光る怪塔
光った棒のようなものが、下のほうからこっちへ伸びてくるとは何事であろう。 三根夫少年が指すテレビジョンの映画へ、隊長以下の視線があつまる。 ほんとうであった。たしかに光る棒が下方から伸びあがってくる。春さきの筍が竹になるように伸びてくるのだった。 それまでは四方八方が暗黒だったから、テレビジョンの幕面にはなんの明かるいものも見えなかった。ところがいま、三根夫の発見により、はじめて艇外に、目に見えるものが現われたのである。 「なんだろう。やっぱり棒かな」 「棒ともちがう。割れ目のようでもある」 「割れ目? なんの割れ目」 「割れ目ができて、となりの空間のあかりが割れ目からさしこむと、あのようになるではないか」 「なるほど」 「ちがう。光りの棒でも割れ目でもない。光る塔だ」 「光る塔! なるほど塔みたいだ。そうとう大きなものだ。しかし宇宙のなかに塔があるとは信じられない」 「だめだ、そんな風に、地球上だけで通用する法則だけにとらわれていては、この大宇宙の神秘はとけないですよ」 「また、さっきの議論のむしかえしか」 「いや、そうとってもらっては困る。とにかくわれわれは、頭のなかを一度きれいに掃除しておいて、そのきれいな頭でもって、われわれの目のまえに次々にあらわれる大宇宙の驚異をながめる必要がある。そうでないと、その驚異の正体を、はっきり解くことができないからねえ」 「おやおや、すてきに大きい塔だ。どう見ても塔だ。わたしは気がたしかなのであろうか」 白光につつまれたその巨大なる怪塔は、下からぐんぐん伸びあがってきてやがて本艇と同じ高さにたっした。本艇の窓という窓には、艇員の顔があつまり、びっくりした顔つきでその光る怪塔を見まもる。 「帆村のおじさん。あの塔はなんでしょうか」 三根夫は、このときやっとわれにかえり、帆村に質問をかけるほどのよゆうができた。 「はっきりはわからないが、あれは相手がわれわれに、一つの交通路を提供しようというのじゃないかなあ」 「なんですって」 三根夫にとっては、帆村のいうことがさっぱりわからなかった。交通路の提供だの、相手だのというが、なんのことだろう。 「つまりだ、相手は、われわれに会いたいのだ。会うためには、あのような塔の形をした交通路を、本艇のそばまでとどかせてやらなくてはならない、相手はそう考えたんだろう」 「塔が交通路なんですか。どうしてですか」 「もうすこし見ていればわかるのではないかなあ。ほら、塔の先から、こんどは横向きに、籠のようなものが伸びてきたではないか」 「あッ。ほんとだ」 伸びるのがとまった塔のてっぺんは、すこしふくれていたが、そこから籠のようなものが横向きにぐんぐん伸びて本艇の方へ近づいてくるのであった。 「おそろしい相手だ」 帆村が、ひとりごとをいった。 それを聞きとめた三根夫は、 「帆村のおじさん。さっきから、おじさんは相手がどうしたとかいいますがね、相手とはだれのことですか」 「あの塔の持主のことさ。ああして塔をぐんぐんと、われわれのほうへ伸ばしてよこすのはだれか。それがおじさんのいう相手さ」 「だれなんですか、その『相手』は」 「本艇をすっかり暗黒空間でつつんでしまった『相手』だ。本艇の電波通信力をなくしてしまった『相手』だ。いくら本艇が噴進をかけても、一メートルも前進させない『相手』だ。これだけいえば、ミネ君にもわかるだろう」 「わからないねえ」 三根夫は、ため息とともにそういった。 「わかりそうなものではないか。宇宙を快速で飛ぶ力のある本艇を捕虜にすることができる『相手』だ。ただ者ではない。もうわかったろう」 「あッ。すると、もしや……」 三根夫はがたがたとふるえだした。 帆村がなにをいっているか、ようやくわかってきた。が、もしそれがほんとうならこれは大変なことだ。 「やっとわかったらしいね」と帆村は青白い顔にかすかな笑みをうかべた。 「ミネ君われわれは本艇とともに、ついに怪星ガンにとらえられたのだ。もはやわれわれは、怪星ガンの捕虜でしかないのだよ」 怪星ガンの捕虜になってしまった! ああ、なんという意外、なんというおそろしさよ。テッド博士以下の救援隊員の運命は、これからどうなるのであろうか。おそるべき怪星ガンの正体は何?
怪星の正体
怪星ガンの捕虜になってしまったというのだ。 これが、日ごろ深く尊敬し信用している帆村荘六のことばであったが、三根夫は、こればかりは、すぐに信用する気になれなかった。 なぜといって、あまりにだしぬけすぎる。とつぜん『怪星ガン』がとびだしてきて、しかもじぶんたちは、そのなかにもはやとりこになっているというのだ。 そのまえに三根夫は、怪星らしいものの片影すら見なかった。だから、その怪星のとりこになったなどといわれても、さっぱりがてんがいかない。それに、星がロケット隊をとりこにするなんて、そんなことができるのであろうか。いったい、どんなにして、それを仕とげるのだろうか。 もっとも、わがテッド博士のひきいる救援艇ロケット隊が探している『宇宙の女王』号が、さいしょに打った無電によると女王号もどうやら怪星ガンのとりこになったらしくは思われるが。 三根夫の頭のなかには、花火が爆発したときのようなにぎやかさで、たくさんの疑問が入りみだれて飛ぶ。 「帆村のおじさん。怪星ガンというやつは、どこに見えるのですか」 三根夫は、ついに質問の第一弾をうちだした。かれの唇は、こうふんのために、ぴくぴくとふるえている。 「どこに見えるといって、われわれは怪星ガンの腹の中にはいっているんだから、外を見て見えるものはみんな怪星ガンの一部分だと思うよ。これはいまのところわたしだけの推理だがね」 帆村荘六の顔は、死人の面のように青く、こわばっている。 「では、あの塔みたいなものも、怪星ガンの一部分なんですか」 「それはたしかだと思う」 「でも、へんですね。星というものは、ふつう表面が火のように燃えてどろどろしているか、あるいは表面が冷えて固まっているものでしょう。ところが、怪星ガンはそのどちらでもないようですね。なぜといって、火のように燃えている星なら、ぼくたちも、たちまち燃えて煙になってしまうでしょうが、このとおり安全です。おじさん、聞いている?」 「聞いているよ」 「また、怪星ガンが表面が冷えかたまっていて、地球や月のような星なら、その星の腹へ、ぼくらのロケットをのみこむといっても、できないじゃありませんか。だから、怪星のとりこになっているといわれても、ぼくは信じられないや」 そういって三根夫は、帆村の返事はどうかと、顔をのぞきこんだ。 「きみは信じないかもしれないが、きみがのべた二つの星の状態のほかにも、星の状態というものはいろいろあると思う。そしてわたしたちは、その一つの実例を、いま目のまえに見ているのだ。そう考えることはできるだろう」 帆村のことばがむずかしくなる。かれもおそらく、じぶんの小さい脳髄だけでは持ちきれないほどの推理こんらんになやんでいるのだろう。 「とにかく、さっききみは見たろう。星がどんどん姿を消していったのを。最後に窓のように残った図形の星空、それが見ているうちに、まわりがだんだんちぢまって、やがて星空は完全に消えてしまった。そして大暗黒がきた。そうだろう」 「そのとおりですけれど」 「つまりね、あの大暗黒が、怪星ガンの一部分なんだ。われわれは怪星ガンにすっかり包まれてしまったんだ」 「すると怪星ガンは霧のようなものですかねえ。それともゴムで作った袋みたいなものかしらん」 「そのどっちにも似ている。けれども、それだけではない。そのうちに、もっと何かあるんだと思う」 帆村は、謎のような、ぼんやりしたことをいう。 「もっと何かあるって、何があるの」 「あれだ。あのようなものがあるんだ」 と、帆村は下からのびてきた光る怪塔を指した。 「あれはなんでしょう。高い塔のようなもの」 「つまり、怪星ガンのなかにはあのように、しっかりした建造物があるんだ。霧かゴムのようにふんわり軟い外郭があるかと思うと、そのなかにはあのようなしっかりした建造物がある。いよいよふしぎだねえ」 「まるで謎々ですね」 「そうだ、謎々だ。しかし、この怪星ガンの構造がどうなっているか。その謎をとくには、もっともっといろいろ観察をして、条件を集めなくてはならない」 「ぼくは、なにがなんだか、さっぱりわけが分らなくなった。くるなら、こい。なんでもこい、よろこんで相手になってやる」 三根夫は、かたい決心を眉のあいだに見せて、ひとりごとをいった。
扉をたたく者
そのころ、怪塔の頂上から横にのびていた籠型の高架通路のようなものが、ぴったりとこっちのロケットの横腹に吸いついた。それは、わが司令艇の出入口の扉のあるところだった。 その扉が、どんどんと、外からたたかれた。そこに当面していた乗組員たちは、ぶるぶるッと身ぶるいした。かれらは、さっそくこのことを司令室の隊長テッド博士のところへ報告した。そして特別のマイクを、扉のところへもっていって、外からたたかれる音を、テッド隊長の耳に入れた。 「おわかりになりますか。隊長。あのはげしい音を……」 「よくわかる。外で何かしゃべっているようだね」 「え、しゃべっていますか。どうせ怪しい奴のいうことだ、ろくなことではあるまい」 出入口当直員は、耳をすまして、扉のむこう側の声を聞きとろうとした。 と、そのとき、外の声が一段と大きくなった。 「この扉を開いてください。お話したいことがあります」 そういうことばが、いくどもくりかえされていることがわかった。 ていねいなことばだ。しかしいったい何者がしゃべっているのだろう。 その声は、司令室や操縦室の高声器からもはっきりでていたので、いあわせた者は、みんなそれを聞くことができた。 「帆村のおじさん。本艇の外へやってきたのは誰でしょうね」 「誰だと思うかね」 「あれじゃないでしょうか。ほら、おそろしい顔をしたガスコ。ギンネコ号の艇長だといって、きのうここへはいってきたあのいやな奴」 「そうではないと思うね」 帆村は三根夫の説にはさんせいしなかった。 「おじさんは、誰だと思うんですか」 「怪星ガンの住人じゃないかと思うね」 「えっ、怪星ガンの住人ですって。それはたいへんだ。いよいよぼくらを牢へぶちこむか、それとも皆殺しにするために有力な軍隊をひきいて乗りこんできたのでしょうか」 「ミネ君は、このところ、いやに神経過敏になっているね。それはよくないよ。もっとのんびりとしていたほうがいい」 「だって、こんなふしぎな目、おそろしい目にあって、えへらえへらと笑ってもいられないですよ」 「とりこし苦労はよくないのさ。ぶつかったときに、対策を考えるぐらいでいいのだ。一寸さきは闇というたとえがある。先のところはどうなるかわからないんだから、それを悪くなった場合ばかり考えて、びくびくしているのは、神経衰弱をじぶんで起こすようなもので、ためにはならないよ」 「じゃあ、あの扉をあけて、外に立っている怪星ガンの人間の顔を見たうえで、対策を考えろというんですか」 「それくらいでも、この場合は、まにあうのだ。なにしろぼくたちは、すっかり自由というものをうばわれているんだから、ふつうの場合とちがうんだ。とにかく相手は、あのようにていねいなことばで呼びかけているんだから、ぼくたちを殺すとかなんとか、そういう乱暴は、すぐにはしないだろう」 そういっているとき、テッド隊長が、帆村のほうへ声をかけた。 「帆村君。いまみんなの意見を集めているんだが、きみはどう考えるかね。扉を開いて、相手の申し出におうずるかどうか、きみの考えは」 帆村はうなずいた。 「わたしは、すぐ扉をあけて、相手と交渉にはいったがいいと思います」 「ほう。きみもやっぱりそのほうか。扉をあけるのはいいが、艇内の気圧が、いっぺんに真空に下がるだろうと思うが、このてん考えのなかにはいっているかね」 「わたしは、そのてんも心配なしと思います。つまり、扉の外は、じゅうぶんに空気があるんだと思うのです。なぜなら、外から声をかけられるんですから、外に空気があり、相手は空気を呼吸しながら立っているんだと推察しているのですが、隊長のお考えは、いかがです」 「うん。きみのいまの説によって、完全に説明しつくされた。そうすれば、外部に空気があることが信じられる。しからば、わしもさっそく扉をあけて、相手に面会する決心がつくというものだ」 「では、どうぞ、しかし、びっくりなすってはいけませんよ」 「なんだって。びっくりするなとは、何が?」 「それはだんだんわかってきましょう。いまのところわたしの想像にとどまりますが、なにしろ相手は怪星ガンの一味と思われますから、ずいぶんわれわれをふしぎな目にあわせるかもしれません」 「うん。覚悟はしているよ」 このあとで、テッド隊長は命令を発して、ついに本艇の一番大きい戸口の扉をひらかせた。 「やあ。とうとう扉を開いてくださいましたね。みなさん。よく、ここまでいらっしゃいましたね。これから仲よくいたしましょう」 相手の声が、はっきりと聞こえた。だが、ふしぎなことに、その相手の姿はどこにも見えなかった。姿なきものの声だ。なんという気味のわるいことであろう。
魔か人か
テッド博士は、救援隊の幹部とともに、開かれた扉のほうへわるびれもせず、進んでいった。博士は、ここしばらくの間が救援隊全員にとって、もっとも重大なときだと感じていた。 相手は鬼か、神か、魔物か怪物か、なにかは知らない。しかしいかなる相手にもせよ、博士は身をもって隊員たちの生命の安全をはからねばならないと、かたく決心していた。 なるほど、空気のことは心配ないようだ。そのままで呼吸にさしつかえない。いったん空気服を身体につけた者も、ぼつぼつそれを脱ぎはじめた。帆村の判断は正しかったのだ。 それにしても気味のわるいのは、声のする相手の姿が見えないことであって、それにおびえてだれも返事をする者がない。 姿なき声は、べつにきげんをそこねたようすもなく、ひきつづいて、こっちへことばをかける。 「どうか、みなさんは、この橋を利用してください。ごらんのとおり、この橋はまっすぐに伸び、やがてはしに達します。そこにはエレベーターがあって、上り下りしています。それに乗って、下までおりてごらんになるよう、おすすめします。みなさんはそこで、なつかしい市街をごらんになることでしょう。いろいろな飲食店もあり、生活に必要な品物をも売っている店もございます。どうぞごえんりょなく、ご利用ください」なんということだ。まるで大きな百貨店の玄関で案内嬢から店内の案内を聞くような気がする。 だが、姿なき声がのべたてる案内は、とても信じられなかった。こんなへんぴな天空に市街などがあって、たまるものか。飲食店や売店があるといってもだれが信じるだろうか。いや、それどころかエレベーターのついている塔が、下から上へ伸びあがってきたことさえ、たしかに目で見たにちがいないのに、信じられないのだ。夢を見ているとしか考えられない。 こういう感じは、テッド隊長以下、すべての乗組員の頭のなかにあった。 「ご親切なることばに感謝します。ですが……」と隊長テッド博士は、あいさつをはじめた。 「ですが、われわれはいま、どういうところにいるのでしょうか。またあなたは、どういう方ですか。われわれには、あなたのお姿が見えないのです」 こっちからの話が、相手につうずるかどうか、博士には自信がなかったが、それはともかく、いいたいだけのことをいってみた。すると、相手が返事をした。 「いろいろ疑問をもっておいでのことは、よくわかります。今、それについて完全なるお答えをすることができません。それは、わたしどもが秘密事項をあなたがたに知られたくないというのではなく、完全なるお答えをして、あなたがたにわかっていただくには、かんたんにはいかないからです。つまり、かなりの時日をかけないと、おわかりになれないと思うのです。ですから、質問のすべてを一度にとくのはおやめになって、これから毎日すこしずつ、市街を散歩するなりだれかと会って話しあうなりして、だんだん疑問をといていかれたがよいと、それをおすすめします」 相手は、ますますねんのいった話しかたで博士にこたえた。相手のいうことは、ようするにこの国には、きみたちの常識では解けないような、いろいろなふしぎがある。それを一度にとこうとすると、気がへんになるかもしれない。だからゆっくりこの国に滞在して、ゆっくりと疑問をといていらっしゃいといっているのだ。博士は、かるくうなずいて、相手がいったことを頭の中で復習した。これはぜひおぼえておかなくてはなるまい。 「ただ、いまのおたずねについて、これだけはお答えしておきましょう。このところが、どんなところであるかを知るには、橋をわたりエレベーターで下り、市街を歩いてごらんになると、まず、早わかりがするでしょう」 「ああ、そうですか」 「それから、わたしの姿が見えないことです、これはちょっとしたからくりを使っているのです。こっちから説明しないでも、やがてみなさんのほうが、なあんだ、あんなからくりだったかと、気がおつきになりましょう。それはとにかく、いずれそのうち、よい時期がきたらわたしどもは、みなさんの目に見えるように、姿をあらわします。それまでは、私どもの姿が見えないほうがよいと思うので、決してわたしどもは姿を見せません」 「そうおっしゃれば仕方がありませんが、もしわれわれのほうで、あなたさまに連絡したくなったとき、どうすればいいでしょう。あなたのお姿が見えなければ、あなたを探すことができません」 すると、姿なき相手は、おかしそうに声をたてて笑い、 「これは失礼しました。連絡の必要のあるときは、あなたがたは『もしもし、ガンマ和尚』と一言おっしゃればいいのです。するとわたしは、すぐご返事するでしょう」 「ガンマ和尚? ふーむ、ガンマ和尚とおっしゃるお名まえですか」 「そういえば、通じますから」
偵察団出発
ふしぎなガンマ和尚の声は消えた。 テッド博士以下は、たがいに顔を見合わせて、すぐにはことばもでなかった。さっきから、思いがけないことの連続であった。なにから話し合っていいやら、けんとうがつかない。 「帆村のおじさん」と、三根夫が、帆村荘六の服の袖を引く。 「なんだい」 「おもしろいことになってきましたね。たいへんめずらしい国――いや、めずらしい星の国へきたようですね」 「ミネ君、きゅうに元気になったね。どうしたわけだい」 「だって、この下に町があるというのですもの。それから飲食店があったり、めずらしい品物を売っている店があったりする。はやくいってみたいものだ」 「ははは、そんなことで、ミネ君はうれしがっているのかい。だがね、飲食店や商店があったとして、きみはこの国で通用するお金を持っていないから、どうにもならないじゃないか」 「あッ、そうだ」三根夫は、いまいましく舌打ちをした。なあんだ、あのガンマ和尚め、とんでもないかつぎ者だ。 このときテッド博士が、ガンマ和尚の話によって、第一回の偵察団を出発させることを決めた。 そしてその人選を発表したが、人数は五名であった。まずテッド博士。それからポオ助教授に帆村荘六。射撃と拳闘の名手のケネデー軍曹。それから三根夫。 この発表で、三根夫はじぶんが第一番に見物にいけるというので大よろこび。 そこで一行五名は、すぐ出発した。空気服も脱いで、散歩にでるのとおなじ軽い服装だった。 だが、みんなの胸のなかには、もっと重苦しいものが、つかえていた。それは不安であった。 ガンマ和尚のことばはおだやかであるが、ここはまさしく怪星ガンの中だ。『宇宙の女王』号が、悲痛な最後の無電をもって警告していった怪星ガンの内部である。 ただ、どうしても腑におちないのは、『宇宙の女王』号の場合は、気温の急上昇があったりなどして、乗組員はかなり苦しんだようであるが、本艇の場合には、それがなかったことだ。これはなぜだろう。まだ解くことのできない謎だ。 さて偵察団の一行五名は、おそるおそる橋へ足をかけた。もしこれが妖怪屋敷のなかのまぼろしの橋だったら、あっという間に身体は奈落へ落ちていくはずだった。 「大丈夫だ。きたまえ」テッド隊長はさすがにひと足さきにみずから試験をしてみて、大丈夫であることをたしかめると、つづく者に渡れと合図した。そこで残りの四名も橋を渡りだした。横から見たところはなんだかひょろひょろしたあぶなっかしい橋であったが、こうして渡ってみるとすこしもゆれず、きしむ音もなく、しっかりしたビルの廊下を歩いているのとかわりがない。 「この橋の材料は、なんでできているの」帆村がポオ助教授に聞く。 「さっきから目をつけているんだが、これはめずらしい金属だ。われわれの知らない合金らしい」 助教授は、ざんねんそうに答えた。橋を渡り切ると、なるほどエレベーターがあった。それはコンベヤー式になっていて、上ってくるものと下るものとが、左右に並んでいっしょに動いている。扉もない。そしてメリーゴーラウンドの箱車みたいになっている。ちょうどまえにきたときに、その箱車へとびこめばいいのだ。一つの箱に十人ぐらいは乗れる。 テッド博士とケネデー軍曹が先頭を切って、とびのった。ポオ助教授と帆村と三根夫は、その次の箱車に乗った。エレベーターはずんずん下へおりていく。外は窓がないので、どんな景色になっているのか見えない。 この道中はかなりながく、十二、三分間もかかった。そしてついにホームのようなところへ箱車ははいった。博士の合図で、みんなホームへとび移った。 「たしかに、これはしっかりした地面のようだがね」 博士はそういって足許を見ながら足ぶみをした。ホームのむこうに、大きなアーチが見え、そのアーチのむこうには明かるい街並が見えた。みんなはそのほうへ歩いていった。たしかに見事な街路だった。きれいに並んだ商店街。街路樹もゆらいでいる。なんだか狐に化かされたようだ。 「よう、テッド君じゃないか」隊長の肩へ手をかけた者がある。
老探検家
わが名を呼ばれ、テッド隊長はびっくりしてうしろをふり向いた。 「あッ、あなたはサミユル先生」 隊長がおどろいたのもむりではない。かれの肩をたたいた者は余人ならず、『宇宙の女王』号にのってでかけた探検隊長のサミユル博士だった。その『宇宙の女王』号が、悲壮なる無電をとちゅうまで打って、消息をたった。それでテッド隊が、『宇宙の女王』号のゆくえを探すために地球をあとにして、困難なる大宇宙捜査に出発したのであった。ところが、サミユル博士一行の六十名をのせた『宇宙の女王』号の消息はまったくわからず、テッド隊は不安のうちにも捜査をつづけているうちに、怪星ガンの捕虜となってしまったわけだ。ところがこんなところで、ばったりとサミユル博士と出会うとは、なんという奇縁であろうか。 「ほんとに、あなたは、サミユル先生」 テッド隊長は、ほんとになんべんも目をこすって、まえに立つ半白の老探検家を見なおした。 「ふしぎなところで会ったね。どうして、こんなところへきたのかね」 老探検家は、健康色の顔に、ほおえみを見せて、テッド博士にきく。 「わたしたちは、先生のご一行を救援するためにこっちへやってきたのです。不幸にして、このとおり怪星ガンの捕虜となってしまい、われらの目的ももう達せられないかとなげいていましたのに、とつぜんここで先生にお目にかかるなんて、ふしぎというか何というか、びっくりいたしました」 テッド博士の話を老探検家はうなずきながら聞きとった。そして強く博士の手をにぎりかえした。 「ありがとう。よく捜しにきてくれた。これまでに苦労をたくさんかさねたことだろう。くわしい話を聞きたいが、わしの家まできてくれないか」 「はい。どこへでもおともをします。あ、それからご紹介します。これが隊員のポオ助教授。それからケネデー軍曹。帆村探偵、三根夫君です。どうぞよろしく」 「おお、みなさん、よくはるばるきてくだすって、ありがとう。隊員もどんなによろこぶことでしょう」サミユル博士のことばに、三根夫は、 「先生。すると、『宇宙の女王』号にはいっていた隊員は、みんな無事なんですか」 と、きけば、博士はちょっと表情をかたくし、 「まあ、いまのところ無事です。もっとも、一時は隊員のはんぶんが重傷を負うやら、なかには死ぬ者もあったが、いまはみんな元気です。このことはあとでゆっくり、お話しよう」 と、ここではそれから先のことを話したがらなかった。一同はサミユル博士の家のほうへ歩きだした。三根夫は、目をみはり、耳をそばだてて、町の両側に注意し、いきあう人にも注意した。 広場といい、道路といい、地球のうえで見る広場や道路にかわらないようであった。道路の両側にならんだ店や家も、地球の上で見るそれらとあまりかわったところがなかった。もっとも店は、たいへん美しく飾りたてられてあり、商品は豊富であった。料理店が店頭にかかげてある料理の品目も、おなじみなものばかりだった。だが、三根夫は、ついにかわったことを発見した。 「ねえ、帆村のおじさん。このへんの店は、へんですね」 帆村に話しかけた。帆村はにやりと笑って三根夫を見おろした。 「何に気がついたのかね」 「だって、へんですよ。店には、だれも店番をしている者がないじゃありませんか。どの店もそうですよ」 「なるほど。それから……」 「それから? まだ、へんなことがあるんですか」 三根夫は小首をかしげて考えこむ。 「ああ、そうか。帆村のおじさん。お客さんがひとりもいません。へんですね」 「客の姿が見あたらない。よろしい。それから……」 「それからですって。まだへんなことがあるんですか」 三根夫は立ちどまって、店をまじまじとながめる。 「あ、これかな。帆村のおじさん。店の出入り口の戸が、ばたんばたんと、開いたり閉まったりしますね。まるで風に吹かれているようだけれど、そんな強い風が吹いているわけでもないのにへんだなあ。おじさん、これでしょう」 「なるほど。それから……」 「えッ、えッえッ。まだ、それからですって」 三根夫はあきれてしまった。へんなことが、そんなにたくさんあるのだろうか。帆村荘六がからかっているのかしらと、三根夫は帆村の顔をちらりと見た。 帆村は、そのとき小さい手帖に、いそいでなにごとかを書きこんでいた。
りんごの買物
「どうだい。わかったかい」 「いや、わからないです」 「三根クン。きみはあの店にならんでいるりんごがたべたくないかい」 「あれですか。りんごはめずらしいですね。それにたいへんおいしそうだ。あれを買えないでしょうかね」 「さあ、どうかな。三根クン。きみはあの店へはいっていって、『りんごをいくつ、ください』といってみたまえ。するとどうなるか。ただし三根クン、おどろいちゃだめだよ」 「おどろきゃしませんが誰もいない店へはいって、誰もいないのに、りんごを売ってくださいというのですか」 「そうだ。ためしに、そういってみたまえ」 三根夫は帆村からへんなことをすすめられて、はじめは帆村がいたずらはんぶんにそれをいっているのだと思っていたが、そのうちにどうやらそれは帆村がしんけんになって、知りたいと思っているのだとさとった。それで三根夫はゆうかんに、すぐまえの果実店の戸をおして、なかへはいった。 「もしもし、このりんごをください」三根夫は、はいると同時に叫んだ。 「はいはい、いらっしゃいませ。りんごはどれを、何個さしあげますか」 やわらかい女の声がひびいた。若い美しい声であった。それは三根夫のすぐまえのところに聞こえた。だが、ふしぎなことに、声の主の姿は見えなかった。 三根夫はきょろきょろあたりを見まわし、気味がわるくなって、唾をのみこんだ。 「りんごは何個さしあげますか」ふたたび美しい声が、たずねた。 「ええと、十個ください」三根夫は、あわててそういった。 「はい、かしこまりました」その声につづいて、きみょうな現象がはじまった。紙の袋が一つ、ものかげからとびだしてきて、りんごの並んでいるところから五十センチほど上の空間に、ぴったり停止した。と、ばりばり音がして、紙袋は口を開いた。 「あッ」三根夫は、目を見はった。すると、下に並んでいた紅いりんごが一つ、すうっと宙に浮きあがった。と思うと、がさがさと音をたてて、紙袋の開いた口の中へとびこんだ。りんごにたましいがあって、いきなり身をおこして紙袋の中へとびこんだようだ。まもなく、もう一つのりんごが、仲間からはなれて、またもや紙袋の口へとびこんだ。こうしたことが、三根夫のあっけにとられているまにくりかえされ、紙袋は十個のりんごで大きくふくらんだ。 「さあ、どうぞ」れいの女の声とともに、りんごのはいった紙袋は三根夫の胸のまえへきて、ぴったりとまった。三根夫はびっくりして、思わずひと足うしろへ後退した。 「ほほほ。どうなすったんですか。さあどうぞりんごをおとりください」 「はいはい」三根夫は、りんごのはいった紙袋を両手でつかんだ。とたんにずっしりと十個のりんごの重さがかれの掌を下におした。 「お代はいくらですか。このりんごの代金はいくらになりますか」 三根夫は、そういってしまってから、はっと気がつき、耳のつけ根のところまで赤くなった。なぜならば、三根夫は、この奇怪な世界において通用するお金を、びた一文も持っていないことに、今になって気がついたのである。 (しまった。つい、買物をしてしまったが、たいへんな失敗だ) 店のかまえといい、姿は見えないが売り子の調子のいい応待といい、地球におけるサービスのいい店とおなじようであったために、つい気軽に買物をしてしまったわけだ。 「代金ですって。そんなものは、いりませんのです」 「えッ。りんご十個が、ただもらえるんですか」 「はあ、この店では、みんな無料でお渡しすることになっています」 「それでは損をするばかりではありませんか」 「いいえ、市民の健康を保つために、市民がたべたいと思う果物を市民に渡すことは、公共事業ですから、損ではありません」 「ついでにおたずねしますが、この町で売っているもので、りんごのほかにもただのものがありますか」 「ございます。衣食住にかんするすべてのものは、みんな無料で市民に提供されます」 「衣食住にかんするすべてのものですって。それはうらやましいことだなあ。しかしぼくは市民ではありませんよ」 「いいえ、市民です。この町にいる者は、みんな市民です」 「もう一つおたずねしますが、あなたはどうして姿を見せないのですか」 三根夫が、調子にのって重大な質問をしたとき、入口の戸があいて、帆村が顔をだした。 「三根クン。すぐこっちへでてきたまえ。サミユル博士がお待ちかねだ」 三根夫は、おしいところでその店をでた。
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