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吉原新話(よしわらしんわ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-23 10:57:55 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



       二十六

やつは勝ほこったていで、毛筋も動かぬその硝子面ビイドロめんを、穴蔵の底に光る朽木のように、仇艶あだつやを放って※(「目+句」、第4水準2-81-91)みまわしながら、
(な、けれども、殿、殿たちは※(「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1-91-26)じょうろうかばわしゃろうで、ねんごろ申したかいに、たってとはよう言わぬ。選まっしゃれ、選んで指さっしゃれ、それをろう。……奪ろう。……それを奪ろう! やいの、殿。)
 とまくし掛けて、
(ここには見えぬ、なれども、殿たちの妻、子、親、縁者、奴婢しもべはした、指さっしゃれば、たちどころに奪って見しょう。)
 と言語道断な事を。
 とはたはたとひさしの幕が揺動いて、そのなぐれが、向う三階の蚊帳かやあおった、その時、雨を持った風がさっと吹いた。
(また……我を、と名告なのらっしゃれ……殿、殿ならば殿をろう。)
(勝手にしろ、馬鹿な。)
 と唾吐くように、忌々いまいましそうに打棄うっちゃって、子爵は、くるりと戸外おもてを向いた。
随意ままにしょうでは気迷うぞいの、はて?……)
 とその面はつけたりで、畳込んだ腹の底で声が出る。
(さて……どれもどれも好ましい。やあ、天井、屋の棟にのさばる和郎等わろら! どれが望みじゃ。やいの、)
 と心持仰向くと、不意に何と……がらがら、どど、がッと鼠かいたちだろう、蛇もまじるか、すさまじく次のを駆けて荒廻ると、ばらばらばらばらと合せ目を透いてほこりが落ちる。
(うむ、や、和郎等わろども。埃を浴びせた、その埃のかかったものがほしいと言うかの――望みかいの。)
 ばたばた、はらはらと、さあ、なさけない、口惜くやしいが、袖やたもとはたいた音。
(やれ打つ、へへへ、小鳥のように羽掻はがいあおつ、雑魚ざこのようにねる、へへ。……さて、騒ぐまい、今がはそで無い。そうでは無いげじゃ。どの玩弄物おもちゃ欲しい、とわしが問うたでの、さきへ悦喜の雀躍こおどりじゃ、……這奴等しゃつら、騒ぐまい、まだ早い。殿たち名告なのらずば、やがて、ろう、選取よりどりに私がってろう!)
(勝手にして、早く退座をなさい、余りといえばしからん。無礼だ、引取れ。)
 と子爵が喝した、叱ったんだ。
(催促をせずとうござる。)
 と澄まし返って、いかにも年寄くさく口のうちで言った、と思うと、
(やあ、)
 と不意に調子を上げた。ものを呼びつけたようだっけ。かすかに一つ、カアと聞えて、またたく間に、水道尻から三ツのそのあかりの上へかけて、棟近い処で、二三羽、四五羽、烏がいた、可厭いやな声だ。
(カアカアカア――)
 と婆々ばばあったが、くちばしとがったか、と思う、その黒い唇から、正真しょうじんの烏の声を出して、
(カアカア来しゃれえ! 火の車で。)
 とわめく、トタンに、吉原八町、しんとして、くるわの、の、真中まんなかの底から、ただ一ツ、カラカラと湧上わきあがったような車の音。陰々と響いて、――あけ方早帰りの客かも知れぬ――空へ舞上ったように思うと、すごい音がして、ばッさりと何か物干の上へ落ちた。
(何だ!)
 と言うと、猛然として、ずんと立って、堪えられぬ……で、地響じひびきで、琴の師匠がずかずかと行って、物干をのぞいたっけ。
 裸脱はだぬぎの背に汗を垂々たらたらと流したのが、ともしかすかに、首を暗夜やみ突込つっこむようにして、
(おお、稲妻が天王寺の森を走る、……何じゃ、これは、烏の死骸をどうするんじゃい。)と引掴ひッつかんで来て、しかもしゃくに障った様子で、婆々ばばあの前へたたきつけた。
 あ、弱った。……
 その臭気といったらない。
 みんな、ただ呼吸いきを詰めた。
 婆々が、ずらずらとそのうじの出そうな烏の死骸を、膝の前へ、あおおとがいの下へ引附けた。」

       二十七

「で、を下げて、じっと見ながら、
はえよ、蠅よ、蒼蠅あおばえよ。一つはらわたの中をされ、ボーンと。――やあ、殿、※(「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1-91-26)じょうろうたち、わしがの、今ここを引取るついでに、蒼蠅を一ツ申そう。ボーンと飛んで、額、頸首えりくびせなか、手足、殿たちの身体からだにボーンと留まる、それを所望じゃ。物干へ抜いて、大空へって帰ろう。名告なのらしゃれ。蠅がたからば名告らしゃれ。名告らぬと卑怯ひきょうなぞ。人間は卑怯なものと思うぞよ。笑うぞよ……いか、蒼蠅を忘れまい。
 蠅よ、蠅よ、蒼蠅よ、ボーンと出され、おじゃった! おお!)
 一座残らず、残念ながら動揺どよめいた。
 トふわりとったが、その烏の死骸をぶら下げ、言おうようの無い悪臭を放って、一寸、二寸、一尺ずつ、ずるずると引いたすそが、長く畳をったと思うと、はらりと触ったかして、燭台しょくだいが、ばったり倒れた。
 その時、捻向ねじむいて、くなくなと首を垂れると、った後褄うしろづまを、あの真黒まっくろくちばしで、ぐい、とくわえて上げた、と思え。……鳥のような、獣のような異体いていな黄色い脚を、ぬい、と端折はしょった、傍若無人で。
(ボーン、ボーン、ボーン、)と云うのが、ねばねばと、重っくるしく、納豆の糸を引くように、そして、点々ぽちぽちと切れて、蒼蠅の羽音やら、やつの声やら分らぬ。
 そのまま、ふわりとして、飜然ひらりあがった。物干の暗黒やみへ影も隠れる。
(あれ。)
 と真前まっさきに言ったはお三輪で。
(わ、)とまた言った人がある。
 さあ、膝でる、足で退く、ばたばたと二階の口まで駆出したが、
(ええ)と引返ひっかえしたは誰だっけ。……蠅が背後うしろからすがったらしい。
 物干から、
(やあ、小鳥のように羽打つ、雑魚ざこのようにねる。はて、笑止じゃの。名告なのれ、名告らぬか、さても卑怯な。やいの、殿たち。上※(「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1-91-26)たち。へへへ、人間ども。ボーン、ボーン、ボーン、あれ、それそれ転ぶわ、※(「足へん+倍のつくり」、第3水準1-92-37)めるわ、うわ。とまったか、たかったか。誰じゃ、名告れ、名告らぬか、名告れ。……ボーン、)
 と云う時、稲妻がひらめいて、遠い山を見るように天王寺の森が映った。
 皆ただ、蠅の音がただ、はたたがみのように人々の耳に響いた。
 ただ一縮みになった時、
(ほう、)
 と心着いたように、物干のその声が、
(京から人が帰ったような。早や夜もしらむ。さらば、身代りのおんなを奪ろう!……も一つほかにもある。両のたもと持重もちおもろう。あとは背負うても、抱いても荷じゃ。やあ、殿、上※(「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1-91-26)たち、此方衆こなたしゅにはただ遊うだじゃいの。道すがらねんごろ申したたわむれじゃ。安堵あんどさっしゃれ、蠅はたなそこへ、ハタとつかんだ。
 さるにても卑怯なの、は、は、は、梅干で朝の茶まいれ、さらばじゃ。)
 ばっと屋上やのうえを飛ぶ音がした。
 フッと見ると、夜がしらんで、浅葱あさぎになった向うの蚊帳かやへ、大きな影がさしたっけ。けたたましい悲鳴が聞えて、白地の浴衣を、扱帯しごき蹴出けだしも、だらだらと血だらけのおんなの姿が、蚊帳の目が裂けて出る、と行燈あんどう真赤まっかになって、蒼い細い顔が、黒髪かみかぶりながら黒雲の中へ、ばったり倒れた。
 ト車軸を流す雨になる。
 電燈がいたが、もうその色は白かった。
 婆々ばばあの言った、両の袂の一つであろう、無理心中で女郎が一人。――
 戸を開ける音、閉める音。人影が燈籠とうろうのように、三階で立騒いだ。
 照吉は……」
 と民弥は言って、愁然しゅうぜんとすると、梅次も察して、ほろりと泣く。
「ああ、その弟ばかりじゃない、みんなの身代りになってくれたように思う。」

明治四十四(一九一一)年三月




 



底本:「泉鏡花集成4」ちくま文庫、筑摩書房
   1995(平成7)年10月24日第1刷発行
   2004(平成16)年3月20日第2刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第十三卷」岩波書店
   1941(昭和16)年6月30日発行
※誤植の確認には底本の親本を参照しました。
入力:土屋隆
校正:門田裕志
2006年6月26日作成
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