盂蘭盆
撫州の南門、
黄柏路というところに
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六、
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七という兄弟があって、
帛を売るのを渡世としていた。又その
季の弟があって、家内では彼を
小哥と呼んでいたが、小哥は若い者の習い、
賭博にふけって家の
銭を使い込んだので、兄たちにひどい目に逢わされるのを
畏れて、どこへか姿をくらました。
彼はそれぎり音信不通であるので、母はしきりに案じていたが、
占い
者などに見てもらっても、いつも凶と判断されるので、もうこの世にはいないものと諦めるよりほかはなかった。そのうちに七月が来て、
盂蘭盆会の前夜となったので、
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の家では燈籠をかけて
紙銭を供えた。紙銭は紙をきって銭の形を作ったもので、亡者の冥福を祈るがために
焚いて祭るのである。
日が暮れて、あたりが暗くなると、表で
幽かに溜め息をするような声がきこえた。
「ああ、小哥はほんとうに死んだのだ」と、母は声をうるませた。盂蘭盆で、その幽霊が戻って来たのだ。
母はそこにある一枚の紙銭を取りながら、闇にむかって言い聞かせた。
「もし本当に小哥が戻って来たのなら、わたしの手からこの
銭をとってごらん。きっとおまえの
追善供養をしてあげるよ」
やがて陰風がそよそよと吹いて来て、その紙銭をとってみせたので、母も兄弟も今更のように声をあげて泣いた。早速に僧を呼んで、
読経その他の供養を営んでもらって、いよいよ死んだものと思い切っていると、それから五、六カ月の後に、かの小哥のすがたが家の前に飄然と現われたので、家内の者は又おどろいた。
「この幽霊め、迷って来たか」
総領の兄は刀をふりまわして
逐い出そうとするのを、次の兄がさえぎった。
「まあ、待ちなさい。よく正体を見とどけてからのことだ」
だんだんに詮議すると、小哥は死んだのではなかった。彼は実家を
出奔して、
宜黄というところへ行って或る家に雇われていたが、やはり実家が恋しいので、もう
余焔の
冷めた頃だろうと、のそのそ帰って来たのであることが
判った。して見ると、前の夜の出来事は、無縁の鬼がこの一家をあざむいて、自分の供養を求めたのであったらしい。