宇宙線レンズ
ギンネコ号の事務長テイイは、じぶんの机のまえで、うつらうつらしていた。昨夜らいのガスコ氏いや、いまではスコール艇長のもってきたふるまい酒をのみすぎて、ねむくてたまらないのだった。 「事務長。ちょっとこっちへきてもらいたいね。相談したいことがある」 いきなり戸があいて、ひげだらけの老人がはいってきた。スコール艇長だった。 「はい。ただ今」 事務長テイイは、ともかくもへんじだけをして椅子からとびあがったが、よろよろとよろけて足を机の角でうって、ひっくりかえった。 「事務長。だらしがないね。きょうはさっそく重大行動をとらねばならないのに、そんなふらふらじゃ困るね。よろしいわしがすぐなおしてやる」 そういったかと思うと、スコール艇長はいきなり事務長のえりがみをつかんでかるがると宙吊りにした。そしてとなりの浴室の戸をあけて、中へつれこんだ。 それからしばらく、生理的なテイイの声がげえげえと聞こえていたが、そのあとで水がばちゃばちゃはねる音がした。と、戸があいて艇長が事務長を猫の子のようにぶらさげてあらわれ、長椅子のうえにほうりだした。 テイイが死にかかっているようにぐったりしていると艇長はどこから取り出したか、いばらの冠みたいなものを手に持って事務長の頭にかぶせた。そしてその冠のうえについている目盛盤をうごかした。すると事務長は、電気にふれたように、ぴくッとなり、棒立ちになってとびあがった。かれの頭髪は箒のように一本一本逆立ち、かれの目は、皿のように大きく見ひらかれている。 「あ、あ、あ、あ、あッ」 かれは唇をぶるぶるふるわせたあとで大きいくしゃみを一つした。するとかれの頭から冠がぽんとはねあがった。スコール艇長はそれをすばやくじぶんの服の中にかくしてしまった。 「ふふふ。人間というやつは、あわれなもんだて、脳や神経の生理について、なんにも知っていない。ふふふ」 艇長ははや口で、ひとりごとをいった。 「艇長、いまなにかおっしゃいました」 「おお、きみの気分はよくなったかと聞いたんだ」 「そうでしたか。おかげさまで、気分がはっきりしました」 事務長は、そういって満足してしまった。もしスコール艇長のあのひとりごとを、他の人間が聞いていたら、さぞふしんに思ったことであろうに。 そこで事務長は、怪艇長のうしろにしたがって、艇長室へはいった。ふたりは、せまいが、ふかぶかとした弾力のつよい椅子に腰をおろして向きあった。その椅子は重力に異常のあったときに、からだを椅子にしばりつけるための丈夫なバンドがひじかけのところについているものだった。 「さて、事務長。あのテッド博士のひきいる残りの九台の救援ロケットは、すこしもはやく破壊してしまわなくてはならない」 「はあ、なるほど」 あんまりはっきりした話なので、さすがの古狸のテイイ事務長も、かんたんな返事しかいえなかった。 「わしがこんど持ってきた器械に、宇宙線レンズというのがある。これは太陽をはじめ、他の大星雲などからもとんでくる強烈な宇宙線を、みんな集めてたばにするんだ。そうしてたばにした宇宙線を、地球じょうで一番かたい金属材料としてしられているハフニウムG三十番鋼にかけると、どんな場合でも、まず百分の一秒間に、まっ赤に熱し、たちまち形がくずれてどろどろになり、そしてつぎの瞬間に全体が一塊のガス体となって消え失せる。どうだ、宇宙線レンズはすごい力を持っているだろう」 「へへえッ、それがほんとうなら、大した破壊力を持っていますね」 「破壊力だけで感心してはいけない。またかなり遠方まできくんだ。原則からいうと、無限大の距離でもとどくんだが、まだすこし集めて一本にする技術が完全というところまでいっていないので、まず、四、五千メートル以内なら有効にはたらく」 「四、五千メートルまでなら、じゅうぶん使い道がありますよ。やくに立ちます」 「やくに立たないものなんか、わしは持ってこない。そこでだ、この宇宙線レンズの力を借りて、きょうはテッド博士のひきいる九台のロケットを全部焼いて、九つの煙のかたまりにしてしまおうと思うんだ。しっかりやってくれよ」 「きょうのうちにですか。それはどうも」 と、事務長が艇長の気ばやいのにおどろいてるおりしも、外から電話がかかってきた。 「艇長ですか、テッド博士外一名が、これから二十分後に、こっちへきて、面会したいといって無電をかけてきました。どう返事をしましょうか」 「ふん、そうか」と艇長はちょっと考えて、 「わしのほうからうかがいますといってくれ。なにしろきのうは失礼しましたから、きょうはわしのほうがでかけますというんだぞ」 艇長は、電話を切ったあとで、 「ちょうど、都合がいい。これから向うへいって、相手のようすをよく見てきてやろう。うまくゆけば、テッドのやつの頭を変にしてやろう」 と、平気な顔で、そういった。 いよいよ救援隊にとってゆだんのならない事態になってきた。あやしい、あやしい。
猫かぶりの客
救援隊ロケットの司令艇では、とつぜんのお客さんをむかえる準備にいそがしい。 なにしろあの傲慢で、やくそくもなんにも平気でやぶって、かってなふるまいをしてはばからないゴロツキ艇ギンネコ号の首脳部が、きのうとはうってかわり、わざわざこっちへくるというのであるから、テッド隊長以下の面くらったのはあたりまえだ。 「ギンネコ号から、形の小さいロケットが発射されました。大きくまわって、こっちへ近づきます」監視員が、艇内へ放送した。 なるほどテレビジョンの幕面に、それがうつっている。石油やガソリンを積む貨車に似たロケットだった。背中に、こぶのようなものがとびだしているのが、かわっていた。あっというまに三度ばかり司令艇のまわりをまわったが、あとになるほどスピードをおとして、四回目には母艇ギンネコ号の探照灯をうけて胴中をきらきら輝かしながら、司令艇の出入り口のうえに、こぶのようなものがすいついていた。あざやかな投錨ぶりだ。 それから五分すると、そうほうの打ち合わせがうまくいって通路が開かれ、ギンネコ号の乗組員が五名、どかどかと司令艇のなかへはいってきた。 先発は、ひげの老艇長スコール。そのあとに長身でやせぎすの事務長テイイがらくだのような顔をこうふんにふりたててしたがった。そのあとに空気服とかぶとをつけた武装いかめしい三人の部下がついていた。三人とも目ばかりぎょろつかせ、みょうな形の機銃らしいものをかまえている。 テッド隊長は、副隊長のロバート大佐をしたがえて出迎えた。そのうしろにポオ助教授の神経質な顔と帆村荘六の面白い顔とがのぞいていた。 「わしがギンネコ号の艇長だ、テッド博士はあなたかね」 スコール艇長は、ぶっきら棒にものをいう。 「わたしがテッド隊長です。よくおいでくださいました。部下の一部を紹介します」 と、テッド博士は礼儀ただしく副隊長以下の接伴員たちを紹介した。そして、こちらへと客間にみちびいた。 帆村はスコール艇長を迎えたときに、大きいおどろきにぶつかった。ギンネコ号の艇長といえば、かれがなじみの鴨艇長だとばかり思っていたのに、それが意外にも、別人の髭もじゃの老人だったので、もうすこしで「あッ」と叫ぶところだった。 その帆村は、一番おくれて客間にはいった。そのまえにかれは、いつも影のようにかれについている三根夫少年の手をにぎり、指先を使ってなにごとかを三根夫に伝えたのであった。 三根夫は、帆村からの信号をりょうかいすると、さっと青くなり、それからこんどはぎゃくに赤くなった。そして目立たないように帆村のそばをはなれて、どこかへいってしまったのである。 客間では、テッド博士が、スコール艇長にむかい、きのう部下たちが訪問して親切にあつかわれたことについて礼をのべ、また目下の運命の知れない『宇宙の女王』号について情報をもたらしたことを感謝した。 「なあに、助けあうのはあたりまえのことだ。ましてや外に生物もいないこの宇宙のはてにおいて、人間同志はしたしくするほかない。仲よくしましょう」 スコール艇長のことばはよかった。しかしかれの本心からでているかどうか、うたがわしい。 これにたいしてテッド隊長は、どこまでもまじめに相手に礼をいった。そしてこっちもギンネコ号のためにできるだけのべんぎをはかりたいが、もし水や食糧品でもたりなければ、もっとおゆずりしてもいいといった。 「そんなものは、じゅうぶん持っている。おお、そうだ。協力で思い出したが、わしはこのロケットのなかを見たことがない。いいきかいだ。これから案内して、見せてもらいましょう」 ロバート大佐が、スコール艇長の申し出にあるふあんをおぼえ、テッド隊長に注意をしたとき隊長はにっこり笑って、むぞうさにスコール艇長に答えた。 「ええ、それはおやすいご用です。さあわたしがご案内します」 といって立ちあがった。 これはたいへんと、ロバート大佐が隊長に耳うちしようとするのを、しっかり抱きとめた者があった。ふりかえると、それは帆村だった。 「いいのです。そのままにしてお置きなさい」 と、帆村は目で大佐に知らせた。 そこでギンネコ号の五名のお客さんを案内して、テッド博士をはじめ、ロバート大佐、ポオ助教授、帆村の四名が、その部屋をでた。まず操縦室から案内することになった。 スコール艇長は、ひげだらけの顔を上きげんにゆすぶりながら、上下左右へしきりに目をくばり、このロケットの構築ぶりをほめるのであった。それは、かりそめにも害心のある人物に見えなかった。 しかし帆村はもちろん、ロバート大佐もポオ助教授も、ゆだんはしていなかった。だがこの三人がスコール艇長、じつは怪人ガスコ氏の兇暴なる陰謀を知りつくしているわけではないから、危険は刻一刻とせまってくる。
三根夫の活躍
艇内を案内されてスコール艇長のガスコ氏が、とくに目を向けていたのは、このロケットの壁の厚さと材料と、その構造についてであった。宇宙レンズで、強力なる宇宙線の奔流をこのロケットにあびせかけたとき、どうなるかをひそかに診察しているわけだった。 (ふむ。だいたいわかったぞ。あとは、一番艇内でたいせつな機関室の金属の壁のぐあいを調べることができれば、それで下調べはすむ) 怪人ガスコは、ほくそ笑んで、足をいよいよ機関室にうつした。 (よし。この部屋がすんだら、あとはすきを見て、まえにゆくこのテッド博士の脳を電波でかきみだしてやろう。ふふふ、もうしばらくだて……) 一同の一番最後から、帆村が機関室にはいった。テッド博士は、そこにならんでいるたくさんの器械器具について非常にくわしく説明をはじめた。 「ああ、どうも暑い。この部屋は暑いですなあ」 そういったのは、テイイ事務長で、ハンカチをだして、額に玉のようにうかびでた汗をぬぐうにいそがしい。 事務長の外のお客さんは、そんなに暑がっていない。スコール艇長も、平気である。 このとき三根夫少年は、たいへんいそがしかった。かれは作業服を着て、一段高い配電盤のまえに立って、一同のほうに背中を見せ、しきりに計器を見ながらハンドル型の調整器をまわしているのだった。誰が見てもそうとしか見えないが、じつは三根夫は反射鏡でお客さんたちのほうを見ながら、エンジンの間にすえつけてある赤外線放射器から、かなり強烈な熱線をだして、スコール艇長の顔へあびせかけているのだった。その熱線のおこぼれが、うしろについているテイイ事務長にあたり、それで事務長は「暑い、暑くてかなわん」とさわいでいるのだ。 しかるにスコール艇長は、平気のへいざでテッド博士の話に注意力のはんぶんをさき、のこりの注意力を機関室の壁や床や天井のほうへそそいでいるのだった。――と、とつぜんみょうなことが起こった。スコール艇長の長い髯がばさりと下に落ちた。つづいて右の頬ひげが脱落した。それから右の口ひげも、顔からはなれて足許に落ちた。 赤外線の熱で、つけひげの糊がとけはじめたのである。ひげの下から現われた顔は、画にも文章にもかけない醜悪な顔だった。どんな悪魔もこれほどのすごい顔を持っていまい。 「おや、ひげがこんなところに落ちている」 と事務長テイイが、やっと気がついた。そしてぎくりとしてスコール艇長に追いついて、その顔をのぞきこむと、さあたいへん、秘密にしておかねばならないはずの恐ろしい地顔がはんぶんほど現われているではないか。 「艇長。あなたの顔が――」 と、テイイの叫ぶ声に、はっとしてスコール艇長は気がついた。かれは「しまった」とうなると、手をポケットに突込み、それから緑色のマフラーをつかみだし、くるくるッと自分の顔にまきつけた。 まえばかり向いて説明をつづけていたテッド博士が、このとき気がついて、うしろにふりむいた。 「どうかされましたか。おや、あなたはガスコ氏!」 博士は、ガスコ氏をいいあてた。が、博士の声は、あんがいあわてていなかった。あわてているのは、当の怪人ガスコだった。 「なにをいう。わしはガスコなんて者ではない」 緑色のマフラーのなかで怪人の口が大きく動いた。と、とつぜんかれは、服の下から、針金を輪にしたようなものをとりだし、頭上高くあげた。そしてそれを高く持ったかれの右手はねらいをつけるためか前後へゆれた。その輪こそ、かれがテッド博士の顔めがけて発狂電波を投げかけようとするおそろしい発射器であった。と、かれの左手が服の下へはいった。そこには電波をだすためのスイッチがあった。 かれはそのスイッチをおした。ああ、博士があぶない。
ほえる怪人
とつぜん、この機関室が鳴動した。 電灯がすぅーと暗くなったかと思うと、天井につるしてあった二つの大きな金属球の間に、すごい音を発して、ぴかぴかッと電光がとんだ。 その電光の一部は、ガスコ氏が高くさしあげた輪の上にもとんだ。 「あッ」 と叫んで、ぱったりたおれた者がある。電光のとびつく輪を持って立っている怪人ガスコのうしろにいた事務長テイイが、悲鳴とともにたおれたのだ。 たおれたと思ったテイイは、すぐはね起きた。そしてげらげらと、とめどもなく笑いだした。 「ちょッ、二度目の失敗だ」 いまいましそうに怪人ガスコは舌打ちして、電波をだす輪を足許へなげすてた。 すると、いままで部屋じゅうを荒れくるっていた電光がぱったりと停り、電灯がもとのように明かるくなった。 「わははは。これはいいおもてなしを受けたもんだ。稲妻のごちそうとは、親善の客にたいして無礼きわまる」 電波が発射されるまえに、三根夫が大放電のスイッチを入れ電光をとばしたので、さしもの電波もテッド博士のほうへは向かわず、かえってあべこべに後へ吹きつけられ、テイイ事務長の頭をおかして、かれの頭を変にさせたのであった。 「おかえりになる道は、こっちであります」 と、ロバート大佐が怪人ガスコにたいし、わざとていねいにいって腕をのばした。 「ふん。わしは礼をいう。いずれ後から、たんまりお礼をするよ。おい、事務長。みっともないじゃないか。さあ、早くこい。引きあげだ」 怪人ガスコは、げらげら笑いの事務長を横にして抱えると機関室をでてどんどん走りだした。そのあとから三人の空気服を着た部下が、おくれまいと追いかける。 帆村とポオ助教授も、それにつづいて走っていく。 あとにはテッド博士とロバート大佐とが残っていて、顔を見合わせた。 「ロバート君。よくまあだんどりよく、あいつの仮面をはぎ、そしてあいつの害心を叩きつぶしてくれたね。お礼をいう」 「幸運でした、隊長。帆村君とポオ君とそれから三根夫少年が、すぐれたチームワークを見せてくれたのですよ。しかし、あれはやっぱりガスコ氏ですかな」 「それにちがいないと思う。あの緑色のマフラー、あの口のきき方、顔を見せないで、変装してきたことなど、ガスコ氏にちがいない。しかしふにおちないのは、飛行場に残ったはずのガスコ氏が、いつの間にギンネコ号にはいりこんだのか、それがわからない。 「怪しい人物ですね。あれはいったいどういう素性の人ですか」 「それは帆村君にも調べさせたんだがはっきりとはわからない。わかっていることは――」 といいかけたとき、警鈴のひびきとともに壁の一方にとりつけてあったテレビジョンの幕面に本艇をはなれてゆく怪人ガスコの乗ったロケットがうつりだした。 「隊長、ごらんなさい」と、高声器の中から帆村の声が聞こえた。 「スコール艇長は、かれの部下のひとりが、最後に乗りこもうとして片足をかけたときに艇をだしたので、かわいそうに、かれはハッチから外へほうりだされて、あれあれ、あのとおり宙に浮いて流れています」 「おお、かわいそうに。非常警報をだして僚艇から救助ボートをだしてやれ」 テッド隊長はむずかしいとは思ったが、いやなギンネコ号の乗組員ながら、ひとりの人命を救うために、重大命令を発した。 怪人ガスコは、ぷんぷん怒って、ギンネコ号にもどってきた。出迎えた艇員の誰もが怪人ガスコのスコール艇長のそばに寄りつけない。 ガスコは、艇長室へはいった。 それからかれの部屋から、ベルがたびたび鳴った。入れかわりたちかわり、いろいろな人が呼ばれたが、いずれも頭や顔に大きなこぶをこしらえて、ほうほうのていで艇長室から逃げだしてきた。 「ちょッ。やくに立つやつはひとりもない。これっきりで、わしがぐずぐずしていた日には、女王から、どんなお叱りをうけるか、たいへんなことになる。こいつはなんでも早いところ、すぐさま宇宙線レンズで、テッド隊のロケット九台を焼き捨ててしまうにかぎる。そうだ。それしか手がない」 怪人ガスコは、卓上のマイクを艇内全室へつなぐと、それに向かって命令のことばをどなった。 「砲員の全部は、宇宙線レンズのあるところへ集まれ。宇宙線レンズ係りは、すぐ使えるようにいそいでレンズを艇の外へ突きだせ。わかっているだろうが、これからテッド隊のロケットをぜんぶ焼きはらうんだ。わしはすぐ、そこへいく。それまでに用意をしておけ」 マイクのスイッチを切ると、怪人ガスコは両の拳でじぶんの胸をたたきわらんばかりに打った。そしておそろしい声でうなった。それはどうしても野獣の叫び声としか思われなかった。
大異変
ギンネコ号では怪人ガスコの命令により、宇宙線レンズ砲が、むくむくと動きだし、艇外へぬっと砲門をつきだした。 あとは、ガスコの「焼け」という号令一つで、このレンズ砲が偉力を発し、たちどころに救援隊ロケット九台を火のかたまりとしてしまうことができるのだ。 それぞれの宇宙線レンズ砲についている砲員たちは、ガスコの号令をいまやおそしと待ちうけた。 ガスコは、レンズ砲の用意のできたという報告を受取った。よろしい、いまやテッド博士以下を赤い火焔と化せしめ、『宇宙の女王』号の救援隊をここに全滅せしめてやろうと、かれは覆面の間から、ぎょろつく目玉をむきだし、相手をにらんで「焼け」という号令をマイクにふきこむために、その方へ口を寄せた。 ああ、テッド博士以下の救援隊員の生命は風前の灯である。全滅まえのたった一秒まえである。ガスコが、のどから声をだせば、すなわちテッド博士以下の生命はおわるのだ。 「ややッ!」 おどろきの叫び声! 叫んだのは、余人でない、怪人ガスコだった。 かれは両手でじぶんの大きな頭をおさえ、はあはあと、あらい呼吸をはずませた。 「ちぇッ、おそかったか……」 と、ガスコが二度目のおどろきを発したそのときには、ギンネコ号の全体はうす桃色の光りで包まれていた。 そればかりか、艇の外へつきだしたばかりの宇宙線レンズが、まるで飴のように、だらんと頭をさげて曲がり、それからそれは蝋がとけるようにどろどろととけて、なくなってしまった。なんというふしぎであろう。 これでは、怪人ガスコがものすごい声をだしてざんねんがるのも、むりはない。いったいだれが宇宙線レンズをこんなにとかしてしまったのであろうか。いや、そればかりでない。ギンネコ号をうす桃色の光りが包んだときから、ギンネコ号は航行の自由を失ってしまったのだ。つまりいくら舵をひねっても操縦はきかなくなり、いくらガス噴射を高めてみても前進しなくなったのだ。 怪人ガスコは、頭をおさえたまま、どうと艇長室の床にたおれた。 このギンネコ号の異変は、救援隊ロケットがやったことであろうか。 いや、そうではないようだ。というわけは、テッド博士のひきいる救援隊ロケットにおいてもギンネコ号の場合にゆずらない異変がおこっている! 九台のロケットは、やはり艇全体がうす桃色の光りでつつまれていた。 操縦がさっぱりきかなくなり、前進もできなくて、まるで宇宙の暗礁へのりあげてしまったようなことになった。 「故障! 原因不明!」 「航行不能におちいった。原因不明」 そういう報告が、僚艇から司令艇のテッド博士のところへ集まった。 ところがその司令艇も、ふしぎな故障で、航行不能におちいっているのであった。しきりに尾部からガス噴射をしているんだが、速度計の針はじっと一所に固定してしまって、一目盛も前進しない。 「これはきみょうだ。こんなに猛烈にロケット・ガスを噴射しているのに、すこしも前進しないとはおかしい」 「外力がこのロケットにくわわっているわけでもないのに、完全に動かなくなるとはおかしい」 「しかしそれでは自然科学の法則にはんする。やっぱり外力が本艇にくわわっているのではないか」 「だってきみ、そんな外力を考えることができるかね。本艇のロケット推進力を押しかえしてゼロにするという外力が、どうしてあるだろうか。外を見たまえ。本艇の正面も尾部も異常なしだ。他のロケットで、本艇を押しもどしているようすなんかないものかね」 「ふしぎだ。わけがわからない。いったいどうしたんだろう」 司令艇の機関部員たちは、あらゆる場合を考えて、この謎を解こうとしたが、謎はさっぱり解けない。 テッド博士も、さすがにこれにはこまって、腕をこまぬいてうなるばかりだった。 (この異常現象はどういうわけで起こったか。それがわからないうちは処置なしだ) 博士は、その異常現象が、九台の救援ロケットの破壊をすくったことさえ知らなかった。 「あッ、ふしぎだ。空から星が消えていく。隊長、あれをごらんなさい」 叫んだのは帆村荘六だった。 操縦席のまえの硝子窓をとおして、無数の星がきらきら輝いているひろい大宇宙が見えていたが、その星が、左のほうからだんだん消えていくのであった。まるで大きなひさしが天空を横にうごき、星の光りをかくしていくようであった。 すわ、大異変!
暗黒化
「おお、なるほど。星の光りがだんだん消えていく」 テッド博士もおどろいた。いったい星の光りをさえぎっているものはなにか。 「なにかしらんが、大きなひろいものが星と本艇の間にあって、星の光りをさえぎっていくのですね」 帆村の声が、いつになくうわずっている。かれはなかなかおどろかない男だが、きょうばかりは大おどろきの中にほうりこまれているらしい。 「そうだ。通信当直。レーダーで調べてみるんだ。あのおそろしいじゃまものはいったい何だかわかるかね。あれは本艇から、どのくらいの距離にあるのか、すぐ調べてくれ」 テッド博士は叫んだ。 「だめなんです、隊長」 「だめとは何が?」 「今、ご報告しようと思っていたところですが、いますこしまえから、とつぜん僚艇との連絡通信が不可能になりました」 「やッ」 「こっちからいくら電波をだしても、僚艇から応答なしです。じつはレーダーもはたらかしてみました。ところが、これもだめなんです。つまり本艇の電波通信はさっぱり用をしなくなりました」 「レーダーも応答なしか」 「はい。困りました」 「困ったね。そしてわけがわからん。おお、ポオ助教授。きみにわかるかね、本艇の電波通信が用をしなくなった理由が……」 テッド博士は、そばにポオ助教授が立っているのに気がついて、そういってきいた。 「ちょうど、非常にひどい磁気嵐にでもあたったようですね。しかしいまのところぼくにも本当のことはわかりません」 助教授も、さじをなげた。 その間にも、帆村は、星の光りが消えていくありさまをじっと見まもっていたが、このときおどろきの声を発して、隊長テッド博士に呼びかけた。 「隊長。もうしばらくのうち星の光りは全部消えてしまいそうです。残っているのはあそこだけで、ふしぎだなあ、残っている星の群れは、円形の中にはいっています」 「なるほど。これはまた奇妙だ」 「ほら、ごらんなさい。円形の窓から眺めるような星の光りが、だんだん小さくなっていきます。窓がだんだん小さくしぼられていくようだ。ポオ君、見ていますか」 「見ているとも、帆村君」と助教授は帆村の肩へそっと手をかけた。 「まったくふしぎだね。こんな異変が天空に起こるという報告を、これまでに一度も読んだこともなければ、聞いたこともない。じつにふしぎだ。しかしこれは夢ではない。われわれは皆で、さっきからこの天の涯の異変をたしかに見たのだ」 「ねえ帆村のおじさん。ぼくは、とても大きい黒い袋のなかに包まれていくような気がします。おじさんは、そう感じないですか」 さっきから、だまってこの異常なできごとを見まもっていた三根夫少年が、このとき帆村の服のはしをひいてこういった。 「なに、黒い袋のなかに包まれていくようだと。……うまい。ミネ君。うまい表現だ。うまいいいあらわしかただ」 と、帆村が感心していった。 「なるほど、そのような感じだ」 隊長も、うなずいた。 「ああ、黒い袋の口が、ついに閉まる。みなさん見ていますか」 「見ているとも……」 一同は、いいようのない気味わるさをもって、天空にのこされた最後のせまい星の光りが消えていくのを見まもっている。 「あ、消えた」 「とうとう消えた。完全な暗黒世界だ」 「暗黒の空間なんて、はじめて見知ったよ。ああ、おそろしい」 「大宇宙が、消えてしまったんだろうか。地球へもどるには、どうすればいいのだろう」 恐怖のことばが人びとの口からほとばしった。こんな異変は、テッド博士も経験したことがなかった。 「ああ、もうだめだ。本艇の噴進もきかなくなり、昼の光りさえ見えない暗黒世界へ閉じこめられてしまったのだ。わたしたちは、もう何をする力もない」 「そうだ。われわれを待っているものは燃料の欠乏だ。食料がなくなることだ。そしてみんな餓死するのだ。ああ、おれは餓死するまえに頭が変になりたい」 もはや『宇宙の女王』号の救援どころではない。じぶんたちのうえに、おそろしい死の影がさしているのだ。 もうじぶんを救うみちはないか。 奇怪なるこの大暗黒の秘密は何?
真相不明
司令艇の操縦席が、会議場になってしまった。 最高幹部と、本艇内にいて、科学技術をたんとうする十二人の博士などが集まって、これからどうしたらよいか。そしてこの奇怪な現象はなにごとであるかの協議をはじめた。 帆村もこれにくわわっていた。三根夫もいた。三根夫は帆村からいいつけられて会議を聞きながらも、本艇の周囲にたいしとくに注意をしていることになっていた。少年は、テレビジョンの六つの映写幕へ、かわるがわるするどい視線を動かした。 「まず、いまわれわれがどういう目にあっているんだか、意見をのべてもらいたい」 隊長がいった。 「宇宙塵のかたまりのなかに突入したのではないかと思います。だから星の光りが見えなくなった」 博士のひとりが意見をのべた。 「いやいや、そうでないと思う。宇宙塵のかたまりというものがあって、その中へ突入したものなら、本艇はその宇宙塵につきあたるから、手ごたえが感じられるはずです。しかしそんな手ごたえはないではありませんか。また宇宙塵の中といえども、本艇は噴進することができるはずであるが、実際本艇は一メートルも前進することができないのです。ですから宇宙塵の考えは正しくない」 「では、きみは何と考えるのですか」 「わたしは暗黒星へ突っ込んだのではないかと思いますよ」 「それはおかしい。暗黒星のなかへ突っ込んだものなら、そのときにはげしい衝突が感ぜられ、本艇は破壊するでしょう」 「いや、暗黒星には、ねばっこい液体からできているものもあると思うのです。そういうものの中へ突っ込めば、かならずしも破壊が起こりはしない」 みんなの議論がかっぱつになった。 「諸君は、もっとも大切なことを見のがしておられる。それは星の光りが消えはじめるまえに、本艇はうす赤い光りで包まれていたことだ。あの光りはなんであろうか。あのふしぎな光りの謎をまず解かなくてはならない」 「おお、それはいいところへ目をつけられた。きみは、どう解くのか」 「わたしの考えでは、本艇は、なにかの外力をうけて、あのきみょうな放電現象となったのであろうと思う。その外力はなにものか、それはまだわかっていないが、ともかくもその外力は、非常に大きな力を持っていると思われる。あのきみょうな放電現象によって、本艇の外廓のうえには、黒いペンキのようなものが塗られた。そのために外が見えなくなった。この考えはどうですか」 「なるほど、その説によると、外界が見えなくなったことは、説明できるが、しかし本艇がガスを噴射しているにもかかわらず、すこしも前進しないのは何故かという説明がつかない。それとも、このうえにもっときみは説明をくわえますか」 「その黒いペンキのようなもの――それは非常にねばねばしたもので、われわれにはちょっと想像もできないが、それはしっかり本艇を宇宙のある一点へとめているのではなかろうか。つまり蠅がとりもちにとまって動けなくなったとおなじように、本艇は、そのねばねばしたまっ黒いものに包まれ、そして動けなくなったのではないですかな」 「その考えはおもしろいが、しかしそれは想像にすぎない。想像ではなく、もっとはっきりした事実をつかまえ、そのうえに組立てた推理でなくてはならない」 「ですが、地球のうえならばともかく、このように宇宙の奥まで入りこんでいるのですから、ここではだいたんなものさしで測る必要があります。地球のうえだけで通用するものさしで測っていたんではだめだと思います」 「そういう議論はあとにして、もっと実際の問題を論じてもらいたいね」 と、テッド隊長は注意した。 すると一同は、だまってしまった。 どう解こうにも、さっぱり手がかりがないとは、このことだ。さすがの救援隊のちえ袋といわれる博士たちも、いいだすことがなくなった。 「なにか考えをいってもらいたい」と、隊長はさいそくした。 しかし一同は、たがいに顔を見合わすばかりだった。 やっと口を開いた者があった。それは帆村荘六だった。 「さっぱり手がかりのないことを、いくら論じてみても、むだだと思います。それよりはもうすこし時間のたつのを待ったうえで、なにか新しい手がかりのみつかるのを待ち、あらためて論ずることにしてはどうでしょうか」 「まあ、そういうことになるね」 隊長は、帆村の説にさんせいした。 「では、しばらく待とう。会議はひとまず解散だ」 そういって隊長テッド博士が椅子から立ちあがったとき、三根夫がとつぜん大声で叫んで、テレビジョンの幕面を指した。 「あッ、光った棒のようなものが、下のほうからこっちへ伸びてきますよ。あれはなんでしょう」
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