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犬物語(いぬものがたり)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-23 16:01:44 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


 我々日本犬は高時殿以降屡々角闘を奨励され、早くから田猟でんれふにも用ひられたから他の野蛮国の産とは違つて、躰格も立派なら性質も怜悧で、殊に勇気があつて力すぐれ、喧嘩と狩猟かりに極めて名人である。人種の気象は風土と相伴ふさうだが、我々犬族も多分うらしいのは日本人と日本犬と何から何までが能く似ておる。唯だ日本人の躰格は世界中或る黒奴くろんぼを除きて最も下等であるが、日本犬の躰格は世界各国の犬と比較して中等以上どころか寧ろ上等に位しておる。我々犬の方が遥に人間様の君達よりは優等躰格なんだ。余り白痴ばかにして貰うまいよ。
 然るに君、黒船以来毛唐の種が段々内地雑居を初めてから、人間様のなかでも眼色めいろの変つた奴が幅を利かしたが、俺達犬社会では毛唐だねらされてイヤモウ散三な目に遇つた。尤も毛唐種には勝れて立派な上等な奴がある。俺も頗る感服しておる。「マスチツフ」の躰格の立派なのや、「ブルドツク」の剛情で馬鹿力のあるのや、「アルパイン、スパニヱル」の大慈悲心に富んでるのは大和魂の俺達も殆んどを折つておる。だが、解らない事が一つある。人間様の中では雑種児あひのこが小さくなつてるが、犬の中では雑種あひのこまでが西洋振りやがつて威張散らす。俺が朋輩の家禽にはとり牛馬うしうま夥伴なかまでは、日本産でも純粋種は大切だいじにして雑種はいやしんでおるさうだ。それ当然あたりまへの筈だのに、犬だけは雑種までが毛唐臭い顔付をしてけつかるは怪しからん咄だ。君達人間様が平生愛国者振るくせに我々大和犬族やまとけんぞくの優等なるを忘れて外国種の下等な性質を遺伝うけついだ雑種犬を珍重するとは何事だ。欧羅巴かぶれも爰に到つて殆んど沙汰の限りだ。言語道断である。
 純粋外国だねだつてきつと俺達より勝れてるわけでは無い。「テリヤー」や「ターンスピツト」や「プードル」のやうな奴は何所が好いんだか俺達には解らぬ。マルタいぬは一名を獅子犬と呼ばれてゐるが名ばかり立派でからもう弱虫なけちな奴だ。墨西哥犬メキシコいぬは君達の掌面てのひらに載るやうな可愛らしい奴だが、俺達は何でも大きいのが好きだから小さい方で世界第一なんぞは余り下らんナ。夫から日本にも来てゐるが、矮狗ちん位な大きさで頭の毛が長く幾すぢとなく前額ひたひに垂れて目をかくしてゐる「スカイ、テリヤー」といふ奴、彼奴あいつはどうも汚臭ぢゞむさくて、人間なら貧乏書生染みて不可いかんな。「ハウンド」族でも英吉利イギリスの「グレイハウンド」や露西亜ロシヤ「ハウンド」は躰格も立派で中々見栄がするが、伊太利イタリヤ「ハウンド」と来たら翫弄犬おもちやいぬと言はれるだけに脊の高さが一尺、重さが唯ツた一貫目――「ハウンド」でござるが凄まじいお笑草だ。犬も国にれるもんで、伊太利のやうな美術国だから那様あんな細つこい繊麗きやしやな翫弄犬を生じたのだらう。且つ俺のやうな四つ足の分際ではちつと生意気な言分だが、伊太利も豈夫まさかにウヰダやロンブロゾが舌を吐いて論ずるほど疲弊してもおるまいが、細つこい瘠せ身代でゐながら些と海軍力のあるのを鼻に掛けて東洋の猟場にチヨツかいを出し中原ちうげん大豚おほぶた分配わけまへを取らうと小癪な所為まねをする所は、矢張伊太利「ハウンド」の気ばかり強くて随分足も達者だが忽ち疲れてベタ/\に閉口して了う具合と似てゐるやうだよ。俺達はれとかはつて今まで自分の力量に気が附かず、雑種犬にまで白痴にされて段々田舎へ引込んで、支那チヤンの犬にさへ尻尾を下げて恐れ入つたもんだ。之からはう負けるものか。鎌倉以来の負けじ魂を奮つて「マスチツフ」でも「ブルドツク」でもさア来い。対手あひてになつて見せる。
 なに、大層威張ると?……威張るとも、我々大和犬族は敢て毛唐種に譲らない力量勇気があるから。元来君達からして甚だ不心得だ。といふは自分達は失敬ながら世界を知らないで蚊のすねのやうな痩腕を叩いて日本主義の国粋主義のと慷慨かうがい振る癖に、純粋日本種の加之しかも神州の産たるを辱かしめざる勇猛活溌なる我々を地犬々々と軽蔑しおる。怪しからぬ撞着だうちやくな咄だ。
 何だい、素晴らしい大気※(「火+稲のつくり」、第4水準2-79-87)だと。そりやあ大気※(「火+稲のつくり」、第4水準2-79-87)も吐かうさ。平生君達の我々日本犬に対する待遇が頗る不満足だからね。しかし近頃それがしの宮殿下が我々の夥伴なかまを召されて浅からぬ御寵愛を忝ふするは我々の世の中に出る機運が熟したんだね。君達も平凡へぼ小説や平凡議論を書く暇があるなら日本人冥加に「猟之友」にでも日本犬にほんいぬ主義をちつと皷吹し給へ。そこへ行くと感心なは俺の旦那だ。暫らく洋行して世界で有名な犬を能く御承知で、「ポインター」や「セツター」は勿論日本人の余り知らない「シトリーパー」や「ラーチヤー」種の猟犬をお飼ひになつたが、ういふ犬社会に通じた方が矢張日本種は中々好いと仰しやつて俺をかしらに都合三疋御扶持ごふちを給はつてゐる。君達は碌に犬を知りもしない癖に我々を地犬々々と軽蔑するが、憚りながら旦那のお邸では是でも日本犬様だよ。
 俺の旦那は此位えらい方だから家内うちゞうの方が揃つて悉皆みんな豪いや。別して感心なのは嬢様だ。齢は十九の厄年で名は妙子たえこと仰しやる。君達に見せたいほどな好い御容貌ごきりやうだ。なに、う知つてゐる? 中々油断のならない狼連だ。旦那や夫人おくさまが御心配なさるのも無理は無い。併し嬢様は滅法お怜悧りこうだから、君達のやうな間抜に喰はれる筈はないワ。第一、何処へかお出掛けになる時はいつでも俺がお伴を仰付あふせつかるから、君達が指でもさせば直ぐワン喰付くらひつく。麺包パンの一きれや二片呉れたからつて容赦は無いよ。人間様の方は賄賂が効くさうだが、俺達の方ぢやアとても駄目だよ。握飯で騙されるやうな半間はんまな犬が此節このせつがら有るものか。
 嬢様のお美くしいのは番町名代のもので学校でも一番だ。街路わうらいの人が、若い者は勿論爺さん媼さんまでが顧盻ふりかへつて見る。随行おともの俺までが鼻が高いんだ。殊に旦那と一緒に暫らく欧羅巴にらしつたから、毛唐の言葉も達者で黄鳥うぐひすのやうな声でベラ/\お咄しなさる。其上に音楽なりものがお上手で、ピアノとかは専門家しやうばいにんに負けないお伎倆うでまへださうだ。毎朝御飯前と午後ひるすぎ、学校からお帰りになるときつ練習おさらひなさるが、俺達のやうな解らないものが聞いてさへ面白いから、何時でも其時刻を計つて西洋間の窓の下に恍惚うつとりと聞惚れてゐる。庭の木立を洩れる音を塀越しに聞いて茫然ぼんやり佇立たちどまる人も大分あるさうだ。
 愈々来年は御卒業になつて二十歳はたちの花盛りだから、何れ何処へか御縁附きになるのだが、何がさて御容貌は番町随一、恐らく東京随一だらうといふ評判で、諸芸に達しおられて無類の御発明ごはつめいだから、昔しなら女御更衣といふ御身分だ。それだから表立つて親御へ申込まれる華族、豪商、権門の方を始め、何かにかこつけて邸へ出入りする当世風の若紳士、隙があれば喰はふといふ君達狼連まで、有るは/\、自称候補者の面々が無慮一万人ばかりだね。
 夫人おくさまは御心配になつて眼の廻るほどな忙がしい目をなすつて申込人の身分財産性質等の内幕を一々詮議遊ばす。其掛りの書生を三人新たにお抱へになつた位だ。だが、旦那は西洋で育つた方だけに飛んだ気がさばけて在らつしやる。結婚は一生の大事だから身分身代の詮議は二の次である。当人さへ承知なら位置も身分も無い君達のやうな貧乏書生にでも呉れてやると仰しやる……
 これさ、爾う喜んでは困る。君達では迚も御当人の嬢様がお気に入らんからね、ア糠喜びも大抵にして断念あきらめなさい。
 西洋でいふ自由結婚ナ。旦那は口では仰しやらないが此自由結婚をお許しになるのだ。邸へ出入りする若紳士が旦那への用は附けたりで、御用が済むと直ぐ嬢様の御機嫌を伺ふ。近ごろういふ小説が出ましたと云つて新刊書を持つて来る。斯ういふ女の雑誌が出ましたと毎号郵便で送る。斯ういふ琴の新物しんものが出来ましたと歌や譜を持込む。斯ういふ化粧品をしんきに輸入しましたと態々わざ/\買つて来る。今度は何処そこに音楽会がありますと上等の切符を持つて来る。中には金子かねのある奴は此頃は斯ういふ品が流行はやりますと貴重な贅沢品を高い銭を出して買つて来るのもある。つと馬鹿な奴はカーボンやプラチナ板に撮した自分の写真をうやうやしく送つて来る奴もある。イヤハヤお咄しにならんが、旦那は這般こん連中てあひ寛大おほめに見て在らツしやるんだ。

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