三
左少弁兼輔と少将実雅とが四条の河原で怪しい死にざまをしたということが、忽ち京じゅうの大きい噂となった。勿論、誰もその事実を知った者はないが、二つの死骸の疵口(きずぐち)から考えると、実雅がまず兼輔を切り殺して、自分はその場から少し距れた川下へ行って自害したものらしく思われた。 下手人も倶(とも)に亡びた以上、別に詮議の仕様もないのであるが、実雅は武人で宇治の左大臣頼長に愛せられていた。兼輔はむしろ関白忠通の昵懇(じっこん)であった。その関係からいろいろの浮説(ふせつ)が生み出されて、実雅と兼輔との刃傷事件は単に本人同士の意趣ではなく、忠通、頼長兄弟の意趣から導かれたかのように言い囃す者も出来た。頼長は別に気にも留めなかったが、この頃いちじるしく神経質になった兄の忠通は、そのままに聞き流していることが出来なかった。彼は厳重に実雅が刃傷の子細を吟味させたが、確かな証拠はとうとう挙がらなかった。 証拠が挙がらないので、自然立ち消えになってしまったが、忠通の胸は安らかでなかった。殊に実雅の方から仕掛けて兼輔を殺したらしいのが猶(なお)なお不快であった。つまり頼長の味方が自分の味方を倒したのである。忠通はそれが何となく面白くなかった。彼は弟から戦いを挑(いど)まれたようにも感じられた。この上はせめてもの心やりと、二つには自分の威勢を示すために、忠通は兼輔の三七日法会(さんしちにちほうえ)を法性寺で盛大に営むことになった。 この時代の習いで法性寺の内に墓地はなかったが、法会は寺内で行なわれた。殊にこの寺は関白の建立(こんりゅう)で、それをあずかる隆秀阿闍梨は兼輔が俗縁の叔父であるから、忠通が彼の法会をここで営むのは誰が眼にもふさわしいことであった。しかしここに一つの懸念は、当日の大導師たるべき阿闍梨その人がこのあいだから物に憑かれたように怪しゅう狂い乱れているという噂であった。 「阿闍梨の容態はどうあろう。見てまいれ」 主人の言い付けで、織部清治は法性寺へ出向いてみると、阿闍梨はその怨念が鼠になったとか伝えられる昔の三井寺の頼豪(らいごう)のように、おどろおどろしい長髪の姿で寝床の上に坐っていた。清治の口上を聴いて、彼は謹んでうなずいた。 「かずならぬ甥めが後世(ごせ)安楽のために、関白殿が施主(せしゅ)となって大法要を催さるるとは、御芳志は海山(うみやま)、それがしお礼の申し上げようもござらぬ。たとい如何ほどの重病たりとも、当日の導師の務めは拙僧かならず相勤め申す。この趣(おもむき)、殿下へよろしくお取次ぎを……」 見たところは痛ましくやつれているが、その応対にすこしも変わった節は見えないので、清治はまず安心した。すぐに屋形へ戻ってその通りを報告すると、忠通も眉を開いた。 「それほどに申すからは子細はあるまい。当日の用意万端怠るな」 やがてその当日が来た。時の関白殿が施主となって営まるる大法要というのであるから、仏の兼輔に親しいも疎(うと)いもみな袂をつらねて法性寺の御堂(みどう)にあつまった。門前は人と車とで押し合うほどであった。その綺羅(きら)びやかな、そうして壮厳な仏事のありさまをよそながら拝もうとして、四方から群がって来た都の老幼男女も、門前を埋めるばかりにひしひしと詰めよせていた。四月も末に近い白昼(まひる)の日は、このたとえ難い混雑の上を一面に照らして、男の額にも女の眉にも汗がにじんだ。 「ほう、えらい群集(ぐんじゅ)じゃ」と、一人の若者が半ば開いた扇をかざしながらつぶやくと、その声に気がついたように一人の翁が肩を捻じ向けた。 「おお、千枝ま[#「ま」に傍点]でないか。久しいな」 それは山科郷の陶器師(すえものつくり)の翁(おきな)であった。 声をかけられて千枝太郎もなつかしそうに摺り寄った。 「翁よ。ほんに久しいな」 よい相手を見付けたというように、翁も摺り寄ってささやいた。 「お身、藻を見やったか」 「藻……。藻がきょうもここへ見えたか」 「おお、半刻ほども前に、見事な御所車に乗って来た。おれは車を降りるところを遠目に覗いたが、今は玉藻と名が変わっているとやら……。名も変われば人も変わって、顔も姿も光りかがやくばかりの美しさ、おれは天人か乙姫さまかと思うたよ。偉い出世じゃ。いくら昔馴染みでも、もうおれたちはそばへも寄り付かれまい。ははははは」と、翁はむかしとちっとも変わらない、人の善さそうな笑顔をみせた。 藻――それは千枝太郎に取って、堪え難いように懐かしい、しかも身ぶるいするほどに怖ろしい名であった。彼女は果たして魔性の者であろうか。千枝太郎は明かるい日の下で、もう一度彼女の正体を確かに見とどけたいと思った。 「きょうの法会はなんどきに果つるかのう」と、彼は独りごとのように言った。 「申(さる)の刻じゃと聞いている」と、翁は言った。「諸人が退散するまでにはまだ一刻余りもあろうよ」 言ううちに、前の方に詰め寄せていた人々は、物に追われたように俄に崩れて動き出した。その人なだれに押されて、突きやられて、翁と千枝太郎は別れ別れになってしまった。法会は中途で急に終わって、参列の諸人が一度に退散するために、先払いの雑色(ぞうしき)どもが門前の群集(ぐんじゅ)を追い立てるのであった。 法会はなぜ中途で終わったのか。千枝太郎は逢う人ごとに訊いてみたが、誰にも確かなことは判らなかった。しかし衆僧をあつめて読経の最中に、大導師の阿闍梨がなにを見たのか、急に顔の色を変えて額(ひたい)に玉の汗をながして、数珠の緒を切って投げ出して、壇からころげ落ちたというのが事実であるらしかった。 「魔性のわざじゃ」 千枝太郎も顔の色をかえて早々に逃げ帰った。阿闍梨はなにを見て俄に取り乱したのか、おそらく参列の人びとのうちにかの玉藻の妖艶な姿を見いだして、その道心が怪しく乱れ始めたのであろう。生きながら魔道へ引き摺られてゆく阿闍梨の浅ましい宿業(しゅくごう)を悼むと共に、千枝太郎は自分のお師匠さまの眼力の高く尊いのをいよいよ感嘆した。 しかしこれを察したのは千枝太郎の師弟ばかりで、余人の眼にはこの秘密が映らなかった。高徳のひじりが物狂(ものぐる)おしゅうなったのは、天狗の魔障(ましょう)ではあるまいかなどと、ひたすらに恐れられた。そうして、それが日の本の仏法の衰えを示すかのように、口さがない京わらんべは言いはやすので、忠通はいよいよ安からぬことに思った。なまじいのことを企てて、かえって自分の威厳を傷つけたように口惜しく思われた。彼は眼にみえない敵に取り囲まれて、四方からだんだんに圧迫されるような苦しみをおぼえて、その神経はいよいよ尖って来た。この頃の彼は好きな和歌を忘れたように捨ててしまった。政務もとかくに怠り勝ちで、はては所労と称して引き籠った。 ことしの夏は都の空にほととぎすの声は聞こえなかったが、五月雨(さみだれ)はいつもの夏よりも多かった。五月に入ってからは殆んど小やみなしに毎日じめじめと降りつづいて、若葉の緑も腐って流れるかと思うばかりに濡れ朽ちてしまった。垂れこめている忠通の頭はくろがねの冠(かんむり)をいただいたように重かった。そうして、むやみに癇がたかぶって、訳もなしにいらいらした。夜もおちおちとは眠られなかった。このままに日を重ねたらば、自分も法性寺の阿闍梨の二の舞いになるのではあるまいかと、自分ながら危ぶまれるようになった。 家来も侍女共も主人の機嫌が悪いので、みなはらはらしていた。お気に入りの織部清治も毎日叱られつづけていた。ことに彼はさきの日、法性寺へ使いに立ったときに、阿闍梨の容態を確(しか)と見とどけて来なかったがために、大切の法要をさんざんの結果に終わらせたというので、いよいよ主人の機嫌を損じた。そのなかで寵愛のちっとも衰えないのはかの玉藻ひとりで、主人の機嫌がむずかしくなればなるほど、彼女は主人のそばに欠くべからざる人間となって、忠通が朝夕の介抱や給仕はすべて彼女ひとりが承っていた。 「よう降ることじゃ」 忠通は暮れかかる庭の雨を眺めながら、滅入(めい)るような溜息をついた。 「ほんによう降り続くことでござりまする。河原ももう一面に浸されたとか聞きました」と、玉藻もうっとうしそうに美しい眉を皺めて言った。 「また出水(でみず)か。うるさいことじゃ。出水のあとは大かた疫病(えやみ)であろう。出水、疫病、それにつづいて盗賊、世がまた昔に戻ったか。太平の春は短いものじゃ」 天下の宰相としてこの苦労は無理ではなかった。二人はまた黙っていると、庭の若葉はだんだんに暗い影につつまれて、溢れるばかりに漲(みなぎ)った池のほとりで蛙がそうぞうしく鳴き出した。 「ああ、世の中がうるそうなった。わしもお暇(いとま)を願うて、いっそ出家遁世(とんせい)しようか」と、忠通はまた溜息をついた。 「御出家……」と、玉藻は聞き咎めるように言った。「殿が御出家なされたら、あとは誰が代(かわ)らせられまする」 「頼長かな」 「そうなりましたら、左大臣殿は思う壺でござりましょう。現に殿がお引き籠りの後は、かのお人がなにもかも一人で取り仕切って、殿上を我が物顔に押し廻していらるるとやら。今ですらその通り、殿が御隠居遊ばされたら、その後の御威勢は思いやられまする」 「彼のことじゃ。さもあろうよ」と、忠通は苦笑いした。 その笑いの底には、おさえ難い不満が忍んでいた。日頃からややもすれば兄を凌ごうとする頼長めが、おれの引き籠っているのを幸いに、冠をのけぞらして殿上を我が物顔にのさばり歩く。その驕慢の態度が眼にみえるように思われて、忠通は急にいまいましくなってきた。うかつに遁世して、多年の権力を彼にやみやみ奪われるのは如何にも残念で堪まらないように思われてきた。 「さりとて、わしはこの通りの所労じゃ。頼長が兄に代って何かの切り盛(も)りをするも是非があるまい。余の公家(くげ)ばらは彼の鼻息を窺うばかりで、一人も彼に張り合うほどのものは殿上にあるまいよ」と、忠通は憤るように言った。勢いに付くが世の習いであることを、彼はしみじみと感じた。 その果敢(はか)ないような顔をじっと見あげて、玉藻はそっと言い出した。 「就きましては、わたくしお願いがござりまするが……」 「あらためてなんの願いじゃ」 「殿の御推挙で采女(うねめ)に召さるるように……」 「ほう、お宮仕えが致したいと申すか」 忠通はすこし考えた。玉藻ほどの才と美とを具(そな)えていれば、采女の御奉公を望むも無理はない。その昔の小野小町(おののこまち)とてもおそらく彼女には及ぶまい。実は忠通にもかねてその下心(したごころ)があったのであるが、自分の傍(そば)を手放すのが惜しさに、自然延引(えんいん)して今日(こんにち)まで打ち過ぎていたのである。この際、本人の望むがままに、玉藻を殿上の采女に召させて、彼女の力をかりて頼長めの鼻をくじかせてやろうかとも考えた。忠通も女のひそめる力というものを能(よ)く識(し)っていた。 「望みとあれば、推挙すまいものでもないが……。頼長めが何かと邪魔しようも知れぬぞ」と、忠通はさびしく笑った。 「いえ、その左大臣殿と見事に張り合うて見せます」 「頼長と張り合うか」 「わたくしが殿上に召されましたら、左大臣殿とて……」と、言いさして彼女は、ほほと軽く笑った。 これはあながちに自讃でない。玉藻ほどの才女ならば、ひそめるその力を利用して、頼長めを殿上から蹴(け)落とすことが出来るかもしれないと、忠通は頼もしく思った。
雨乞(あまご)い
一
あくる朝、大納言師道(もろみち)は関白の屋形に召された。師道は雨を冒(おか)して来た。 「きのうも今日も降りつづいて、さりとは侘(わび)しいことでござる。殿には御機嫌いかがおわします」と、師道はねんごろに関白の容態をたずねた。 「とかくに勝(すぐ)れないでのう」と、忠通は烏帽子のひたいを重そうに押さえた。「きょうわざわざ召したはほかでもない。お身と忠通とは年ごろの馴染みじゃ。打ちあけて少しく申し談じたい儀があって……。近う寄られい」 それは玉藻を采女に推薦(すいせん)する内儀であった。師道にももちろん異存はなかった。 「至極(しごく)の儀、わたくしも然るびょう存じ申す。当時関白殿下の御威勢を以って、彼女(かれ)を采女にすすめ奉るに、誰も故障申し立つべきようもござりますまい」 「いや、そこじゃて」と、忠通は悩ましげに頭(かしら)をかたむけた。「お身の言わるる通り、忠通の威勢を以って彼女(かれ)を申し勧むるに、なんの故障はない筈じゃが、高き木は風に傷めらるるとやらで、この頃の忠通には眼にみえぬ敵が多い。いや、ひがみでない、忠通はたしかにそう見ておる。就いては玉藻の儀も何かとさえぎって邪魔するやからがないとも限らぬ。まず第一には弟の頼長めじゃ。次には信西入道、彼もこのごろは弟めの襟もとに付いて、ややもすれば予に楯を突こうとする、けしからぬ古入道じゃ。まだそのほかにも数え立てたら幾人もあろう。うわべはさりげのう見せかけて、心の底には忠通を押し傾けようと企んでいるやからが、殿上には充ち満ちておる。お身はまだ知らぬか」 忠通と頼長、この兄弟の不和は師道も薄うす知らないでもなかったが、忠通の敵が殿上に充ち満ちているなどとはちっとも思い寄らないことで、それは恐らく彼のひがみであろうと思った。自体関白の様子は昔とよほど変わっている。質素な人物がだんだんに驕奢に長じてきた。温厚な人物がだんだん疳癖(かんぺき)の強いわがままな性質に変わってきた。殊にこの頃は病いに垂れ籠めているので、疳癖はいよいよ昂(たか)ぶって、あらぬことにも心を狂わすのであろう。それに逆らっては好くないと考えたので、師道は素直に彼の言うことを聴いていた。 「それじゃに因(よ)って、玉藻の儀もこの忠通の口から申しいづると、きっと邪魔するやからがある。就いては大納言、お身から好(よ)いように申し立ててはたもるまいか。お身は初めて玉藻を見いだした御仁じゃ。そのお身から申し勧むるに於いては、誰も表立ってさえぎる者もあるまい。どうじゃ。頼まれておくりゃれぬか」と、忠通は重ねて言った。 時の関白藤原忠通卿が詞(ことば)をさげて頼むのである。師道はこれに対して故障をいうべきようもなかった。まして、自分は年来その恩顧(おんこ)を受けている。玉藻を彼に推薦したのも自分である。これらの関係上、師道はどうしてもこの頼みを断わるわけにはいかない破目になっているので、彼はやはり素直に承知した。 「御懇(ぎょこん)の御意(ぎょい)、委細心得申した。あすにも参内(さんだい)して、万事よろしゅう執奏(しっそう)の儀を……」 「おお、取り計ろうてたもるか」と、忠通は子供のように身体をゆすって喜んだ。 いろいろの打ち合わせをして、師道はやがて関白の前をさがると、入れ代って玉藻が召し出された。忠通は笑(え)ましげに彼女に言い聞かせた。 「万事は大納言が受け合うてくれた。心安う思え」 「ありがとうござりまする」と、玉藻も晴れやかな眼をして会釈した。 雨はその日の夕方からひとしきり降りやんで、鼠色の雲が一枚ずつ剥(は)げてゆくように明るくなった。その明るい大空の上には赤い星が三つ四つ光っていた。この時代の習いで、亥(い)の刻頃(午後十時)には広い屋形の内もみな寝静まって、庭の植え込みでは時どきに若葉のしずくのこぼれ落ちる音がきこえた。今夜は蛙も鳴かなかった。 女(め)の童(わらわ)の小雪というのが眼をさまして厠(かわや)へ立った。彼女は紙燭(しそく)をともして長い廊下を伝ってゆくと、紙燭の火は風もないのにふっと消えた。それと同時に暗い行く手に明るい光りが浮き出して、七、八間(けん)ほど先きを静かに動いてゆくのを見たので、年の若い小雪はぎょっとして立ちすくんだ。光りのぬしは女であった。女は長い袴の裳(すそ)をひいて、廊下を静かに歩んでゆく。そのうしろ姿が玉藻によく似ていると思ううちに、廊下の隅にある一枚の雨戸が音もなしにするりと明いて、女の姿は消えるように庭へぬけ出した。小雪は一種の好奇心にうながされて、これも足音をぬすんでそのあとからそっと庭に降り立つと、玉藻に似た姿は植え込みの間をくぐって行って、奥庭の大きい池の汀(みぎわ)にすっくと立った。 池は年を経て、その水は蒼黒く淀んでいるのが、この頃の雨に嵩(かさ)を増して、濁った暗い色が汀までひたひたと押し寄せていた。あやめや、かきつばたはその濁った波に沈んで、わずかに藻(も)の花だけが薄白く浮かんでいるのが、星明かりにぼんやりと見えた。女はまず北に向かって一つの大きい星を拝した。ほかの星の赤いなかに、その星一つは優れて大きく金色(こんじき)に輝いていた。それは北斗七星というのであろうと小雪は思った。 女はその星をしばらく拝していたが、やがて向きを変えて池の汀にひざまずいた。彼女は左の手で長い袂をおさえながら、夜目にも白い右の手をのばして池の玉藻をすくっているらしかった。好奇心はいよいよ募って、女の童は息もせずに見つめていると、女はやがてその青い藻を手の上にすくいあげて、しずくも払わずに自分の頭の上に押し頂いた。 藻をかつぐのは狐である――こういう言い伝えを彼女は知っていたので、小雪は俄に怖ろしくなった。すくんだ足を引き摺りながらそっと引っ返そうとした時に、女のひかりは吹き消したように消えた。 「小雪か」と、暗いなかで女の涼しい声がきこえた。それは確かに玉藻の声であった。 女の童はもうおびえて、声も出なかった。ただ身を固くしてそこにうずくまっていると、玉藻はするすると寄って来て、彼女の細い腕をつかんだ。 「おまえ見たか」 女の童はやはり黙ってすくんでいた。 「隠さずに言や。なにを見た」 「なんにも……見ませぬ」 彼女はふるえながら答えたが、もう遅かった。女の童の小さいからだは、蛇に呑まれようとする蛙のように手足をひろげたまま固くなってしまった。その正体のない女の童を地の上にまろばして、玉藻はまずその黒い髪の匂いを嗅いだ。豊かな頬の肉をねぶった。 このとき、鬼火のような小さい松明(たいまつ)の光りが植え込みのあいだからひらめいて、だんだんにこちらへ近寄って来た。それは織部清治で、彼は宵と夜なかと夜あけとの三度に、屋形の庭じゅうを見廻るのが役目であった。 彼は暗いなかで、犬が水を飲むような異様なひびきを聞いたので、ぬき足をしてここへ忍んで来た。そうして、その正体を見定めようとして松明をあげると、その火は水を掛けられたように消えてしまった。しかしその一刹那に、そこに這いかがまっている人が玉藻であるらしいことを、彼は早くも認めた。 「玉藻の御(ご)か」と、清治は声をかけると、あたりは急に明るくなった。その光りは花の宴(うたげ)のゆうべに、玉藻の身から輝いたのと同じように見えた。 それより更に清治の眼をおどろかしたのは、その光りに照らし出されたこの場のむごたらしい光景であった。女の童の小雪は死んだきりぎりすのように、手も足もばらばらになってそこに倒れていた。玉藻の口には生(なま)なましい血が染みていた。もうこうなると、相手の玉藻はまさに鬼女である。清治はすぐに太刀に手をかけたが、その手はしびれて働かなかった。 玉藻はその冷艶なおもてに物凄い笑みを洩らした。怪しい光りは再び消えて、暗いなかで男の唸る声がきこえた。 「望みを遂ぐる時節も近づいたと思うたら、丁度幸い男と女の生贄(いけにえ)を手に入れた」 男の唸り声も玉藻の声もそれぎりで聞こえなくなった。 夜があけてから、清治と女の童との浅ましい亡骸(なきがら)が古池の水に浮かんでいるのを見いだされた。しかも二人がどうしてこんな無惨な死にざまをしたのか、誰にも判らなかった。 兼輔の死に次いで、こんな奇怪な事件が再び出来(しゅったい)したので、忠通の神経はいよいよ傷つけられた。殊に今度はそれが自分の屋形の内に起こったので、彼は言い知れない恐怖と不安とに囚われた。彼は三度の食事すらも快く喉へは通らないようになってきた。 それから四日ほど過ぎて、大納言師道が来た。彼の報告はさらに忠通の心を狂わせる種であった。玉藻を采女に申し勧める一条は、果たして左大臣頼長から強硬なる抗議が出た。信西入道も反対であった。彼らの反対は師道も内々予期していたので、[#底本では読点が句点]彼もなんとかしてその敵を押し伏せようと試みたが、何をいうにも正面の敵は頼長である。しかも博学宏才の信西入道がその加勢に付いているので、師道はとても彼らと対抗することは出来なかった。結局さんざんに言いまくられて、彼は面目を失って退出した。 「彼らは何故(なにゆえ)ならぬという。素性が卑しいと申すのか」と、忠通は唇を咬みながら訊いた。 「いや、そればかりではござりませぬ。玉藻という女性(にょしょう)に就いては落意しがたき廉々(かどかど)があるとか申されまして……」と、師道もすこしあいまいに答えた。「あのような女性を召されては天下(てんが)の乱れにもなろうと信西入道が申されました」 「なんの、天下の乱れ……。おのれらこそこの忠通を押し倒して、天下を乱そうと巧(たく)んでいるのじゃ」 忠通は拳(こぶし)を握って、跳り上がらんばかりに無念の身をもだえた。
二
師道が早々に帰ったあとで、忠通はすぐに玉藻を呼んだ。彼は燃えるような息を吐きながら、今聞いた顛末(てんまつ)を物語った。 「もう堪忍も容赦もならぬ。衛府(えふ)の侍どもを召しあつめて、宇治へ差し向けようと思う」 「宇治へ……」と、玉藻は眉をよせた。 「おお、頼長めを誅伐するのじゃ。氏(うじ)の長者を許され、関白の職におる忠通に敵対するやからは謀叛人も同様じゃ。弟とて容赦はない。すぐに人数を向けて攻め亡ぼすまでのことじゃ。信西入道も憎いやつ、今までは我が師と敬うていれば付け上がって、謀叛人の方人(かたうど)となって我に刃向かうからは、彼めも最早(もはや)ゆるされぬ。頼長と時を同じゅうして誅伐する。かれら二人をほろぼせば、その余の徒党は頭のない蛇も同様で、よも何事をも仕得(しえ)まいぞ。侍を呼べ、すぐに呼べ」と、忠通はまなじりを裂いて哮(たけ)った。 「御立腹重々お察し申しまするが、まずお鎮まりくださりませ」 玉藻はさえぎってとめた。今この場合に衛府の侍どもを召されても、かれらが素直に左大臣誅伐の命令に応じて動くかどうかわからない。左大臣の野心はとうに見え透いているものの、これぞと取り立てていうほどの証拠もないのであるから、迂闊にここで事を起こすと、理を以って非に陥るおそれがないでもない。衛府の者どものうちに左大臣や信西入道に心をかよわす者があって、早くもそれを敵に注進されたら、あの精悍な頼長と老獪(ろうかい)な信西とが合体(がったい)して何事を仕向けるかもしれない。あるいは機先を制して、むこうから逆寄(さかよ)せに押しかけて来るかもしれない。下世話(げせわ)のことわざにもある通り、急(せ)いては事を仕損ずる。しょせんは彼らを誅伐するにしても、今しばらく堪忍しておもむろに時機を待つ方が安全であろうと、彼女は賢(さか)しげに忠告した。 それも一応理屈はあった。殊にそれが玉藻の意見であるので、忠通も渋(しぶ)しぶながら納得したので、彼女はほっとしたような顔をしてそこを起(た)った。 その日の午過ぎに玉藻は被衣(かつぎ)を深くして屋形を忍んで出た。清治と女の童の死んだ晩から、さみだれ空はぬぐったように晴れつづいて、俄に夏らしい強い日に照らされた京の町には、もう軽い砂が舞い立っていた。柳のかげには牛をつないで休んでいる人が見えた。玉藻は姉小路の信西入道の屋形をたずねた。 門をはいると、大きい槐(えんじゅ)の梢に蝉が鳴いていた。車溜りのそばには一人の若い男がたたずんで、その蝉の声を聴いているらしく見えた。男は千枝太郎であった。 「千枝太郎どの」 玉藻に呼ばれて、千枝太郎は振り向いた。 「おお、玉藻……」と、彼はすこしく眉を動かしたが、さりげなく会釈した。「晴れたら俄に暑うなった。お身には河原で逢うたぎりじゃが、変わることもないか」 「お前にも変わることはありませぬか」と、玉藻はなつかしそうに言った。「その後にはよい折りがのうて、逢うこともならなかった。して、今はなにしにここへ……。お師匠さまのお供してか」 千枝太郎はうなずいた。彼は明るい夏の日の前で玉藻とむかい合って、きょうこそはその正体をよく見届けようと思ったのである。地に黒く映っている玉藻の影は、やはり普通の女の姿であった。千枝太郎は更に女の顔をじっと視つめると、玉藻は少し羞(は)じらうように顔をかしげて、斜めに男の眼のうちをうかがった。 「お師匠さまはなんの御用じゃ」 「わしは知らぬ」と、千枝太郎は情(すげ)なく言った。 梢の蝉は鳴きつづけていた。二人はしばらく黙っていた。 「お前には一度逢うて、しみじみ話したいこともあるが、よい折りはないものか」と、玉藻はひと足すり寄って訊いた。 懐かしげな、恋しげな、情けの深そうな女の眼をじっと見ているうちに、千枝太郎の胸はなんとなくほてってきた。彼女は果たして魔性(ましょう)の者であろうか。年の若い千枝太郎は師匠の教えを少し疑うようにもなってきた。それでも彼は迂闊に油断しなかった。 「お師匠さまは厳しいで、御用のほかには滅多に外へは出られぬ。それはわしばかりでない。ほかの弟子たちも皆それじゃで是非がない」 「ほんにそうであろうのう」と、玉藻は低い溜息を洩らした。「それでも忍んで出られぬことはあるまいに、たった一度じゃ、逢うて下されぬか。むかしの藻(みくず)じゃ、憎うはあるまい。それともお前、ほかに親しい女子(おなご)でも出来たのか。もう昔の藻を何とも思わぬのか。このあいだも言うた通り、人の身の行く末は知れぬものじゃ。山科の里に一緒に育って、おまえは烏帽子折りの職人になる。わたしも烏帽子を折り習うて……。思えばそれもたがいに幼い同士の夢であった」 千枝太郎の眼の前には、その幼い夢の絵巻物が美しく拡げられた。山科の里の森や川や、それを背景にして仲よく遊んでいた二人の姿も、まぼろしのように浮かび出した。彼はうっとりとして玉藻の顔を今更のように見つめた。そうして、何事をか言おうとするとき、奥から一人の侍が出て来た。 侍は胡乱(うろん)らしく玉藻をじろじろ眺めているので、玉藻は丁寧に会釈して、主人の入道に取次ぎを頼むと、侍は更に彼女の顔を睨むように見て、すぐに内へ引っ返して行った。 「あれは右衛門尉成景(うえもんのじょうなりかげ)というお人じゃ」と、千枝太郎は彼のうしろ姿を見送って教えた。 「見るから逞(たくま)しそうな。さすがは少納言殿のお内に侍(さむら)う人ほどある」と、玉藻はうなずいて、さてまた語り出した。 「のう、千枝太郎どの。くどくも言うようじゃが、お前どうでもわたしに逢うのはいやか。今宵にはかぎらぬ、あすでもあさってでも……。関白殿のお屋形へまいって、玉藻に逢おうと言うてくれたら、わたしはきっと首尾して出る。これ、どうでもいやか。どうでも応(おう)とは言われぬか」 彼女はくれないの唇を男の耳にすりつけて囁(ささや)いた。 女のうす絹に焚きこめた甘いような香の匂いは千枝太郎のからだを夢のように押し包んで、若い陰陽師の血は俄に沸き上がった。強い夏の日を仰ぐ彼の眼はくらくらと眩(くら)んできて、彼は真っ直ぐに立っているに堪えられないように、思わず女の腕にもたれかかると、玉藻はほほえみながら彼を軽くかかえてやった。そうして又、甘えるようにささやいた。 「さりとは情のこわい人じゃ。むかしの藻を忘れてか」 邪魔なところへ右衛門尉成景が再び出て来た。彼は玉藻に向かっておごそかに言った。 「主人の少納言、あいにくの客来(きゃくらい)でござれば、御対面はかなわぬとの儀にござる。失礼は御免、早々にお帰りあれ」 「それは残り多いこと」と、玉藻は相手の無礼を咎(とが)めもせずにあでやかに笑った。「お客は播磨守殿とやら。大切の御用談でござろうか」 「主人と閑室にての差し向かい、いかようの用談やら我々すこしも存じ申さぬ」と、成景はにべ[#「にべ」に傍点]なく言った。 それでも玉藻は素直に立ち去らなかった。自分は是非とも入道殿にひと目逢って密々に申し入れたい大切の用事があるから、お客の邪魔にならないように別間でしばらくお逢いを願いたいと押し返して言った。成景はなんとかして主人に逢わせまいと考えているらしく、いろいろに詞(ことば)をかまえて追い払おうとしたが、玉藻はなかなか動きそうもないので、彼もとうとう根(こん)負けがして又もや奥へ引っ返したかと思うと、今度はすぐに出て来て、玉藻を内へ案内した。 千枝太郎はもとの一人になって、えんじゅの青い影の下に立っていた。彼はもう半分は夢のようで、なにを考える力もなかった。青い葉をゆする南風がそよそよと彼の袂を吹きなびかせて、鈴を振るような蝉の声がにぶい耳にもこころよく聞こえた。 しばらくして玉藻は成景に送られて出て来た。彼女の口元には豊かな笑みが浮かんでいた。成景の見る前、もうなにも言っている間(ひま)もないので、彼女はただ千枝太郎に目礼して別れた。そのうしろ影が門の外へ消えてゆくのを見送って、千枝太郎はなんだか物足らないような寂しい心持になって、糸にひかれたようにふらふらと樹の下を離れた。そうして、彼女を追うように同じく門の外へ出ると、まだ五、六間とはゆき過ぎない玉藻がけたたましく叫んだ。 「あれ、誰か来て……。助けてくだされ」 その声におどろかされて、きっと見ると、痩せさらばえた一人の老僧が片手に竹の杖を持って、片手に玉藻の袂をしかと掴んでいた。僧は物に狂っているらしい。鼠の法衣(ころも)は裂けて汚れて、片足には草履をはいて片足は跣足(はだし)であった。千枝太郎はすぐに駈け寄って二人のあいだへ割ってはいった。 「おお、千枝太郎どの。ようぞ来てくだされた。この御僧(ごそう)は物に狂うたそうな。不意にわたしを捉えてどこへか連れて行こうとする。どうぞ助けてくだされ」と、玉藻は悩める顔を袖に掩いながら言った。 「御坊(ごぼう)。いかに狂えばとて、女人(にょにん)をとらえてなんの狼藉……」と、千枝太郎は叱るように言った。「静まられい、ここ放されい」 僧はなんにも言わなかった。白い鬚(ひげ)がまだらに伸びて、頬骨の悼(いた)ましく尖った顔に、窪(くぼ)んだ眼ばかりを爛々(らんらん)とひからせて、彼は玉藻の白い襟もとをじっと見つめていた。相手が執念深いので、千枝太郎はいよいよ急(せ)いた。 「ええ、退(の)かれいというに……。ええ、放されい。放さぬか」 彼は相手の痩せた腕をつかんで、力まかせに引き放そうとしたが、命のあらんかぎりと掴んでいるらしい僧の手は容易に解けなかった。血気の若者は焦(じ)れてあせって、折れるばかりにその手を捻じ曲げて、無理にようよう引き放して、突きやると、力の尽きた老僧は枯木のようにばったり倒れた。玉藻はそれを見向きもしないで、急ぎ足に立ち去った。 僧は這い起きて又追おうとするのを、千枝太郎は又抱き止めた。僧は熱い息をふいて身をもがいているところへ、四、五人の若い僧が汗みどろになって追って来た。 「おお、ここにじゃ。どなたか知らぬが、かたじけのうござる」 彼らは千枝太郎に礼をいって、まだ哮(たけ)り狂っている老僧を宙にかつぐように連れて行った。狂える老僧は法性寺の阿闍梨(あじゃり)であった。
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