汝等剣に飽まで喰はせよ、飽まで人の膏膩をへと、号令きびしく発するや否、猛風一陣どつと起つて、斧をもつ夜叉矛もてる夜叉餓えたる剣もてる夜叉、皆一斉に暴れ出しぬ。

       其三十二

 長夜の夢を覚まされて江戸四里四方の老若男女、悪風来りと驚き騒ぎ、雨戸の横柄子よこざる緊乎しつかと挿せ、辛張棒を強く張れと家※(二の字点、1-2-22)ごとに狼狽うろたゆるを、可愍あはれとも見ぬ飛天夜叉王、怒号の声音たけ/″\しく、汝等人を憚るな、汝等人間ひとに憚られよ、人間は我等を軽んじたり、久しく我等を賤みたり、我等に捧ぐべき筈の定めのにへを忘れたり、這ふ代りとして立つて行く狗、驕奢おごりねぐら巣作れるとり尻尾しりをなき猿、物言ふ蛇、露誠実まことなき狐の子、汚穢けがれを知らざるゐのこ、彼等に長く侮られて遂に何時まで忍び得む、我等を長く侮らせて彼等を何時まで誇らすべき、忍ぶべきだけ忍びたり誇らすべきだけ誇らしたり、六十四年は既に過ぎたり、我等を縛せし機運の鉄鎖、我等を囚へし慈にん岩窟いはやは我が神力にて※(「てへん+止」、第3水準1-84-71)ちぎり棄てたり崩潰くづれさしたり、汝等暴れよ今こそ暴れよ、何十年の恨の毒気を彼等に返せ一時に返せ、彼等が驕慢ほこりの臭さを鉄囲山外てつゐさんげつかんで捨てよ、彼等の頭を地につかしめよ、無慈悲の斧の刃味の好さを彼等が胸に試みよ、惨酷の矛、瞋恚しんいの剣の刃糞と彼等をなしくれよ、彼等がのんどに氷を与へて苦寒に怖れわなゝかしめよ、彼等が胆に針を与へて秘密の痛みに堪ざらしめよ、彼等が眼前めさきに彼等が生したる多数おほくの奢侈の子孫を殺して、玩物の念を嗟歎の灰の河に埋めよ、彼等は蚕児かひこの家を奪ひぬ汝等彼等の家を奪へや、彼等は蚕児の智慧を笑ひぬ汝等彼等の智慧を讃せよ、すべて彼等の巧みとおもへる智慧を讃せよ、大とおもへるこゝろを讃せよ、美しと自らおもへる情を讃せよ、かなへりとなす理を讃せよ、つよしとなせる力を讃せよ、すべては我等の矛の餌なれば、剣の餌なれば斧の餌なれば、讃して後に利器えものひ、よき餌をつくりし彼等を笑へ、嬲らるゝだけ彼等を嬲れ、急に屠るな嬲り殺せ、活しながらに一枚※(二の字点、1-2-22)※(二の字点、1-2-22)皮を剥ぎ取れ、肉を剥ぎとれ、彼等が心臓しんを鞠として蹴よ、枳棘からたちをもて脊をてよ、歎息の呼吸涙の水、動悸の血の音悲鳴の声、其等をすべて人間ひとより取れ、残忍の外快楽なし、酷烈ならずば汝等疾く死ね、れよ進めよ、無法に住して放逸無慚無理無体にれ立て暴れ立て進め進め、神とも戦へぶつをも擲け、道理をやぶつて壊りすてなば天下は我等がものなるぞと、叱咤する度土石を飛ばして丑の刻より寅の刻、卯となり辰となるまでもちつとも止まず励ましたつれば、数万すまん眷属けんぞく勇みをなし、水を渡るは波を蹴かへし、をかを走るは沙を蹴かへし、天地を塵埃ほこりに黄ばまして日の光をもほとほと掩ひ、斧を揮つて数寄者が手入れ怠りなき松を冷笑あざわらひつゝほつきと斫るあり、矛を舞はして板屋根に忽ち穴を穿つもあり、ゆさ/\/\と怪力もてさも堅固なる家を動かし橋を揺がすものもあり。手ぬるし手ぬるし酷さが足らぬ、我に続けと憤怒の牙噛み鳴らしつゝ夜叉王の躍り上つて焦躁いらだてば、虚空に充ち満ちたる眷属、をたけび鋭くをめき叫んで遮に無に暴威を揮ふほどに、神前寺内に立てる樹も富家の庭に養はれし樹も、声振り絞つて泣き悲み、見る/\大地の髪の毛は恐怖に※(二の字点、1-2-22)竪立じゆりつなし、柳は倒れ竹は割るゝ折しも、黒雲空に流れて樫の実よりも大きなる雨ばらり/\と降り出せば、得たりとます/\暴るゝ夜叉、垣を引き捨て塀を蹴倒し、門をもこはし屋根をもめくり軒端の瓦を踏み砕き、唯一揉に屑屋を飛ばし二揉み揉んでは二階を捻ぢ取り、三たび揉んでは某寺なにがしでらを物の見事につひやし崩し、どう/\どつとときをあぐる其度毎に心を冷し胸を騒がす人※(二の字点、1-2-22)の、彼に気づかひ此に案ずる笑止の様を見ては喜び、居所さへも無くされて悲むものを見ては喜び、いよ/\図に乗り狼籍のあらむ限りを逞しうすれば、八百八町百万の人みな生ける心地せず顔色さらにあらばこそ。
 中にも分けて驚きしは圓道爲右衞門、折角僅に出来上りし五重塔は揉まれ挟まれて九輪は動ぎ、頂上の宝珠は空に得読めぬ字を書き、岩をも転ばすべき風の突掛け来り、楯をも貫くべき両の打付ぶつかり来る度撓む姿、木の軋る音、もど姿さま、又撓む姿、軋る音、今にも傾覆くつがへらんず様子に、あれ/\危し仕様は無きか、傾覆られては大事なり、止むる術も無き事か、雨さへ加はり来りし上周囲に樹木もあらざれば、未曾有の風に基礎どだい狭くて丈のみ高き此塔のこらへむことの覚束なし、本堂さへも此程に動けば塔は如何ばかりぞ、風を止むる呪文はきかぬか、かく恐ろしき大暴風雨に見舞に来べき源太は見えぬ歟、まだ新しき出入なりとて重※(二の字点、1-2-22)来では叶はざる十兵衞見えぬか寛怠なり、ひとさへ斯様かほど気づかふに己がし塔気にかけぬか、あれ/\危し又撓むだは、誰か十兵衞招びに行け、といへども天に瓦飛び板飛び、地上に砂利の舞ふ中を行かむといふものなく、漸く賞美の金に飽かして掃除人の七藏爺を出しやりぬ。

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