恐ろしき謎
鋸引きの音が、ごりごりいっている間に、敬二は博士のそばへいって声をかけた。 「博士、なぜ○○獣を別々に離して置かないと危いのですか」 「うん。これは○○獣の運動ぶりから推して、そういう理屈になるんだよ。つまり○○獣というのは二つの球が互いに相手のまわりに廻っているんだ。丁度二つの指環を噛みあわしたような恰好に廻っているんだ。こういう風に廻ると、二つの球は互いに相手に廻転力を与えることになるから、二つの球はいつまでも廻っているんだ。だから二つの球を静止させるには、二つの球の距離を遠くへ離すより外ないのだ。見ていたまえ。もうすぐ○獣と○獣とが切り離せるから」 鋸引きが済んで、セメント柱は二つに切られた。博士の指図によって、消防隊の人々が一方のセメント柱に手をかけて、えんやえんやと引張った。 「これは駄目だ。中々動きそうもない」 「そんなに強いかね。じゃあ、もっと皆さんこっちへ来て手を貸して下さい」 更に人数を殖やして、えんやえんやと引張った。するとセメント柱は、やっと両方に離れだした。 「しめた。もっと力を出して。そら、えんやえんや」 うんと力を合わせて引張ったので、セメント柱はごろごろと台の上から下に転がり落ちた。 あっと思ったが、もう遅かった、ぐわーん、どどーんと大きな音とともに真白な煙が室内に立ちのぼった。 人々の悲鳴、壁や天井の崩れる音。思いがけないたいへんな椿事をひきおこしてしまった。 敬二少年も、この大爆発のために、しばらくは気を失っていた。暫く経ってやっと気がついてみると、壁も天井もどこかへ吹きとんでしまって、頭上には高い空が見えていた。あたりを見ると、そこには大勢の人が倒れていた。セメントの破片が白く飛んでいた。 しかし不思議なことに、○○獣の姿はどこにも見当らなかった。 なぜ大爆発が起ったのやら、なぜ○○獣がいなくなったのやら、そこに居合わせた誰にもさっぱり解らなかったけれど、ずっと後に、やはりあのとき重傷を負った蟹寺博士が病院のベッドの上で繃帯をぐるぐる捲きつけた顔の中から細々とした声で語ったところによると、 「儂の失敗じゃ。○○獣を切り離したのがよくなかった。○○獣が互いに傍にいる間に、お互いの引力で小さくなっているんだが、あれを両方に離してしまうと、引力がなくなってしまうから、それで急に大きく膨れて、あのとおり爆発してしまったのだ。○○獣はもともと瓦斯体だったが、ああして廻りだすようになってから形が小さくなって鉄の塊みたいに固くなっていたんだ。だから二つを両方に離すと、どっちももとの瓦斯体になり、後には何にも残っていないのだ。じゃ○○獣というのは何物だったかといえば、あれは宇宙を飛んでいる二つの小さい星雲が或るところで偶然出会い、それからあの激しい収縮と強い廻転とが生じて、それがたまたま地球の中をくぐりぬけていったのだよ。全く珍らしい現象だ。随分恐ろしいことだった」 博士はベッドの中で大きな溜息をつきながら、そういうのであった。
●表記について
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