解けた怪異
幽霊船の中に潜んでいた謎は、一体なんであったろうか。船艙のくらがりの中から聞えるごとごとという怪音、それにつづいてキラキラと光った物! 銃をもった貝谷は、隊長古谷局長の腕をとらえ、 「局長、あれをごらんなさい。光る物は二つならんでいます。あれは動物の眼ですよ」 「どこだい。よく見えないが……」 といっているとき、うおーっという呻りごえ。 「局長、一発撃たせてください。そうしないと、こっちがやられてしまいます」 「じゃあ、……」 局長の言葉半ばにして、だーんと銃声がひびいた。貝谷がとうとう狙いをさだめて撃ったのである。闇の中に、たしかに手応えがあった。それっきり呻り声はしなくなった。 「どうしたんだろうなあ、貝谷」 「局長。うまく仕とめたんです。そばへいってみましょう」 局長と貝谷とは残りすくない貴重なマッチをすって、そばに近づいた。そこには大きな愕きが、二人を待っていた。 「あっ、豹だ! 黒豹が死んでいる!」 船艙の隅に、小牛ほどもあろうという大きな黒豹が、見事に額を撃ちぬかれて、ぐたりと長くのびていた。 「ああ、もうすこしで、こいつに喰われてしまうところだった」 「貝谷。お前の腕前には、感心したよ。いや、感心したばかりではない。危いところで生命を助けてもらったことを感謝するぞ。だが――」 と、いって、局長は大きな呼吸をして、 「おい貝谷。これで幽霊船の秘密が解けたではないか」 「えっ、幽霊船の秘密だといいますと……」 「ほら、甲板だの船橋だのに、人骨がちらばっていたことさ。つまりこの幽霊船には、檻を破った猛獣が暴れていたんだ。そして船員を片っ端から喰いあらしていたのにちがいない」 「ああ、なるほど。猛獣だから、人間の肉をすっかり綺麗に喰べつくし、骨だけ残していたというわけですか。そうかもしれませんねえ」 といったが、雨の甲板や船橋のうえについていた大きな丸味のある血痕は、この黒豹の足跡だったと、今にして二人は思いあたったことである。全く恐ろしいことだ。航海中の汽船の中に、猛獣が暴れだして、船員を喰べた。大海に漂う船の中だから、逃げだすこともどうすることもできなかったのであろう。 「ねえ局長。船内をあらしまわって人間を喰った黒豹というのは、いま撃ちとめたこの一頭だけでしょうか」 「さあ、どうだか」と局長はいったが、「どうも一頭だけとは考えられないね。なにしろ、あのとおり人骨が散らばっているところをみても、この一頭だけの仕業だとは考えられないよ」 「じゃあ、外の奴を警戒しなければなりませんね」 「そうだ、どっかその辺に潜んでいる奴があるかもしれない」 そういっているとき、甲板の方とおもわれる見当で、とつぜん、うわーっと誰かの悲鳴! 「あっ、誰かが……」 「うむ、猛獣が出たのかもしれない。すぐいってやろう。貝谷、続け!」 古谷局長は、短剣を手に、船艙から甲板へ通じる階段をまっしぐらに駈けあがる。
心細い弾丸
甲板へ出てみると、そこには想像した以上の、たいへんな光景が展開していた。古谷局長のつれてきた二号艇の連中が、檣の上に鈴なりになって、しきりに下を向いて喚いている。 「あっ、局長。いますいます、猛獣が五六頭います」 「えっ、どこにいる?」 と、いっているところへ、うおーっと一声呻り声をあげて近づいてきた一頭のライオン。 「あっ、危い!」という間もなく、ライオンは局長と貝谷の上をとびこえて、檣の下へ――。 そこには、さっきから五六頭のライオンが入りみだれて、檣にのぼっている和島丸の船員をしきりに狙っている。 「うーむ、これは困った。銃一挺では、どうすることもできない」 と、古谷局長は嘆声を発した。 「でも局長。あと弾丸は五発ありますから、弾丸のあるだけ撃ってみましょう」 貝谷は、もう覚悟をきめていた。 「待て! 五発の弾丸を撃ったあとを考えると、そう簡単に撃つわけにいかないぞ。弾丸がなくなれば、われわれもまた、この汽船の乗組員と同じ運命に陥って、猛獣に喰われて白骨になるではないか。撃つのはしばらく待て!」 猛獣は、ものすごい声をあげて咆哮する。どれもこれも、腹がへっているらしい。この咆哮につれて、檣の下には刻々と猛獣の数が殖えてゆく。(ふーん、一体この船には何十頭の猛獣がいるのかしら)と貝谷が、溜息とともに呟いた。檣の下には、今や少くとも九頭か十頭のライオンと豹が集っている。和島丸の船員たちは、檣の上にしがみついたまま生きた色もない。 貝谷は、積みあげたロップの蔭から、猛獣の動静をじっと見守っている。 その後で、古谷局長は、しきりに智慧をしぼっていたようであったが、「そうだ、いいことがある!」と叫んで、貝谷の肩を叩いた。 「とにかく、このままでは、猛獣の餌食になるばかりだ。おい、貝谷。おれはこれから、船内へ入って、銃かピストルかを探してくるから、お前はここで頑張っていてくれ」 「なんですって、局長。あなたひとりで船内へ入っては危い!」 「だが、こうなっては、自分の身の危険など考えてはいられない。隊員全体の生命が危いのだから……。後を頼むぞ」というや、局長は走り去った。 それからのち、僅か二十分ぐらいの間のことだったが、貝谷は、二日三日もたったように思った。ところが、正味二十分たって、局長は息せききって、貝谷の待っているところへかえってきた。 「あっ、局長。どうでした」貝谷は、あいかわらず、猛獣への監視をおこたらず、その方へ顔をむけたままの姿勢でたずねた。 「うむ、あったぞ。このとおりだ」局長は、うれしそうに、貝谷の鼻のさきへ、三挺のピストルと二挺の銃とをさしだした。 「まだ銃はある。弾丸もうんとある。さあこれで、あの猛獣どもを追っ払うのだ」 局長は、さっきとは別人のように元気になっていた。 そこで局長と貝谷とは、一、二、三の号令とともに、積みあげたロップに銃をのせて、勢いよく撃ちだした。だだーん、どどーん。ものすごい銃声だ。そしてたいへんいい当りだ。そうでもあろう。相手は大勢、当らないのがおかしいくらいだ。
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