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血曼陀羅紙帳武士(ちまんだらしちょうぶし)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-3 6:56:46 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


    昔の同志、今の讐敵

「ああようやく、わしの記憶は蘇生よみがえって来た。……ああ、これが、道了塚で勘兵衛と決闘した原因だったのだ。……決闘の結果は私の負けだったが」
「あなた様が股を勘兵衛に斬られて倒れられたお姿が、木の間ごしに見えましてございます」
彼奴きゃつの方が以前まえからわしより強かったのだからなあ。……彼奴は私の倒れるのを見て、林の中へ駈け込んで行った」
「勘兵衛お頭は私めを連れまして立ち去ったのでございます。……それから数日経ちました夜、勘兵衛お頭には私を連れて、ここ道了塚へ参り、穴倉を開き、財宝を取り出し、持ち去りましてござります」
「それだのに彼奴め、過ぐる年、私の所へ参り、財宝と天国の剣とを奪ったのは私であろうと云い懸かりを付けおった」
「それもこれも、勘兵衛めの過去の罪悪を知っておる者、今日日きょうびでは、あなた様と私とただ二人だけというところから、難癖をつけて、あなた様を討ち取ろうとなされたのでございましょう」
「その私はどうかというに、浪人組を解散して以来、ずっと古屋敷に、隠者のように生活くらしていた。日課とするところは、道了塚へ行って、我々の罪悪の犠牲になった人々の菩提を葬い、懺悔することだった。……私の心は日に月に陰気になって行ったものだ」
 思い出多い過去の形見を、身に近く持っているということは、多くの場合、その人を憂欝にし、衰弱に導くものである。たとえば、亡妻の黒髪を形見として肌身に附けている良人ひとが、いつまでも亡妻の思い出から遁がれることが出来ず、日に日に憂欝になり衰弱して行くように。……薪左衛門が、過去の罪悪の形見の道了塚を附近ちかくに持ち、そこへ日参したということは、彼を憂欝にし彼を衰弱させたらしい。
「衰弱している私の所へ、博徒の頭、松戸の五郎蔵と成った勘兵衛が来て、私を威嚇おどしたのじゃ、典膳よ、恥ずかしながらわしは、その時以来今日まで発狂していてのう」
「又兵衛殿オーッ、私はその勘兵衛のために、嬲り殺しにかけられ、コ、このありさまにござりまする!」
「全身血達磨だるま! どうしたことかと思ったに、勘兵衛めに嬲り殺し※(感嘆符疑問符、1-8-78) ……どこで? どうして?」
 この時嘲笑うような声が聞こえて来た。

    道了塚の縁起

「嬲り殺しには府中でかけた! 理由わけか? 強請ゆすりに来たからよ」
 それは五郎蔵であった。林から抜けて、典膳の後を追って来た五郎蔵であった。年にも似ない逞ましい足をからげた衣裳の裾から現わし、抜き身をひっさげ、典膳の背後に立っていた。
「又兵衛!」と、五郎蔵は、典膳などには眼もくれず、はだかった襟から、胸毛の生えている肉厚の胸を覗かせ、わしのような眼をヒタと塚の頂きの薪左衛門へ据え、呼ばわった。
「久しぶりで、妙な所で逢ったのう。……さて、くどい事は云わぬ、ここで逢ったを幸い、始末をする! 典膳と一緒に」
「…………」薪左衛門は、五郎蔵を認めた瞬間顔色を変えた。恐怖で蒼褪めた。しかし、五郎蔵の言葉の終えた頃には、口もとに、皮肉の微笑を漂わせていた。
「又兵衛」と五郎蔵は、相手を呑んでかかった、悠々とした声で云いつづけた。「俺とお主とは、昔は兄弟分、随分、仲もよかった。そうして現在いまでも、大して怨恨うらみを持ち合っているという訳でもない。二十年前ここでお主と斬り合ったのも、東十郎を殺す助けるの意見の相違からに過ぎなかった。その後お前の屋敷へ訪ねて行ったのも、実はお主がどのような生活くらしをしているか知りたかったまでよ。だからよ、何もここでお主を討ち果たす必要はなさそうだが、だがやっぱり討ち果たさなければいけないなあ。というのはこの男の悪い例があるからよ」と、はじめて典膳の方へ眼をやり、抜き身の峰で、典膳の肩の辺を揶揄やゆするように叩いたが、「俺アこの男へは相当の手当をし『これまでの縁だ、今後はお互いに他人になろう、顔を合わせても挨拶もするな』と云って、二十年前に別れたところ、二、三日前に、みすぼらしい風をして、俺の賭場ところへやって来て、昔のことを云い出し、強請りにかかった。……そこで俺は思うのだ、いつお主が、隠者のような生活から脱け出して、俺を強請りに来はしまいかとな。このおそれをなくすにゃア、お主をこの世から……」
「黙れ!」と、薪左衛門ははじめてえた。「黙れ勘兵衛! そういう汝こそ、この剣の錆になるなよ!」
 薪左衛門は、手に捧げていた天国あまくにの剣のつばの辺を額にあて、拝むような姿勢をとったが、
「これ勘兵衛、汝は今、二人の間には、命取るような深い怨恨はないと申したな、大違いじゃ! 拙者においては、この年頃、命取るか取られるか、是非にもう一度この道了塚で、汝と決闘しようものと、そればかりを念願といたしておったのじゃ。そうであろうがな、浪人組の二人頭として、苦楽を共にし、艱難かんなんを分け合った仲なのに、いざ組を解散するとなるや、共同の財宝を汝一人で奪い、天下の名刀を奪い取り――ええ、弁解申すな! 典膳よりたった今、事情悉皆しっかい聞いたわ! ……のみならず、それらの悪行を、この薪左衛門にかずけようとした不信の行為! のみならず、辛酸を嘗め合った同志を穴埋めにした裏切り行為! 肉を喰うも飽き足りぬ怨恨憎悪が、これでかもされずにおられようか! ……持つ人の善悪にかかわらず、持つ人に福徳を与うと云われておるこの天国の剣が、我が手に入ったからには、汝と我との運命、転換かわったと思え! かかって来い勘兵衛、この天国の剣で真っ二つにいたしてくれるわ!」
 五郎蔵は、むしろ唖然とした眼付きで、春陽を受けた剣が、虹のような光茫ひかりを、刀身の周囲に作って、卯の花のように白い薪左衛門の頭上に、振り冠られているのを見上げたが、
「ナニ、天国の剣? ……どうして汝の手に?」
 と、前後を忘れ、ズカズカと塚の裾の方へ歩み寄った。
 と、その時まで、塚の真下に、小岩を抱いて、奄々えんえんとした気息で、伏し沈んでいた典膳が、最後の生命力ちからを揮い、胸を反らせ、腰を※(「虫+廷」、第4水準2-87-52)うねらせ、のけ反った。とたんに五郎蔵の悲鳴が起こり、同時に彼の姿は地上から消え、彼の立っていた足もとの辺りに大きな穴が開いた。
 天智天皇の七年、高麗国こまのくにの滅亡するや、その遺民唐のぞくむことを潔しとせず、相率いて我が国に帰化し、その数数千に及び、武蔵その他の東国に住んだが、それらの者のおさ剽盗ぞくに家財を奪われるを恐れ、塚を造り、神を祭ると称し、塚の下に穴倉を設け、財宝を隠匿かくした。
 これが道了塚の濫觴はじまりなのであって、勘兵衛、又兵衛の浪人組どもは、その塚を利用し、強奪して来た財宝を、その穴倉の中へ、隠匿したに過ぎなかった。栓のように見えていた小岩は、穴倉の上置きの磐石を辷らせる、槓桿こうかんだったらしい。その槓桿を動かしたがために、穴倉の口が開いたのらしい。
「う、う、う!」
 という呻き声が、塚の縁から、穴倉の中を見下ろしている薪左衛門の口から起こった。

    因果応報

 その穴倉の中の光景は? 白昼の陽光が、新しい藁束のように、穴倉の中へ射し、穴倉の中は、新酒を充たした壺のように明るかったが、頭でも打ったのか、仰向けに仆れ、手足をバタバタ動かしながらも、立ち上がることの出来ない五郎蔵の姿が、負傷した螳螂かまきりかのように、その底に沈んで見えていた。でもその彼の、頭の辺や足の辺や左右やに、白く散在している物像もののかたちは何んだろう? 人間の骸骨であった。それこそ、この穴倉の秘密を、世間へ知らせまいため、強奪した財宝を運ばせて来た百姓どもを、そのつど、浪人組の者どもは、この穴倉の中へ斬り落としたが、その百姓どもの骸骨に相違なかった。今、尚、立ち上がろうとしてもがく、五郎蔵の足に蹴られ、三尺ぐらいの白い棒が、宙へ躍り上がったが、宙で二つに折れて地へ落ちた。股の附け根からもげた骸骨の脚が、宙でさらに膝からもげたものらしい。また、すぐに、五郎蔵の手に刎ねられ、碗のような形の物体が、穴倉の口もと近くまで舞い上がって来たが、雪球ゆきだまのように一瞬間輝いたばかりで、穴倉の底へ落ちて行った。髑髏どくろであった。一体の、完全に人の形を保っている骸骨が、穴倉の壁面かべに倚りかかっていた。穴倉を出ようとして、よじ登ろうとして、力尽き、そのまま死んだものと見え両手を、壁面に添えて、上の方へ延ばしていた。仔細に眺めたなら、その骸骨の足もとに、鞘のちた両刀が落ちているのを認めることが出来たろう。武士の骸骨である証拠であり、最後に犠牲になった伊丹東十郎の骸骨に相違なかった。その骸骨へ、もがいている五郎蔵の手が触れた。と、骸骨はユラユラと揺れたが、すぐに、生命を取り返したかのように、グルリと方向を変え、傾き、穴ばかりの眼で五郎蔵を見下ろしたかと思うと、急に五郎蔵目掛け、仆れかかって行き、その全身をもって、五郎蔵の体を蔽い、白い歯をむき出している口で、五郎蔵の咽喉の上を蔽うた。
 恐怖の声が、道了塚の頂きから起こり、つづいて、氷柱つららのようなものが、塚の縁から穴倉の中へ落ちて行った。穴倉の中の光景を見て、気を取りのぼせた薪左衛門が、天国の剣を手から取り落としたのであった。
 この時典膳の体が、小岩を抱いたまま、前方へのめり、それと同時に、穴倉の光景は消え、地上には、もう穴倉の口はなく、それのあった場所には、新しく掘り返されたような土壌つちと、根を出している雑草と、扁平たいらの磐石と、息絶えたらしい典膳の姿とがあるばかりであった。
 そうして道了塚の上では、穴倉の地獄の光景を見たためか、神霊ある天国の剣を失ったためか、ふたたび狂人となった薪左衛門が、南無妙法蓮華経とってあるいしぶみ周囲まわりを、蟇のように這い廻りながら、
「栞よーッ、来栖勘兵衛めが、伊丹東十郎に食い殺されたぞよーッ、栞よーッ」
 と、叫んでいた。

 その栞は、林の中で、紙帳を前にし、頼母に介抱されていた。栞をかかえている頼母の姿は、数ヵ所の浅傷あさでと、敵の返り血とで、蘇芳すおうでも浴びたように見えてい、手足には、極度の疲労つかれから来た戦慄ふるえが起こっていた。
(敵は退けた。恋人は助けた!)
 しかし彼は、それをしたのは自分ではなくて、大半は五味左門であることを思った。
(その上私は、あやうく竹で突き殺されるところを、左門に助けられた)
 塑像そぞうのように縋り合っている二人の上へ降りかかっているものは、なんどりとした春陽であり、戦声が絶えたので啼きはじめた小鳥の声であり、微風に散る桜の花であった。そうして二人の周囲に散在る物といえば、五郎蔵の乾児たちの死骸であった。

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