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中国怪奇小説集(ちゅうごくかいきしょうせつしゅう)11異聞総録・其他(宋)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-27 17:50:56 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


   疫鬼

 紹興三十一年、湖州の漁師の呉一因ごいちいんという男が魚をりに出て、新城柵界の河岸に舟をつないでいた。
 岸の上には民家がある。夜ふけて、その岸の上で話し声がきこえた。暗いので、人の形はみえないが、その声だけは舟にいる呉の耳にも洩れた。
「おれ達も随分ここのうちに長くいたから、そろそろ立ち去ろうではないか。いっそこの舟に乗って行ってはどうだな」
「これは漁師の舟だ。おまけにほか土地の人間だからいけない。あしたになると、東南の方角から大きい船が来る。その船には二つの紅い食器と、五つ六つの酒瓶さかがめを乗せているはずだから、それに乗り込んで行くとしよう。そのうちはここの親類で、なかなか金持らしいから、あすこへ転げ込めば間違いなしだ」
「そうだ、そうだ」
 それぎりで声はやんだ。
 呉はあくる日、上陸してその民家をたずねると、家には疫病にかかっている者があって、この頃だんだんに快方に向かっているという話を聞かされたので、ゆうべ語っていた者どもは疫鬼えききの群れであったことを初めてさとった。そこで、舟を東南五、六里の岸に移して、果たしてかれらの言うような船が来るかどうかと窺っていると、やがて一艘の小舟がくだって来た。舟に積んでいる物も鬼の話と符合しているので、呉は急に呼びとめて注意すると、舟の人びともおどろいた。
「おまえさんはいいことを教えて下すった。それはわたしの婿の家で、これから見舞いながら食い物を持って行ってやろうと思っていたところでした。なんにも知らずに行ったが最後、疫病神やくびょうがみがこっちへ乗り込んで来て、どんな目に逢うか判らなかったのです」
 積んで来た酒や肉を彼に馳走して、舟は早々に漕ぎ戻した。
(同上)

   亡妻

 宋の大観たいかん年中、都の医官の耿愚こうぐがひとりの妾を買った。女は容貌きりょうも好く、人間もなかなか利口であるので、主人の耿にも眼をかけられて、無事に一年余を送った。
 ある日のこと、その女が門前に立っていると、一人の小児が通りかかって、阿母おっかさんと声をかけて取りすがると、女もその頭を撫でて可愛がってやった。小児は家へ帰って、その父に訴えた。
「阿母さんはこういう所にいるよ」
 しかしその母というのは一年前余に死んでいるので、父はわが子の報告をうたがった。しかしその話を聞くと、まんざら嘘でもないらしいので、ともかくも念のためにその埋葬地を調べると、盗賊のためにあばかれたと見えて、その死骸が紛失しているのを発見した。そこで、その児を案内者にして、耿の家の近所へ行って聞きあわせると、その女は亡き妻と同名であることがわかった。
 もう疑うところはないと、父は行商に姿をかえ、その近所の往来を徘徊して、女の出入りを窺っているうちに、ある時あたかも彼女に出逢った。それはまさしく自分の妻であった。女も自分の夫を見識っていた。不思議の対面に、その場はたがいに泣いて別れたが、それが早くも主人の耳に入って、耿は女を詮議すると、彼女は明らかに答えた。
「あの人はわたくしの夫で、あの児はわたくしの子て[#「て」はママ]ございます」
「嘘をつけ」と、耿は怒った。「去年おまえを買ったときには、ちゃんと桂庵けいあんの手を経ているのだ。おまえに夫のないということは、証文面にも書いてあるではないか」
 女は密夫を作って、それを先夫といつわるのであろうと、耿は一途いちずに信じているので、彼女をその夫に引き渡すことを堅くこばんだ。こうなると、訴訟沙汰になるのほかはない。役人はまず女を取調べると、彼女はこう言うのである。
「わたくしも確かなことは覚えません。ただ、ぼんやりと歩きつづけて、一つの橋のあるところまで行きましたが、路に迷って方角が判らなくなってしまいました。そこへ桂庵のお婆さんが来て、わたくしを連れて行ってくれましたが、ただ遊んでいては食べることが出来ませんから、お婆さんと相談してここのうちへ売られて来ることになったのでございます」
 さらに桂庵婆をよび出して取調べると、その申し立てもほぼ同じようなもので、広備橋こうびきょうのほとりに迷っている女をみて、自分の家へ連れて来たのであると言った。なにしろ死んだ女が生き返ってこういうことになったのであるから、役人もその裁判に困って、先夫から現在の主人に相当のあたいを支払った上で、自分の妻を引き取るがよかろうと言い聞かせたが、耿の方が承知しない。いったん買い取った以上は、その女を他人に譲ることは出来ないというので、さらに御史台ぎょしだいに訴え出たが、ここでも容易に判決をくだしかねて、かれこれ暇取ひまどっているうちに、問題の女は又もや姿を消してしまった。
 相手が失せたので、この訴訟も自然に沙汰やみとなったが、女のゆくえは遂に判らなかった。それから一年を過ぎずして、主人の耿も死んだ。
(同上)

   盂蘭盆

 州の南門、黄柏路こうはくろというところに※(「澹-さんずい」、第3水準1-92-8)たん六、※(「澹-さんずい」、第3水準1-92-8)七という兄弟があって、きぬを売るのを渡世としていた。又そのすえの弟があって、家内では彼を小哥しょうかと呼んでいたが、小哥は若い者の習い、賭博とばくにふけって家のぜにを使い込んだので、兄たちにひどい目に逢わされるのをおそれて、どこへか姿をくらました。
 彼はそれぎり音信不通であるので、母はしきりに案じていたが、うらなしゃなどに見てもらっても、いつも凶と判断されるので、もうこの世にはいないものと諦めるよりほかはなかった。そのうちに七月が来て、盂蘭盆会うらぼんえの前夜となったので、※(「澹-さんずい」、第3水準1-92-8)の家では燈籠をかけて紙銭しせんを供えた。紙銭は紙をきって銭の形を作ったもので、亡者の冥福を祈るがためにいて祭るのである。
 日が暮れて、あたりが暗くなると、表でかすかに溜め息をするような声がきこえた。
「ああ、小哥はほんとうに死んだのだ」と、母は声をうるませた。盂蘭盆で、その幽霊が戻って来たのだ。
 母はそこにある一枚の紙銭を取りながら、闇にむかって言い聞かせた。
「もし本当に小哥が戻って来たのなら、わたしの手からこのぜにをとってごらん。きっとおまえの追善ついぜん供養をしてあげるよ」
 やがて陰風がそよそよと吹いて来て、その紙銭をとってみせたので、母も兄弟も今更のように声をあげて泣いた。早速に僧を呼んで、読経どきょうその他の供養を営んでもらって、いよいよ死んだものと思い切っていると、それから五、六カ月の後に、かの小哥のすがたが家の前に飄然と現われたので、家内の者は又おどろいた。
「この幽霊め、迷って来たか」
 総領の兄は刀をふりまわしてい出そうとするのを、次の兄がさえぎった。
「まあ、待ちなさい。よく正体を見とどけてからのことだ」
 だんだんに詮議すると、小哥は死んだのではなかった。彼は実家を出奔しゅっぽんして、宜黄ぎこうというところへ行って或る家に雇われていたが、やはり実家が恋しいので、もう余焔ほとぼりめた頃だろうと、のそのそ帰って来たのであることがわかった。して見ると、前の夜の出来事は、無縁の鬼がこの一家をあざむいて、自分の供養を求めたのであったらしい。
(同上)
 



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