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銅銭会事変(どうせんかいじへん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-3 7:32:56 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


    慶安以来の大捕り物

うしろ幾多いくたの宝玉ありや?」
「一百八」
「途上虎あり、いかにして来たれる?」
「我すでに地神に請えり、全国通過を許されたり」
「汝橋を過ぎたるや否や?」
「我過ぎたり
「いずれの橋ぞ?」
「二はんの橋」
「これすなわち二板橋、何ゆえに二板の橋というや?」
明末みんまつしんこれをこぼち、なおいまだ修せられず」
「何んの木の橋ぞ?」
「否々これ樹板にあらず、左は黄銅、右は鉄板」
「誰かこれを造れるものぞ?」
「朱開、及び朱光の徒」
「二板橋の起原如何いかん?」
「少林寺焚焼ふんしょうされ、五祖叛迷者に傷害しょうがいされんとするや、達尊爺々たつそんやや験を現わし、黄雲を変じて黄銅となし黒雲を変じて鉄となす」
 こんな塩梅あんばいの言葉であった。はたして会員か会員でないかを、問答によって確かめたのであった。またも人影が産まれ出た。同じような陣形であった。門前で問答が行われた。続々人影が現われた。みんな門前へ集まって来た。そのつど問答が行われた。
 銅銭会員三百人が、すっかり門前へ集まったのであった。
 と、五、六人の人影が、スルスルと塀の上へ上って行った。音もなく門内へ飛び下りた。門を開けようとするのであろう。だが門は開かなかった。そうして物音もしなかった。人は帰って来なかった。何んの音沙汰もしなかった。
 いつまでも寂然と静かであった。
 十人の人影が塀を上った。それから向こうへ飛び下りた。何んの物音も聞こえなかった。そうして門は開かなかった。十人の者は帰って来なかった。何んの音沙汰もしなかった。いつまでも寂然と静かであった。
 銅銭会員は動揺し出した。口を寄せ合ってささやいた。
「敵に用意があるらしい」不安そうに一人がいった。
「殺されたのか? 生擒いけどられたのか?」
「どうして声を立てないのだろう?」
 彼らの団結は崩れかかった。右往左往に歩き出した。
「門を破れ。押し込んで行け」
「いや今夜は引っ返したがいい」
 彼らの囁やきは葉擦れのようであった。
「あっ!」と一人が絶叫した。「あの人数は? 包囲された!」
 まさしくそれに相違なかった。往来の前後に黒々と、数百の人数がたむろしていた。隅田川には人を乗せた、無数の小舟が浮かんでいた。露路という露路、小路という小路、ビッシリ人で一杯であった。捕り方の人数に相違なかった。騎馬の者、徒歩かちの者、……八州の捕り方が向かったのであった。
 銅銭会員は一団となった。やがて十人ずつ分解された。そうして前後の捕り方に向かった。
 こうして格闘が行われた。
 全く無言の格闘であった。だがどういう理由からであろう?
 官の方からいう時は、御用提燈ごようちょうちんを振りかざしたり、御用の声を響かせたりして、市民の眼を覚ますことを、極端に恐れ遠慮したからであった。捕り物の真相が伝わったなら、――すなわち将軍家紛失の、その真相が伝わったなら、どんな騒動が起こるかも知れない。それを非常に案じたからであった。
 だがどうして銅銭会員は悲鳴呶号しなかったのであろう? それは彼らの「十禁」のうちに、こういうことがあるからであった。
「究極において悲鳴すべからず。これにそむくものは九指を折らる」
 九指とは九族のいいであった。
 春の闇夜を数時間に渡って、無言の格闘が行われた。
 その結果は意外であった。銅銭会員は全部死んだ。すなわちある者は舌を噛み、またある者は水に投じ、さらにある者は斬り死にをした。

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