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爬虫館事件(はちゅうかんじけん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-26 6:18:21 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



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 ドアを押して入ると、ムッとせかえるような生臭なまぐさ暖気だんきが、真正面から帆村の鼻をおさえた。
 小劇場の舞台ほどもある広いおりの中には、頑丈がんじょう金網かなあみへだてて、とぐろをいた二頭のニシキヘビが離れ離れのすみを陣取ってぬくぬくとねむっていた。その褐色かっしょくに黒い斑紋はんもんのある胴中は、太いところで深い山中さんちゅうの松の木ほどもあり、こまかいうろこは、粘液ねんえきで気味のわるい光沢こうたくを放っていた。頭は存外ぞんがいに小柄で、眼を探すのに骨が折れたが、やっとのことでりこんだような黄色い半開きの眼玉を見つけたときには、余りいい気持はしなかった。帆村たちの入って来たのが判ったものか、フフッ、フフッと、風に吹きつけられたように身体の一部を波うたせていたのだった。
 こんなのが、裏手にはまだ六七頭もいるんだと思うと、生来せいらい蛇嫌いな帆村はもうすっかり憂鬱ゆううつになってしまった。
 そのとき奥のくぐをあけて、副園長の西郷が、やや小柄の、うわばみに一呑みにやられてしまいそうな、青白い若紳士を引張ってきた。
「ご紹介します。こちらがこの爬虫館はちゅうかんの鴨田研究員です」
 二人は言葉もなく頭を下げた。
「園長の最後に此の室へ来られたときのことをおうかがいしたいのですが」
「今朝も大分警視庁の人にいじめられましたから、もう平気でしゃべれますよ」と鴨田研究員は前提ぜんていして「私は時計を見ないくせなのでしてネ、正午ひるのサイレンからして、あれは多分十一時二十分頃だったろうと思うのですが、カーキ色の実験衣を着た園長が入って来られまして、そうです、二三分間だと思いますが、ここに出ている一頭のニシキヘビの元気が無いことから、食餌しょくじの注意などを云って下すって其儘そのまま出てゆかれたんです」
「それは此の室だけへ入って来られたのですか、それとも」
「今の話は奥でしました。私は別にお送りもしませんでしたが、園長は確かにこのくぐをぬけて此の室へ入られたようです」
「表へ出られた物音でも聞かれましたか」
「いえ、別に気に止めていなかったものですから」
「なにか様子に変ったことでもありましたでしょうか」
「ありません」
「園長が表へ出られたと思う時刻から正午ひるまでに、戸外に何か異様な叫び声でもしませんでしたか」
「そうですね。裏の調餌室へトラックが到着して、何だかガタガタと、動物の餌を運びこんでいたようですがね、その位です」
「ほほう」帆村は眼を見張みはった。「それは何時頃です」
「さあ、園長が出てゆかれて十五分かそこらですかね」
「すると十一時三十五分前後ですね。動物の食うものというと、随分嵩張かさばったものでしょうね」
「それア相当なもんですなア」と副園長が横合よこあいから云った。
馬鈴薯じゃがいも甘藷かんしょ胡羅蔔にんじん雪花菜ゆきやさい※(「麥にょう+皮」、第3水準1-94-77)ふすまわら生草なまくさ、それから食パンだとか、牛乳、うさぎとり馬肉ばにく、魚類など、トラックに満載まんさいされてきますよ」
「なるほど」帆村はまた鴨田の方へ向き直った。「莫迦ばかげたことをおたずねいたしますが、このうわばみは人間を呑みますか」
「呑まないとは保証できませんが、あまり人間はおそわない習性しゅうせいです。先刻さっきもそんなことを訊かれましたが、園長を呑んでいないことは確かですよ。人間を呑むには時間もかかれば呑んでも腹がふくれているので直ぐ判ります」
 帆村は黙ってうなずいた。
 しかし人間の身体を九つ位にバラバラに切断せつだんして、この蟒に一塊いっかいずつ喰べさせれば、比較的容易に片づくわけだし、腹も著しくふくらむこともなかろうと考えたので、質問してみようと思ったが、これは重大な結果になりそうだから、もっと先でくことにした。そしてそれとなく蟒全部の腹の膨れ工合ぐあいしらべてやろうと思った。
 それで裏手の鴨田理学士の研究室を見せて欲しいと云うと、直ぐ許されて、一同は潜り戸を入っていった。
 其処そこはいとも奇妙な広い部屋だった。竪長たてながの三十坪ほどもあろうという、ぶちぬきの一室だったが、たてに二等分し、一方には白ペンキを盛んに使った卓子テーブルや書棚や、書類函や、それから手術台のようなもの、硝子戸ガラスどの入った薬品棚、標本棚、外科器械棚などが如何にも贅沢ぜいたくに並び、其他そのた、人間が入れそうなタンクのような訳のわからぬ装置が二つも三つも置かれてあった。窓は上の方に小さく、天井てんじょうには水銀灯をつかった照明灯が、気味の悪い青白光せいはっこうを投げかけていた。ゆかの一ヶ所を開けて地下にひそんでいる園丁の一団があったが、それは話のあった捜索隊に違いなかった。室の一隅いちぐうには警視庁の制服せいふく警官が二人ほどキラキラする眼を光らせていた。
 他の縦半分たてはんぶんには頑丈な檻があって、その中に見るも恐ろしい大ニシキヘビが七頭、死んだようになって勝手な場所を占領していた。帆村は檻につかまると、はしの蟒から一頭一頭、腹の大きさを見ていった。しかしどうやらどの蛇も思いあたるような大きな腹をしたのは居なかった。しかしバラバラの死体を呑んだとして、犯行が三十日の正午ひる近くと仮定し今日は二日の午後であるから二日過ぎとすると、この間に蟒の腹は目立たぬ程に小さくなったのではあるまいか。
「鴨田さん」帆村は背後を振返ふりかえった。「ニシキヘビには山羊やぎを喰べさせるそうですが、何日位で消化しますか」
「そうですね」鴨田はをしながら実直じっちょくそうな顔を出した。「六貫位はある山羊を呑んだとしまして、先ず三日でしょうか」
 それなれば十二三貫ある園長を八つか九つの切れにして、九頭の蟒に与えるなら、いままでまる二日は過ぎたから、もう程よくけたころに違いない。しかし一体誰が殺したか、誰が死体をバラバラにし、誰が蟒に与えたか。それは一向にハッキリ判っていなかったが、この生白なまじろい鴨田研究員の関係していることはいなめなかった。
「ああ、西郷君」そう云ったのは鴨田理学士だった。「一昨日この爬虫館の前で拾得しゅうとくしたので僕が事務所へ届けて置いた万年筆ね、あれは先刻警官の方が調べられて、園長さんのものだと判ったそうですよ」
「ああ、そう」西郷副園長は簡単にこたえたが、其の後でチラリと帆村の方に素早すばやい視線を送った。
 帆村は知らぬ風をして、この会話の底に流れる秘密について考えた。館の前で園長の持ち物を拾ったということは、場合によっては決して鴨田氏の利益ではなかった。万年筆はよく落すものではあるが、そんなに具合よく館の入口に落すものではない。また物静かな園長が落すというのも可怪おかしい。鴨田が後にあやしまれることを勘定かんじょうに入れて落して行ったか、さもなくて鴨田がみずから落ちていたといつわり届けたものか、どっちかである。始めのようだと鴨田をおとしいれようとしているのは誰かという問題となり、後のようだと鴨田は自ら嫌疑けんぎをうけようとするもので、そこには容易ならぬ犯罪性を発見することになって、帆村は鴨田の性格を知るために、室内を隅から隅まで見廻して、何かあやしい物はないかと探し求めた。
「鴨田さんの鞄ですか、これは」と帆村は棚の上に載っている黒皮の書類鞄を指した。
「そうです、私のです」
「随分大きいですね」
「私達は動物のスケッチを入れるので、こんな特製のものじゃないと間に合わないのです」
「こっちの方に、同じような形をした大きなタンクみたいなものが三つも横になっていますが、これは何ですか」
「それは私の学位論文に使った装置なんです。いまは使っていませんので、からも同様です」
「前は何が入っていたのですか」
「いろいろな目的に使いますが、ヘビが風邪かぜをひいたときには、の中に入れて蒸気でしてやったりします」
「それにしては、何だか液体でも入っていそうなタンクですね」
「ときには湯を入れたりすることもあります」
「だが蟒の呼吸いきぬけもないし、それに厳重げんじゅうじょうがかかっていますね」
「これはかく、論文通過まで、内部を見せたくない装置なんです」
「論文の標題ひょうだいは?」
「ニシキヘビの内分泌腺ないぶんぴせんについて――というのです」
 そこへドヤドヤと、警官と園丁との一団が鴨田研究員を取巻いた。
「もうこの建物は天井から床下ゆかしたまで調べましたが、異状がありませんでした。ただ残っているのは、あの三つのタンクですが、お言葉を信用してそのままにして置きます」
 帆村はそれを聞くと飛出してきた。
「待って下さい。あのタンクは、是非調べて下さい」
「でも開けられないのですよ」帆村の見識みししの警官が云った。
「そんなことは無い。ね、鴨田さん、開けた方が貴方あなたのためにもいいですよ。あのタンクだけで、清浄潔白せいじょうけっぱくになるのじゃありませんか」
「いやそう簡単に明けられません」鴨田は強く反対した。「あれを明けると、爬虫館の室温や湿度が急降きゅうこうして、爬虫はちゅう大危害だいきがいを加えることになるので、ちょっとでも駄目です」
「私は大したことはあるまいと思うのですが、ってみては?」帆村はなおも主張した。
「いやそうは行きません。私は園長から相当の責任を持って爬虫類を預っているのですから、拒絶きょぜつする権利があります。もっとを求めて、どうにも解決の鍵が見つからぬときは開けもしましょうが、それにはちょっと準備が入ります。この爬虫たちを、元居た暖室だんしつの方へ移すのですが、それにはあの室を充分なところまで温め、湿度をととのえてやらねばならんのです」
「弱ったな」帆村は苦い顔をした。「一体何時間あったら、別室の準備ができるのです」
「まア五時間か六時間でしょうね」
「そりゃ大変だ。じゃ私も暫く考えてみましょう」と帆村は断乎だんことして云った。「その間に別の部屋を検べて来ましょう。西郷さん、調餌室というのを案内して下さい」

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