ドン助の行方
空き箱の奥のグニャリとするものにつきあたって、敬二少年は心臓がつぶれるほどおどろいた。何だろうと思って目をみはったとき「ごーッ」という音が耳に入った。大きな鼾であった。 「なんだ、こんなところに寝ているんだもの、どこを探したって分る筈がない」空き箱の中に窮屈そうに、身体を、縮めて寝こんでいるのは、行方不明になったドン助だった。酒の香が箱のなかにプンプンにおっていた。 敬二はドン助をそっと揺りおこした。ところがそんなことで目のさめるような御当人ではなかった。といって箱のなかであるから、あまり音をたてては、ローラに知れる。そこで一策をかんがえて、ドン助のはりきった太ももをギューッとつねってやった。 「ああ、あいてて……」膨れかけた鼻提灯が、急にひっこんで、その代りドン助はバネ人形のように起きあがった。そこは狭い狭い箱の中だった。彼はいやというほど頭をぶっつけて、とうとう本当に眼をさました。 「やっ、貴様か。貴様はなんというひどい――」大口開いてつかみかかってくるドン助を、敬二はあわててつきとばした。ドン助は赤ん坊のように、どたんと倒れた。 敬二が早口に、あの黒眼鏡のローラがいまそこまで追っかけてきていることを告げると、さすがのドン助もこれが大いに効いたと見え、彼はたちまち頭をかかえて羊のごとくおとなしくなってしまった。 「そうか。そいつは弱ったな」 敬二はこれまでの話を、手みじかに話してやった。それを聞いていたドン助は、 「いや、俺が慾ばりすぎて失敗したんだ。でもあの外国の女には第一番に話をしたんだから、あれは二十円の値打はあると思うよ。第二番以後は二円ずつ安くして、ニュースを売ってやったのだ。あれから皆で四、五十円も儲かったよ。だからつい呑みすぎちまったんだ。わるく思うなよ」あの出鱈目ニュースを、そんなに幾軒もの新聞に売ったと聞いて、敬二はドン助の心臓のつよさにおどろいた。 「へへえ、支配人が俺をとっちめるといってたかい。そいつは困ったな。あいつは柔道四段のゴロツキあがりだから、いま見つかりゃ肋骨の一本二本は折られると覚悟しなきゃならない。そいつは痛いし――」と腕をこまねいて、 「どうも弱った。仕方がない。夜になるまでここに隠れていよう」ドン助はごろりと音をたてて横になった。すると間もなく平和な鼾が聞えてきた。すっかりアルコールの擒となった彼の身体は、まだまだねむりをとらなければ足りないのであった。
○○獣の再来
恐ろしいビルディング崩壊が再び始まったのはその日の午後であった。 あれよあれよと見る間に、例のカリカリカリという怪音をあげて、東京ホテルの裏に立っている大きな自動車のガレージを噛りはじめた。 敬二少年が外に走りでたときは、もはやガレージの横の壁が、まるで達磨を横にしたように噛みとられ、そして中にある修理中の自動車がガリガリやられているところだった。じっと見ていると、それらの壁や自動車が、音をたてて自然に消えてゆくとしか見えないのであった。もちろんドン助が新聞記者に喋ったように、怪物の尻尾もなんにも見えなかった。 敬二はいまさらながら、この出来事を眼の前に見て、気味がわるかったが、思いついて、首にかけていたカメラでパチリと写真を一枚とった。露出はわずか千分の一秒という非常な短かい撮影だった。 「やあ、これかい。なるほどなるほど」と突然大きな声がしたので、その方をふりむいてみると、誰がいつの間に知らせたのか、蟹寺博士が来ていた。博士は例の強い近眼鏡を光らせて、崩壊してゆく自動車を熱心にじっと見つめていた。 自動車も消えてしまうと、そこらに集って見物していた人達は、にわかに狼狽をはじめた。さあ、こんどはどこが崩壊するかしれないからです。もし自分の身体が崩壊しはじめたらどうしよう。 カリカリカリカリ。 突然また例の怪音がおこって、人々の耳をうった。
カメラの手柄
敬二少年が、わずか千分の一秒という短かい露出でもって、○○獣の動いていると思われるところをうまく写真にとったことは、前にいった。少年は、どんな写真が撮れたかを一刻も早く見たくてたまらなかった。それで目下、東京ホテルの裏口を暴れまわっている○○獣のことは、折から現場に着き例の強い近眼鏡をひからせながら熱心に観察している蟹寺博士にまかせてしまって、敬二はカメラをもったまま、友だちの三ちゃんというのがやっている写真機屋の店をさして駈けだした。 「おう、三ちゃん、たいへんだたいへんだ」 「な、なんだ。おや敬ちゃんじゃないか。顔いろをかえてどうしたんだ」三ちゃんは現像室からとびだしてきて、敬二少年を呆れ顔で見やった。 「うん、全くたいへんなんだよ。○○獣の写真をとってきたんだ。すまないが、すぐ現像してくれないか」 「えっ、なんだって、あの○○獣の写真をとってきたんだって。まさかね。あははは」と、三ちゃんは本気にしない。それもそうであろう。誰にも見えない○○獣が写真にうつるわけがないからである。敬二少年は、それからいろいろと説明をして、やっと三ちゃんに納得してもらうことができた。 「ああそうだったのか。千分の一秒で……。うむ、これなら或いはなにか見えるかもしれないね。ではすぐ現像してみよう」そういって三ちゃんは、敬二のフィルムをもって、現像室にもぐりこんだ。 それから二、三十分も経ったと思われるころ、三ちゃんは水洗平皿に、黒く現像のできたフィルムを浮かして現れた。 「おい三ちゃん、どうだったい」 「うん。なんだかしらないけれど、とにかく妙なものがぼんやり出ているようだぜ。いまそれを見せてやるから、待っていなよ」そういって三ちゃんは、水に浮いているフィルムを、そっと水中でひっぱってみせた。 「ほら、ここんところを見てごらん。なんだか白い環のようなものが、ぼんやりと見えるだろう。これはたしかに○○獣らしいぜ」 フィルムのままでは、白と黒とがあべこべになっているので写真を見つけない敬二にはよく見えなかった。そこで三ちゃんは、水洗をいい加減にして急に乾かすと、それを印画紙にやきつけた。すると肉眼で見ていると同じ光景が、写真の面にあらわれた。 「ああっ、これだ。この輪が○○獣なのだ」 それは崩壊してゆくガレージの壁をとった写真だったが、その壊れゆく壁土のそばになんとも奇妙な二つの輪がうつっていた。かなり太い環であった。それは丁度噛みあった指環のような恰好をしていた。どうして○○獣は、こんな形をしているのだろうか。
○○獣の謎
敬二少年は、ついに○○獣の撮影に成功したのだった。 この写真をよく見てるうちに、彼はこの事件が起った最初、裏の広場の土をもちあげて、機械水雷のような形をした二つの球塊がむっくり現れたことを思いだした。 ○○獣の正体は、やはりこれだったのである。 何だかしらないが、その二つの球塊が、たがいにくるくると廻りあっている。一方が水平に円運動をすると、他の方は垂直に円運動をする。つまり二つの指環を噛みあわせたような恰好の運動になるのであった。それは二つの球が、お互いに運動をたすけあって、いつまでもぐるぐる廻っていることになるのであった。○○獣のおそろしい力も、こうした運動をやっているからこそ、起るのであった。 今では○○獣の姿が、一向人々の眼に見えないが、これは○○獣がたいへん速く廻転しているせいであった。たとえば非常に速く廻っている車が見えないのと同じわけであった。敬二少年は、○○獣がこれから廻ろうとしていたその最初から見ていたのであった。 「まったく不思議な○○獣だ」と、敬二は自分で撮った写真をじっと見つめながら、長大息をした。 ○○獣というのは、二つの大きな球塊がぐるぐる廻っているものだということは分ったけれど、さてその大きな球塊は一体どんなものから出来ているのか、また中には何が入っているのかということについては、まだ何にも知れていなかった。そこに実に大きい疑問と驚異とがあるわけであったが、敬二には何にも分っていない。いや敬二ばかりが分らないのではない。おそらく世間の誰にもこの不思議な○○獣の正体は見当がつかないであろう。 敬二が○○獣の写真をもって、再び東京ホテルの裏口に帰ってきたときには、そこには物見高い群衆が十倍にも殖えていた。その間を押しわけて前に出てみると、ホテルの建物はひどく傾き、今にも転覆しそうに見えていた。その前に、蟹寺博士が、まるで生き残りの勇士のように只一人、凛然とつっ立っていた。警官隊や消防隊は、はるかに離れて、これを遠巻きにしていた。 そのとき敬二は、胸をつかれたようにはっと感じた。それは外でもない。ホテルの裏口に積んであった空箱の山が崩れて、そのあたりは雪がふったように真白に、木屑が飛んでいることであった。 「ドン助は、どうしたろう。この空箱の中に酔っぱらって眠っていたわけだが……」 彼は急に心配になって、恐ろしいのも忘れて前にとびだした。そして残った空き箱の一つ一つを手あたり次第にひっくりかえしてみたが、たずねるドン助の姿はどこにも見あたらなかった。ぞーッとする不吉な予感が、敬二の背すじに匍いあがってきた。
上一页 [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] 下一页 尾页
|