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竜潭譚(りゅうたんだん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-23 11:00:47 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



     千呪陀羅尼せんじゆだらに

 毒ありと疑へばものも食はず、薬もいかでか飲まむ、うつくしき顔したりとて、やさしきことをいひたりとて、いつはりの姉にはわれことばもかけじ。眼にふれて見ゆるものとしいへば、たけりくるひ、ののしり叫びてあれたりしが、つひには声もでず、身も動かず、われ人をわきまへず心地ここち死ぬべくなれりしを、うつらうつらきあげられて高き石壇をのぼり、おおいなる門を入りて、赤土あかつちの色きれいにきたる一条ひとすじの道長き、右左、石燈籠いしどうろう石榴ざくろの樹の小さきと、おなじほどの距離にかはるがはる続きたるをきて、こうかおりしみつきたる太き円柱まるばしらきわに寺の本堂にゑられつ、ト思ふ耳のはたに竹をひびききこえて、僧ども五三人ごさんにん一斉に声をそろへ、高らかにじゆする声耳をろうするばかりかしましさふべからず、禿顱とくろならびゐる木のはしの法師ばら、何をかすると、こぶしをあげて一にん天窓あたまをうたむとせしに、一幅ひとはばの青き光さつと窓を射て、水晶の念珠ねんじゆひとみをかすめ、ハツシと胸をうちたるに、ひるみてうずくまる時、若僧じやくそう円柱えんちゆうをいざりでつつ、ついゐて、サラサラと金襴きんらんとばりしぼる、燦爛さんらんたる御廚子みずしのなかにとうとすがたこそ拝まれたれ。一段高まる経の声、トタンにはたたがみ天地てんちに鳴りぬ。
 端厳微妙たんげんみみようのおんかほばせ、雲のそでかすみはかまちらちらと瓔珞ようらくをかけたまひたる、たまなす胸に繊手せんしゆを添へて、ひたと、をさなごをいだきたまへるが、あおぐ仰ぐひとみうごきて、ほほゑみたまふと、見たる時、やさしき手のさき肩にかかりて、姉上は念じたまへり。
 滝やこの堂にかかるかと、折しも雨の降りしきりつ。うずまいて寄する風の音、遠きかたよりうなり来て、どつと満山まんざんうちあたる。
 本堂青光あおびかりして、はたたがみ堂の空をまろびゆくに、たまぎりつつ、今は姉上を頼までやは、あなやとひざにはひあがりて、ひしとその胸をいだきたれば、かかるものをふりすてむとはしたまはで、あたたかきかいなはわがせなにて組合くみあはされたり。さるにや気も心もよわよわとなりもてゆく、ものを見るあきらかに、耳の鳴るがやみて、恐しき吹降ふきぶりのなかに陀羅尼だらにじゆするひじり声々こえごえさわやかに聞きとられつ。あはれに心細くものすごきに、身の置処おきどころあらずなりぬ。からだひとつ消えよかしと両手を肩にすがりながら顔もてその胸を押しわけたれば、えりをばきひらきたまひつつ、の下にわがつむり押入おしいれて、両袖りようそでうちかさねて深くわがせなおおたまへり。御仏みほとけのそのをさなごをいだきたまへるもかくこそとうれしきに、おちゐて、心地ここちすがすがしく胸のうち安くたいらになりぬ。やがてぞじゆもはてたる。らいの音も遠ざかる。わがをしかといだきたまへる姉上のかいなもゆるみたれば、ソとそのふところより顔をいだしてこはごはその顔をば見上げつ。うつくしさはそれにもかはらでなむ、いたくもやつれたまへりけり。雨風のなほはげしくおもてをうかがふことだにならざる、静まるを待てばもすがら暴通あれとおしつ。家に帰るべくもあらねば姉上は通夜つやしたまひぬ。その一夜の風雨にて、くるま山の山中、俗にここのこだまといひたる谷、あけがたにそまのみいだしたるが、たちまふちになりぬといふ。
 里の者、町の人みなこぞりて見にゆく。日をてわれも姉上とともにきたり見き。その日一天いつてんうららかに空の色も水の色も青くみて、軟風なんぷうおもむろに小波ささなみわたる淵の上には、ちり一葉ひとはの浮べるあらで、白き鳥のつばさ広きがゆたかに藍碧らんぺきなる水面を横ぎりて舞へり。
 すさまじき暴風雨あらしなりしかな。この谷もと薬研やげんの如き形したりきとぞ。
 幾株いくかぶとなき松柏まつかしわの根こそぎになりて谷間に吹倒ふきたおされしに山腹のつち落ちたまりて、底をながるる谷川をせきとめたる、おのづからなる堤防をなして、すさまじき水をばたたへつ。ひとたびこのところ決潰けつかいせむか、じようはなの町は水底みなそこの都となるべしと、人々の恐れまどひて、おこたらず土をり石をせて堅き堤防を築きしが、あたかも今の関屋せきや少将の夫人姉上十七の時なれば、年つもりて、ふたばなりし常磐木ときわぎもハヤたけのびつ。草ひ、こけむして、いにしへよりかかりけむと思ひまがふばかりなり。
 あはれつぶてを投ずる事なかれ、うつくしき人の夢や驚かさむと、血気なる友のいたづらをしかとどめつ。年若くおもてきよき海軍の少尉候補生は、薄暮暗碧はくぼあんぺきたたへたるふちに臨みて粛然しゆくぜんとせり。





底本:「鏡花短篇集」岩波文庫、岩波書店
   1987(昭和62)年9月16日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第三卷」岩波書店
   1941(昭和16)年12月
初出:「文芸倶楽部」
   1896(明治29)年11月
入力:砂場清隆
校正:松永正敏
2000年8月30日公開
2005年12月1日修正
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