宇宙塵
「通信がさっぱりだめになったんですって」 正吉は、そのうわさを聞くと、心配になって無電室へ行き局長のスミレ女史にあって様子をたずねた。 「ええ、その原因が分かりましたから、もう安心しています」 スミレ局長は朗らかにいった。 「すると、通信能力はもう前のように回復したんですか」 「さっぱりだめなのよ」 通信がうまくできないのに、朗らかに笑っているスミレ局長の気持ちが、正吉にはよくのみこめなかった。 「それじゃ困るですね」 「でも仕方がないのよ。あたしたちの力ではどうにもならないことなんです。火星のまわりには、宇宙塵がたくさんあつまっている層があるんです。本艇はいまその中を抜けているから、電波が宇宙塵にじゃまをされて、通信がうまくいかないのです」 局長の説明で、正吉は「なるほど、そんなことか」と、はじめて分かった。 「宇宙塵て、正吉さんは知っているでしょう」 「宇宙にたまっている塵のことでしょう」 「そんなことをおっしゃるようでは、本当にご存じないようね。いったい、どんな塵だと思っていらっしゃるの」 「さあ」 正吉はそこまでたずねられると返答に困った。 「宇宙の塵というんだから、つまり宇宙旅行中に遭難してこわれたロケット艇なんかの破片や、その中からとび出した人間の死骸や机や、イスや、そんなものが塵みたいになっているのを指していうのでしょう」 「いいえ、ちがいますわ。宇宙塵というのは宇宙をとんでいる星のかけらのことです。つまり隕石も宇宙をとんでいるときは宇宙塵といえるわけです」 「ああ、そうか。なるほど宇宙の塵ですね」 「火星のまわりをとりまいている宇宙塵は、隕石の集まりではなく、大昔に火星のまわりをまわっていた火星の衛星の一つがこわれたものだともいわれ、また、そうではなくて、いまのところその宇宙塵はどうしてできたかその原因は分からないのだともいわれます。とにかく火星のまわりを無数の星のかけらが包んでいるものにちがいありません。そういうものがあると、電波は宇宙塵に吸いとられてしまって、達しにくくなるのです」 「ああ、やっと通信の調子のわるいわけが、ぼくに分りました」 「そして、宇宙塵のあるかぎり通信がうまくいかないわけですね」 「そうです。だから、火星は、地球人とちがって、電波を利用することがあまり上手でないかもしれませんね」 正吉とスミレ女史がこうして話をしていたとき、ガーンとだしぬけに大きな音がした。それと同時に、ロケット艇はばらばらになるのではないかと思うほど、ひどく震動し、そして正吉もスミレ女史も床の上にたたきつけられた。室内の器具で、ひっくりかえったものは数をしらず、機械の間から花火は出、警報ベルは鳴りだすというえらいさわぎであった。そして停電になった。 「あ、痛い」 「な、なんでしょう」 電気が来た。それと同時に高声器が大きく鳴りだした。 「火災が起った。中部倉庫だ。必要配置員を残して、全員は中部消火区へ集まれ」 さあ、たいへんだ。 宇宙をとんでいる間に火災を起したくらい不安な出来ごとはない。なぜそんな火災を出したのか。 正吉は、どこの部屋の必要配置員でもなかったから、すぐに中部消火区へかけつけなくてはならなかった。でも、あまり不安が大きかったので、かけだす前にスミレ女史にたずねた。 「どうして火事なんか、ひき起したのでしょうか」 「それはきっと、大きな宇宙塵が本艇の中部倉庫の付近へ衝突して、中部倉庫にしまってあった燃料が発火したのでしょう」 女史は、そう答えた。 「へえーツ。そんな大きな宇宙塵があるのですか」 「大きさが富士山くらいある宇宙塵は決して少なくないと、今まで知られています」 「富士山くらいですか。そんな大きなものも、塵とよぶのですか」 「宇宙の塵だから、大きいのですよ」 「そんな大きな塵にぶっつかられたら、本艇なんかひとたまりもなくこわれてしまうじゃありませんか」 「そうですとも。幸いにも、さっき本艇に衝突したのは、小さい岩くらいのものだったのでしょう。あ、信号灯がついた。わたしをよび出しています。めんどうな仕事がはじまるのでしょう。あなたも早く、消火区へ行ってお働きなさい」 スミレ女史は正吉にそういって、受話器を頭にかけた。
火星に着陸
正吉は、中部消火区へ急いだ。 もうみんな集まっていた。 なるほど燃料倉庫の一つから、ものすごく火をふきだしている。 きいてみると、やっぱりスミレ女史のいったとおり、宇宙塵のでかいやつが衝突して発火したのだという。 「火事は消せますか。本艇は爆発しませんか」 正吉は心配のあまり、消火区長として指揮をとっているトモダ学士にたずねた。 「火事はなんとか片づくと思うがね。しかし困ったのは宇宙塵が本艇にぶつかって横腹へあけた大穴の始末だ。そこからどんどん艇内の空気がもれてしまうんだ。そうなると本艇が貯えている酸素をどんどん放出しなくてはならない。困ったよ」 トモダ学士は、頭を左右にふる。 「このへんに気密扉があるでしょう。その扉をおろして、空気が外へもれないようにしたらいいでしょう」 正吉は、意見をのべた。気密扉というのは艇内が小さな区画に分かれていて、その境のところに、下りるようになっている扉だ。それを下ろすと空気は通わない。だから気密扉を下ろして空気が外へもれることは防げるわけだと、正吉は考えたのだ。 「それは正しい考えだ。しかしねえ正吉君、不幸なことに、さっきの宇宙扉の衝突で、こっち例の気密扉を下ろすモーターの配線が切断してしまってね、かんじんの気密扉が下りなくなったのだよ」 どこまで運がわるいのだろうと、正吉は失望した。しかしよく考えてみる。それは運がわるいのではなくて、そういう場合も考えにいれてこのロケット宇宙艇の設計をしておかねばならなかったのではなかろうか。つまり設計の不完全だ。失敗だ。いく隻もロケット宇宙艇をこしらえても、完全なそれをこしらえ上げるには、技師たちはまだ勉強をしなくてはならないのだろう。ことに、机のうえで頭をひねるだけではなく宇宙旅行の経験をつんだマルモ・ケン氏のような人から、実地の話をよく聞いて、それを土台にして設計をしないと完全なものは出来ない。 乗組員の煙の中をくぐっての一生けんめいな努力によって、モーターの配線が、あたらしく張られた。それで気密扉が下りるようになった。 それが下りると、火災の方もやや下火となった。しかしまだときどき小爆発をするので安心はならなかった。 幸いにも、火星への距離はいよいよ近くなり、着陸まではまず持ちこたえられることが分かって乗組員たちの顔も大分明るくなった。 ロケット宇宙艇新月号が、火星に着陸したのは、月世界をとびだしてから、ちょうど三ヶ月と二日目だった。火災のために到着がすこしくるって遅くなったが、だいたい予定どおりであった。 着陸のときは、まだ火災は消え切っていないし、宇宙塵にやられてこわれた部分はそのままであったから、はたして無事に着陸できるかと案じられた。 だが万事うまくいった。艇の下側から、着陸用のソリがひきだされる。そして火星の表面に着陸地帯として、もってこいの平らな砂漠を探しあてると、一気にそれへまい下ったのであった。 新月号が火星のふしぎな巨木の林を横にながめながら、まっ白い砂漠の上に砂煙をうしろへまきあげつつ着陸したところは、実に壮観であった。 月世界へ着陸したときの感じと、こんど火星へ着陸したときの感じとでは、たいへんちがう。 月世界は空気のない冷たい死の世界、氷の国であった。火星はそうではない。すくないながら空気もある。温かくもある。死の世界ではなく、形こそ怪異であるが、植物も繁茂している。 また、どこかに火星人がすんでいるとも考えられる。火星の方が月世界よりも、ずっと住みよい。 そういうことが、探検隊員たちをほっとさせたが。 マルモ隊長は、着陸と同時に乗組員総がかりで、火災を完全に消すことを命じた。なるほど、まだ重大な仕事が残っていたのだ。乗組員の多数は、艇外へとび出して宇宙塵に損傷した穴の方から消火につとめた。このとき彼らは、やはり空気かぶとをかぶらなくてはならなかった。そのわけは、火星の表面には、月世界とはちがって空気はあるけれどもその空気はたいへん、き薄であるから、人間はやはり酸素を自分で補給しないと息ぐるしくて平気ではいられないのであった。だが、例のいかめしい空気服は着なくてもよかった。空気かぶとは、頭にすっぽりとはいる円筒形のもので、肩のところで、ぴったりと身体についていた。そして空気かぶとの大部分は、透明な有機ガラスでできていたから、すこしはなれて見ると、そういうかぶとをかぶっているのかいないのか、区別がつかないほどだった。この中へ送りこむ酸素タンクは背中にとりつけてあった。 艇外へ出た作業員たちは、みんな火星がはじめてであったから、火星の引力になれていなかった。そのために彼らは、意外な失敗をくりかえした。つまり、火星では重力が地球の重力の三分の一しかない。だから一メートル高くとびあがるつもりでとびあがると、それより三倍高く三メートル上まで身体があがってしまうのだ。これは愉快なことでもあったが、同時によけいなこぶをこしらえる原因ともなった。 火災は完全に消えた。マルモ隊長は、それにつづいて、損傷した穴の修理作業に、すぐ取りかかることを命じた。隊員たちは休みなしに働かなくてはならなかった。そうであろう。ここで損傷個所をそのままにしておいたら、どんな突発事故によって、さあ火星から離陸だといったときに、たいへん困る。だから火災が消えたら、こんどは何をおいても、艇に穴のあいた個所を修理しておかねばならないのであった。
林の中の怪
正吉とキンちゃんとが火星の砂漠の上に立って、空気かぶとを両方からよせあって、なにかしきりに話をしている。 二人とも、専門技術者ではないので、本艇の修理には役に立たない。だからいまちょっとひまなわけである。 ちょっと二人の話を、聞いてみよう。 「ねえ、ちょいと。あっしといっしょに、あそこまで行って下さいな。いいじゃないかね」 キンちゃんが正吉にねだっている。 「いってやっでもいいが、そんな気味のわるい林のところへいって、なにをするつもりだい」 正吉が、うしろの巨木の林をさしていう、その巨木は、地球の木とはちがい、ぼそぼそしたやわらかい下等な植物のように見えた。それはどことなくスギナやシダるいに似ていた。しかもその幹はたいへん太いものがあって、人間が四、五人手をつないでも抱ききれないほどのものもあった。キンちゃんは、その木のそばへ行ってみたいというのだ。 「あっしゃね、あの木が、料理をすれば、けっこう食べられるように思うんだ。ちょいとそれを調べてみたくてね。もし、うまく火星料理ができたら、第一番にお前さんに食べさせてあげるよ。だから、ちょっと行って下さい」 「ひとりで行くのは、こわいのかい」 「こわいことはないさ。しかし気味がわるいんでね」 「じゃあやっぱりこわいんじゃないか。おかしいなあ、大人のくせに」 正吉はキンちゃんについて、林の方へ歩いていった。ほんとうは、正吉も気味がわるくてしかたがない。 「ねえ。あっしゃどういうわけか、身体がふわふわしてしょうがないんだがね」 「それは重力が小さい関係だよ」 「そうですかねえ。なんだか水の中を歩いているような気がするよ。さっき、石につまずいてひっくりかえったが、そのときね、からだはふわッと地面へあたりやがるんだ。ちっとも痛かないんだから、妙てけりんだ」 「地球の上なら、さっそく鼻血を出したところだろうね」 「おっと、さあ来たよ。なるほど、この大木め、いやにぶかぶかしているよ。これなら料理すれば食えるね。すこし切って持っていこう」 キンちゃんは、小刀をだして巨木の幹を切り取ったり、枝や葉を切り落したりして、料理に使うだけのものを集めだした。正吉は、それを見ているのには退屈して、林の中へどんどんはいっていった。すると、池のふちへ出た。池というよりは、沼地といった方がいいかもしれない。それは正吉にとって、めずらしい風景だった。 巨木が重なりあって生えている。池のふちには、きみょうな形の葉がはえしげっている。水はどんよりと赤い。その水の中に、何か泳いでいる。小さな魚のようでもあり、そうでなく両棲類か爬虫頚のようでもある。それがモの下から出たりはいったりしている。 「おやッ」 正吉は、とつぜん声をあげた。彼はあやしい大きな魚を見つけたのである。大きさは正吉ぐらいある魚が、大きな頭を他の中からぬっともたげたのである。二つのぎょろぎょろ目玉。ほっそりした肩には、うろこが光っていた。肩のそばに左右に生えているヒレをぶるぶるとふるわせると、大きな口をあいて、正吉の方をにらんだ。口の中は、まっ赤であった。 こんどは正吉の方がぶるぶるッとふるえて、その場に立ちすくんだ。いったいその奇魚はなんであったろうか。
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