八
それから名物だ、と云って扇屋の饅頭を出して、茶を焙(ほう)じる手つきはなよやかだったが、鉄瓶のはまだ沸(たぎ)らぬ、と銅壺から湯を掬(く)む柄杓(ひしゃく)の柄が、へし折れて、短くなっていたのみか、二度ばかり土瓶にうつして、もう一杯、どぶりと突込む。他愛(たわい)なく、抜けて柄になってしまったので、 「まあ、」と飛んだ顔をして、斜めに取って見透(みすか)した風情は、この夫人(ひと)の艶(えん)なるだけ、中指(なかざし)の鼈甲(べっこう)の斑(ふ)を、日影に透かした趣だったが、 「仕様がないわね。」と笑って、その柄を投(ほう)り出した様子は、世帯(しょたい)の事には余り心を用いない、学生生活の俤(おもかげ)が残った。 主税が、小児(こども)衆は、と尋ねると、二人とも乳母(ばあや)が連れて、土産ものなんぞ持って、東京から帰った報知(しらせ)旁々(かたがた)、朝早くから出向いたとある。 「河野の父さんの方も、内々小児をだしに使って、東京へ遊びに行った事を知っているんですから、言句(もんく)は言わないまでも、苦い顔をして、髯(ひげ)の中から一睨(ひとにら)み睨むに違いはないんですもの、難有(ありがた)くないわ。母様(かあさん)は自分の方へ、娘が慕って行ったんですから御機嫌が可いでしょう、もうちっと経(た)つと帰って来ます。それまでは、私、実家(さと)へは顔を出さないつもりで、当分風邪をひいた分よ。」 と火鉢の縁に肱(ひじ)をついて、男の顔を視(なが)めながら、魂の抜け出したような仇気(あどけ)ないことを云う。 「そりゃ、悪いでしょう。」 と主税がかえって心配らしく、 「彼方(むこう)から、誰方(どなた)かお来(いで)なさりゃしませんか。貴女がお帰りだ、と知れましたら。」 「来るもんですか。義兄(にいさん)(医学士――姉婿を云う)は忙しいし、またちっとでも姉さんを出さないのよ。大でれでれなんですから。父さんはね、それにね、頃日(このごろ)は、家族主義の事に就いて、ちっと纏まった著述をするんだって、母屋に閉籠(とじこも)って、時々は、何よ、一日蔵の中に入りきりの事があってよ。蔵には書物が一杯ですから。父さんはね、医者なんですけれど、もと個人、人一人二人の病(やまい)を治すより、国の病を治したい、と云う大(おおき)な希望(のぞみ)の人ですからね。過年(いつか)、あの、家族主義と個人主義とが新聞で騒ぎましたね。あの時も、父様(とうさん)は、東京の叔父さんだの、坂田(道学者)さんに応援して、火の出るように、敵と戦ったんだわ。 惜い事に、兄さん(英吉)も奔走してくれたんですけれど、可い機関がなくって、ほんの教育雑誌のようなものに掲(の)ったものですから、論文も、名も出ないでしまって、残念だからって、一生懸命に遣ってますの。確か、貴下の先生の酒井さんは、その時の、あの敵方の大立ものじゃなくって?」 と不意に質問の矢が来たので、ちと、狼狽(まご)ついたようだったが、 「どうでしたか、もう忘れましたよ。」と気(け)もなく答える。 別に狙ったのでないらしく、 「でも、何でしょう、貴下(あなた)は、やっぱり、個人主義でおいでなさるんでしょう。」 「僕は饅頭主義で、番茶主義です。」 と、なぜか気競(きお)って云って、片手で饅頭を色気なくむしゃりと遣って、息も吐(つ)かずに、番茶を呷(あお)る。 「あれ、嘘ばっかり。貴下は柳橋主義の癖に、」 夫人は薄笑いの目をぱっちりと、睫毛(まつげ)を裂いたように黒目勝なので睨(にら)むようにした。 「ちょいと、吃驚(びっくり)して。……そら、御覧なさい、まだ驚かして上げる事があるわ。」 と振返りざまに背後(うしろ)向きに肩を捻(ね)じて、茶棚の上へ手を遣った、活溌な身動(みじろ)きに、下交(したがい)の褄(つま)が辷(すべ)った。 そのまま横坐りに見得もなく、長火鉢の横から肩を斜めに身を寄せて、翳(かざ)すがごとく開いて見せたは…… 「や! 読本(とくほん)を買いましたね。」 「先生、これは何て云うの?」 「冷評(ひやか)しては不可(いけ)ませんな、商売道具を。」 「いいえ、真面目に、貴下がこの静岡で、独逸語の塾を開くと云うから、早いでしょう、もう買って来たの。いの一番のお弟子入よ。ちょいと、リイダアと云うのを、独逸では……」 「レエゼウッフ(読本)――月謝が出ますぜ。」 「レエゼウッフ。」
九
「あの、何?」 と真(まこと)に打解けたものいいで、 「精々勉強したら、名高い、ギョウテの(ファウスト)だとか、シルレルの(ウィルヘルム、テル)………でしたっけかね、それなんぞ、何年ぐらいで読めるようになるんでしょう。」 「直(じ)き読めます、」 と読本を受取って、片手で大掴(おおづか)みに引開けながら、 「僕ぐらいにはという、但書が入りますけれど。」 「だって……」 「いいえ、出来ます。」 「あら、ほんとに……」 「もっとも月謝次第ですな。」 「ああだもの、」 と衝(つ)と身を退(の)いて、叱るがごとく、 「なぜそうだろう。ちゃんと御馳走は存じておりますよ。」 茶棚の傍(わき)の襖(ふすま)を開けて、つんつるてんな着物を着た、二百八十間の橋向う、鞠子辺(まりこあたり)の産らしい、十六七の婢(おさん)どんが、 「ふァい、奥様。」と訛(なま)って云う。 聞いただけで、怜悧(りこう)な菅子は、もうその用を悟ったらしい。 「誰か来たの?」 「ひゃあ、」 「あら、厭(いや)な。ちょいと、当分は留守とおいいと云ったじゃないの?」 「アニ、はい、で、ござりますけんど、お客様で、ござんしねえで、あれさ、もの、呉服町の手代衆(しゅ)でござりますだ。」 「ああ、谷屋のかい、じゃ構わないよ、こちらへ、」 と云いかけて、主税を見向いて、 「かくまって有る人だから……ほほほほ、そっちへ行(ゆ)きましょうよ。」 衣紋(えもん)を直したと思うと、はらりと気早に立って、踞(つくば)った婢(おんな)の髪を、袂で払って、もう居ない。 トきょとんとした顔をして、婢は跡も閉めないで、のっそり引込む。 はて心得ぬ、これだけの構(かまえ)に、乳母の他はあの女中ばかりであろうか。主人は九州へ旅行中で、夫人が七日ばかりの留守を、彼だけでは覚束ない。第一、多勢の客の出入に、茶の給仕さえ鞠子はあやしい、と早瀬は四辺(あたり)を※(みまわ)したが――後で知れた――留守中は、実家(さと)の抱(かかえ)車夫が夜宿(とま)りに来て、昼はその女房が来ていたので。昼飯の時に分ったのでは、客へ馳走は、残らず電話で料理屋から取寄せる……もっとも、珍客というのであったかも知れぬ。 そんな事はどうでも可いが、不思議なもので、早瀬と、夫人との間に、しきりに往来(ゆきき)があったその頃しばらくの間は、この家に養われて中学へ通っている書生の、美濃安八(みのあはち)の男が、夫人が上京したあと直ぐに、故郷の親が病気というので帰っていた――これが居ると、たとい日中(ひなか)は学校へ出ても、別に仔細(しさい)は無かったろうに。 さて、夫人は、谷屋の手代というのを、隣室(となり)のその十畳へ通したらしい、何か話声がしている内、 「早瀬さん――」 主税は、夫人が此室(ここ)を出て、大廻りに行った通りに、声も大廻りに遠い処に聞き取って、静にその跡を辿(たど)りつつ返事が遅いと、 「早瀬さん、」 と近くまた呼ぶ。今しがた、(かくまって有る人だ)と串戯(じょうだん)を云ったものを。 「室数(まかず)は幾つばかりあれば可(よ)くって?」 「何です、何です。」 余り唐突(だしぬけ)で解し兼ねる。 「貴下(あなた)のお借りなさろうというお家(うち)よ。ちょいと、」 「ええ、そうですね。」 「おほほほ、話しが遠いわ。こっちへいらっしゃいよ。おほほほ、縁側から、縁側から。」 夫人がした通りに、茶棚の傍(わき)の襖口へ行きかけた主税は、(菅女部屋)の中を、トぐるりと廻って、苦笑(にがわらい)をしながら縁へ出ると、これは! 三足と隔てない次の座敷。開けた障子に背(せな)を凭(も)たせて、立膝の褄は深いが、円く肥えた肱(ひじ)も露(あらわ)に夫人は頬を支えていた。 「朝から戸迷(とまど)いをなすっては、泊ったら貴下、どうして、」 と振向いた顔の、花の色は、合歓(ねむ)の影。 「へへへへへ」 と、向うに控えたのは、呉服屋の手代なり。鬱金(うこん)木綿の風呂敷に、浴衣地が堆(うずたか)い。
二人連
十
午後(ひるすぎ)、宮ヶ崎町の方から、ツンツンとあちこちの二階で綿を打つ音を、時ならぬ砧(きぬた)の合方にして、浅間の社の南口、裏門にかかった、島山夫人、早瀬の二人は、花道へ出たようである。 門際の流(ながれ)に臨むと、頃日(このごろ)の雨で、用水が水嵩(みずかさ)増して溢(あふ)るるばかり道へ波を打って、しかも濁らず、蒼(あお)く飜(ひるがえ)って竜(りょう)の躍るがごとく、茂(しげり)の下(もと)を流るるさえあるに、大空から賤機山(しずはたやま)の蔭がさすので、橋を渡る時、夫人は洋傘(かさ)をすぼめた。 と見ると黒髪に変りはないが、脊がすらりとして、帯腰の靡(なび)くように見えたのは、羽織なしの一枚袷(あわせ)という扮装(でたち)のせいで、また着換えていた――この方が、姿も佳(よ)く、よく似合う。ただし媚(なまめか)しさは少なくなって、いくらか気韻が高く見えるが、それだけに品が可い。 セルで足袋を穿(は)いては、軍人の奥方めく、素足では待合から出たようだ、と云って邸(やしき)を出掛(でが)けに着換えたが、膚(はだ)に、緋(ひ)の紋縮緬(もんちりめん)の長襦袢(ながじゅばん)。 二人の児(こ)の母親で、その燃立つようなのは、ともすると同一(おなじ)軍人好みになりたがるが、垢(あか)抜けのした、意気の壮(さかん)な、色の白いのが着ると、汗ばんだ木瓜(ぼけ)の花のように生暖(なまあたたか)なものではなく、雪の下もみじで凜(りん)とする。 部屋で、先刻(さっき)これを着た時も、乳を圧(おさ)えて密(そっ)と袖を潜(くぐ)らすような、男に気を兼ねたものではなかった。露(あらわ)にその長襦袢に水紅(とき)色の紐をぐるぐると巻いた形(なり)で、牡丹の花から抜出たように縁の姿見の前に立って、 (市川菅女。)と莞爾々々(にこにこ)笑って、澄まして袷を掻取(かいと)って、襟を合わせて、ト背向(うしろむ)きに頸(うなじ)を捻(ね)じて、衣紋(えもん)つきを映した時、早瀬が縁のその棚から、ブラッシを取って、ごしごし痒(かゆ)そうに天窓(あたま)を引掻(ひっか)いていたのを見ると、 「そんな邪険な撫着(なでつ)けようがあるもんですか、私が分けて上げますからお待ちなさい。」 と云うのを、聞かない振でさっさと引込(ひっこ)もうとしたので、 「あれ、お待ちなさい」と、下〆(したじめ)をしたばかりで、衝(つ)と寄って、ブラッシを引奪(ひったく)ると、窓掛をさらさらと引いて、端近で、綺麗に分けてやって、前へ廻って覗(のぞ)き込むように瞳をためて顔を見た。 胸の血汐(ちしお)の通うのが、波打って、風に戦(そよ)いで見ゆるばかり、撓(たわ)まぬ膚(はだえ)の未開紅、この意気なれば二十六でも、紅(くれない)の色は褪(あ)せぬ。 境内の桜の樹蔭(こかげ)に、静々、夫人の裳(もすそ)が留まると、早瀬が傍(かたわら)から向うを見て、 「茶店があります、一休みして参りましょう。」 「あすこへですか。」 「お誂(あつら)え通り、皺(しわ)くちゃな赤毛布(あかげっと)が敷いてあって、水々しい婆さんが居ますね、お茶を飲んで行きましょうよ。」 と謹んで色には出ぬが、午飯(ひる)に一銚子(ひとちょうし)賜ったそうで、早瀬は怪しからず可い機嫌。 「咽喉(のど)が渇いて?」 「ひりつくようです。」 「では……」 茶店の婆さんというのが、式(かた)のごとく古ぼけて、ごほん、と咳(せ)くのが聞えるから、夫人は余り気が進まぬらしかったが、二三人子守女(もりっこ)に、きょろきょろ見られながら、ずッと入る。 「お掛けなさいまし。お日和でございます。よう御参詣なさりました。」 夫人が彳(たたず)んでいて掛けないのを見て、早瀬は懐中(ふところ)から切立の手拭(てぬぐい)を出して、はたはたと毛布(けっと)を払って、 「さあ、どうぞ、」 笑って云うと、夫人は婆さんを背後(うしろ)にして、悠々と腰を下ろして、 「江戸児(えどっこ)は心得たものね。」 「人を馬鹿にしていらっしゃる。」 と、さしむかいの夫人の衣紋はずれに、店先を覗いて、 「やあ、甘酒がある……」
十一
「お止しなさいよ。先刻(さっき)もあんなものを食(あが)ってさ、お腹を悪くしますから。」 と低声(こごえ)でたしなめるように云った、(先刻のあんなもの)は――鮪の茶漬で――慶喜公の邸あとだという、可懐(なつか)しいお茶屋から、わざと取寄せた午飯(ひる)の馳走の中に、刺身は江戸には限るまい、と特別に夫人が膳につけたのを、やがてお茶漬で掻込(かっこ)んだのを見て、その時は太(いた)く嬉しがった。 得てこれを嗜(たしな)むもの、河野の一門に一人も無し、で、夫人も口惜(くやし)いが不可(いけな)いそうである。 「ここで甘酒を飲まなくっては、鳩にして豆、」 と云うと、婆さんが早耳で、 「はい、盆に一杯五厘宛(ずつ)でございます。」 「私は鳩と遊びましょう。貴下(あなた)は甘酒でも冷酒でも御勝手に召食(めしあが)れ。」 と前の床几(しょうぎ)に並べたのを、さらりと撒(ま)くと、颯(さっ)と音して、揃いも揃って雉子鳩(きじばと)が、神代(かみよ)に島の湧(わ)いたように、むらむらと寄せて来るので、また一盆、もう一盆、夫人は立上って更に一盆。 「一杯、二杯、三杯、四杯、五杯!」 早瀬はその数を算(かぞ)えながら、 「ああ、僕はたった一杯だ。婆さん甘酒を早く、」 「はいはい、あれ、まあ、御覧(ごろう)じまし、鳩の喜びますこと、沢山(たんと)奥様に頂いて、クウクウかいのう、おおおお、」 と合点(がってん)々々、ほたほた笑(えみ)をこぼしながら甘酒を釜から汲(く)む。 見る見るうち、輝く玄潮(くろしお)の退(ひ)いたか、と鳩は掃いたように空へ散って、咄嗟(とっさ)に寂寞(せきばく)とした日当りの地の上へ、ぼんやりと影がさして、よぼよぼ、蠢(うごめ)いて出た者がある。 鼻の下はさまででないが、ものの切尖(きっさき)に痩(や)せた頤(おとがい)から、耳の根へかけて胡麻塩髯(ごましおひげ)が栗の毬(いが)のように、すくすく、頬肉(ほおじし)がっくりと落ち、小鼻が出て、窪んだ目が赤味走って、額の皺(しわ)は小さな天窓(あたま)を揉込(もみこ)んだごとく刻んで深い。色蒼(あお)く垢(あか)じみて、筋で繋(つな)いだばかりげっそり肩の痩せた手に、これだけは脚より太い、しっかりした、竹の杖を支(つ)いたが、さまで容子(ようす)の賤(いや)しくない落魄(おちぶれ)らしい、五十近(ぢか)の男の……肺病とは一目で分る……襟垢がぴかぴかした、閉糸(とじいと)の断(き)れた、寝ン寝子を今時分。 藁草履(わらぞうり)を引摺(ひきず)って、勢(いきおい)の無さは埃(ほこり)も得(え)立てず、地の底に滅入込(めりこ)むようにして、正面から辿(たど)って来て、ここへ休もうとしたらしかったが、目ももう疎(うと)くて、近寄るまで、心着かなんだろう。そこに貴婦人があるのを見ると、出かかった足を内へ折曲げ、杖で留めて、眩(まばゆ)そうに細めた目に、あわれや、笑を湛(たた)えて、婆さんの顔をじろりと見た。 「おお、貞(てい)さんか。」 と耳立つほど、名を若く呼んだトタンに、早瀬は屹(きっ)となって鋭く見た。 が、夫人は顔を背けたから何にも知らない。 「主(ぬし)あ、どうさしった、久しく見えなんだ。」 と云うさえ、下地はあるらしい婆さんの方が、見たばかりでもう、ごほごほ。 「方なしじゃ、」 思いの他(ほか)、声だけは確であったが、悪寒がするか、いじけた小児(こども)がいやいや[#「いやいや」に傍点]をすると同一(おなじ)に縮(すく)めた首を破れた寝ン寝子の襟に擦(こす)って、 「埒明(らちあ)かんで、久しい風邪でな、稼業は出来ず、段々弱るばっかりじゃ。芭蕉の葉を煎じて飲むと、熱が除(と)れると云うので、」 と肩を怒らしたは、咳こうとしたらしいが、その力も無いか、口へ手を当てて俯向(うつむ)いた。 「何より利くそうなが、主あ飲(のま)しったか。」 「さればじゃ、方々様へ御願い申して頂いて来ては、飲んだにも、飲んだにも、大(おおき)な芭蕉を葉ごとまるで飲んだくらいじゃけれど、少しも……」 とがっくり首を掉(ふ)って、 「験(げん)が見えぬじゃて。」 験(しるし)なきにはあらずかし、御身の骸(むくろ)は疾(と)く消えて、賤機山に根もあらぬ、裂けし芭蕉の幻のみ、果敢(はか)なくそこに立てるならずや。 ごほごほと頷(うなず)き頷き、咳入りつつ、婆さんが持って来た甘酒を、早瀬が取ろうとするのを、取らせまいと、無言で、はたと手で払った。この時、夫人は手巾(ハンケチ)で口を圧(おさ)えながら、甘酒の茶碗を、衝(つ)と傍(わき)へ奪ったのである。
十二
「芭蕉の葉煎じたを立続けて飲ましって、効験(ききめ)の無い事はあるまいが、疾(はや)く快(よ)うなろうと思いなさる慾(よく)で、焦(あせ)らっしゃるに因ってなおようない、気長に養生さっしゃるが何より薬じゃ。なあ、主(ぬし)、気の持ちように依るぞいの。」 と婆さんは渠(かれ)を慰めるような、自分も勢(せい)の無いような事を云う。 病人は、苦を訴うるほどの元気も持たぬ風で、目で頷き、肩で息をし、息をして、 「この頃は病気(やまい)と張合う勇(いさみ)もないで、どうなとしてくれ、もう投身(なげみ)じゃ。人に由っては大蒜(にんにく)が可(え)え、と云うだがな。大蒜は肺の薬になるげじゃけれども、私(わし)はこう見えても癆咳(ろうがい)とは思わん、風邪のこじれじゃに因って、熱さえ除(と)れれば、とやっぱり芭蕉じゃ。」 愚痴のあわれや、繰返して、杖に縋(すが)った手を置替え、 「煎じて飲むはまだるこいで、早や、根からかぶりつきたいように思うがい。」 と切なそうに顔を獅噛(しか)める。 「焦らっしゃる事よ、苛(じ)れてはようない、ようないぞの。まあ、休んでござらんか、よ。主あどんなにか大儀じゃろうのう。」 「ちっと休まいて貰いたいがの、」 菅子と早瀬の居るのを見て、遠慮らしく、もじもじして、 「腰を下ろすとよう立てぬで、久しぶりで出たついでじゃ、やっとそこらを見て、帰りに寄るわい。見霽(みはらし)へ上る、この男坂の百四段も、見たばかりで、もうもう慄然(ぞっ)とする慄然(ぞっ)とする、」 と重そうな頭(かぶり)を掉(ふ)って、顔を横向きに杖を上げると、尖(さき)がぶるぶる震う。 こなたに腰掛けたまま、胸を伸して、早瀬が何か云おうとした、(構わず休らえ、)と声を懸けそうだったが、夫人が、ト見て、指を弾(はじ)いて禁(と)めたので黙った。 「そんなら帰りに寄りなされ、気をつけて行かっしゃいよ。」 物は言わず、睡(ねむ)るがごとく頷くと、足で足を押動かし、寝ン寝子広き芭蕉の影は、葉がくれに破れて失せた。やがてこの世に、その杖ばかり残るであろう。その杖は、野墓に立てても、蜻蛉(とんぼ)も留まるまい。病人の居たあとしばらくは、餌を飼っても、鳩の寄りそうな景色は無かった。 「お婆さん、」 と早瀬が調子高に呼んだ。 さすがに滅入っていた婆さんも、この若い、威勢の可い声に、蘇生(よみがえ)ったようになって、 「へい、」 「今の、風説(うわさ)ならもう止しっこ。私は見たばかりで胸が痛いのよ。」 と、威(おど)しては可(い)けそうもないので、片手で拝むようにして、夫人は厭々をした。 「いえ、一ツ心当りは無いか、家(うち)を聞いて見ようと思うんです。見物より、その方が肝心ですもの。」 「ああ、そうね。」 「どこか、貸家はあるまいか。」 「へい、無い事もござりませぬが、旦那様方の住まっしゃりますような邸は、この居まわりにはござりませぬ。鷹匠町(たかじょうまち)辺をお聞きなさりましたか、どうでござります。」 「その鷹匠町辺にこそ、御邸ばかりで、僕等の住めそうな家はないのだ。」 「どんなのがお望みでござりまするやら、」 「廉(やす)いのが可(い)い、何でも廉いのが可いんだよ。」 「早瀬さん。」と、夫人が見っともないと圧(おさ)えて云う。 「長屋で可いのよ、長屋々々。」 と構わず、遣るので、また目で叱る。 「へへへ、お幾干(いくら)ばかりなのをお捜しなされまするやら。」 心当りがあるか、ごほりと咳きつつ、甘酒の釜の蔭を膝行(いざ)って出る。 「静岡じゃ、お米は一升幾干(いくら)だい。」 「ええ。」 「厭よ、後生。」 と婆さんを避(よ)けかたがた、立構えで、夫人が肩を擦寄せると、早瀬は後(うしろ)へ開いて、夫人の肩越に婆さんを見て、 「それとも一円に幾干だね、それから聞いて屋賃の処を。」 「もう、私は、」と堪(たま)りかねたか、早瀬の膝をハタと打つと、赤らめた顔を手巾(ハンケチ)で半ば蔽(おお)いながら、茶店を境内へ衝(つっ)と出る。
十三
どこも変らず、風呂敷包を首に引掛けた草鞋穿(わらじばき)の親仁(おやじ)だの、日和下駄で尻端折(しりはしょ)り、高帽という壮佼(あにい)などが、四五人境内をぶらぶらして、何を見るやら、どれも仰向いてばかり通る。 石段の下あたりで、緑に包まれた夫人の姿は、色も一際鮮麗(あざやか)で、青葉越に緋鯉(ひごい)の躍る池の水に、影も映りそうに彳(たたず)んだが、手巾(ハンケチ)を振って、促がして、茶店から引張り寄せた早瀬に、 「可い加減になさいよ、極(きま)りが悪いじゃありませんか。」 「はい、お忘れもの。」 と澄ました顔で、洋傘(ひがさ)を持って来た柄の方を返して出すと、夫人は手巾を持換えて、そうでない方の手に取ったが……不思議にこの男のは汗ばんでいなかった。誰のも、こういう際は、持ったあとがしっとり[#「しっとり」に傍点]、中には、じめじめとするのさえある。…… 夫人はちょいと俯目(ふしめ)になって、軽(かろ)くその洋傘(ひがさ)を支(つ)いて、 「よく気がついてねえ。(小さな声で、)――大儀、」 「はッ、主税御供(おんとも)仕(つかまつ)りまする上からは、御道中いささかたりとも御懸念はござりませぬ。」 「静岡は暢気(のんき)でしょう、ほほほほほ。」 「三等米なら六升台で、暮しも楽な処ですって、婆さんが言いましたっけ。」 「あらまた、厭ねえ、貴下(あなた)は。後生ですからその(お米は幾干だい、)と云うのだけは堪忍(かに)して頂戴な。もう私は極りが悪くって、同行は恐れるわ。」 「ええ、そうおっしゃれば、貴女もどうぞその手巾で、こう、お招きになるのだけは止して下さい。余りと云えば紋切形だ。」 「どうせね、柳橋のようなわけには……」 「いいえ、今も、子守女(もりっこ)めらが、貴女が手巾をお掉(ふ)りなさるのを見て、……はははは、」 「何ですって、」 「はははははは。」 と事も無げに笑いながら、 「(男と女と豆煎、一盆五厘だよ。)ッて、飛んでもない、わッと囃(はや)して遁(に)げましたぜ。」 ツンと横を向く、脊が屹(きっ)と高くなった。引(ひっ)かなぐって、その手巾をはたと地(つち)に擲(なげう)つや否や、裳(もすそ)を蹴(けっ)て、前途(むこう)へつかつか。 その時義経少しも騒がず、落ちた菫(すみれ)色の絹に風が戦(そよ)いで、鳩の羽(は)はっと薫るのを、悠々と拾い取って、ぐっと袂(たもと)に突込んだ、手をそのまま、袖引合わせ、腕組みした時、色が変って、人知れず俯向(うつむ)いたが、直ぐに大跨(おおまた)に夫人の後について、社(やしろ)の廻廊を曲った所で追着(おッつ)いた。 「夫人(おくさん)。」 「…………」 「貴女腹をお立てなすったんですか、困りましたな。知らぬ他国へ参りまして、今貴女に見棄てられては、東西も分りませんで、途方に暮れます。どうぞ、御機嫌をお直し下さい、夫人(おくさん)、」 「…………」 「英吉君の御妹御、菅子さん、」 「…………」 「島山夫人……河野令嬢……不可(いけな)い、不可い。」 と口の裡(うち)で云って、歩行(ある)き歩行き、 「ほんとうに機嫌を直して、貴女、御世話下さい、なまじっか、貴女にお便り申したために、今更独(ひとり)じゃ心細くってどうすることも出来ません。もう決して貴女の前で、米の直(ね)は申しますまい。その代り、貴女もどうぞ貴族的でない、僕が住(すま)れそうな、実際、相談の出来そうな長屋式のをお心掛けなすって下さい。実はその御様子じゃ、二十円以内の家は念頭にお置きなさらないように見受けたものですから、いささか諷する処あるつもりで、」 いつの間にか、有名な随神門も知らず知らず通越した、北口を表門へ出てしまった。 社は山に向い、直ぐ畠で、かえって裏門が町続きになっているが、出口に家が並んでいるから、その前を通る時、主税も黙った。 夫人はもとより口を開かぬ。 やがて茶畑を折曲って、小家まばらな、場末の町へ、まだツンとした態度でずんずん入る。 大巌山の町の上に、小さな溝があるばかり、障子の破(やぶれ)から人顔も見えないので、その時ずッと寄って、 「ものを云って下さいよ。」 「…………」 「夫人(おくさん)、」 「…………」
十四
少時(しばらく)――主税ももう口を利こうとは思わない様子になって、別に苦にする顔色(かおつき)でもないが、腕を拱(こまぬ)いた態(なり)で、夫人の一足後れに跟(つ)いて行(ゆ)く。 裏町の中程に懸ると、両側の家は、どれも火が消えたように寂寞(ひっそり)して、空屋かと思えば、蜘蛛(くも)の巣を引くような糸車の音が何家(どこ)ともなく戸外(おもて)へ漏れる。路傍(みちばた)に石の古井筒があるが、欠目に青苔(あおごけ)の生えた、それにも濡色はなく、ばさばさ燥(はしゃ)いで、流(ながし)も乾(から)びている。そこいら何軒かして日に幾度、と数えるほどは米を磨ぐものも無いのであろう。時々陰に籠って、しっこしの無い、咳の声の聞えるのが、墓の中から、まだ生きていると唸(うめ)くよう。はずれ掛けた羽目に、咳止飴(せきどめあめ)と黒く書いた広告(びら)の、それを売る店の名の、風に取られて読めないのも、何となく世に便りがない。 振返って、来た方を見れば、町の入口を、真暗(まっくら)な隧道(トンネル)に樹立(こだち)が塞いで、炎のように光線(ひざし)が透く。その上から、日のかげった大巌山が、そこは人の落ちた谷底ぞ、と聳(そび)え立って峰から哄(どっ)と吹き下した。 かつ散る紅(くれない)、靡(なび)いたのは、夫人の褄(つま)と軒の鯛(たい)で、鯛は恵比寿(えびす)が引抱(ひっかか)えた処の絵を、色は褪(あ)せたが紺暖簾(こんのれん)に染めて掛けた、一軒(御染物処(おんそめものどころ))があったのである。 廂(ひさし)から突出した物干棹(ものほしざお)に、薄汚れた紅(もみ)の切(きれ)が忘れてある。下に、荷車の片輪はずれたのが、塵芥(ごみ)で埋(うま)った溝へ、引傾いて落込んだ――これを境にして軒隣りは、中にも見すぼらしい破屋(あばらや)で、煤(すす)のふさふさと下った真黒(まっくろ)な潜戸(くぐりど)の上の壁に、何の禁厭(まじない)やら、上に春野山、と書いて、口の裂けた白黒まだらの狗(いぬ)の、前脚を立てた姿が、雨浸(あめじみ)に浮び出でて朦朧(もうろう)とお札の中に顕(あらわ)れて活(いけ)るがごとし。それでも鬼が来て覗(のぞ)くか、楽書で捏(でっ)ちたような雨戸の、節穴の下に柊(ひいらぎ)の枝が落ちていた……鬼も屈(かが)まねばなるまい、いとど低い屋根が崩れかかって、一目見ても空家である――またどうして住まれよう――お札もかかる家に在っては、軒を伝って狗の通るように見えて物凄(ものすご)い。 フト立留まって、この茅家(あばらや)を覗(なが)めた夫人が、何と思ったか、主税と入違いに小戻りして、洋傘(ひがさ)を袖の下へ横(よこた)えると、惜げもなく、髪で、件(くだん)の暖簾を分けて、隣の紺屋の店前(みせさき)へ顔を入れた。 「御免なさいよ、御隣家(おとなり)の屋(いえ)を借りたいんですが、」 「何でございますと、」 と、頓興(とんきょう)な女房の声がする。 「家賃は幾干(いくら)でしょうか。」 「ああ、貞造さんの家(うち)の事かね。」 余り思切った夫人の挙動(ふるまい)に、呆気(あっけ)に取られて茫然とした主税は、(貞造。)の名に鋭く耳をそばだてた。 「空家ではござりませぬが。」 「そう、空家じゃないの、失礼。」 と肩の暖簾をはずして出たが、 「大照れ、大照れ、」 と言って、莞爾(にっこり)して、 「早瀬さん、」 「…………」 「人のことを、貴族的だなんのって、いざ、となりゃ私だって、このくらいな事はして上げるわ。この家(うち)じゃ、貴下だって、借りたいと言って聞かれないでしょう。ちょいと、これでも家の世話が私にゃ出来なくって?」 さすがに夫人もこれは離れ業(わざ)であったと見え、目のふちが颯(さっ)となって、胸で呼吸(いき)をはずませる。 その燃ゆるような顔を凝(じっ)と見て、ややあって、 「驚きました。」 「驚いたでしょう、可い気味、」 と嬉しそうに、勝誇った色が見えたが、歩行(ある)き出そうとして、その茅家をもう一目。 「しかし極(きまり)が悪かってよ。」 「何とも申しようはありません。当座の御礼のしるし迄に……」と先刻(さっき)拾って置いた菫色の手巾を出すと、黙って頷(うなず)いたばかりで、取るような、取らぬような、歩行(ある)きながら肩が並ぶ。袖が擦合うたまま、夫人がまだ取られぬのを、離すと落ちるし、そうかと云って、手はかけているから……引込めもならず……提げていると……手巾が隔てになった袖が触れそうだったので、二人が斉(ひと)しく左右を見た。両側の伏屋(ふせや)の、ああ、どの軒にも怪しいお札の狗(いぬ)が……
貸小袖
十五
今来た郵便は、夫人の許(もと)へ、主人(あるじ)の島山理学士から、帰宅を知らせて来たのだろう……と何となくそういう気がしつつ――三四日日和が続いて、夜になってももう暑いから――長火鉢を避(よ)けた食卓の角の処に、さすがにまだ端然(きちん)と坐って、例の(菅女部屋。)で、主税は独酌にして、ビイル。 塀の前を、用水が流るるために、波打つばかり、窓掛に合歓(ねむ)の花の影こそ揺れ揺れ通え、差覗く人目は届かぬから、縁の雨戸は開けたままで、心置なく飲めるのを、あれだけの酒好(ずき)が、なぜか、夫人の居ない時は、硝子杯(コップ)へ注(つ)ける口も苦そうに、差置いて、どうやら鬱(ふさ)ぐらしい。 襖(ふすま)が開(あ)いた、と思うと、羽織なしの引掛帯(ひっかけおび)、結び目が摺(ず)って、横になって、くつろいだ衣紋(えもん)の、胸から、柔かにふっくりと高い、真白(まっしろ)な線を、読みかけた玉章(たまずさ)で斜めに仕切って、衽下(おくみさが)りにその繰伸(くりのば)した手紙の片端を、北斎が描いた蹴出(けだし)のごとく、ぶるぶるとぶら下げながら出た処は、そんじょ芸者(それしゃ)の風がある。 「やっと寝かしつけたわ。」 と崩るるように、ばったり坐って、 「上の児(こ)は、もう原(もと)っから乳母(ばあや)が好(い)いんだし、坊も、久しく私と寝ようなんぞと云わなかったんだけれども、貴下にかかりっきりで構いつけないし、留守にばっかりしたもんだから、先刻(さっき)のあの取ッ着かれようを御覧なさい。」 と手紙を見い見い忙(せわ)しそうに云う。いかにもここで膳を出したはじめには、小児(こども)が二人とも母様(かあさん)にこびりついて、坊やなんざ、武者振つく勢(いきおい)。目の見えない娘(こ)は、寂(さみ)しそうに坐ったきりで、しきりに、夫人の膝から帯をかけて両手で撫でるし、坊やは肩から負われかかって、背ける顔へ頬を押着(おッつ)け、躱(かわ)す顔の耳許(みみもと)へかじりつくばかりの甘え方。見るまにぱらぱらに鬢(びん)が乱れて、面影も痩(や)せたように、口のあたりまで振かかるのを掻(か)い払うその白やかな手が、空を掴(つか)んで悶(もだ)えるようで、(乳母(ばあや)来ておくれ。)と云った声が悲鳴のように聞えた。乳母(うば)が、(まあ、何でござります、嬢ちゃまも、坊っちゃまも、お客様の前で、)と主税の方を向いたばかりで、いつも嬢さまかぶれの、眠ったような俯目(ふしめ)の、顔を見ようとしないので、元気なく微笑(ほほえ)みながら、娘の児の手を曳(ひ)くと、厭々それは離れたが、坊やが何と云っても肯(き)かなくって、果は泣出して乱暴するので、時の間も座を惜しそうな夫人が、寝かしつけに行ったのである。 そこへ、しばらくして、郵便――だった。 すらすらと読果てた。手紙を巻戻しながら顔を振上げると、乱れたままの後れ毛を、煩(うる)さそうに掻上げて、 「ついぞ思出しもしなかった、乳なんか飲まれて、さんざ膏(あぶら)を絞られたわ。」 と急いで衣紋を繕って、 「さあ、お酌をしましょう。」 瓶を上げると、重い。 「まあ、ちっとも召喫(めしあが)らないのね。お酌がなくっては不可(いけな)いの、ちょいと贅沢(ぜいたく)だわ。ほほほほ、家(うち)も極(き)まったし、一人で世帯を持った時どうするのよ。」 「沢山頂きました、こんなに御厄介になっては、実に済みません……もう、徐々(そろそろ)失礼しましょう。」 と恐しく真面目に云う。 「いいえ、返さない。この間から、お泊んなさいお泊んなさいと云っても、貴下が悪いと云うし、私も遠慮したけれど、可(い)いわ、もう泊っても。今ね、御覧なさい、牛込に居る母様(かあさま)から手紙が来て、早瀬さんが静岡へお出(いで)なすって、幸いお知己(ちかづき)になったのなら、精一杯御馳走なさい、と云って来たの。嬉しいわ、私。 あのね、実はこれは返事なんです。汽車の中でお目にかかった事から、都合があってこちらで塾をお開きなさるに就いて、ちっとも土地の様子を御存じじゃない、と云うから、私がお世話をしてなんて、そこはね、可いように手紙を出したの、その返事、」 と掌(てのひら)に巻き据えた手紙の上を、軽(かろ)く一つとんと拍(う)って、 「母様(かあさん)が可い、と云ったら、天下晴れたものなんだわ。緩(ゆっく)り召食(めしあが)れ。そして、是非今夜は泊るんですよ。そのつもりで風呂も沸(わか)してありますから、お入んなさい。寝しなにしますか、それとも颯(さっ)と流してから喫(あが)りますか。どちらでも、もう沸いてるわ。そして、泊るんですよ。可(よ)くって、」 念を入れて、やがて諾(うん)と云わせて、 「ああ、昨日(きのう)も一昨日(おととい)も、合歓の花の下へ来ては、晩方寂(さみ)しそうに帰ったわねえ。」
十六
さて湯へ入る時、はじめて理学士の書斎を通った。が、机の上は乱雑で、そこに据えた座蒲団も無かった、早瀬に敷かせているのがそれらしい。 机には、広げたままの新聞も幅をすれば、小児(こども)の玩弄物(おもちゃ)も乗って、大きな書棚の上には、世帯道具が置いてある。 湯は、だだっ広い、薄暗い台所の板敷を抜けて、土間へ出て、庇間(ひあわい)を一跨(ひとまた)ぎ、据(すえ)風呂をこの空地(くうち)から焚くので、雨の降る日は難儀そうな。 そこに踞(しゃが)んでいた、例のつんつるてん鞠子の婢(おさん)が、湯加減を聞いたが上塩梅(じょうあんばい)。 どっぷり沈んで、遠くで雨戸を繰る響、台所(だいどこ)をぱたぱた二三度行交いする音を聞きながら、やがて洗い果ててまた浴びたが、湯の設計(こしらえ)は、この邸に似ず古びていた。 小灯(こともし)の朦々(もうもう)と包まれた湯気の中から、突然(いきなり)褌(ふんどし)のなりで、下駄がけで出ると、颯(さっ)と風の通る庇間に月が見えた。廂(ひさし)はずれに覗(のぞ)いただけで、影さす程にはあらねども、と見れば尊き光かな、裸身(はだみ)に颯と白銀(しろがね)を鎧(よろ)ったように二の腕あたり蒼(あお)ずんだ。 思わず打仰いで、 「ああ、お妙(たえ)さん。」 俯向(うつむ)いた肩がふるえて、 「お蔦!」 蹌踉(よろめ)いたように母屋の羽目に凭(もた)れた時、 「早瀬さん、」と、つい台所(だいどこ)に、派手やかな夫人の声で、 「貴下、上ったら、これにお着換えなさいよ。ここに置いときますから、」 「憚(はばか)り、」 と我に返って、上って見ると、薄べりを敷いた上に、浴衣がある。琉球紬(つむぎ)の書生羽織が添えてあったが、それには及ばぬから浴衣だけ取って手を通すと、桁短(ゆきみじか)に腕が出て着心の変な事は、引上げても、引上げても、裾が摺(ず)るのを、引縮めて部屋へ戻ると……道理こそ婦物(おんなもの)。中形模様の媚(なまめ)かしいのに、藍(あい)の香が芬(ぷん)とする。突立って見ていると、夫人は中腰に膝を支(つ)いて、鉄瓶を掛けながら、 「似合ったでしょう、過日(いつか)谷屋が持って来て、貴下が見立てて下すったのを、直ぐ仕立てさしたのよ。島山のはまだ縫えないし、あるのは古いから、我慢して寝衣(ねまき)に着て頂戴。」 「むざむざ新らしいのを。」 と主税は袖を引張る。 「いいえ、私、今着て見たの、お初ではありません。御遠慮なく、でも、お気味が悪くはなくって。ちょいと着たから、」 「気味が悪い、」 「…………」 「もんですか。勿体至極もござらん。」 と極(きま)ったが、何かまだ物足りない。 「帯ですか。」 「さよう、」 「これを上げましょう。」 とすっと立って、上緊(うわじめ)をずるりと手繰った、麻の葉絞の絹縮(ちぢみ)。 「…………」 目を見合せ、 「可(い)いわ、」 とはたと畳に落して、 「私も一風呂入って来ましょう。今の内に。」 主税はあとで座敷を出て、縁側を、十畳の客室(きゃくま)の前から、玄関の横手あたりまで、行ったり来たり、やや跫音(あしおと)のするまで歩行(ある)いた。 婢(おさん)が来て、ぬいと立って、 「夫人(おくさま)が言いましけえ、お涼みなさりますなら雨戸を開けるでござります。」 「いや、宜(よろ)しい。」 「はいい。」と念入りに返事する。 「いつも何時頃にお休みだい。」 と親しげに問いかけながら、口不重宝な返事は待たずに、長火鉢の傍(わき)へ、つかつかと帰って、紙入の中をざっくりと掴んだ。 疾(はや)い事、もう紙に両個(ふたつ)。 「一個(ひとつ)は乳母(ばあや)さんに、お前さんから、夫人(おくさん)に云わんのだよ。」
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