二
九月十二日、静穏なる好天気。船は依然おなじ位置に在り。すべて風は南西より吹く。
冷静な、実際的なこの人種に対して、迷信がかくのごとき勢力を有していたのは、実に不思議である。もし私がみずからそれを観たのでなかったらば、その迷信が非常に拡がっていることを
シェットランドを去って間もなく
この話はその航海が終わるまでつづいた。そうして、
迷信という問題に就いて、かくのごとく論究した結果、わたしは二等運転士のメースン氏がゆうべ幽霊を見たということ――
実際、あの
彼の
「僕は夜半直の四点時鐘ごろ(
僕はひとりの水夫に命じて、船尾へ鉄砲を取りにやった。そうして、僕はムレアドと一緒に浮氷へ降りて行った。おそらくそれは熊の奴だろうと思ったのである。われわれが氷の上に降りたときに、僕はムレアドを見失ってしまったが、それでも声のする方へすすんで行った。おそらく一マイル以上も、僕はその声を追って行ったであろう。そうして、氷丘のまわりを走って、いかにも僕を待っているかのように立っている、その頂きへまっすぐに登って、その上から見おろしたが、かの白い形をしたものはなんであったか、一向にわからない。とにかくに熊ではなかった。それは丈が高く、白く、まっすぐなものであった。もしそれが男でも、女でもなかったとしたらば、きっと何かもっと悪いものに違いないことを保証する。僕は怖くなって、一生懸命に船の方へ走って来て、船に乗り込んでようやくほっとした次第である。僕は乗船中、自己の義務を果たすべき
これがすなわち彼の物語で、わたしは出来るかぎり彼の言葉をそのままに記述したのである。
彼は極力否定しているが、わたしの想像するところでは、彼の見たのは若い熊が
かれらは以前よりも一層むずかしい顔をし、不満の色がいよいよ露骨になって来た。
この迷信騒ぎの馬鹿らしい発生を除いては、物事はむしろ愉快に見えているのである。われわれの南方に出来ていた浮氷は一部溶け去って、海潮はグリーンランドとスピッツバーゲンの間を走る湾流の一支流にわれらの船は在るのだと、わたしを信ぜしめるほどに暖かになって来た。船の周囲には、たくさんの
九月十三日。ブリッジの上で、一等運転士ミルン氏と興味ある会話を試みた。
わが船長は水夫らには大いなる謎である。私にもそうであったが、船主にさえもそうであるらしい。ミルン氏の言うには、航海が終わって、給金済みの手切れになると、クレーグ船長はどこへか行ってしまって、そのまま姿を見せない。再び
ミルン氏はまたこう考えている――船長という職は彼がみずから選み得るなかで最も危険な職業であるという理由によって、単に捕鯨に身をゆだねて来たのであって、彼はあらゆる方法で死を求めているのであると。ミルン氏はまた、それに就いて数個の例を挙げている。そのうちの一つは、もしそれが果たして事実とすれば、むしろ不思議千万である。ある時、船長は猟のシーズンが来ても、例の事務所に姿を見せなかったので、これに代る者を物色せねばならないことになった。それはあたかも最近の
風は東寄りの方向に吹きまわしてはいるが、依然ほんの微風である。思うに、氷はきのうよりも密なるべし。見渡すかぎり
船長はみずから重大な責任を感じている。聞けば、馬鈴薯のタンクはもう終わりとなり、ビスケットさえ不足を告げているそうである。しかし船長は相変わらず無感覚な顔をして、望遠鏡で地平線を見渡しながら、一日の大部分を