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小熊秀雄全集(おぐまひでおぜんしゅう)-14

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-29 7:01:02 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

 


狼と樫の木


 村の中に一本の樫(かし)の木が生えてゐました。何時頃からか、この樫の木の根元の大きな洞穴のなかにずる/\べつたりと一匹の大工の狼が住むやうになりました。
 樫の木は狼を抱へて風を防いでやり、狼もまた自分の毛の温(あたたか)みで樫の木を暖めてやるかたちになりましたので、狼と樫の木は結婚してしまひました。
 この大工の狼は、鼻柱も強く、仕事も自慢でしたが、何分にも貧乏なので、仕事がなくて、自分の腕のよいところを見せる機会がありませんでした。
『なあ、わしの可愛いゝ樫の木や、いまにきつとわしの腕を認めて、王様がわしを雇いにやつてくるから、その間は苦労をしようね』
『ええ、貴方の出世のためなら、妾(わたし)はどんなになつてもいとひません――』と樫の木の妻君は涙を浮べました。
 狼と樫の木はお互に暖め合つたり、なぐさめあつたりしてゐるので何の不満もないはずでしたが、近頃になつて、大工の狼の腕の良いことが何時の間にか王様の耳に入つたらしく、今にも大工狼を呼びに王様のお使ひがくるといふ噂が、どこからともなく狼の耳に入つてきました。
 とうとう狼と樫の木とは相談の揚句、狼は樫の木を伐り倒して、腕をふるつて高い/\踏台をつくりました、それは大変高く、王様のやぐらの高さとも劣らぬほどの高さでした。
 狼はこの高い踏台の上にあがつて、小手をかざして王城の方をみながら、王様からの迎へをいまか/\と待つてゐました。
 すると狼は急に慾が出て来て、その附近の大きな桐の木に眼をつけ始めました、そして樫の木の踏台の妻君を捨てゝ桐の木と結婚してしまひました。
 樫の木の踏台の妻君は、三日三晩泣きあかしました、そしてムラ/\と嫉妬の気持が起きて、いつかふくしゆうをしてやらうと考へました。
 狼は新しい妻君の桐の木を伐り倒して、高いハシゴを作り、その上に昇つて、以前のやうに王様の迎へを今か/\と待つてゐました。するととうとう時が来ました。
 王様は自ら馬車に乗つて、大工を迎へにやつて来ました。そして王様のお抱への大工に出世してしまひました。
 しかし以前の妻君であつた樫の木が承知しません、また林の樫の木は、その樫の木のことを同情して
『何といふ薄情な狼だらう、住めるだけ樫の木の洞穴に住んでゐて、それから伐り倒して踏台にして、それを捨てゝ他の新しい桐の木と結婚するなんて』
 と狼を憎む声がだん/\高くなつて来ました。
 村の王様といふのは、珍らしいもの好きな性質がありましたから、憤慨してゐる樫の木がおかしくてなりません、そこで茶目気を出して、踏台をお城に雇ひ入れることにしました、踏台は王様に雇はれると急に大きな声で叫びだし
『悪い狼奴がどうして妾を欺(だ)まして、出世をしたか――』といふ長い文章を書いて王様に進呈しました。
 王様はこれを城壁にはつて、村に住んでゐるものゝ意見をきゝましたが、誰一人として狼の味方をするものがありませんでした、みんな樫の木が可哀さうだといふのでした
 狼はすつかりしよげてしまつて、長い耳を垂れて耳を塞いで
『世の狼共よ、かしの木と結婚するのは良いが、決して踏台にはするもんではないよ』
 といひました。(小熊夫人書き写し)


マナイタの化けた話


 海の水平線に、小さな帆前船が現はれました。見ると船の上には、四五人の人が立つてゐて、手をふりあげて、岸にむかつて助けをもとめてゐました。
 アイヌの村に、この奇怪な船があらはれると、アイヌ達は『それやつてきた――』と大騒ぎになります、アイヌ達は家の中に逃げ込んで、戸口をしつかりと押へつけ、そとから開かないやうにしました。
 そして恐ろしさにぶる/\ふるへて居りました。アイヌ達の犬も、ふだんは猟に出て熊と格闘をするほど勇気がありましたが、この幽霊船が現はれると、尻尾をまいて、ちゞみあがつて、家の中に逃げ込んでしまふのでした。
 沖に現はれた帆船の上からは、小舟がおろされ、見ると子供ではないかと思ふほどの小さな男が短かい手槍を抱へて、ひらりと小舟に飛びをりました、顔が朱のやうに赤い男でした。
 小男はたつた一人で小舟にのつて、上手に漕ぎながら、岸にむかつてやつて来るのでした、船が岸に着くと、小男はその村の酋長の家の戸の前にたちました。それから戸を叩きながら『海へ行かう、海へ行かう、海は大変きれいだよ』といふのでした。
 するとアイヌの酋長は悲しさうな顔をして戸口にあらはれました。そして酋長はこの不思議な小男に連れられて、沖の船に乗せられてしまひました、酋長はいつまでたつても村に帰つてきませんでした、もし酋長が、『私は海へ行くのは嫌です――』などと言へば、たちまち小男の手槍で突き殺されてしまふのです。アイヌの酋長のうちにも、武勇のすぐれた者もゐましたが、この小男の槍のつかひ方のうまいのにはかなひませんでした、船の上で助けをよんでゐるのは、かうして小男にむりやりに船にのせられた村の酋長たちであつたのです。
 それでアイヌ達は村の沖合に、帆前船が現はれるのを大へん怖れてゐるのでした。一度アイヌの村にこの小男の船が現はれると、その村から足の早いアイヌが走り出して隣り村まで駈けてゆきます、村に入るとこのアイヌは村中にひびくやうな大きな声で『フホーイ、フホーイ』と叫ぶのです、これはアイヌ仲間で、何か大きな出来事が起きたときに呼ぶ叫び声でした、すると村中のアイヌが家からとび出して、この隣り村から走つて来た伝令のアイヌのまはりを取りかこむのでした。
『大変です、皆さん、私の村に赤い顔の小男の船がやつて来ました、あすの夕方にきつとあなた達の村にやつてくるでせう――』
 かう報告して、そして伝令のアイヌは又自分の村へ走りながら帰つて行きます、すると教へられた村では、そこからもフホホーイの伝令が村から村へと飛びまはるのでした。
 或る村に、年若い酋長夫婦が住んで居りました、アイヌ仲間にも大変徳望があつて、村人達は、この酋長を父のやうに崇めてをりました。それでもしも奇怪な小男が、自分達の村の酋長を海に連れて行つてしまふやうな、不幸なことになつては大変だと、村人達は心配しました。そこで夜の海岸にアイヌ達は焚火をして、白い御幣(ごへい)を砂の上にたて、そのまはりを取りまいて、アイヌの神様にむかつて『どうぞ私達の村の酋長を悪い小男が連れて行きませんやうに――』と熱心にお祈りをしました。しかしそれは無駄でした、あるときこの村の海の沖合にも、突然小男の帆前船が現はれたのでした。
 酋長夫婦の驚きはもちろんのこと、村人達は悲しみました、酋長の妻はこの突然の出来事をどうして切り抜けて、夫を救はうかと小さな胸をいためました、それは神様にお祈りをして、助けてもらふよりしかたがないと考へましたので、夫のために一生懸命祈りつゞけましたが、その甲斐もなく、海岸にあらはれた小男の姿は、一直線に酋長の家にやつて来ました、そして例のやうに
『海に行かう、海に行かう、海は大変きれいだよ――』
 と低い太い声で言ひました。
 若い酋長は、小男の槍は神技(かみわざ)のやうに早いことを知つてゐたので、とうてい小男を倒すことは出来ないと、心にあきらめてしまひました。今は小男に連れてゆかれるより仕方があるまいと思ひなほして、そこで妻と別れの言葉をかはしました。
 妻はふと思ひついたやうに、奥の部屋に入つて行き、自分の家の宝物にしてゐた立派な短剣を手にして出て来ました、夫にそれを手渡しながら『これは私の記念としておもちになつて下さい――』と言ひました。
 そして妻の眼は『もしをりがあつたら、この短剣で、たゞ一突に小男を突殺して、帰つて来て下さい』と、言葉には出さず、心の中をかたる眼つきをしながら、妻は刀を夫に渡しました、酋長はうなづきながら、怪しい小男と連れだつて戸外に出ました。
 どれほど相手が強くて悪魔のやうでも、永い間には油断といふものがあるから夫が小男を刺し殺して、無事な姿で村にかへつてくることが出来るかもしれない――と妻ははかない望みをいだきながら、夫の酋長を送り出しましたが、もし一生逢へなかつたら――と思ふと悲しみが一度にこみあげてきました。
 それにしても、夫をうばひ取つて、肩をいからし、戸口を出て行くこの小男のなんといふ憎らしさだらう、その何物もをそれぬ大胆不敵の小男の後姿を見ると、たまらなく小男が憎らしくなつて、その場にわつと泣きくづれました。
 それから涙にぬれた顔をあげ、夫の酋長を連れて行く小男の後姿にむかつて、べつと唾をはきかけ、それから口から出まかせに『腐れイタダニ奴――』とのゝしりました。
 これはアイヌの仲間が相手を悪く云ふときに『腐れ――』と云ふのです、『尻の腐つた奴――』などと云ふのは、一番の悪口です、酋長の妻も小男があまり憎らしかつたので思はずかういひました。
 するとどうしたことでせうか、小男は丁度電気にでもうたれたやうに、『あつ――』と小さな叫び声をあげて、もんどりうつてひつくり返りました、それからその場を転げまはつて苦しみはじめました。
 あつけにとられてゐる酋長夫婦と村人達の前に、小男は死んでしまひました、そして不思議なことには、足の先からだん/\と氷があたゝめられたやうに、身体がとけ始めました。身体が全部とけてしまつて、地面の上に残つたものは『腐つたイタダニ』でした。イタダニといふのはアイヌ達がお台所で使ふマナイタのことです。
 その夜、酋長は寝床に入る前に、神様にむかつて、この謎のやうな出来事のわけをきかせて下さい――とお祈りをしてから、眠りました。すると酋長の夢枕に、赤い着物をきた、『マナイタの神様』の姿があらはれました、そしてマナイタの神様は酋長にむかつて、語り出しました。
 何百年も大昔のことでした、アイヌ達の先祖に大変に勇気のある神様がをりました。山から山へ、谷から谷に、たつた一人で分け入つて、熊や狼やさま/゛\の獣の猟をしてゐました、谷底に松の枝で狩小屋を作り、神様はそこで寝起きしました、その小屋を根城にして、朝早く外に出かけ、一日中山を走りまはつて、夕方には背負ひきれないほど獣をたくさん猟をして、山小屋へ帰つて来ました。
 それから夕飯の仕度をするのです、魚の乾かしたのを、トン/\と叩いて柔らかにしたり、獣の肉を切つたりするのに、イタダニ(マナイタ)を使ひました、このマナイタはかんたんなもので、木を一尺程の長さに切つてそれをまたたてに割つたカマボコ型をしたマナイタでした。
 やがて神様は、辺りの獣も狩りつくして少なくなつたので、山小屋をひきあげて、遠くの山奥に移り住むことになりました、そこでそのマナイタもいらなくなつたので、小屋の中に捨てたまゝ出発してしまひました。
 小屋の中に残されたマナイタは、主人をうしなつて、さびしい悲しい思ひをしながら誰一人やつて来ない、谷間の小屋にとり残されて何十年となく暮らしてゐました。
 マナイタは今にも神様がひよつこりと山小屋にかへつて来るやうに思はれてなりませんでした、毎日毎日主人のかへりを待ちこがれてゐました、しかし神様はこの捨てたマナイタのことなどは考へてはゐなかつたのです。
 それからまた何十年と経ちました、ながい年月の雨と風に、小屋は傾き果て、そのうちに或る日大水が出て小屋は強い水の勢ひで谷川に押しながされてしまひました、マナイタも、ぽかんぽかんと谷川に流され、あちこちの岩にぶつかり、岸に打ち上げられ、また水にさらはれたり、何十年となく谷を下流にむかつて旅をつゞけなければなりませんでした、そしてやうやく海に出たのでした。
 その海を流れるマナイタの生活も、それはそれは永い間で、何十年、何百年といふ年月をもう忘れてしまふほど、浮いたり、沈んだり、潮にもまれる、つらい/\生活をつゞけました。
 昔は若者であつたマナイタも今はまつたく腐つてしまつて、見るかげもなく醜い老人となつてしまひました。
『にくらしいアイヌの神様、にくらしいアイヌ奴を呪ひ殺してやらう、海へ行かう、海へ行かう、海は美しいとアイヌ達を連れ出して、おれと同じやうな苦しい、さびしい思ひをさせてやらねば、気が済まない――』
 腐つたマナイタは、そこで悪魔にかはりました、そのマナイタの精霊はアイヌを呪ふ心にもえて、人間の姿に化けたのでした。
 あまりの憎らしさに酋長の妻が罵つた『腐れイタダニ奴――』といふ言葉に、マナイタの精は、その正体を見あらはされて、その神通力を失つて死んでしまつたのです。
 またそれが長い間のかなしい海を漂ふ苦しみからはじめてマナイタが救はれたのでした。その魂は清い汚れのないものになつて天に昇つて行つたのです、アイヌ達よ、お前達は山小屋に、自分の使つた刃物や、マナイタや、そのほか何でも、置き忘れて来る様なことがあつてはいけないよ、主人を失つたこれらの品物が、どんなにひとりで淋しく山奥に暮してゐるかと云ふことを考へてやらなければいけない――からマナイタの神様は夢枕でお告げになつたのでした。酋長は夜が明けると、早速村のアイヌ達を呼び集めて、このマナイタの神様のお告げを伝へました。それからアイヌ達は山奥に自分の使つた品物を置き忘れて来るやうなことのないやうにしました。(小熊夫人書き写し)

 

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