今から十数年前、通産省(現産業経済省)のキャリア官僚が、地方の大都市でそこに拠点を置く三菱系大手企業の幹部たちと会合を持った。この通産官僚は、そこは初めての勤務地であったので、一種の顔合わせのような場であった。
地元の経済情勢、産業の状況、企業活動の現状など、互いに意見を交換して会合は盛り上がった。着任早々の官僚は、それまで使っていた乗用車がくたびれてきたので、新任地で車を買い換えてもよいなと思っていた。アルコールの勢いもあった、またこの会社の幹部とも気が合った。そこで、会合の席上で三菱の乗用車を購入するつもりだと話した。
間もなく会合がお開きとなって参加者が散り始めた時、通産官僚はある一人の幹部に物陰に引きずり込まれて、ひそひそ話しでこう言われた。「三菱自動車の車を買ってはいけません。この間も、ハンドルがガタついて抜けそうな事件がありました」と。さすがにこの官僚も驚いた。三菱グループ企業の幹部から、こんな話を聞かされるとは夢想だにしなかった。身びいきはあっても、あからさまに身内の作った商品を買うなと言われれば、誰でも、一体どうなっているのか、ということになる。この当時から三菱の車は身内からも不信感を持たれていたのである。
スリーダイヤモンドを抱くグループ企業は社用車に、社員は自家用車として買うことを義務付けられていたようではないが、グループ企業の製品を優先的に買うのは普通のことだし、三菱グループの社員はキリンビールしか飲まないといった話のタネにされていたが、とやかくいうことではない。
しかし、自動車を運転していて身の危険があると考えると、身内が作った車だとしても、敬遠したくなるのが人情だろう。この官僚に警告した三菱重工の幹部が、三菱の車を社用車や自家用車にしていたかどうかは不明だが、乗っていたとしたらいつも車を厳重にチェックしていたに違いない。
三菱の自動車関連の技術については、評価する声もある。5月中旬の「自動車技術展:人とくるまのテクノロジー展2004」では、三菱自動車、三菱ふそうトラック・バス、三菱自動車エンジニアリングの3社が車間距離制御装置、車両周辺監視システムのほか、衝突安全技術などをデモンストレーションする予定だった。それが、突如出展取り止めとなった。
一連の不祥事報道の最中、安全技術をPRしようとしても冷たい視線を浴び、冷笑を誘うだけだったろう。技術陣はリコール隠し、事故隠しに全く関与していなかったと言っても外部には通らない話だ。
少し前から車を運転しているとき、大型トラックやバスが自分の車に近寄ってくると、三菱の車ではないかとマークが気になっていた。最近は、乗用車までスリーダイヤモンドの印が気にかかる。そばで何かトラブルを起さないかと疑惑が頭をかすめる。車はいくら自分が注意して運転していても、事故に巻き込まれることがあるから怖いのだ。
企業の不祥事をあれこれ書くことは、企業と産業の成長が人間の生活や社会を豊かにすると信じている筆者には、不愉快なことでしかない。しかし、今回の三菱の話は、死者も出した余りにも傲慢で反社会的な行為である。指揮をしてきたリーダーの人間観、社会観を疑わせるものであり、その対応によっては三菱グループ全体の行動原理が問われかねないと思う。 |