海野十三全集 第7巻 地球要塞 |
株式会社三一書房 |
1990(平成2)年4月30日 |
1990(平成2)年4月30日第1版第1刷 |
1990(平成2)年4月30日第1版第1刷 |
祖国近し
房枝は、三等船室の丸窓に、顔をおしあてて、左へ左へと走りさる大波のうねりを、ぼんやりと、ながめていた。 波の背に、さっきまでは、入日の残光がきらきらとうつくしくかがやいていたが、今はもう空も雲も海も、鼠色の一色にぬりつぶされてしまった。 「ああ」 房枝は、ため息をした。つめたい丸窓のガラスが、房枝の息でぼーっと白くくもった。 なぜか、房枝は、しずかな夕暮の空を、ひとりぼっちで眺めるのがたまらなく好きだ。そしていつも心ぼそく吐息をついてしまうのである。 彼女は、両親の顔も知らない曲馬団の一少女だった。 彼女が、今抱えられているミマツ曲馬団は主に、外国をうってまわるのが、本筋だった。一年も二年も、ときによると三年も、外国の町々を、うってまわる。そうかと思うと、急に内地へまいもどって「新帰朝」を看板に、同胞のお客さまの前に立つこともあった。こんどは少しわけがあってわずか半年ぶりの、あわただしい帰朝だった。そうでなければ、ミマツ曲馬団は、まだまだメキシコの町々を、鉦と笛とで、にぎやかにうちまわっていたことだろう。 房枝が、曲馬団の一行とともに、のりこんでいたこの雷洋丸は、もうあと一日とすこしで、なつかしい祖国の港、横浜に入る予定だった。 だが、いま房枝はそんなことはどうでもよかったのだ。丸窓の外に、暮れていくものしずかな、そして大きな夕景の中に、じっと、いつまでもいつまでも、とけこんでいれば、よかったのであった。房枝にとって、それは、母のふところにだかれているような気がしてならなかった。 「あたしのお父さま、お母さま。日本へかえったら、こんどこそ、めぐりあえるでしょうね」 房枝は、唇をかすかにうごかし、小さなこえで、そういってみた。 (だめ、だめ。君の両親は、もうこの世の中に、生きてはいないのだ) そういって、顔見知りの警官が、気の毒そうに、頭を左右にふるのが、まぼろしの中に見えた。 「まあ、やっぱり、房枝のおねがいごとは、だめなんでしょうか」 (そうとも、そうとも。もう、あきらめたまえ) 「ああ」 彼女のまぶたに、あついものが、どっとわいてきた。そして、頬のうえを、つつーッと走りおちた。目を、ぱしぱしとまたたくと、丸窓の外に、黒い太平洋は、あいかわらず、どっどっと左へ流れていた。房枝のわびしい魂はどうすることも出来ないなやみを包んで、いつまでも、波間にゆられつづける。 「うわーっ、腹がへった。食堂のボーイは、なにをしているんだろうな」 「三等船客だと思って、いつも、一番あとにまわすのだ。けしからん」 房枝の気持は、とつぜん、彼女のうしろに爆発した仲間の荒くれ男のことばに、うちやぶられた。 彼等は、かいこだなのように、まわりの壁に、上中下の三段につった寝台のうえで、ねそべっていた。ある者は、古い雑誌を、もう何べん目か、よみかえしていたし、またある者は、ひとりでトランプを切って、運命をうらなっていたりした。この船室は、十八人室で、ミマツ曲馬団の一行で、しめていた。 「おい、房公!」 丸窓にしがみついて、後向きになっていた房枝が、あらあらしいこえで呼ばれた。 房枝は、そのこえをきくと、からだが、ぴりぴりとふるえた。「トラ十」という通り名でよばれて皆から恐れられているらんぼう者の曲芸師丁野十助だった。 「こら、房公。きこえないふりをしているな。こっちにはよくわかっているぞ。おい、食堂へいって、おれの飯をさいそくしてこい。あと五分間しか待てないぞと、きびしくいってくるんだ」 房枝も、やはり曲芸の方だった。綱わたりや、ブランコで、売りだしていたトラ十の丁野十助も、同じようなものをやって、お客のごきげんを、うかがっていたが、ちかごろ、房枝の方にお客の拍手が多くなったのをみて、いやに房枝に、ごつごつあたるようになった。 房枝は、だまって、丸窓をはなれた。そして、指さきで涙をちょっとおさえて、ばたばたと食堂の方へかけだしていった。 「ちえっ、あいつめ、十五になって、いやになまいきな女になりやがった」 と、トラ十は、房枝のあとを見送り、きたないことばを吐いた。 だれかが寝台のうえから、ハーモニカをふきはじめた、調子はずれのばかにしたような、間のぬけたふき方であった。 トラ十は、目をぎろりと光らせて、その方へ、ぐっと太いくびをねじった。 「ハーモニカを、やめろ! 胃袋に、ひびが入らあ」
曾呂利青年
房枝が、三等食堂へ、いきつくかいきつかないうちに、がらんがらんと、食事のしらせが、こっちの船室まで、きこえた。 トランプをしていた者は、トランプを毛布のうえにたたきつけ、古雑誌を読んでいたものは折目をつけてページをとじ、いずれも寝台からいそいでとび下り、食堂の方へ走って行った。団員の娘たちは、あとで、いたずらをされないように、編物の毛糸を、そっと毛布の下にかくしていくことを忘れなかった。 一番あとから、この部屋を出ていった顔の青い若者があった。彼は、すこぶる長身であったが、松葉杖をついていた。右足が、またのあたりから足首まで、板片をあて、繃帯で、ぐるぐると、太くまいてあった。 「曾呂利本馬さん。手を貸してあげましょうか」 通路で、房枝が向こうから駈けてきて、その足のわるい青年に、こえをかけた。曾呂利本馬という妙な名が、その青年の芸名だった。 「なあに、大丈夫」 と、曾呂利青年は、うなずき、 「ねえ、房ちゃん、いつもいうとおり、僕なんかにかまわないがいい」 そういって、彼は、あぶなっかしい足どりで、食堂の入口をまたいだのだった。 この気の毒な曾呂利青年を、房枝がなにかと世話をしてやると、そのたびに、トラ十が、目をむいて、口ぎたなく叱りつけた。 (おい房公。お前、手を出すな。その曾呂利本馬てえ野郎は、正式の団員じゃないぞ。メキシコのどぶ川の中で、あっぷあっぷしていた奴を、おせっかいの団長が、えりくびとって引上げてやったのさ。それからこっち、いつの間にやら、ミマツ曲馬団のすみっこで、こそこそうごめいている奴さ。とんちきな芸名までもらいやがって、歯のない牝馬のうえにのっかったと思うと、もうあれ、あのとおり、自分の足を、ひんまげてしまった。ざまあみろというんだ。正式の団員でもない野郎の世話なんかすると、このおれさまが、だまっちゃいないぞ!) と、今日も、朝っぱらから、トラ十は、船室で、ほえたてていた。 たしかに正式の団員ではなかったが、この気の毒な曾呂利に、房枝は、同情をよせていた。そばで、トラ十の雑言をきいている房枝の方が、腹が立って、しらずしらず顔が青くなるほどだった。 曾呂利が、一つ男らしく立って、口先だけでも、トラ十をがーんとやりかえすといいと思うのだったが、曾呂利本馬は、いつも無口で、小学一年生のように、えんりょぶかく、よわよわしい性格のように見え一度もやりかえしたことはなかった。 房枝は、ふんがいのあまり、こっそりと、本馬にいうときがあった。 (ねえ、曾呂利さん。あたしには、あんたがどうしても、弱虫に見えないの。男なら、なぜ一つ、思いきり、きびしく、いってやらないの。あんた、わざと、強いのをかくしているんじゃない?) と、ませた口で、年上の青年をなじると、曾呂利青年は首をふって、 (いやいや、僕は、だめですよ。悪口をいわれても、仕方のない人間なんです。ほうっておいてください)と、目を伏せていう。 (そう。ほんとうに、力なしの、弱虫なの、じゃあ、あたしが、これから加勢してあげるわ) (いやいや、めっそうもない。房ちゃんは、僕なんかに、かまわないがいい) そういって、曾呂利青年は、足がわるいのに、一番高い上段の寝台へのぼり、もう息をひきとりそうな老犬のように、小さくなって、寝てしまうのだった。 夕暮の空の下では、房枝は、一時、両親を恋うるセンチメンタルな可憐な少女にかわるが、ふだんは、すさまじい世渡りにきたえられて、十五歳の少女とは見えないほど、きびきびした少女だった。 房枝は、松葉杖をついた曾呂利のあとから、三等食堂の中へ入っていった。 ひろい食堂は、電灯も明るく、食慾のさかんな三等船客が、もう一ぱい、つめかけていた。皿やナイフの音が、かしましくするだけで、だれも、むだ口をきく者がなく、一生けんめいに皿の中のものを、胃袋へつめこんでいた。 トラ十も、さかんにぱくついているので、曾呂利青年や房枝の入ってきたのも知らぬげであった。 「おい、ソースだ、ソースだ。ソースのびんがないぞ」 トラ十が、たくましいこえで、どなった。 「ソースのびんは、目の前にあるじゃないか」 ようやく、食事はだいぶん進んだらしく口をきく客もでてきた。 「目の前? うそをつけ。目の前には、ソースのびんなんかないぞ」 トラ十は、どなりかえしたが、そのとき、おやという表情で、目をみはった。ソースのびんは見えないが、彼の目の前には、うつくしい大きな花籠があった。何というか、色とりどりの花を、一ぱいもりあげてある。どう見ても、三等食堂には、もったいないくらいの、りっぱな花籠だった。 「ほら、ソースのびんは、その花籠のかげに、あるじゃないか」 「なるほど」 と、トラ十は、うめくようにいって、ソースのびんをとったが、彼の目は、なぜか、このりっぱな花籠のうえに、ピンづけになっていた。
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