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小熊秀雄全集(おぐまひでおぜんしゅう)-06

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-29 0:37:37 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


    11

若い山林官もアイヌ達と一致するものをもつてゐる
それは意志の弱さの故に生活への
冒険を求めてゆく心理である、
大都会を遠く離れた北国の生活では
こゝでは良心的であればある程
村から離れて自然の中に
自由に隠れることができる、
だがこゝにも人間の狡猾さはあつた、
そして良心的なことは
これらの狡猾な人に便利がられ利用された、
山林官は鬱蒼とした林の路を
そして彼の耳に
はげしく盗伐の木の倒れる音を
聴きながして通つてゆく、
偶然山林官は村人が盗伐してゐる
場所に行き当ることがある、
すると百姓は鋸の手を休めて
木から離れ
――旦那、御苦労さんでがす
  まあ、一服つけて行かつしやれ、
彼はちらりとその百姓をみて
すべてを覚つてしまふ、
貧しい百姓が生活の糧や
小屋がけの材料や、冬の燃料のために、
おかみの所有物を盗んでゐるといふことを、
百姓の木を伐る手は、
泥棒をしてゐる、
だが*************、
一層悪いのは公然と
手も心も泥棒してゐる製材業者や
紙をつくる会社などであつた、


    12

これらの人々は林の木を乱伐し、
切り終へたころ『山火事注意』と
山林省でたてた林の中の立札の下へ
ポイと煙草の吸殻を捨てゝゆく、
火はトド松の根元から
猛然と一気に梢まで駈けあがり
バリバリといふ機関銃のやうな音をたてゝ
樹から樹へと燃え移る、
そして十里も二十里も幾昼夜も
夜の空を真赤にこがし延焼し、
そして山火事がしづまつたころは
樹の伐り口の鋸の跡はみんな
焼け焦げて判らなくなつてしまふ。
若い山林官はそのこともよつく知つてゐる
だがそのことを知つてゐることは怖いことである、
胸に畳みこんでをくことはつらい
若しそのことを*********
**************。
そして世間の人々は
――なんていふ****、
  樺太の事情を知らない、
  *****
ときまつていふ、
そしてその批評の後には必ず
――長いものには巻かれれといふことがある
と附け加へるだらう、
**************
************、
****客引き男の
長着物を着てもよく似合ふであらうし、
前垂をかければ商人にもよく似合ふ、
****をつければ若い**らしいだらう、
菜葉服を着れば職工にも、
白衣を着れば医者らしくもならう、
百姓のボロ着もよく似合ふ筈だ、
袖のあるものへ両手を通せば
その着たものに彼はピッタリする、
何故***************、


    13

彼自身その理由はよく判らなかつたが、
彼自身気づかぬ間に
彼の住む環境を北へ北へと
しぜんに移して樺太まで
やつて来てしまつたことを知つてゐる
そしてそこには彼にはかぎらない、
あらゆる人々が彼と
同じやうな経歴を持つてゐる、
世間では津軽海峡のことを
『塩つぱい河』といふ、
彼もまた人生のこの塩つぱい河を
とうとう渡つて殖民地の極北まで来てしまつた、
環境の独楽(コマ)はクルクルと
北へ移つて行つた
内地本土から追ひ立てられて
樺太の北緯五十度まで住居を押しつけられてしまつた、
アイヌ種族たちはその典型的な
生活の敗北者の群であつた、
こゝに住む一切の人々は
従つて生活の経験が異状であり
個性もまた異状であつた、
強い正義人たちがこれらの
人々の中に数多く混つて
大きな憤懣をいだきながら死んでゆく、
自然界の四季の変化が快楽であり
人間を嫌ふとき
山野には獣が彼等を歓迎した。
だが日本人たちは
この山野の獣たちにも
アイヌのやうに真に迎へられてはゐない、
日本人は狩猟が下手であつたし、
撃ちとつた獣の皮を剥いで
骨や死骸を平然と捨てさつたが、
アイヌたちは獣の骨を無数に
小屋の周囲に飾り立てた、


    14

彼等はこれを朝夕熱心に祈り、
獣の死の追憶を決して忘れようとしなかつた。
日本人は獣を祈ることさへできない
獣を撃つことは涯かに
アイヌ達より本能的であり、
************
平然として悔をしらなかつた、
山林官も最初火薬の炸裂する快感を味ひ
獣を追ふ本能から猟を始めた
たつた今兎が林の中を過ぎた
梅の花のやうな可憐な足跡は
雪の上にどこまでも続いてゐる
彼は何時でも発射できるやうに
銃を構へて熱心に足跡を辿つた
だが何としたことだ、
足跡は切れたやうにぱたりと停つてゐる、
天に駈けたか地に潜つたか、
皆目行き先が判らなくなつてしまつた、
彼は当惑し頭を掻きむしり残念がり、
そして連れの権太郎に救けを求める、
――シャモ、兎に
  馬鹿にされてるて、アハハ
とアイヌは腹を抱へて笑つてゐる、
そして権太郎は説明する、
かしこい兎は何時も追跡者のあることを
どんな場所でも予期してゐる、
プツリと足跡を切らしてしまふ、
兎は足跡を切るところで
数歩同じ足跡を逆戻りする
そして兎はそこで右へか左へか、
大きく精一杯脇の方へ
横とびに跳躍してしまふ、
そこからまた雪に新しい足跡をつけて進んでゐる、


    15

林の中で山鳥達を呼集める笛を
かくれながらしきりに吹く
すると山鳥たちは騒々しく
方々から集つてきて
笛を吹いてゐる上の樹の枝に
まるで鈴なりにならんで
嘴で突つきあつたり、おしやべりをしたり、
ざつと数へても三十羽はゐる、
射撃の位置はよし、銃は上等だし、
獲物はまるで手が届くところにゐる、
山林官は狙ひをさだめてズドンと撃つ、
だがどうしたことだ、
たかだか一二羽落ちてきたり、
時には一羽も撃つことができない
みんな羽音をたて、
驚ろいて逃げてしまふ、
一二羽を撃つために
呼笛をふいて三十羽も
集める必要があらうか、
山林官はすつかり悲観してしまふと
権太郎は傍で腹を抱へて笑ひだす、
――旦那、山鳥はかうして撃つもんだてや、
アイヌは先に立つて場所を変へ
そして呼笛のねばりのある甘い、
澄んだ音響を林いつぱいにひびかせる、
すると山鳥は前のやうに
続々と二人の頭上へ集つてくる。


    16

権太郎は殆んど全身をむき出しにして
ズドン、ズドンと何時までも射撃してゐる
ばたり、ばたりと山鳥は
果実でも落ちるやうに
足元へ落ちてきて
地上で狂はしく羽を舞はしてゐる。
何としたことだ、
アイヌの銃声には
山鳥たちは驚かないのか、
そして最後の一羽まで
山鳥たちは撃たれるのを待つてゐるのだ。
アイヌは説明する、
狙ふもの、撃つもの、
射撃の目的は最後の一羽までにある、
いらいらとして無目的な射撃は
ただ標的を飛立たしてしまふだけだ――、
なんといふ貴重な教訓だらう、
アイヌは和人よりはるかに科学的である、
仕事は組織的だ、
狙ふものの、生活をよく理解し、
その習性を観察してゐる。
彼は集つてきた山鳥に
いかに肥えて美事な一羽がゐようと
高い梢に停まつてゐるものから
最初撃ち狙ふことをしない、
高いところのものを撃つ、
すると下の枝のものはみな
落下する仲間をみて
驚ろいて飛び立つてしまふからだ、
彼は一番自分の手近なところから、
それは標的として可能なところからだ、
下の枝にとまつてゐる鳥から順々に
次第に上の枝のものに移り射撃してゆく、
最後の高い梢にとまつた山鳥を
撃ちおとしたときはそれで全部だ、


    17

獲物を驚ろかすことは意味がない
銃は若い山林官の手に握られてゐる
ただそれだけである、
銃はアイヌの大きな手の中に握られてゐる、
鉄と木と、火薬と標尺とを
綜合されたものは鉄砲
アイヌにとつては肉体の一部のやうに
生きて使はれてゐる
山林官の銃は新式で
ケースは更に中味よりも立派であつた、
権太郎の銃はもう二十年から
使ひ古され旧式なものであつた、
山林官はアイヌ達から
さまざまのこと柄を学ぶことができた
いつも狩猟には権太郎を先達に頼み、
たがひに気のおけない冗談をいひながら、
山から山を渡りあるくことを好んだ、
いつものやうに彼は
権太郎の小屋を
銃を肩にしていま訪ねたのであつた、
犬の毛皮を幾枚も敷いたり、
巻いたり、掛けたりして、
炉の傍に彼はゴロ寝をした、
五分芯ランプの小さな火の下で
権太郎はだまりこみ足を投げだし
鋸の一端をその両足で挟み、
ヤスリで鋸の目を立ててゐた、


    18

雪の中の小屋はあくまで静かで、
アイヌの荒い呼吸と、
海の遠潮の音とが交互にきこえ、
彼は折々手を休め
獣の爪のやうな堅い爪をもつて
目立ての出来工合を知るために
鋸の一端を爪で弾いてみる、
するとはじかれた鋸が
チーンと時を報ずる時計のやうな
美しい澄音を小屋中にひゞかせる、
その時、犬小屋は急に騒がしくなり
奇妙な声をたてゝ
一匹が咆えだすと
全部の犬がそれに続く、
アイヌはフッと顔をあげて
なにか落つかぬ表情をする、
シッシッと犬を叱る声をたてながら
炉の燃えさしの木を足で押しやり、
傍の新しい焚木を加へる、
山林官の眠つてゐる弛緩した
顔の皮膚は見るからに
眠りは最大の平和であると語つてゐるやうに、
全く昼の猟の疲労で熟睡してゐる、
小屋の中の
人間の生活はこのやうであつた、
その時自然はどのやうであつたらう、


    19

月は何処にも現れてゐない、
然しどこからともなく光りが
いちめんに村落を照らし
雪の層の下で
アセチリン瓦斯を燃やしてゐるやうな
異様な青さをもつて
見渡す雪原は雪明りで輝やいてゐた。
そのとき村の背後の山の
頂きから斜面を
丁度馬の頭程ある一塊の雪が
辷りだした――といふよりも
軽快にふもとにむかつて駈けだした、
この雪奴はまるで生物のやうに、
しかも秘密を胸にしつかりと抱きこんだ、
密偵のやうなそぶりをもつて
あつちこつちにぶつかりながら
そのたびごとに塊は小さくなり、
最後の塊が
人間の拳骨ほどにも小さくなつて
コロコロと転げ村まで到着し、
馬小屋の破目板にぶつかつて
粉々に砕け散つてしまつたとき
――すべては良し――と
この雪奴は山の頂の
雪の同類にむかつて
合図をしたのではなかつただらうか、
山の頂では
――応(おう)
とこたへて雪の大軍が轟々と鳴りながら
濛々雪けむりをあげて
村をめがけて雪崩(なだれ)落ちてきた。

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