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英本土上陸作戦の前夜(えいほんどじょうりくさくせんのぜんや)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-24 10:53:51 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

底本: 海野十三全集 第10巻 宇宙戦隊
出版社: 三一書房
初版発行日: 1991(平成3)年5月31日
入力に使用: 1991(平成3)年5月31日第1版第1刷
校正に使用: 1991(平成3)年5月31日第1版第1刷

 

    1


 英蘭イングランド西岸の名港めいこうリバプールの北郊ほっこうに、ブルートという町がある。
 このブルートには、監獄かんごくがあった。
 或朝、この監獄の表門が、ぎしぎしと左右に開かれ、中から頭に包帯ほうたいした一人の東洋人らしい男が送り出された。
 彼にいて、この門まで足を運んだ背の高い看守かんしゅが、釈放囚しゃくほうしゅうの肩をぽんと叩き、
「じゃあミスター・F。気をつけていくがいい。娑婆しゃばじゃ、いくら空襲警報が鳴ろうと、これまでのように、君を地下防空室ちかぼうくうしつへ連れこんでくれるわしのような世話役はついていないのだからよく考えて、自分のからだをまもることだ」
「……」
「おう、それから、君の元首げんしゅ蒋将軍しょうしょうぐんに逢ったら、わしがよろしくいったと伝えてくれ。じゃあ、気をつけていくがいい」
「……」
 ミスター・Fと呼ばれたその釈放囚は、新聞紙にくるんだ小さい包を小脇にかかえて、無言のままで、門を出ていった。
 それからは、やけに速足はやあしになって、監獄通りの舗道ほどうを、百ヤードほども、息せききって歩いていったが、そこで、なんと思ったか、急に足をめ、くるりと後をふりかえった。
 彼の、どんよりした眼は、今しも出てきたいかめしい監獄の大鉄門のうえに、しばしくぎづけになった。
 そのうちに、彼の表情に、困惑こんわくの色が浮んできた。小首こくびをかしげると、うめくようなこえで、
「……わからない。何のことやら、全然わけがわからない」
 と、英語でいった。
 溜息ためいきとともに、彼は、監獄の門に尻をむけて、舗道のうえを、また歩きだした。もう別に、速駆はやがけをする気も起らなくなったらしく、その足どりは、むしろ重かった。
「……わからない」
 彼は、つぶやきながら、歩いていった。どういうわけか、約一週間前から過去の記憶が、全然ないのであった。なんのため、監獄に入れられていたのか、そしてまた、自分がどういう経歴の人物やら、さっぱり分らないのであった。全く、気持がわるいといったらない。
 警笛けいてきが、後の方で、しきりに鳴っていた。彼の思考をさまたげるのがにくくてならないその警笛だった。
 なにか、やかましく怒号どごうをしている。そして警笛は、気が違ったようにえている。
 彼は、うしろを振り向いた。
 と、大きなはこのトラックが、隊列をなして、彼のうしろに迫っていた。
 彼は、轢殺ひきころされる危険を感じて、よろめきながら、舗道のはしによった。
 とたんに一陣の突風とっぷうと共に、先頭のトラックが、側を駆けぬけた。
「危い!」
 彼はあぜをとびこえて、舗道ほどうから逃げた。
 濛々もうもうたる砂塵さじんをあげて、トラック隊は、ひきもきらず、呆然ぼうぜんたる彼の前を通りぬけていった。
気球ききゅう第百六十九部隊”
 と、そういう文字が、トラックの函のうしろに記されてあった。それは、リバプール港へいそぐ阻塞気球隊そさいききゅうたいだったが、彼は、そんなことを知るよしもなかった。
 山火事のようにうずをまく砂塵さじんの中に、ただひとり取り残されていた彼だった。
 砂塵は、いつまでたっても、おさまる模様がないので、彼は再び舗道へのぼり、気球隊の通りすぎた後を、ぼつぼつと歩きだした。
「イギリスは、いまドイツと闘っていると看守がいったが、このことだな。危険、危険」
 それから半マイルばかり歩いた。
 彼は、とうとう疲れてしまって、道傍みちばたに腰を下ろした。リバプールの市街の塔や高層建築が、もう目の前にあった。空には、夢のように、阻塞気球が、ぷかりぷかりと浮んでいた。
「ああ、綺麗だなあ」
 と、彼は見当ちがいの賛辞さんじをのべた。
 道ゆく人が、探るような目で、彼の顔をのぞきこんでいった。
(ミスター・F――と、あの看守は呼んでいたな。すると、おれは、ミスター・Fという人間か。そして、お前の元首蒋将軍へよろしく――といったが、蒋といえば、中国人の名前じゃないか)
 現在のことは、考え出せる力があった。しかし一週間前のこととなると、全く思い出せないふしぎさ。彼は、自分自身が、一体何者であるかを知ろうとして、あせった。
「おれは、中国人かな。どうも、おかしい」
 そのとき、彼は、ふと自分の足許にころがっている紙包に気がついた。それは、監嶽を出るとき、看守から渡されたものであった。
 どうやら、これは、自分の所持品らしいが、一体中には、何が入っているのであろうか。その中にこそ、彼の素姓すじょうを語る貴重な資料があるのに違いない。彼は一大発見をしたように思い、声をあげて、大急ぎでその新聞紙包のひもを解いてみた。
 中から、出て来たものは、一体何であったろうか?


     2


 一着の、長い中国服だ!
 中から出てきたものは、裾も手も長い、まっ黒な地色の中国服であった。そのほかになにもない。
「中国服か、やっぱり……」
 彼は、首を左右にふりながら、服の裏をかえしてみた。すると、そこに白い糸で、仏天青フォー・テンチンと、漢字が縫つけてあった。
「仏天青? はてな、これが、おれの名前かな」
 仏天青といえば、中国人の名前のようである。するとやっぱり、自分は、中国人なのであろうか。
 看守が君の元首蒋将軍によろしくといったことが思いあわされる。
「中国人だったのか、おれは……」
 仏天青――と今後彼をそう呼ぼう――は、まだぴったりしないような顔付で、ひとりごとをいった。
 それからフォーは、ふと、今自分が着ている服に目をうつした。それは中国服ではなく、タキシードであった。しかしひどく汚れていた。上も下も胸も、泥まみれになっていたうえ、ひじのところは破れ、ズボンにも、かぎきのような箇所があり、見れば見る程、見られたざまではなかった。
「ふーん、これはどうしたんだ」
 どこで、こんなに土まみれとなり、かぎ裂きをこしらえたのであろうか。彼は、急にずかしさがこみあげて来た。そこで、彼は下に落ちていた中国服をとりあげると、ほこりをはらって、タキシードの上から着た。そして、あわててえりを合わせた。
 彼は、それからまた歩きだしたが、何思ったか、また引返した。そして舗道ほどうのうえを風にあおられてっていく、包紙の新聞紙を、靴の先で踏まえた。彼は、その新聞紙をとりあげて見ていたが、そのままたたんで、タキシードのポケットにねじこんだ。
 ところが、そのとき彼は、また大発見をしたのだ。タキシードのポケットに手を入れてみると、何か硬い表紙をもった帳面のようなものが手にれたのである。なんだろうと、引張ひっぱり出してみておどろいた。それは、銀行の預金帳であった。二冊もあった。
 彼は、ますます愕いて、二つの預金帳のページを開いて、しらべた。一冊は英蘭イングランド銀行のもので在高ざいだかは五万ポンド、もう一冊はフランスのパリ銀行のもので七百十七万フランばかりの在高が記入してあった。そして、どっちの帳面にも、この預金主の名として「ミスター・F」とのみしるされてあった。
 これは、ミスター・Fの財産だ。相当の金だ。
 彼は、ほっと安心していいのか、それとも他人の金を握ったことを気味わるく感じるべきかについて迷った。
 だが、結局、ミスター・Fというのは、中国人仏天青フォー・テンチン略称りゃくしょうであろうと気がついたので、ようやく心は一時落着おちついた。
「この分なら、ポケットから、もっといろいろなものが飛び出して来やしないかなあ」
 そう思った彼は、また中国服の前を開き、タキシードのポケットというポケットを探した。
 ズボンの右のポケットに、ロールしたパンがぺちゃんこになって入っていた。口のところへ持っていくと、ぷーんとかびくさいにおいがしたので、舗道ほどうのうえへ叩きつけた。そのほかには、油に汚れたよれよれのハンカチーフが出てきただけであった。手帳もなければ、紙幣入かみいれもない。銀貨銅貨一つさえ見当らなかった。
「タキシード一着、中国服一着、預金帳二冊、ハンカチーフにパン――これだけが仏天青氏の素姓すじょうを語る材料なんだ。ふふん」
 不安の中におののいていた彼は、そこで思いがけないパズルの題を渡されたような気がして、なんだか楽しくなってきた。そして、また舗道のうえを、リバプールに向けて歩きだしたが、彼の足どりは、以前にも増して、元気をつけ加えたようであった。
 空は、どんより曇っていた。しかし、風が相当吹いていたから、やがて晴天せいてんになるであろう。
(さて、これから自分は、いかにして、わが家に戻るべきであろうか)
 阻塞気球そさいききゅうは風にれていた。
(おれは旅人たびびとらしい。わが家は、きっと、遠い広東カントン省かどこかにあるのであろう)
 中国と思えば、ふと「広東省」という地名が、頭脳の中から飛び出してきた。だが、それ以上に発展しなかった。
(この土地は、たしかにイギリスにちがいないが、自分は何用なにようあってこんなところへ来たのであろう)
 赤十字のマークをつけた病院の自動車が三台、町の方からやってきて、彼の傍を通り過ぎていった。
(おれは一体、幾歳いくさいぐらいの男なんだろう)
 彼は、ふとどまって、あたりを見まわした。目についたのは、畦道あぜみちそばを流れる小川だった。
 彼は、そこまで歩いていって、おそる恐る、しずかな流れに顔をうつした。
「や、おれは、頭に怪我けがをしていたんだ。そうそう二三日前に気がついたんだが。何の怪我かしらん。おう、あいたッ」
 彼は、痛々しい自分の頭の包帯ほうたいにびっくりしてしまって、とうとう自分の顔から自分の若さを読みとる余裕よゆうがなかった。
 そのところへ、サイレンが、けたたましく鳴り出した。
「あ、空襲警報くうしゅうけいほうだ!」
 彼は、畦道をすっとんで、舗道の上へおどりあがった。きょろきょろ四周あたりを見まわしたが、防空壕ぼうくうごうらしいものはなかった。
「どうしよう?」
 彼は途方とほうに暮れて、なおもうろうろしていた。するとそこへ走ってきた一台のトラックが、わきへぴたりと停った。
「早く乗れ」
 トラックの上から、手が出ると、やっというけごえと共に、彼は車上しゃじょうに引き揚げられた。

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