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中国怪奇小説集(ちゅうごくかいきしょうせつしゅう)07白猿伝・其他(唐)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-27 17:47:00 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


   板橋三娘子

 ※(「さんずい+(丶/下)」、第3水準1-86-52)べん州の西に板橋店はんきょうてんというのがあった。店の姐さんは三娘子さんじょうしといい、どこから来たのか知らないが、三十歳あまりの独り者で、ほかには身内もなく、奉公人もなかった。家は幾間いくまかに作られていて、食い物を売るのが商売であった。
 そんな店に似合わず、家は甚だ富裕であるらしく、驢馬ろばのたぐいを多く飼っていて、往来の役人や旅びとの車に故障を生じた場合には、それを馬匹ばひつやすく売ってやるので、世間でも感心な女だと褒めていた。そんなわけで、旅をする者は多くここに休んだり、泊まったりして、店はすこぶる繁昌した。
 唐の元和げんな年中、きょ州の趙季和ちょうきわという旅客が都へ行く途中、ここに一宿いっしゅくした。趙よりも先に着いた客が六、七人、いずれもとうに腰をかけていたので、あとから来た彼は一番奥の方の榻に就いた。その隣りは主婦あるじの居間であった。
 三娘子は諸客に対する待遇すこぶる厚く、夜ふけになって酒をすすめたので、人びとも喜んで飲んだ。しかし趙は元来酒を飲まないので、余り多くは語らず笑わず、行儀よく控えていると、夜の二更(午後九時―十一時)ごろに人びとはみな酔い疲れて眠りに就いた。三娘子も居間へかえって、扉を閉じて灯を消した。
 諸客はみな熟睡しているが、趙ひとりは眠られないので、幾たびか寝返りをしているうちに、ふと耳に付いたのは主婦の居間で何かごそごそいう音であった。それは生きている物が動くように聞えたので、趙は起きかえって隙間から窺うと、あるじの三娘子は或るうつわを取り出して、それを蝋燭の火に照らし視た。さらに手箱のうちから一具の鋤鍬すきくわと、一頭の木牛ぼくぎゅうと、一個の木人ぼくじんとを取り出した。牛も人も六、七寸ぐらいの木彫り細工である。それらをかまどの前に置いて水をふくんで吹きかけると、木人は木馬を牽き、鋤鍬をもってゆかの前の狭い地面を耕し始めた。
 三娘子はさらにまた、ひと袋の蕎麦そば種子たねを取り出して木人にあたえると、彼はそれをいた。すると、それがまた、見るみるうちに生長して花を着け、実を結んだ。木人はそれを刈ってんで、たちまちに七、八升の蕎麦粉を製した。彼女はさらに小さいうすを持ち出すと、木人はそれをいて麺を作った。それが済むと、彼女は木人らを元の箱に収め、麺をもって焼餅しょうべい数枚を作った。
 暫くして※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)とりの声がきこえると、諸客は起きた。三娘子はさきに起きて灯をともし、かの焼餅を客にすすめて朝の点心てんしんとした。しかし趙はなんだか不安心であるので、何も食わずに早々出発した。彼はいったん表へ出て、また引っ返して戸の隙から窺うと、他の客は焼餅を食い終らないうちに、一度に地を蹴っていなないた。かれらはみな変じて驢馬となったのである。三娘子はその驢馬を駆って家のうしろへ追い込み、かれらの路銀ろぎんや荷物をことごとく巻き上げてしまった。
 趙はそれを見ておどろいたが、誰にも秘して洩らさなかった。それからひと月あまりの後、彼は都からかえる途中、再びこの板橋店へさしかかったが、彼はここへ着く前に、あらかじめ蕎麦粉の焼餅を作らせた。その大きさは前に見たと同様である。そこで、なにげなく店に着くと、三娘子は相変らず彼を歓待した。
 その晩は他に相客がなかったので、主婦はいよいよ彼を丁寧に取扱った。夜がふけてから何か御用はないかとたずねたので、趙は言った。
「あしたの朝出発のときに、点心てんしんを頼みます……」
「はい、はい。間違いなく……。どうぞごゆるりとおやすみください」
 こう言って、彼女は去った。
 夜なかに趙はそっと窺うと、彼女は先夜と同じことを繰り返していた。夜があけると、彼女は果物と、焼餅数枚を皿に盛って持ち出した。それから何かを取りに行った隙をみて、趙は自分の用意して来た焼餅一枚を取り出して、皿にある焼餅一枚とり換えて置いた。そうして、三娘子を油断させるために、自分の焼餅を食って見せたのである。
 いざ出発というときに、彼は三娘子に言った。
「実はわたしも焼餅を持っています。一つたべて見ませんか」
 取り出したのはさきに掏りかえて置いた三娘子の餅である。
 彼女は礼をいって口に入れると、忽ちにいなないて驢馬に変じた。それはなかなか壮健な馬であるので、趙はそれに乗って出た。ついでにかの木人と木牛も取って来たが、その術を知らないので、それを用いることが出来なかった。
 趙はその驢馬に乗って四方を遍歴したが、かつて一度もあやまちなく、馬は一日に百里をあゆんだ。それから四年の後、彼は関に入って、華岳廟かがくびょうの東五、六里のところへ来ると、路ばたに一人の老人が立っていて、それを見ると手をって笑った。
「板橋の三娘子、こんな姿になったか」
 老人はさらに趙にむかって言った。
「かれにも罪はありますが、あなたに逢っては堪まらない。あまり可哀そうですから、もうゆるしてやってください」
 彼は両手で驢馬の口と鼻のあたりを開くと、三娘子はたちまち元のすがたで跳り出た。彼女は老人を拝し終って、ゆくえも知れずに走り去った。
(幻異志)





底本:「中国怪奇小説集」光文社
   1994(平成6)年4月20日第1刷発行
※校正には、1999(平成11)年11月5日3刷を使用しました。
入力:tatsuki
校正:小林繁雄
2003年7月31日作成
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    「けものへん+矍」    133-13

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