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のろのろ砲弾の驚異(のろのろほうだんのきょうい)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-25 15:55:05 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


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 外へ出ると、ロッセ氏は、大昂奮だいこうふんの面持で、私をとらえて、放そうとはしなかった。
「ねえ、綿貫わたぬき君。われわれは、もっと語ろうではないか。素敵すてきなブランデーをのませる家を知っているから、これからそこへ案内しよう」
 私は、初めから覚悟をしていたので、ロッセ氏のいうがままに、ついていった。
 ホテル・クナンの、しずかな酒場さかば片隅かたすみに、ロッセ氏は、私を連れていった。
「この卓子テーブルは、僕の特約の席なんだ。では、お互いの健康をしゅくして……」
 と、ロッセ氏は、琥珀色こはくいろの液体の入ったグラスを高くさしあげて、唇へ持っていった。
「ふう、これでやっと落着いた。金博士も、ひどいところを素破すっぱぬいて、よろこんでいるんだねえ。宿敵艦隊しゅくてきかんたいの一件が、あそこで曝露ばくろするとは、思っていなかった」
「まあいいよ。私も、すこし独断どくだんだったけれど、あなたを早く、博士に紹介しておいた方がいいと思ったもんだから、黙って連れていったんだ」
「ああ、金博士は、驚異きょういあたいする人物だ。一体あの人は、中国人かね、それとも日本人かね」
「そのことだよ」
 と、私は、グラスの酒を、きゅうとのみして、
「一体、金という名前は、中国にもあるし、日本人にもある。それから朝鮮にもあるんだ。もちろん満洲にもあることは、君も知っているだろう。ところで博士は、その中の、どこの人間だか知らないといっている。博士は捨児すてごだったんだ。たしかに東洋人にはちがいないが、両親がわからないから、日本人だか中国人だか分らないといっている」
「赤ちゃんのときは、何語を話していたのかね」
「それは広東語カントンごだ。もっとも、博士がまだ片言かたこともいえないときに、広東人の金氏が拾い上げて、博士を育てたんだからねえ、赤ちゃんのときに広東語をしゃべったのは、あたり前だ」
「ふしぎな人物だ。そして、あの穴倉あなぐらの中でなにをしているのかね」
「博士は、科学者だ。いや、もっと説明語を入れると、国籍のない科学者だ。国籍のない人といっても、ユダヤ系というわけではない。博士はいわく、わしは国籍こそ無けれ、あくまで東洋人だといっている」
「で、博士は一体、毎日どんなことをやっているのか」
「博士は、なんでも、気に入った科学をとりあげて、どんどん研究を進めている。今は、宇宙線と重力じゅうりょくとの関係を研究しているが、今までにも、たくさんの発明がある。その中で、かなり古臭ふるくさくなった発明を、方々の国に売って、莫大ばくだいな金を得ている。博士の資産しさんは、何百億円だか見当がつかない。が、それよりも驚異に値するのは、博士の自主的研究は独得なる発展をげ、今世界中で一等科学の進んだアメリカや、次位じいのドイツなどにくらべると、少くとも四五十年先に進んでいると、或る学者が高く評価している。だから、博士は、科学に関しては、世界の人間宝庫にんげんほうこであるともいわれている」
 私が最大級の讃辞さんじを博士にささげていると、ロッセ氏は、そうかそうかと、ペルシャねこのようにんだひとみをくるくるうごかして、しきりに感服かんぷく面持おももちだった。
「だから、博士がうんといえば、あなたの設計した電気砲も、博士の秘密工場の手で実際に作ってくれるだろう。そうすれば、あなたの念願している英艦隊えいかんたい撃滅げきめつのことも――」
「いや、博士は、初速の速い電気砲が気に入らないらしい。むしろ、速度の遅い、そして射程の長い砲弾を考え出せといわれたが、僕には、何のことだか分らないのだ。なぜなら、速度を遅くすることと、射程を長く伸ばすこととは、互いにあいきずつける条件なんだからねえ」
「うむ、まるで謎々なぞなぞだね」
「そうだ、謎々だ。それも解答のない謎々を出題されたような気がする。博士は、ひょっとしたら、僕をからかったのかもしれない」
「そんなことはないよ。博士は、からかうなんて、そんな人のわるいことはしない。ああまで真剣で、大真面目おおまじめなんだ。謎々をかけたにしても、博士は必ずその解答のあることをたしかめてあるのだと思う」
「そうかなあ。速度の遅くて、射程の長い、そして命中率百パーセントの砲弾! そんなおそろしいものが、この世の中にあるとは、どうしても思われないが……いや、僕たちは、既成きせい科学に対し、すっかり囚人しゅうじんになっているのがいけないのかもしれない」
 ロッセ氏は、そういって、ぶるぶると身顫みぶるいをすると、急いでグラスを唇のところへ持っていった。

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