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金属人間(きんぞくにんげん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-24 11:37:00 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


   恐怖の計画


「気味のわるい話は、もうよそう。こんどはもっと愉快ゆかいな話をしよう」
 博士は、とつぜんそういった。
 蜂矢は、いうことばもなく、おしだまっている。
「生きている金属が作られるなんて、すばらしいことではないか」
 そういいながら、博士は手ばやくぬいだ服を着て、胸をはって、いかめしく室内を歩きまわりながら演説するような、くちょうでいった。
「生命と思考力とを持った金属が、人工でできるなんて、愉快なことだ。人間は、もっと早く、このことに気がつかなくてはならなかったのだ。植物にしろ動物にしろ、また鉱物にしろ、それを作っている微粒子びりゅうしをさぐっていくと、みんな同じものからできているんだからね。だから、植物と動物に生命と思考力があたえられるものなら、鉱物にもそれがあたえられていいのだ。そうだろう」
「植物に思考力があるというのは、聞いたことがありませんね」
「じっさいには、あるんだよ。人間の学問が浅いから、気がつかないだけのことなんだ。とにかく植物のことなんか、どうでもよろしい。今は生きている金属のことだけを論ずればいいのだ。金属を人工するのは、他のものをこしらえるよりも、一番やさしいことだ。そして、そのとき生命と思考力を持つように設計工作してやれば、生きている金属ができあがるのだ。生命も思考力も、電気現象でんきげんしょうにもとづいているのだから、そういうことを知っている者なら、かんたんにやれるのだ」
「なるほど」
「そこでわしは、これからこの部屋で、生きている金属をじゃんじゃん作ろうと思う。そしてそれを人体に住まわせる。かまうことはない、生きている金属は人間よりもかしこくて、強力なんだから、思いのままに人間を襲撃しゅうげきして、そのからだを占拠せんきょすることができるんだ」
 おだやかならない話になったので、蜂矢探偵は、からだをしゃちこばらせる。そんなことならいつ自分も、そのへんからとび出してきた怪金属のため、からだをのっとられるかもしれないと思えば、不気味ぶきみである。
 博士は、そんなことにはおかまいなしに、しゃべりつづける。
「それを進めていくと、この世の中に金属人間がたくさんふえる。たびたびいうとおり、金属人間は、ふつうの人間よりもかしこいのだから、金属人間群は、ふつうの人間が百年かかってやりとげる科学の進歩を、金属人間は二、三年のうちにやりとげてしまう。世の中は、急速に進歩発展するだろう。すばらしいことじゃないか、探偵君。ふん、あんまり深く感心をして、ことばも出ないようだね」
 そのとおりだった。なんという奇抜きばつな計画であろう、またなんというおそろしいことであろう。もしもそんなことができたなら、人間の立場はあやうくなる。蜂矢の背すじにつめたい戦慄せんりつが走った。
「まあ、講義はそのくらいにしてこんどはいよいよ、しんけんな話にうつる。きみをここまでひっぱりこんだことについて、説明しなくてはならない。だが、もうきみはかんづいているだろう」
「なんですって」
「きみのからだをもらいたいのだ。わしは仲間のひとりに、きみのからだを世話せわしたいと思うのだ」
「とんでもない話です。わたしはおことわりします」
 と、蜂矢はうしろへ身をひいた。まったくとんだ話である。そんな怪金属にこの身を占拠せんきょされてたまるものか。
「きみがなんといおうと、わしは思ったとおりにやるのだ。じたばたさわぐのはよしたがいいぞ」
 博士は、じりじりとつめよってくる。蜂矢探偵は、だんだんうしろへさがって、やがて壁におしつけられてしまった。
「どうするんです。金属Qは、ただひとりのはず。ほかに仲間があるなんて、うそです。きみが、わたしのからだへはいりたいのでしょう」
 さすがに探偵は、いいあてた。その事情はわからないが、相手の計画しているところはわかるような気がする。
「ふふふふ、どっちでもいいじゃないか」
 いつのまにやら博士の手には、大きなハンマーが握られていた。博士はそれを頭上にふりあげて、今や蜂矢の頭に一撃をくわえようとしたとき、
「待て、金属人間。動くな。動けば生命いのちがないぞ」
 と、ひびいた声。
 蜂矢はおどろいて、そっちへ目を走らせた。するとこはふしぎ、もうひとりの針目博士が蜂矢をおびやかしている針目博士の方へしずしずとせまってくる。その博士は腕に機銃きじゅうに似たような物をかかえていた。
 ふたりの針目博士だ。どういうわけであろう。


   二人の針目博士はりめはくし


 針目博士はりめはくしが、ふたりあらわれた。
 蜂矢探偵は、わが身の危険も忘れて、しばしふたりの針目博士の顛を見くらべた。
 どっちも同じような顔つきの針目博士であった。ちょっと見ただけでは見分けがつかなかった。どっちの針目博士も、青い顔をしている。しかしどっちかというと、あとからあらわれた博士の方がいっそう青い顔をしている。
 ところが顔いがいのところを見ると、だいぶんちがいがあった。蜂矢探偵を壁のところにまで追いつめた針目博士の方は、いやに高いカラーをつけて、くびのところが窮屈きゅうくつそうに見える。また頭部に繃帯ほうたいをしている、その上に帽子をかぶっている。
 これにたいして、あとから現われた針目博士の方は無帽むぼうである。頭には繃帯を巻いていない。
 服装は、蜂矢探偵を追いつめている針目博士のほうは、黒いラシャの古風こふうな三つぞろいの背広をきちんと身につけているのに対し、あとからあらわれた針目博士の方は、よごれたカーキー色の労働服をつけていた。服はきれいではないが、小わきにりっぱな機銃きじゅうみたいなものを抱えている。
「動くと、これをつかうぞ。すると、金属はとろとろとけて崩壊ほうかいする」
 あとからあらわれた針目博士が、はやくちに、だがよくわかるはっきりしたことばでいった。
「待て、それを使うな。わしは抵抗しない」
 始めからいた針目博士が、苦しそうな声で押しとどめた。もはや蜂矢探偵の頭上に、一撃を加えるどころのさわぎではない。かれ自身がすくんでしまったのだ。
「蜂矢さん。もうだいじょうぶだ。横へ逃げなさい」
 あとからあらわれた針目博士がいった。
 いったい、どっちがほんとうの針目博士であろうか。
 蜂矢探偵は、壁ぎわをはなれて、自由の身となったが、この問題をきかねて、あいさつすべきことばに困った。
「おい、金属Q。こんどは、廻れ右をして壁を背にして、こっちへ向くんだ」
 金属Q――と、しきりに、あとからあらわれた博士が呼んでいるのが、はじめからいた方の針目博士のことだった。――ほんとかしら――と、蜂矢は目をいそがしく走らせて見くらべるが、顔はよく似ていて、くべつをつけかねる。
 金属Qと呼ばれた方の博士は、しぶしぶ動いて壁に背を向け、こっちへ向きなおったが、とつぜん早口で叫んだ。それは、妙にしゃがれた声だった。
「きさまこそ、金属Qじゃないか。わしは針目だぞ、ごまかしてはいかん。しかし、わしは今、抵抗するつもりはない」
 頭に繃帯を巻いた方が、こんどは機銃みたいなものをかかえた方にたいし、金属Qよばわりをするのだった。これではいよいよどっちがほんものの針目博士だかわからなくなった。
「きみこそ金属Qだ。そんなにがんばるのなら、仮面かめんをはいでやるぞ」
 とあとからあらわれた博士が自信ありげにいって、蜂矢の名を呼んだ。
「なにか用ですか」
「そのニセモノのそばへって、頭に巻いている繃帯ほうたいをぜんぶほどいてくれたまえ」
 と、機銃みたいなものを抱えている博士がいった。
むちゃをするな、傷をしているのに、繃帯をとるなんて、人道じんどうにはんする」
 と、壁のそばに立っている方の博士が、すぐ抗議した。
「蜂矢君。早く繃帯をとってくれたまえ。繃帯をとっても、血一滴ちいってき、出やしないから心配しないで早くやってくれたまえ」
 蜂矢は、ふたりの博士の間にはさまって、まよわないわけにいかなかったが、とにかく繃帯をといてみれば、どっちがほんものかニセかがわかるかもしれないと思い、ついに決心して壁の前に立っている博士の頭へ手をのばした。博士は何かいおうとした。がもうひとりの博士が、機銃みたいなものを、いっそうそばへ近づけたので、顔色をさっと青くすると、おとなしくなった。
 蜂矢は、そのじょうじて、長い繃帯をといた。なるほど、繃帯はどこもまっ白で血にそまっているところは見あたらなかった。ただ、その繃帯をときおえたとき、博土の頭部とうぶをぐるっと一まわりして、三ミリほどのはばの、手術のあとの癒着ゆちゃく見たいなものが見られ、そのところだけ、毛が生えていなかった。
 なお、もう一つ蜂矢が気がついたのは、ひたいの生えぎわのところの皮が、妙にむけかかっているように見えることだった。そのとき、後からあらわれた博士の声が、いらだたしく聞こえた。
「蜂矢君。こんどは、その高いカラーをはずしたまえ」
「カラーをはずすのですね」
 はじめから博士の特徴とくちょうになっていたその高いカラーを、蜂矢は、いわれるままに、とりはずした。すると蜂矢探偵は、そこにみにくきずあとを見た。短刀たんとうった傷のあとであると思った。いつ博士はこんな傷をうけたのであろうか。すると、またもや、あとからあらわれた博士がいちだんと声をはりあげて、蜂矢に用をいいつけた。
「つぎは、その男のつらかわをはぎたまえ。えんりょなく、はぎ取るんだ」
「顔の皮をむくのですか」
 蜂矢は、おどろいて、命令する人の方をふりかえった。あまりといえば、惨酷ざんこくきわまることである。


   落ちた仮面


「わけはないんだ。それ、その男のひたいのところに、皮がまくれあがっているところがある。それを指先でつまんで、下の方へ、力いっぱいはぎとればいいんだ」
 なんという惨酷な命令だろうと、蜂矢は、この命令を拒絶きょぜつしようと考えたが、ちょっと待った、なるほどそれにしてはおかしい額ぎわの皮のまくれ工合ぐあいだ。
(ははあ。さては……)
 と、かれはそのとき電光のように顔の中に思い出したことであった。もうかれは躊躇ちゅうちょしていなかった。いわれるままに、そのまくれあがった額のところの皮を指でつまんで、下へ向けてひっぱった。
 すると、おどろいたことに、皮は大きくむけていった。皮の下に、白い皮下脂肪ひかしぼうや赤い筋肉があるかと思いのほか、そこには、ごていねいにも、もう一つの顔面がんめんがあった――蜂矢探偵の手にぶらりとぶら下がったものは、なんと顔ぜんたいにはめこんであった精巧せいこうなるマスクであった。
 そのマスクの肉づきは、うすいところもあり、またあついところもあり、人工樹脂じんこうじゅしでこしらえたものにちがいなかった。
 マスクのとれた下から出てきた新しい顔は、どんな顔であったろうか。
 それは針目博士とは似ても似つかない顔であった。頬骨のとび出た、げじげじまゆのぺちゃんこの鼻をもった顔であった。
「あッ」
 蜂矢探偵は、あきれはててその顔を見守った。
 はじめから、高いカラーをつけた針目博士を、怪しい人物とにらんではいたが、まさかこんなたくみな変装へんそうをしているとは思わなかった。
 しかもマスクの下からあらわれたその顔こそ、前に警視庁の死体置場から、国会議事堂の上からころがり落ちた動くマネキン少年人形の肢体したいとともに、おなじ夜に紛失ふんしつした猿田の死体の顔とおなじであったから、ますます奇怪きかいであった。
 これでみると、蜂矢探偵をこの地下室へ案内した針目博士こそ、金属Qのばけたものであると断定して、まちがいないと思われる。怪魔金属Qは、議事堂の塔の上から落ちて死体置場に収容せられたが、夜更よふけて金属Qはそろそろ動き出し、身許不明の猿田の死体の中にはいりこみ、そこをどうにか逃げ出したものらしい。そういうことは、金属Qの力と智恵とでできないことではない。その上で、彼はおそらくこの針目博士の地下室へもぐりこみ、そこで針目博士そっくりのマスクを作ったり、健康を早くとりもどすくふうをしたり、博士の古い服を盗み出して着たり、その他いろいろの仕事をやりとげたのであろう。
 まことにおどろくべき、そしておそるべき怪魔金属かいまきんぞくQであった。
 こうして、始めにあらわれた針目博士の正体が金属Qであるとすれば、あとからあらわれた針目博士こそ、ほんものの針目博士なのである。そう考えて、このさいまちがいないであろう。蜂矢は、その方へふりかえった。
「これでいいですか、針目博士」
 すると機銃きじゅうみたいなものを、なおもしっかりかかえている針目博士が、
「それでよろしい。どうです。わかったでしょう。かれこそニセモノであったのです。まったく油断もならぬ奴です。もともとわたしが作った金属Qですが、まったくおそろしい奴です」
 といって、博士は顔を青くした。
「どういうわけで、あなたに変装したのでしょうか。何か、はっきりした計画が、金属Qの胸の中にあるんでしょうか」
 蜂矢探偵は、そういってたずねた。
 あとになって考えると、蜂矢のこの質問は、あんまり感心したものでなかった。そんな質問はあとでゆっくり聞けばよかったのである。それは不幸なできごとの幕あきのベルをならしたようなものだった。
「それはですね。金属Qという奴は――」
 と、博士が蜂矢探偵の質問に答えはじめたとき、機銃のような形をした人工細胞破壊銃じんこうさいぼうはかいじゅうをかまえた博士に、ちょっとすきができた。
 この人工細胞破壊銃というのは、その名のとおり、人工細胞にあてると、それをたちまちばらばらに破壊しさる装置で、強力に加速された中性子ちゅうせいしの群れを、うちだすものだ。かねて博士は安全のために、こういうものが必要だと思い設計まではしておいたのであるが、「生きている金属」を作る研究の方をいそいだあまり、実物はまだ作っていなかった。その後、金属Qがあばれるようになって、博士はかくれて、この人工細胞破壊銃の製作に一生けんめい努力したのだ。そのけっか、きょうの事件に間にあったのだ。
 が、今もいったように、博士の手許にわずかな隙ができたのだ。
「ええいッ」
 とつぜん金属Qが身をひるがえして、前へとびだした。そしてかれは、博士の抱えていた破壊銃の銃先つつさきを、力いっぱい横にはらった。
「あッ」
 と、博士が叫んだときは、もうおそかった。破壊銃は博士の腕をはなれて横にすっ飛び、旋盤せんばんの方をとび越して、その向うに立っていた配電盤はいでんばんにがちゃんとぶつかった。もちろん破壊銃はこわれた。ガラスの部分がこなごなになって、あたりにとび散った。

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