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夜泣き鉄骨(よなきてっこつ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-26 6:46:32 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


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 合宿所の、三階の、廊下を、パタパタと音をさせて、近づいてくる跫音あしおとがあった。
「組長さん、おいでですか――」
 その跫音は、「舎監居間しゃかんいま」と書いた木札きふだを、釘で打ちつけてあるわしの室の入口の前で停るが早いか、そう、声をかけたのだった。
「おう。誰かい」
栗原くりはらです。倉庫係そうこがかりの栗原ですて」
「栗原? 栗原が、なんの用だッ」
「へえ、ちょっと工場の用なんで……」
「なにッ。工場の用て、どんなことだか云ってみろ」
「へえ、実は――」栗原は、言いよどんでいる風だった。「先日せんじつお持ちになりました乙型おつがたスウィッチが、急に入用になりましたんで、いただきに参ったんですが……」
「スウィッチなんか、明日にしろ」
「ところが生憎あいにく、工場で至急使うことになったんで、直ぐ持って行かないと困るんでして、実にその……」
「よォし、いま入口を開けるから、ちょっと待て」
 暫くして、わしは、入口のを、サッと開けた。
「どうも相済あいすみません」栗原は、わしの顔を見るなり、ペコリと頭を下げた。
「お前、この間、そう云ったじゃねえか。このスウィッチは、当分とうぶん不用ふようだから、いつまでもお使いなさい、とな」
「申訳がありませんです」栗原は、ひどく恐縮きょうしゅくしているていで、ペコペコ頭を下げた。「組長さんは、スウィッチの図面を書きたいから御持ちになるというので、そんな簡単な御用ならと、栗原は帳簿に書かないで、御貸ししたんです。ところが、今急に、拡張かくちょう工事係の方から、在庫ざいこになっている乙型おつがたスウィッチは全部数を揃えて出せという命令なんで。どうもむを得ず、ソノ……」
「文句はいいや。さア、早く持ってゆけ」
 わしは、かかえていた乙型スウィッチを、彼の前に、さしだした。
 乙型スウィッチというのは、長さ一尺五寸、はば七寸の、細長い木箱きばこに収められた大きなスウィッチで、硝子ガラス蓋を開くと、大理石だいりせき底盤ていばんの上に幅の広いどうリボンでできた電気断続用だんぞくようがテカテカ光り、エボナイト製の、しっかりした把手ハンドルがついていた。このスウィッチ一つで、鳥渡ちょっとしたモートルの開閉は充分できるのであった。
「栗原さん、俺が持ってゆくよ」
 横の方から、思いがけない、違った声がして、頭髪かみのけをモシャモシャにした若い男が、姿を現した。
「だッ、誰だ。手前てめえは……」
 わしは、戸口の蔭から、イキナリ飛び出した男に、おどろいた。
「こいつは、横瀬よこせといいましてネ」若い男の代りに栗原が弁解した。「この栗原の遠縁とおえんのものです」
「何故ひっぱってきたんだ」
「いまお願いして、倉庫で、私の下を働かせて、いただいてるのです。というのは、下町したまち薬種屋やくしゅやで働いていたのが、馘首くびになりましてナ、栗原のところへ、ころがりこんできたのです」
「ふウん、お前さん、薬屋かア」
 珍らしそうに、スウィッチの表や裏を、眺めている若い男に、わしは、声をかけた。
「薬屋だったんです」その横瀬は、ぶっきら棒の返事をした。
「どうだろうな。わしは、お前さんに、ちょっと頼みたいことがあるんだが」
「骨の折れねえことなら、手伝いますよ」
「これッ――」栗原がおどろいて、横瀬の汚い職工服を、ひっぱった。
「骨は折れねえことだ。じゃ、栗原、お前の若い衆を、ちょいと借りたぜ」
「へえ、ようがす」
 栗原は、若い横瀬から、スウィッチの箱をうけとると一人で帰って行ったのだった。
「さあ、こっちへ、入んねえ」
「はあ――」
わしは、鳥渡ちょっと、お前さんに、見て貰いてえものがあるんだ」
「俺に、判るかなァ」
ものは、これなんだ」わしは、机の抽斗ひきだしの奥から、新聞紙にくるんだものを、出してきた。
「この硝子ガラスで出来たものはなんだね」わしは、それを横瀬に手渡した。
「これは、注射器の一部分ですよ」
「注射器? そうだろうな、わしも、そう思った。それで、何の注射器か、お前さんに判らないかい」
「さァ――」横瀬は、モシャモシャ頭髪かみのけを、指でゴシゴシいた。「注射器は判るが、尖端さきについている針が無いから、見当けんとうがつかねえ」
「じゃ、此処ここんとこを見て呉れ。この注射器の底に、ほんのり茶っぽいものが附いているが、これは、なんて薬かい」
「うん、なんか附いてはいるが――」若い男は注射器を、明り窓の方にかして、その茶色の汚点おてんに眺め入った。「電灯はきませんか」
生憎あいにく、この合宿じゃ、六時にならないと、点かないんだ。まだ三十分も間があるよ」
 初夏しょかの夕方は、五時半を廻っても、まだ大分明るかった。
「さあ、わかりませんね。こんなに分量が少くちゃ見当がつかない。薬品のようでもあり、血痕けっこんのようでもあり……」
 わしは、グッとつばを呑みこんだ。
「もう一つ、見て貰いたいものがある」わしは、新聞紙包みの中から、もう一つの品物をとりだした。「これは何かね」
「こんなもの、どっから持って来たんです」横瀬は、ピカピカ光る、その外科道具のようなものを手に取上げ、ニヤニヤ笑いだした。
「何に使う品物かね」わしは、横瀬の質問には答えようとせず、同じことを、聞きかえしたのだった。
「一口に云えば――」と、わしの顔をジロリと見て、「子宮鏡しきゅうきょうという、産婦人科の道具だね」
「よし、判った」わしは、ピカピカするそれを、横瀬の手から、ひったくるようにして、元の新聞紙の中に、包んでしまった。
「いや、御苦労だった」と、わし挨拶あいさつをした。「ところで、もう一つだけ、お前さんに見て貰いたいものがあるんだが」
「あるんなら、早く出しなせえ」
 横瀬は、面倒くさそうに、云った。
「ここには、無いんだ。ちょっと、近所まで附合ってくれ」
「ようがす。ドッコイショ」
 横瀬は、「ひびき」を一本、衣嚢ポケットから出して口にくわえると、火も点けないで、室内をジロジロと、眺めまわした。
「何を見てるんだ」わしは、いた。
「マッチは無いのかね」と彼は云った。

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