小説家の文学者先生、荒尾角也此咄を聞くと大喜びで、何が扨て文学大好きの嬢様なれば文壇にたづさはる自分は必定御覚え目出たかるべしと早合点した。先生自作の小説を特に別仕立に装釘して恭やしく嬢様の御批評を仰ぎ奉ると出掛けた。すると恰も何かの雑誌に此小説の悪評が載つたのを嬢様はお人が悪いから素知らぬ顔して見せた。批評家ツてものは口が悪いの子、貴方の作を浅薄だの軽浮だのと失敬だワ。妾は貴方の小説が一番好きよ、肩が張らなくツて読心が好いツと。嬢様は荒尾君の大傑作を袍と間違へて在らツしやると見える。それでも荒尾先生、御感を忝ふしたと心得て感涙に咽んで、今度は又堪らないものを作つた。何でも恋愛咄で暗に自分と嬢様の関係に擬したものださうだ。加之も其著作した理由因縁を仄めかして持つて来たから嬢様も呆れてお了ひなすつた。夫人も余り途方もないのに呆れ返つて馬鹿に附ける薬は無いと陰で仰しやつたとも当人知らずに其後是非とも御批評を願ひますと色好い返事を催促する意で手紙をよこした。ナア君、君等の方にも斯ういふ白痴があるか子。此奴は小説家でも屑の方だらう子。嬢様も好い加減に思切らせないと這般いふ奴が瘋癲になるのだと思召して、其次来た時に断然と、世間が煩さう厶いますから当分お尋ねはお断り申します、其中お互に身が定りましたら改めて御交際を願ひませうと。荒尾先生、青菜に塩ですご/\と帰つたが、俺も其後姿を見送つた時は可哀相になつたよ。ソラ何とかいふ雑誌に見えた「失恋の歌」――あの新躰詩は此時作つたのださうだ。それでも何処までもお目出度いか解らないのは其新躰詩を矢張送つて来たよ。万一の御憐愍を願ふ意なんだらう。小説家といふものは斯うも未練なもんか子。俺の方では一度取損なつた餌は二度と顧盻かんもんだ。イヤハヤ犬にだも如かずといふべしだ。 一番みじめで気の毒なは耶蘇の牧師の神野霜兵衛さんだ。此人は衣装も粧らず外見も飾らず極朴実律義で、存魂嬢様に思込んでゐたが少とも媚諛ふ容子を見せなかつた。それだから嬢様も此の人ばかりには真面目に交際つて少しもお調戯ひなさらなかつたが、困つた事には好人物といふだけで、学問才幹共に時代遅れだ。十五世紀十六世紀頃なら相当な人物であつたかも知れないが、X光線や無線電信の行はれる二十世紀には到底向かない男だ。併し有繋に牧師さんだ子。自分の恋が成就しないのを知つても更に人を怨まないで、只一図に嬢様の幸福を祈つてゐる。夫人も嬢様もこの人だけには安心して交際つて在らツしやるが、素振にも出さない心根を察して見ると気の毒になる。或る雑誌にをり/\述懐めいた随筆が出るが、いつぞや嬢様は読んで涙を覆して在らしツたつけ。何でも才拙なく学浅くして貌さへ醜くき男が万づに勝れて賢き美はしき乙女に焦れて迚も協はざる恋路にやつるゝ憐れさを嘆つたものださうな。いつでも嬢様を尋ねるときは面に喜びの色輝やきて晴/\としてゐるが、其皮一重下に秘るゝ苦痛は如何ばかりぞと思ふと実に同情する子。嬢様も此人の真摯な偽りのない真情には余程動かされて同情の涙をお濺ぎなすつたらしいが、実に御道理だ。俺も外の奴には恐い顔をして随分啖付きさうな素振をして嚇かしたが、此正直な神野霜兵衛さんには何時でも尻尾を掉つて愛想をしたから、一度は麺包のお土産を頂戴したことがあつた。霜兵衛さんだけは感心な豪い仁だ。自分の真情は既に嬢様に献げたから、自分は生涯妻を娶らず、永く独身で清く送つて嬢様の安寧幸福を神に祈ると云つておるさうだ。先ア斯ういふ心懸の人は珍らしい子、俺は愛の何のといふ理窟は知らないが、人間様の男女の関係を見ると俺たち犬の同類と更に違はないのだ。唯だ法律といふ難かしい定規があつて拠ろなく親子兄弟姉妹相姦せずにゐるが、何アに犬や猫と五十歩百歩だ。何とかいふ人の発句とかに「羨まし思切る時猫の恋」といふのがあるさうだ。それ見ろ、猫や犬の方がまだ健気な処がある。此牧師さんも内心は猶だ怪しいが、左も右く外見だけは立派だ。無暗に豪傑振つて女を軽蔑したがるくせに高が売女の一顰一笑に喜憂して鼻の下を伸ばす先生方は、何方かといふと却て女の翫弄物だ子。女に翫弄にされて女を翫弄にした気でゐるのが俺達には余程浅ましく見える。如何だい大将――女殺しを鼻の頭に揺下げる先生、一本参つたらう。 伯爵鍋小路行平は正に斯ういふ浅ましい連中の一人だ子。御堂関白の孫大納言公時から二十一世の裔で前の権中納言時鐘の子が即ち今の伯爵鍋小路黒澄卿である。行平君は其嫡男ださうで、幼名を阿古屋丸と申上げたさうだ。之はいつぞや行平君が自慢らしく家系を嬢様に物語られたのを傍で聞いてゐたのだ。行平君は二十二三かナ。猶だ勉強盛りなのを中途で学校をやめて、(いゝや落第したのださうだ)、平凡文学者の煽動に乗せられて自分は文学のパトロンとなるなどと高言しおらるゝさうだ。何しろ学問は打棄つて西鶴が麼したの其碩が麼したの紅葉は豪いの漣は感心だのと頻りに肩を入れられるさうナ。それも真面目なら貴族の道楽として芸妓を買うより勝しだらうが、矢張浮気で妄想の恋愛小説を書いて見たいが山だから誠に困つたもんだ。処で二度か三度、今話した小説家の荒尾角也と一緒に嬢様を尋ねたら、一と目見てお誂へ通り恋風がジワ/\と身に染込んだ。元来荒尾が鍋小路どのを伴れて来たのは自分の理想の女神を見せびらかすつもりであつたのが、行平どの忽ち恍惚として天にあらば比翼の鳥、地にあらば連理の枝と歌ひたくなつた。で、恋なればこそ止ん事なき身を屈して平生の恩顧を思ふて夫の美くしき姫を麿に周旋せいと荒尾先生に仰せられた。荒尾先生ほとほと閉口した。有繋に渠女は約束の妻とも云ひかねて当座のがれの安請合をしたが其後間もなく御当人が第一に失恋を歌ふやうになつてからはプイと何所へか隠れて了つた。行平どのは根が公卿育ちの芋の煮えたも御存じなきノホヽンだから今度は御自身毎日車に召して深草の百夜通ひも物かはと中々な御熱心であつた。何しろ身分は伯爵の公達である。色白の上品なノツペリとした御容貌に加へて香水やらコスメチツクやら白粉やら有る程のおつくりをして、お扮装は羽二重づくめに金の時計、金の鎖、金の指環、まだ其上に腕車やら自転車やらお馬やらお馬車やら折々は故と手軽に甲斐々々しい洋服出立のお歩行で何から何まで一生懸命に憂身を扮された。人間様の恋路の笑止しいのは鍋小路どので初めて承知して毎日顔を見る度に俺は腹筋が揉れた哩。尤も尊い御身分の方だから、お平の長芋などゝ悪口が出さうだが、左に右くお美くしい、お奇麗な若殿様だ。それに学問こそお出来にならぬさうだが、小説類は何でも読んで在らツしやる。小説に関する御議論も中々あるらしいやうだ。荒尾君の作などは毎でも骨灰に軽蔑される、お邸の書斎には沙翁を初めヂツケンスやサツカレイの全集が飾つてあるさうな。たしか独乙文はお読めなさらぬ筈だがゲーテやシルレルの全集もあるさうな。イプセンもハウプトマンも流行のニーチヱもあるさうな。何か知らぬが猶だ/\金ピカ/\の本が大きな西洋書棚に一杯あるさうで、大抵な者は見たばかりで烟に巻かれるさうだ。其上に自転車と写真とは大の御自慢で自転車競争会や写真品評会の賛成員となつて居らるゝ。左に右く文明紳士として耻しからぬお方だ。併し色が生白けて眉毛がチヨロけて眼尻が垂れ、少と失礼の云分だが倭文庫の挿絵の槃特に何処か肖てゐた。第一忌な眼付をして生緩い吻を利かれると慄つと身震が出る。矢張佐渡の惚薬の効能で幅を利かせる方だから之で邸の嬢様を落さうと云ふは飛んでもない心得違ひだ。併し町人と違つて其処が大名育ちだから強ち金子で張らうといふ鄙しい考は無いやうだが、イヤモウ一生懸命に精々と進物を運び込む。俺が覚えてるだけでも真珠を七箇箝めた領留針、無線七宝の宝玉匣、仏蘭西製の象牙骨の扇子、何とかといふ名高い絵工の書いた十二ヶ月美人とかの帖、何れも其辺の勧工場で買へない高料い品を月に一遍位は必と持つて来た子。其間には香水だとか石鹸だとか白粉だとか舶来の上等品は能く持つて来たよ。余り貰ひ過ぎるので夫人も嬢様も心配なすつたが、呉れるものを断るわけにも行かず、断はつたとて持つて呉れば無下に返すわけにも行かず、仕方がなしに美術会で名高い美術家の彫刻した銀製の紙莨入れを買つて御返礼に差上げた。すると鍋小路の若殿恰で結納の品でも貰つたやうに有頂天になつて其紙莨入れを片時も離さず到る処に番町随一の美人から貰つたと吹聴して廻つたさうだ。偶然と此咄が嬢様のお耳に入つたから、嬢様は吃驚遊ばして飛んでもない事をしたと後悔をなすつた。何でも之は出来ない相談をして足留の工風をするに如かずとお考へ遊ばして、無暗に呉れるが道楽の若殿だから一つ無心をしてやらうと思召し、今更に長良の橋の鉋屑、井手の蛙の干したのも珍らしくないからと、行平殿のござつた時、モウシ若様、妾の従来見た事の無いのは業平朝臣の歌枕、松風村雨の汐汲桶、ヘマムシ入道の袈裟法衣、小豆大納言の小倉の色紙、河童の抜いた尻子珠、狸が秘蔵の腹鼓、どれか一つ見せて下さいと嬢様が甘たれると、行平殿は頭を撫でつゝ麿が家には矢大臣左大臣どのの歌集の外には何も無いが一つ同族を聞き合して見やうと、此事が協はないと恋路の綱が切れるやうに心配して帰つた。それからはパツタリ来なくなつて了つたが、何か詫状のやうな手紙をよこしたさうな。若様だけに可憐らしい愛度気ない処があるよ。
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