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木枯紀行(こがらしきこう)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-11-26 8:19:08 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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遠く来つ友もはるけく出でて来て此処に相逢ひぬ笑みて 無事なりき我にも事の無かりきと相逢ひて言ふその喜びを 酒のみの我等がいのち露霜の 隙間洩る木枯の風寒くして酒の匂ひぞ部屋に揺れたつ 十一月二日。 夜つぴての木枯であつた。たび/\眼が覚めて側を見ると、皆よく眠つてゐた。わたしは端で窓の下、それからずらりと五人の床が並んでゐるのである。その木枯が今朝までも吹き通してゐたのである。そして木の葉ばかりを吹きつける雨戸の音でないと思うて聴いてゐたのであつたが、果して細かな雨まで降つてゐた。 午前中をば膝せり合せて炬燵に噛りついて過した。昼すぎ、風はいよいよひどいが、雨はあがつた。他の四君は茸とりにとて出かけ、わたしは今日どうしても松本まで帰らねばならぬといふ高橋君を送つて湖畔を歩いた。ひどい風であり、ひどい落葉である。別れてゆく友のうしろ姿など忽ち落葉の渦に包まれてしまつた。 茸は不漁であつたらしいが、何処からか彼等は青首の鴨を見附けて来た。山の芋をも提げて来た。善哉々々と今宵も早く戸をしめて円陣を作つた。宵かけてまた時雨、風もいよ/\烈しい。が、室内には七輪にも火鉢にも火がかつかと どうした調子のはずみであつたか、我も知らずひとにも解らぬが、ふとした事から我等は一斉に笑ひ出した。甲笑ひ乙応じ、丙丁戊みな一緒になつて笑ひくづれたのである。それが僅かの時間でなく、絶えつ続きつ一時間以上も笑ひ続けたであらう。あまり笑ふので女中が見に来て笑ひこけ、それを叱りに来た内儀までが廊下に突つ伏して笑ひころがるといふ始末であつた。たべた茸の中に笑ひ茸でも混つてゐたのか知れない。 十一月三日。 相も変らぬ凄じい木枯である。宿の二階から見てゐると湖の岸の森から吹きあげた落葉は凄じい渦を作つて忽ちにこの小さな湖を掩ひ、水面をかしくてしまふのである。それに混つて折々樫鳥までが吹き飛ばされて来た。そしてたま/\風が止んだと見ると湖水の面にはいちめんに真新しい黄色の落葉が散らばり浮いてゐるのであつた。落葉は楢が多かつた。 今日は歌を作らうとて皆むつかしい顔をすることになつた。 木枯の過ぎぬるあとの湖をまひ渡る鳥は樫鳥かあはれ 声ばかり鋭き鳥の樫鳥ののろのろまひて風に吹かるる 樫鳥の羽根の下羽の濃むらさき風に吹かれて見えたるあはれ はるけくも昇りたるかな木枯にうづまきのぼる落葉の渦は ひと言を誰かいふただち可笑しさのたねとなりゆく今宵のまどゐ 木枯の吹くぞと一人たまたまに耳をたつるも可笑しき今宵 笑ひこけて 笑ひ泣く鼻のへこみのふくらみの可笑しいかなやとてみな笑ひ泣く 十一月四日 今日はわたしは皆に別れて独り千曲川の上流へと歩み入るべき日であつたが、「わが若草の妻し やれとろゝ汁よ鯉こくよとわが若草の君をいたはり励まし作りあげられた御馳走に面々悉く食傷して昨夜の勢ひなくみなおとなしく寝てしまふた。 十一月五日 総勢岩村田に出で、其処で別れる事になつた。たゞ大沢君は細君の里なる中込駅までとてわたくしと同車した。もうその時は夕暮近かつた。 四五日賑かに過したあとの淋しさが、五体から浸み上つて来た。中込駅で降りようとする大沢君を口説き落して汽車の終点馬流駅まで同行する事になつた。 泊つた宿屋が幸か不幸か料理屋兼業であつた。乃ち内芸者の総上げをやり、相共に繰返してうたへる伊那節の唄 逢うてうれしや別れのつらさ逢うて別れがなけりやよい 十一月六日 どうも先生一人をお立たせするのは気が揉めていけない、もう一日お伴しませう、と大沢君が憐憫の情を起した。そして共に草鞋を履き、千曲川に沿うて鹿の湯温泉といふまで歩いた。 其処で鯉の味噌焼などを作らせ一杯始めてゐる所へ、裁判官警察山林官聯合といふ一行が押し込んで来た。そして我等二人は普通の部屋から追はれて、台所の上に当る怪しき部屋へ押込まれた。下からは炊事の煙が濛々として襲うて来るのである。 「これア耐らん、まつたくの燻し出しだ」 と言ひながら我等は膳をつきやつてまた草鞋を履いた。 夕闇寒きなかを一里ほど川上に急いで、湯沢の湯といふへ着いた。 十一月七日。 朝、沸し湯のぬるいのに入つてゐると、ごう/\といふ木枯の音である。ガラス戸に吹きつけられ、その破れをくゞつて落葉は湯槽の中まで飛んで来た。そしてとう/\雨まで降り出した。 終日、二人とも、炬燵に潜つて動かず。 十一月八日。 誘ひつ誘はれつする心はとう/\二人を先日わたしと中村君と昼食した市場といふ原中の一軒家まで連れて行つた。其処で愈々お別れだと土間に切られた大きな炉に草鞋を踏み込んで盃を取らうとすると不図其処の壁に見ごとな雉子が一羽かけられてあるのを見出した。これを料理して貰へまいかと言へば承知したといふ。其処へ先日から評判の美しい娘が出て来て、それだつたら二階へお上りなさいませといふ。両個相苦笑して草鞋をぬぐ。 いつの間にやら夜になつてゐた。初めちよい/\顔を見せてゐた娘は来ずなり、代つてその親爺といふのが徳利を持つて来た。そして北海道の監獄部屋がどうの、ピストルや匕首が斯うのといふ話を独りでして降りて行つた。小半日、ぐづぐづして終に泊り込んだ我等をそれで天晴れ威嚇したつもりであつたのかも知れない。 二階は十六畳位ゐも敷けるがらんどうな部屋であつた。年々馬の市が此処の原に立つので、そのためのこの一軒家であるらしい。 十一月九日。 早暁、手を握つて別れる。彼は坂を降つて里の方へ、わたしは荒野の中を山の方へ、久しぶりに一人となつて踏む草鞋の下には二寸三寸高さの霜柱が音を立てつつ崩れて行つた。 また久し振の快晴、僅か四五日のことであつたに八ヶ嶽には早やとつぷりと雪が来てゐた。野から仰ぐ遠くの空にはまだ幾つかの山々が同じく白々と聳えてゐた。踏み辿る野辺山が原の冬ざれも今日のわたしには何となく親しかつた。 野末なる山に雪見ゆ冬枯の荒野を越ゆと打ち出でて来れば おもうて来た千曲川上流の渓谷はさほどでなかつたが、それを中に置いて見る四方寒山の眺望は意外によかつた。大空の深きもなかに聳えたる峰の高きに雪降りにけり 高山に白雪降れりいつかしき冬の姿を今日よりぞ見む わが行くや見る限りなるすすき野の霜に枯れ伏し真白き野辺を はりはりとわが踏み裂くやうちわたす枯野がなかの路の氷を 野のなかの路は氷りて行きがたし傍への芝の霜を踏みゆく 枯れて立つ野辺のすすきに結べるは氷にまがふあららけき霜 わが袖の触れつつ落つる路ばたの薄の霜は音立てにけり 草は枯れ木に残る葉の影もなき冬野が原を行くは寂しも 八ヶ嶽峰のとがりの八つに裂けてあらはに立てる八ヶ嶽の山 昨日見つ今日もひねもす見つつ行かむ枯野がはての八ヶ嶽の山 冬空の澄みぬるもとに八つに裂けて峰低くならぶ八ヶ嶽の山 見よ下にはるかに見えて流れたる千曲の川ぞ音も聞えぬ 入り行かむ千曲の川のみなかみの峰仰ぎ見ればはるけかりけり 大深山村附近雑詠。 ゆきゆけどいまだ迫らぬこの谷の
この谷の峡間を広み見えてをる四方の峰々冬寂びにけり 岩山のいただきかけてあらはなる冬のすがたぞ親しかりける 泥草鞋踏み入れて其処に酒をわかすこの国の囲炉裏なつかしきかな とろとろと 居酒屋の榾火のけむり出でてゆく軒端に冬の山晴れて見ゆ とある居酒屋で梓山村に帰りがけの爺さんと一緒になり、共にこの渓谷のつめの部落梓山村に入つた。そして明日はこの爺さんに案内を頼んで十文字峠を越ゆることになつた。
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