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夜泣き鉄骨(よなきてっこつ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-26 6:46:32 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

底本: 海野十三全集 第2巻 俘囚
出版社: 三一書房
初版発行日: 1991(平成3)年2月28日
入力に使用: 1991(平成3)年2月28日第1版第1刷

 

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 真夜中に、第九工場の大鉄骨だいてっこつが、キーッと声を立てて泣く――
 という噂が、チラリと、わしの耳に、入った。
「そんな、莫迦ばかな話が、あるもんか!」
 わしは、検査ハンマーを振る手を停めて、カラカラと笑った。
「そう笑いなさるけどナ、組長さん」その噂を持ってきた職工は、おびえた眼を、わしの方に向けて云った。「昨夜のことなんだよ、それは……。火の番の、常爺つねじいが、両方の耳で、たしかに、そいつを聴いたよッて、あおい顔をして、おいらに話したんだ。満更まんざらいつわりを云っているんだたァ、思えねぇ」
 いつの間にか、わし達のまわりには、大勢の職工が、集ってきた。
「組長さん、それァ本当なんだ」別の声が叫んだ。
「なんだとォ――」おれは、その声のする方を見た。「てめえは、雲的うんてきだな。雲的ともあろうものが、軽卒かるはずみなことをしゃべって、後でわらわれンな」
「大丈夫ですよ――」雲的うんてきは大いに自信ありげに、言葉をかえした。「それについちゃ、ちィっとばかり、手前てめえの恥も、さらけださにゃならねえが、もう五日ほど前のことでさァ。徹夜勝負よあかししょうぶのそれが、十二時を過ぎたばかりに、スッカラカンでヨ、場に貸してやろうてえ親切者もなしサ、やむなく、工場の宿直しゅくちょく、たあさんのところへ、真夜中というのに、無心むしんに来たというわけ。さ、その無心をかなえて貰っての帰りさ、通りかかったのが今話しの第九工場の横手。だしぬけに、キーイッというきしるような物音を聴いた。(オヤ、何処だろう)と、あっし立停たちどまった。しばらくは、何にも音がしねえ。(空耳そらみみかな?)と思って、歩きだそうとすると、そこへ、キーイッとな、又聞えたじゃねえか。物音のする場所は、たしかに判った。第九工場の内部からだッ。(何の音だろう? 夜業やぎょうをやってんのかな)そう思ったのであっしは、顔をあげて、硝子ガラスの貼ってある工場の高窓を見上げたんだが、内部は真暗まっくらと見えて、なんの光もうつらない。(こりゃ、変だ!)にわかに背筋が、ゾクゾクと寒くなってきた。そこへ又その怪しい物音が……。こわいとなると、なお聴きたい。重い鉄扉てっぴ耳朶みみたぶをおっつけて、あっしァ、たしかに聴いた。キーイッ、カンカンカン、硬い金属が、きしみ合い、噛み合うような、鋭い悲鳴だった」
「大方、工場に、ねずみが暴れてるんだろう」わしは、不機嫌に云い放った。
「どうして、組長!」雲的うんてきはハッキリ軽蔑けいべつの色を見せて、叫びかえした。「あっしにァ、あの物音が、どこから起るのか、ちゃんと見当がついてるのでサ」
「ンじゃ、早くしゃべれッてことよ」
「こう、みんなも聴けよ」彼は、周囲まわり南瓜面かぼちゃづらを、ずーッとめまわした。「ありゃナ、クレーンが、動いている音さ!」
「なに、クレーンが※(感嘆符疑問符、1-8-78)
 一同が、思わず声を合わせて、叫んだ。
 クレーンというのは、格納庫かくのうこのように巨大な、あの第九工場の内部へ入って、高さが百尺近い天井を見上げると判るのだが、そこにはたくましい鉄骨で組立てられた大きな橋梁きょうりょうのような形の起重車きじゅうしゃが、南北の方向に渡しかけられている。それが、クレーンだった。その橋梁の下には、重い物体をひっかける化物ばけもののようにでっかいかぎが、太い鋼線ロープってあり、また橋梁の一隅いちぐうには、鉄板てっぱんで囲った小屋がっていて、その中には、このクレーンを動かすモートルと其の制動機とがえてあった。制動機を動かすと、この鉄橋は、あたかも川の中ではしを横に流すように、広い第九工場の東端とうたんから西端せいたんまで、ゴーッと音をたてて横に動くのだった。
「おい、まさッ!」わしは、クレーンの運転手をやっている男を、人垣の中に呼んだ。
「へえ――」政は、紙のように、白い顔をして、おずおずと、前へ出てきた。
「クレーンが、真夜中に動き出すてのは、本当かな」
「わたしは、ナなんにも、ぞんじませんです。しかし、クレーンのスウィッチは、必ず切って帰りますで、真夜中に、ヒョロヒョロ動き出すなんて、そんな妙なことが……」
 そこまで云った政は、発作ほっさみたいな様子となり、言葉のあとをブツブツ口の中でつぶやいて、それから急に気がついたかのように、ワナワナ慄える両手を、周章あわてて背後に隠したのだった。
「よォし。今夜は、一つ正体しょうたいを確かめてやろう。いいか、みんな夜中の十二時を廻ったら、裏門前に集るんだ!」

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