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ゴールデン・バット事件(ゴールデン・バットじけん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-24 16:14:20 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



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 きん青年殺害事件は案外呆気あっけなく処理されてしまった。官辺かんぺんでは、帆村が捕縛ほばくした例の男を犯人として判定してしまった。
 ここに意外だったことは、あの犯人という男が、海原力三うなばらりきぞうその人だったことだ。私もあの後、係官の前へ彼が引張りだされたとき初めてそれと気が付いておどろいてしまったわけだった。
 海原力三は最初のうちは猛烈に頑張がんばって、犯人でないと云い張った。しかし後に至って遂に係官の指摘したとおり、一切の犯行を認めたということであった。
 犯行の動機は、カフェ・ゴールデン・バットで金のために女を奪われたことを極度に憤慨ふんがいしたためだった。彼のいだいていった薄刃うすばの短刀に血をちぬらず、あの重い砲丸を投げつけて目的を達したことは、のちに捕縛されたとしても、短刀をまだ使っていないという点で、犯行を否定するつもりだったという。それを最初から指摘したところの検事は、大変鼻を高くしていた。
 かくて事件は表面的には解決したが、私としてはお察しのとおり、いろいろの疑問が不可解のまま解決されていないので、大いに不満だった。
 そして思いは帆村の場合も同じであった。その帆村は、海原力三の自白後、随分しばらくやって来なかったが、そうそう、あれは一ヶ月ほどもった後のことだったろうか、莫迦ばかにいい機嫌で私のもとへ訪ねてきた。
「オイ何処へ行ってたのか」
 と私は帆村のひげったあとの青々とした顔を見上げて云った。
「うん、東京にいるのがいやになって、旅に出ていた。実は神戸こうべの辺をブラブラしていたというわけさ。あっちの方は六甲ろっこうといい、有馬ありまといい、舞子まいこ明石あかしといい、全くいいところだネ」
「ほう、そうか。じゃ誘ってくれりゃいいものをサ」
「ところがブラブラしていたとはいいながら、波止場仲仕はとばなかしをやっていたんだぜ」
「波止場仲仕を、か?」
 私は直ぐ帆村の意図いとが呑みこめた。彼は例の事件について、外国汽船の出入はげしい港で何事かを調べていたというわけなのだろう。
「ときに君は、近頃ゴールデン・バットへ行っているかい」
「行ってはいるがネ」
「行ってはいるがネというところでは、あまり成功していないようだネ。あすこも金だの海原氏が一時に行かなくなって、寂しくなったことだろう」
「その代り大した後任者が詰めかけているよ」
「そりゃ誰のことだい」
「君には解っているのだろう。あの丘田医師のことさ」
「そうか。丘田氏が行っているか。相手はどの女だい」
「それが例のチェリーなんだ。チェリーはこの頃、断然だんぜんナンバー・ワンだよ。君江も居るには居るが昔日せきじつおもかげしさ。しかし温和おとなしくなった。温和しいといえば、あの事件からこっち、不思議に誰も彼もが温和しくなったぞ。あれから思うと金という男は、悪魔のようなところのある素晴らしい天才だったんだナ」
「煙草の方は相変らず皆でやっているかい」
「煙草というと……」と私はあまり唐突とうとつなので直ぐには気がつかなかった。「ああ煙草のことかい。それならカフェ・ゴールデン・バットのことだ。看板どおりのものを忠実に愛用しているさ。うまい宣伝手段もあったもんだネ。そういえば近来、女ども、バットをてんでにケースに入れていてネ、それを揃いも揃ってパイプにはさんでプカプカふかすのだ。他にはちょっと見られない風景だネ」
「ふーん、なるほど」そこで帆村は言葉を切って、彼の好きなホープを矢鱈やたらにふかし始めた。
「じゃ一つ――」とやがて彼は立ち上って云った。「今晩は久しぶりにバットへ一緒に連れていって貰うとして、その前に君にちょっと附き合ってもらいたいところがあるんだが」
 そこで私は帆村について家を出掛けたのだった。
「最初はここだよ」
 と彼は云って、バットの近所にある野間薬局の店先みせさきにずかずか入っていった。
「ちょっと劇薬売買簿げきやくばいばいぼを見せて貰いたいのですがネ。ここに本庁からの命令書がありますが……」
 そういって帆村は店先に腰を下した。顔の青白い主人が奥から出てきて、こっちを向いて叮嚀ていねいに挨拶をすると、薬瓶の沢山並んだ部屋から、大きな帳簿をもって来た。帆村がそれを開いたのを見ると、こまか罫線けいせんが沢山引いてあって、そこに細い数字が書き込んであった。
 そこで彼は、丘田医師の欄を拡げて、古い日附のところから、その細い売買数量を丹念に別紙へ筆写しはじめた。
 外へ出ると、帆村はどんどん先に歩いて丘田医師の玄関に立った。案内を乞うと、太ったお手伝いさんが出て来たが、丘田氏は幸い在宅ざいたくとのことだった。私は何ヶ月振りかに、その応接室に通った。
「いや中々結構な住居すまいだネ」と帆村は大いにきょうがった。そこへ丘田医師があらわれた。
「やあは――」と帆村は馴々なれなれしく挨拶あいさつをした後で直ぐ云った。「今日は本庁の臨時雇りんじやといというところでして、ちょっと先生のところの劇薬の在庫数量を拝見に参りましたが」
「なに劇薬の在庫数量ですか。それは又珍らしい検査ですネ」そういう丘田医師の態度には、すこしの狼狽ろうばいのあともなかった。「じゃ向うの調剤室までお出でを願いましょうか」
 帆村は私をうながして診察室を出た。調剤室はすこし離れた玄関脇にあった。その中へ入ると、プーンと痛そうなくすりの匂いが鼻をうった。三方の高い壁には、十四五段もありそうな棚がかさなっていて、それに大小とりどりの薬壜が、いろいろのレッテルをつけてギッシリ並んでいた。
 劇薬は一隅いちぐうもうけられた戸棚の中に厳重に保管されてあった。丘田医師は鍵を外して、ガラガラとそのドアを開くと、黒いレッテルや赤いレッテルの貼ってある小形の壜が、気味のわるい圧力を私達の上になげつけた。
 帆村は隅から一つずつ、その小さい壜を下すと、蓋のあるものは蓋をとり、中身を小さいさじの上にすくいとってみたり、天秤てんびんの上に白紙を置いてその上に壜の内容全部をとりだしてはかったり、また封の切ってないものは封緘ふうかんを綿密に検べたり、なかなか念の入ったしらかただった。始めは感心していたものの、私はだんだんきてきた。その退屈さからのがれるために、何か面白いものでもないかと調剤室の中をズッと見廻した。
 しかし別にこれぞということなった品物も見当らなかった。唯一つ、背の低い私にはちょっと手の届きかねる高い棚の上に、直径が七八センチもあろうと思われる大きい銀玉ぎんだまが載っていた、その銀玉は、黒縮緬くろちりめんらしい厚い座布団ざぶとんを敷いてにぶい光を放っていた。どうやら煙草の錫箔すずはくを丹念にめて、それを丸めて作りあげたものらしかった。いくら煙草ずきの人でも、これだけの大きさの銀玉を作るには少くとも三四年はかかるだろうと思われた。
 私はあとで丘田医師にたずねてみようと思って、なおもその銀玉を見つめていたのであるが、そのとき妙なものに気がついた。それは銀玉の上から三分の二ぐらいのところに、横に一本細い線が入っていることだった。よくよく見るとそれは線というよりも切れ目のように思われた。
(オヤオヤ、この銀玉はインチキかな)
 そう思って私は手をのばしかけたとき、いきなり私の洋服をグッと引張ったものがある。はッと思って見廻わすと、引張ったのは、まぎれもなく帆村だった。丘田医師は、脚立きゃたつの上にあがって、毒劇薬の壜をセッセと下していて、それは余りに遠方に居たから、私の洋服を引張ったのは帆村の外には無い。
 ――とにかく私は気がついて、銀玉を見ることをめてしまった。
「もう、その辺でいいですよ」帆村は丘田医師に声をかけた。
「もういいですか」
「そこで鳥渡ちょっとお尋ねいたしますが」といって帆村は鉛筆で数字を書き入れていた紙片を取上げて丘田氏に云った。「パントポンの現在高が、すこし合いませんネ」
 パントポンというのはモルヒネ剤であるが精製した上等のものだった。
「そんなことは無いでしょう。よく調べて下さい」
「いや確かに合いませんよ。警察の方に報告されている野間薬局売りの数量と合わんですよ」
「そりゃ変ですネ。少いということは無いはずなんですがネ」丘田医師の眼は自信あり気に光っていた。
「そうです。少くはないのです。少いのはまだ始末がいいと思うんですが、現在高が非常に多すぎる……」
「多すぎるのは、いいじゃないですか」
「困るんですよ」と帆村はパントポンの壜に一眄いちべつを送りながら云った。「なにか他のモルヒネ剤で間に合わしたために、パントポンの数量が残っているのじゃありませんか。例えばヘロインとか……」
「ヘロインですって、ヘロインみたいな粗悪なやつは私のところでは使っていませんよ」
「ではこのままにして置きましょう。もう外に無いでしょうネ」
「ありませんとも」そういった丘田医師の顔は、心持ちあおかった。
「では一つ、投薬簿とうやくぼの方を見せて下さいませんか」
「投薬簿ですか。そうです、あれは向うの室にあるから取ってきましょう」
 そういって丘田医師は立った、帆村は私にいてゆくようにと、目で合図をした。
 丘田医師は不機嫌に診察室へ飛びこんだ。そしてチェッと舌打したうちをしたが、そのとき後からついていった私がドアに当ってガタリと音を立てたものだから、彼は吃驚びっくりして私の方を振りかえった。その面は、明かに不安の色が濃く浮んでいた。
 投薬簿は直ぐ見付かった。調薬室へ引返してみると、帆村は前とはすこしも違わぬ位置で、また別の劇薬の目方を測っていた。
「さアこれが投薬簿です。――」
 帆村は帳面をとりあげると、念入りに一ページ一頁と見ていった。丘田医師は次第に苛々いらいらしている様子だった。そのうちに帆村は、投薬簿をパタリと閉じた。
「どうも有難うございました」
「もういいのですか」
「ええ、もう用は済みました。この位で引揚げさしていただきましょう」
 帆村はうしろを向いて、そこにあった大理石の手洗に手を差出して、水道の栓をひねった。冷たそうな水がジャーッと帆村の手に懸った。

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