「ああ清々した。しかし水野、保険というものはええものじゃねえ」 「ウン。こげな有難い物たあ知らんじゃった。感心した。又誰か保険に加入らんかな」 「おお。そういえばあの角屋の青柳喜平はまあだ三十四五にしかならんのに豚の様ブクブク肥えとる。百四五十斤位あるけに息が苦しいとこの間自分で云いよった。あの男なら四十位になると中風でコロッと死ぬかも知れんぜ」 「うむ。アイツの親爺も中気で死んどる。彼奴は保険向きに生れとる事をば、自分でも知らずにいるに違いない」 「貴様は何でも勧め上手じゃケニ一つ行て教えて来やい」 「ウン。よかろう。行て来う。今から行て来う。善は急げ……」 「今度は又木の三倍ぐらい掛けて来やい」 「ウン。飲みながら待っとれ。帰りに今少と、肴ば提げて来るけに……」 青柳喜平というのは当時から福岡の青物問屋でも一番の老舗で双水執流という昔風の柔道の家元で、武徳会の範士という、仁三郎には不似合いな八釜しい肩書附の親友であった。現、角屋の三右衛門氏の養父、現画伯、青柳喜兵衛氏の実父。若くして禅学に達し、聖福寺の東瀛禅師、建仁寺の黙雷和尚に参し、お土産に宝満山の石羅漢の包みを提げて行って京都の俥屋と、建仁寺内を驚かした。日露戦争の時の如き、福岡聯隊の依頼に応じて、露西亜の俘虜の中でも一番強力な暴れ者を猫の前の鼠の如くならしめたという怪力、怪術無双の変り者で、筆者ともかなり心安かったので自然この話を同氏の直話として洩れ聞いた訳である。 喜平氏は親友湊屋仁三郎の使者として同業の水野が、白足袋などを穿いて改まって来たので、何事か知らんと思って座敷に上げた。ちょうど時分がよかったので午餐まで出して一本燗けた。 水野は遠慮なく厄介になりながら熱心に説去り説来ったが、聞き終った青柳喜平氏は米搗杵みたいな巨大な腕を胸の上に組んだ。 「ウムウム。成る程成る程。よう解かった。如何にも貴様の云う通り人間は老少不定。いつ死ぬるかわからん。俺の親父も中気で死んどる故、血統を引いた俺も中気でポックリ死なんとは限らん。実はこの頃、肥り過ぎて子供相手に柔術が取れんので困っとる。技術に乗ってやれんでのう」 「ウン。それじゃけに今の中に保険に入れと……」 「まあ待て待て。それは良う解かっとる。這入らんとは云わん」 「有難い。流石は青柳……」 「チョチョチョッと待て……周章るな。そこでタッタ一つ解らん事がある」 「何が解らんかい。これ位わかり易い話はなかろう」 「さあ。それが解からんテヤ。つまりその俺がポックリ死んだなら、取れた保険の金は貴様達二人が貰われるように、証文をば書いておけと云いよるのじゃろう」 「その通りその通り。貴様は話がようわかる」 「そんならその保険に掛ける金は、誰が掛けるとかいネエ。貴様達が掛けるか……」 「馬鹿云え。知れた事。貴様の保険じゃけに、貴様が掛けるにきまっとるじゃないか」 「……馬鹿ッ……帰れッ……」 青柳に大喝された水野は、上り口から飛降りて、下駄を提げたまま二三町無我夢中で走った。その白足袋を宙に舞わして逃げて行った恰好が、今思い出しても可笑しいと青柳喜平氏は筆者に語った。 「怪しからん親友もあればあるものです。私が肥っているのを見て煮て喰いとうなって保険の鍋に這入れとすすめに来る奴です。彼奴等の無学文盲にも呆れました」 吉報を待ってチビリチビリやっていた仁三郎は、門口から悄然と何か提げて這入って来た水野を見てビックリした。 「どうしたとや。何をば提げて来たとや」 水野は黙って下駄を出して見せた。頭を掻きながらタメ息を吐いた。 「詰まらん。青柳は知っとる」 篠崎もソレとわかって長大息した。 「そうか。知っとっちゃ詰まらん」 末後の一句、甚だ無造作。本来無一物。尻喰え観音である。こうなると人格も技養もない。日面仏。月面仏。達磨さん。ちょとコチ向かしゃんせである。更に挙す。看よ。
前述の朝鮮、漁業組合長、林駒生氏は朝鮮第一の漁業通であり且、水産狂である。苟も事水産に関する話となると、身分の高下、時の古今、洋の東西を問わない。尽くタッタ一人で説明役にまわって滔々数時間、乃至、数十日間に亘り、絶対に他人に口を入れさせないので、歴代の統監、農林、商工の各大臣、一人として煙に捲かれざるなく、最少限、朝鮮沿海に関する問題については、視察に来る内地の役人を尽く馳け悩まして、一毫も容喙の余地なからしめた。或る材木商の如きは、同氏に話込まれたために新義州の材木に手附を打ち損ね、数万円の損害を受けたという程の雄弁家である。 その林駒生氏が嘗てこれも座談の名士として聞えた長兄、杉山茂丸氏と福岡市吉塚三角在、中島徳松氏の別荘に会し、久濶を叙し、夕食の膳に就いた。同席のお歴々には故八代大将、前九大教授武谷医学博士、福岡随一の無鉄砲有志、古賀壮兵衛氏、現釜山日報主筆、篠崎昇之助氏、その他、水茶屋券番の馬賊五人組芸者として天下に勇名を轟かしたお艶、お浜、お秋、お楽、等々その中心の正座が勿体なくも枢密院顧問、八代大将閣下であっただけに極めて厳粛な箸の上げ卸しで、話題は八代閣下の松葉の食料法を武谷博士、林駒生氏が固くなって謹聴し、記者として列席していた筆者がシキリにノートを取っている……といった場面であったように思う。 ところへ表の扉がガラリと開いて、湊屋の仁三郎が這入って来た。春雨に濡れた問屋張の傘を畳んで、提げて来た中鯛を五六匹土間に投出したスタイルは、まことに板に附いたもので、浴衣の尻を七三に端折った素跣足である。親友の林駒生氏が振返って声をかけた。 「おお。湊屋じゃないか。この寒いのに風邪を引くぞ」 湊屋は頬冠を取って手を振った。 「イカンイカン。これは医学博士でも知らん。自動車に乗る人間には尚更わからん。日本人一流、長生きの法たい」 「今その長生き話が出とるところじゃ。貴公の流儀を一つ説明してみい」 「説明もヘッタクレもあれあせん。雨の降る日に傘さいて跣足で歩きまわれば、それで結構……そこで『オオ寒む』とか何とか云うてこの中鯛で一杯飲んでみなさい。明日死んでも思い残す事あない」 「アハハハ。賛成賛成」 武谷博士が妙な顔をした。蓋、同博士は同大学切っての謹厳剛直の士で、何事に限らず科学的に説明の出来ないものは一毫も相容れない性分であったので、八代大将の松葉喰いの話で少々お冠を曲げて御座るところへ、湊屋一流の無学文盲論が舞込んで来たのでまさか議論の相手にもならず、ますます御機嫌が傾いた次第であった。しかし湊屋仁三郎は博士であろうが元帥であろうが驚ろかなかった。サッサと裏へ廻って足を洗って上って来た。 「ヘエ。皆さん。今晩は……今台所の婆さんに洗わせよる、昨夜まで玄海沖で泳ぎよった魚じゃけに、洗いに作らせといた」 「ちょうど今長生きの話が出とるところじゃったが、ええところへ来た。貴公なんぞは長生きの大将と思うが……そんな気持ちはせんか」 と杉山茂丸氏が水を向けた。 「ハハハ。人間はアンマリ長生きせん方が良えと思いますなあ。人間一代山は見えとる。長生きしようなんて考えるだけで寿命が縮まるなあ。八代さん。美味い酒をば飲むだけ飲うで、若い女子は抱くだけ抱いて、それでも生きとれあ仕様がない。又、明日の魚は糶るだけの話たい……なあ武谷先生……」 八代閣下と武谷博士がグウとも云えないまま苦々しい顔になった。社交家の杉山茂丸氏が透かさず話題を転じた。鍋の中でグツグツ煮えている鯨のスキ焼の一片を挟み上げて令弟、林駒生技師に提示した。 「オイ。駒生。この肉は鯨の全体でドコの肉に当るのかね」 サア事だ。林水産狂技師の得意の話題に触れたのだ。油紙に火が附いた以上の雄弁の大光焔がどうして燃上らずにおられよう。八代大将の松葉も、湊屋仁三郎の短命術も太陽の前の星の如くに光を失わずにはおられなかった。 「そもそも鯨というものは」……というので咳一咳。先ず明治二十年代の郡司大尉の露領沿海州荒しから始まって、肥後の五島列島から慶南、忠清、咸竟南北道、図們江、沿海州、樺太、千島、オホーツク海、白令海、アリュウシャン群島に到る暖流、寒流の温度百余個所をノート無しでスラスラと列挙し、そこに浮游する褐藻、緑藻の分布、回游魚の習性を根拠とする鯨群の遊弋方向に及び、日本の新旧漁法をスカンジナビヤ半島の様式に比較し、各種の鯨の肉、骨、臓器、油の用途、価格、販路、英領加奈陀との競争状態といったような各項に亘って無慮、数千万語、手を挙げ眉を展ばして熱弁する事、約二時間半、夕食が終って、電燈が灯いてもまだ結論が附かない。やっと二度目のお茶が出てから、 「今の鯨の肉は、鯨の尾の附根に当る処で、肉の層がアーチ型になっている処です。鯨肉の中でも極上飛切の処で、小鳥や牛肉でも追付かない無上の珍味だったのです」 という結論が附いた。しかし残念な事にこの時には流石に謹厳剛直の国家的代表者、八代大将閣下も、武谷広博士も完全に伸びてしまっていた。勿論、二人とも最初は林技師の蘊蓄の物凄いのに仰天して膝を乗出して傾聴していたものであったが林技師大得意のスカンジナビヤ半島談あたりからポツポツ退屈し初めたらしく、二人ともアンマリ欠伸を噛み殺して来たためにスッカリ涙ぐんでしまっていた。令兄の杉山茂丸氏の如きは、そのズッと以前から後悔の臍を噛んでいたらしい。警告の意味で、故意と声を立てて大きな欠伸を連発していたが、それでも白浪を蹴って進む林技師の雄弁丸が、どうしてもSOSの長短波に感じないので、とうとう精も気魄も尽き果てたらしく、ゴリゴリと巨大なイビキを掻き始めた。それを笑うまいとしている芸者連が、必死にハンカチで口を押えている始末……。 しかし林技師の雄弁丸は物ともせずにグングンスチームを上げて行った。俄然として英領加奈陀の缶詰業に火が移った。続いて露領沿海のタラバ蟹に延焼し、加察加の鮭、鰊と宛然に燎原の火の如く、又は蘇国の空軍の如く、無辺際の青空に天翔る形勢を示したが、その途端、何気なく差した湊屋の盃を受けて唇に当てたのが運の尽き、一瞬の中に全局面を、無学文盲の親友に泄われてしまった。 「フウム。これは感心した。日本中で鯨の事を本格に知っとる者なら私一人かと思っておったが、アンタもいくらか知っとるなあ」 「失敬な事を云うな仁三郎。林駒生はこれでも総督府の技師だ。事、水産に関する限り、知らんという事は只の一つも無いのが職分だぞ。そのために中佐相当官の待遇を……」 「ふむ。わかったわかった。それなら聴くがアンタは鯨の新婚旅行をば、見なさった事があるかいな」 「ナニ。鯨の新婚旅行……」 芸妓連中が一斉に爆笑した。八代、武谷両聖人が今更のように眼をパチクリして湊屋の顔を凝視しているところへ、鼾を掻き止めた令兄杉山茂丸氏がムクムクと起上って、赤い眼をコスリコスリ、 「ハハア。新婚旅行……誰が……」 と云ったので今一度、爆笑が起った。 林水産技師は憮然として投出した。 「……そんなものは……見ん……元来鯨は……」 「それ見なさい。知るまいが。イヤ。それは大椿事ですばい。鯨の新婚旅行チュータラ……」 と仁三郎が間髪を容れず引取った。 「イヤ。トテモ大椿事ですばい。アンタ方は知りなさるまいが、鯨はアレで魚じゃない。獣類ですばい」 「ウム。それはソノ鯨は元来哺乳類……」 「まあ待ちなさい。それじゃけに鯨は人間と同じこと、三々九度でも新婚旅行でも何でもする。私ゃ大事な研究と思うたけに、実地について見物して来た。しかも生命がけで……」 「アラ。まあ。アンタ見て来なさったと……」 「お前たちに見せてやりたかったなあ。その仲の良え事というものは……お前たちは人間に生れながら新婚旅行なんてした事あ在るめえ」 「アラ。済まんなあ。新婚旅行なら毎晩の事じゃが」 「アハハ。措きなはれ。阿呆らしい」 「阿呆らしいどころじゃない。権兵衛が種蒔きなら俺でも踊るが、鯨のタネ蒔きバッカリは真似が出来ん。これも学問研究の一つと思うて、生命がけで傍へ寄って見たが、その情愛の深いことというもんなア……あの通りのノッペラボーの姿しとるばってん、その色気のある事チュタラなあ。ちょっとこげな風に(以下仁三郎懐手をして鯨の身振り)」 「アハハハハ……」「イヒヒヒ」 「オイ仁三郎……大概にせんかコラ……」 「海の上じゃけに構わん。牡も牝も涎を流いて……」 「アラッ。まあ。鯨が涎をば流すかいな……」 「流すにも何にもハンボン・エッキスちうて欝紺色のネバネバした涎をば多量に流す」 「……まあ。イヤラシイ。呆れた」 「ハンボン・エキス……ハハア。リウマチの薬と違いますか」 と武谷博士が大真面目で質問した。 「違います……そのハンボン・エキスの嗅い事というたなら鼻毛が立枯れする位で、それを工合良うビール瓶に詰めて、長崎の仏蘭西人に売りますと、一本一万円ぐらいに売れますなあ。つまり世界第一等の色気の深い香水の材料になります訳で、今の林君の話のスカン何とかチュウ処の鯨よりも日本の鯨の新婚旅行の涎の方が何層倍、濃厚いそうで……」 「オイオイ仁三郎……ヨタもいい加減にしろ」 林技師がタマリかねて口を出した。 「ヨタでも座頭唄でもない。仏蘭西の香水は世界一じゃろうが」 「……そ……それはそうだが……」 「それ見なさい。それは秘密に鯨の涎をば使いよるげに世界一たい。自分の知らん事あ、何でも嘘言と思いなさんな」 「……フーム。何だか怪しいな」 「怪しいにも何も、私は、そのヨダレが欲しさに生命がけでモートル船に乗って随いて行きましたが、その中に又、世界中で私一人しか知らん奇妙な魚類をば見付けました」 「フーン。そんな魚が居るかな」 「居るか居らんか、私も呆れました。鯨の新婚旅行に跟随て行く馬鹿者が私一人じゃないのです。ちょうど大きな鮫のような恰好で、鯨の若夫婦のアトになりサキになり、どうしても離れません。鯨の二匹が、私の船を恐れて水に潜っても、その青白い鮫の姿を目当てに行けば金輪際、見のがしません」 「ウーム。妙な奴が居るものだな」 「アトから古い漁師に聞いてみましたら、それは珍らしいものを見なさった。それはやっぱり鮫の仲間で、鯨の新婚旅行には附き物のマクラ魚チウ奴で……」 「馬鹿。モウ止めろ。何を云い出すやら……」 「イイエ。決して嘘は云いまっせん。生命がけで見て来たのですから。これからがモノスゴイので……私はそのマクラ魚を見た時に感心しました。流石に鯨はケダモノだけあって何でも人間と同じこと……と思って、なおも一心になって跟いて行くうちに夜になると鯨の新夫婦が浪の上で寝ます。青海原の星天井で山のような浪また浪の中ですけに宜うがすなあ……四海浪、静かにてエー……という歌はここの事ばいと思いましたなあ。しかし何をいうにもあの通りのノッペラボー同志ですけに浪の上では、思う通りに夫婦の語らいが出来まっせん。そこで最初から尾いて来たマクラ魚が、直ぐに気を利かいて枕になってやる……」 「アハハハハ。馬鹿馬鹿しい」 「アハアハアハアハ。ああ苦しい。モウその話やめてエッ」 「イヤ。笑いごとじゃありません。鮫という魚は俗に鮫肌と申しまして、鱗が辷らんように出来ておりますけに、海の上の枕としては誠にお誂え向きです。しかし何をいうにも何十尋という巨大な奴が、四方行止まりのない荒浪の上で、アタリ憚からずに夫婦の語らいをするのですから、そこいら中は危なくて近寄れません。大抵の蒸気船や水雷艇ぐらいは跳ね散らかされてしまう。岸近くであったら大海嘯が起ります。その恐ろしさというものは、まったくの生命がけで、月明りをタヨリに、神仏の御名を唱えながら見ておりましたが……」 「……ああ……ああ……もうソノ話やめて……あたしゃ……あたしゃ死ぬるッ……」 「それから夫婦とも波の上で長うなって夜を明かしますと又、勇ましく潮を吹いて、鰯の群を逐いかけ逐いかけサムカッタの方へ旅立って行きます」 「サムカッタじゃない。カムサッカだろう」 「あっ。そうそう。何でも寒い処と思いました。ヒョットすると鯨の若夫婦が云うたのかも知れません。ネエちょいと……昨夜はカムサッカねえ……とか何とか……」 「馬鹿にするな」 「そこで感心するのは今のマクラ魚です。若夫婦の新婚の夜が明けますとコイツが忽ち大活躍を始めますので、若夫婦の身のまわりにザラザラした身体をコスリ付けて、スッカリ大掃除をしながら、アトから跟いて行きます、つまるところこのマクラ魚という奴は鯨の新婚旅行が専門に生れ付いた魚で、枕になってやったり後の掃除をしてやったりしながら、カムサッカでもベンガラ海でもアネサン島の涯までも、トコ厭やせぬという……新婚旅行のお供がシンカラ好きな魚らしいですなあ」 爆笑。又爆笑。狂笑。又死笑。皆、頭を抱え、畳の上を這いまわって笑い転げた。流石の謹厳な八代大将も総義歯をハメ直しハメ直し鼻汁と涙を拭い敢えず、苦り切ってシキリに汗を拭いていた武谷博士も、とうとう落城してニヤリとしたのが運の尽き。しまいにはアンマリ笑い過ぎて眼鏡の玉の片方をなくする始末。その中にタッタ一人林技師が如何にも不満そうにグビリグビリと手酌でやっているのを見た人の悪い令兄が、 「オイ。駒生。何とか註釈を入れんか」 と嘲弄したが、林技師が額の生汗を拭いて坐り直した。 「ハイ。註釈の限りではありません」 と云ったので満座又絶倒……。
(下)
かくして篠崎仁三郎の名は、次第次第に博多ッ子の代表として、花川戸の助六や、一心太助の江戸ッ子に於けるソレよりも遥かにユーモラスな、禅味、俳味を帯びた意味で高まって行った。 どんな紛争事件でも仁三郎が呼ばれて行くと間違いなく大笑いに終らせる。しかも女出入り。金銭出入。縄張りの顔立てなぞに到るまで、決して相手を高飛車にキメ附けるような侠客式の肌合いを見せない。そうかといって下手に出て御機嫌を取ったり、ヨタを飛ばして煙に巻いたりするような小細工もしない。いつもザックバランの対等の資格で割り込んで行って、睨み合い同志の情をつくさせ、義をつくさせて、相互の気分にユトリを作らせ、お互い同志が自分の馬鹿にウスウス気付いたところを見計らってワッと笑わせて、万事OKの博多二輪加にして行く手腕に至っては、制電の機、無縫の術、トテモ人間業とは思えなかった。通夜の晩などに湊屋が来ると、棺の中の仏様までも腹を抱えるという位で、博多魚市場の押しも押されもせぬ大親分として、使っても使っても使い切れぬ金が、二三万も溜まっていようかという身分になった。そうして篠崎仁三郎の一生はイトも朗らかに笑い送られて行ったのであった。
しかも天の配剤というものは誠に、どこまで行き届くものかわからないようである。その篠崎仁三郎の一生が、あまりにも朗らかであり過ぎたために、その五十幾歳を一期として死んで行く間際に当って一抹の哀愁の場面が点綴されることになったのはコトワリセメて是非もない次第であった。 しかもその悲哀たるや尋常一様の悲哀でなかった。笑うには笑われず、泣くにはアマリに非凡過ぎる……といったような、実に篠崎仁三郎一流のユーモラスな最期を遂げたのであった。それは地上、如何なる凡人、又は非凡人の最期にも類例のない……同時に如何なる喜悲劇、諷刺劇の脚本の中にも発見出来ない、セキスピアもバナードショオも背後に撞着、倒退三千里せしむるに足る底の痛快無比の喜悲劇の場面を、生地で行った珍最期であった。
…註曰…篠崎仁三郎氏の晩年には、他人ばかりの寄合世帯で一家を作っていたために、色々と複雑な事情が身辺にまつわり附いていたが、ここにはそのような事情の一切を省略し、それ等の中心問題となっていた事実のみを記載するつもりである…。
篠崎仁三郎氏が五十四の年の春であったか……腎臓病に罹って動きが取れなくなった。そこで自然商売の方も店員任せにして自宅で床に就いていたが、平常でさえ肥っていたのに、素晴らしく腫れ上ってまるで、洪水で流れて来たみたような色と形になってしまった。瞼なんか腫れ塞がってしまって、どこに眼があるのかわからない位で、そのままグングン重態に陥って行った。 枕頭に集まる者は湊屋の生前の親友であった魚市場と青物市場の連中ばかりで、一人残らず無学文盲の親方連中であったが、それでも真情だけは並外れている博多ッ子の生粋が顔を揃えていた。最早湯も水も咽喉に通らなくなって、この塩梅ではアト十日と持つまい……という医師の宣告を聞くと、一同の代表みたような親友中の親友、青柳喜平氏が二十四貫の巨躯を押し出し、篠崎仁三郎氏の耳に口を附けた。 「……オイ仁三郎……貴様はホンナ事に女房と思う女も、吾が後嗣と思う子供も無いとや……」 篠崎仁三郎は生前、妻子の事なんか一度も口にした事がなかった。しかし長崎に居た頃一人の情婦みたような女があってソレに女の児を一人生ませているという噂を、皆、聞いていたので、それを慥かめるために青柳喜平氏がこう聞いたのであった。 湊屋仁三郎は仰臥したまま黙ってうなずいた。やっと眼をすこしばかり開いて、布団の裾の方の箪笥の上の小箪笥を腫れぼったい指で指すので、その中を探してみると手紙が一パイ詰まっている。それが皆、長崎から来た女文字の手紙ばかりで、金釘流の年増らしいのは母親の筆跡であろう。若い女学生らしいペン字は娘の文章らしかった。焼野の雉子夜の鶴……為替の受取なぞがチラチラ混っている。そこで一同の中から二人の代表が選まれて、その手紙の主を長崎へ迎いに行く事になった。 その手紙の主は仁三郎が長崎に居る時分に関係していた浮気稼業の女であったが、なかなか手堅い女で、仁三郎と別れた後に、天主教の信仰に熱中し、仕送って来た金で一人の娘を女学校に通わせて卒業させていたものであった。 湊屋仁三郎の余命がモウ幾何もない。だからタッタ一人の血のキレとして残っている娘にアトを継がせたいために迎えに来たと二人の代表が説明すると、彼女は娘と手を執り合って泣き出したので、二人の代表が覚悟の前ながら相当貰い泣きさせられた。しかしここに困ることには天主教の教理として、母親と父親が神様の御前で正式の結婚式を挙げていない限り、娘と親子の名乗りをさせる訳に行かない事になっている。しかもそのような事態ではトテモ結婚式を挙げる訳に行くまいが……耶蘇教の苅萱道心みたような事になりはしないか、という母親の懸念であったが、そこは大掴みな豪傑代表が二人も揃っていたので、大請合いに請合って、首尾よく母子二人を連れて博多に戻って来た。直ぐに福岡市大名町に在る赤煉瓦の天主教会へ代表二人で乗込んでこの今様苅萱道心問題を解消さすべく談判を試みる事になったが、そこへ出て来た宣教師のジョリーさんという仏蘭西人が、日本人以上に日本語がよくわかる上に、日本人以上に粋を利かせる人だったので助かった代表二人の喜びと安心は非常なものがあったという。
その時の談判の結果、いよいよ結婚式の当日になると、湊屋の病床を中心にして上座に、新婦と娘、天主教会員、花輪なぞ……下座には着慣れぬ紋付袴の市場連中がメジロ押しに並んだ。が、流石に盛装した新婦と娘は、変り果てた夫であり父である仁三郎の姿を見てシクシクと泣いてばかりいた。 そこへ宣教師の正装をしたジョリーさんを先に立てた和洋人の黒服が四五人ばかり、銀色の十字架を胸に佩びてゾロゾロと乗込んで来たので、居住居を崩していた羽織袴連中は、今更のように眼を聳てて坐り直した。 式は型の如く運んだ。ジョリーさんが羅馬綴で書いた式文みたようなものを読み上げる時には皆起立させられたが、モウ足が痺れて立てない者も居た。 「吾等の……兄弟が……神様の……思召に……よりまして……」 というのを、一同は英語かと思って聞いていたという。以下引続いて儀式の模様を、済んだあとからの彼等の帰り途の批評に聞いてみる。 「耶蘇教の婚礼なんてナンチいう、フウタラ、ヌルイ(風多羅緩い? 自烈度いの意)モンや」 「そうじゃない。あれあ大病人の祝言じゃけに、病気に障らん様、ソロオッと遣ってくれたとたい。毛唐人なあ気の利いとるケニ」 「一番、最初に読んだ分は何じゃったろうかいね」 「あれあ神主がいう高天が原たい。高天が原に神づまり在しますかむろぎ、かむろぎの尊――オ……」 「うむ。そういえば声が似とる。成る程わからん事をばいうと思うた」 「ところでそのあとからアイツ共が歌うた歌は何かいね。オオチニ風琴鳴らいて……」 「花嫁御のお化粧の広告じゃなかったかねえ。雪よりも白くせよなあ……てクタビレたような歌じゃったが……」 「ウム。俺あ西洋洗濯の宣伝かと思うた」 「立てて云うけに俺あ立って聞きおったら、気の遠うなってグラグラして来た。今一時間も立っとったなら俺あ仁三郎より先に天国へ登っとる」 「うむ。長かったのう。あの歌をば聞きおる中に俺あ、悲あしゅう、情のうなった。この間死んだ嬶が、真夜中になると眠った儘にアゲナ調子で長い長い屁をば放きよったが」 「死んだ嬶よりも俺あ、あれを聴きよるうちに仁三郎がクタビレて死にあしめえかと思うてヒヤヒヤした。歌が済んでからミンナ坐った時にゃホッとした」 「あのあとの御祈祷は面白かったね」 「ウム。面白いといえば面白い。馬鹿らしいといえば馬鹿らしい。(以下声色)ああら、我等の兄弟よ! 神様の思召に依りまして、チンプンカンプン様の顎タンを結ばれました事は――越中褌のアテが外れた時と全く全く同じように、ありがたい、尊い、勿体ない、嬉しい嬉しい御恵みで――ありや――す……アーメン。と来たね」 「ようよう、うまいうまい貴様、魚屋よりもキリシタンの坊主になれ、どれ位人が助かるか判らん。あの異人の坊主の云う事を聞きよる内に俺あ死にたいような気持になったもんじゃが、今の貴様の御祈祷を聞いたりゃ、スウーとしてヤタラに目出度うなった。あーら目出度や五十六億七千万歳。鶴亀鶴亀」 「あの黒い鬚を生やいた奴は日本人じゃろうか」 「うん、あれがあの女のキリシタンの亭主らしい」 「あいつが篠崎の耳に口ば附けてあなたはこの婦人を愛しますかと云うた時には、俺は死ぬほどおかしかったぞ」 「うん。俺もマチットで我慢しとった屁をば屁放り出すところじゃった。あん時ばっかりは……」 「花嫁御も娘御も泣きござったなあ――」 「そらあ悲しかろう。いくら連れ添うても十日と保たん婿どんじゃけんになあ。太閤記の十段目ぐらいの話じゃなか」 「仁三郎が黙って合点合点する内に、夫婦で指輪ば、取り換えたが、あの時も、可笑しかったぞ」 「うん。仁三郎の指は、平生でも大きい上に、腫れ上っとるけに指輪も三十五円も出いて○○の鉢巻位の奴をば作っとる。それに花嫁御の分は亦、並外れて小さいけに取り換えてもアパアパどころじゃない。俺あ、それば見て考えよると可笑しゅうて可笑しゅうてビッショリ汗かいた」 「誰か知らんが、その後の御詠歌のところで大きな声でアクビしたぞ」 「あれは俺たい。あの御詠歌の文句ばっかりは判らんじゃった。恵比須様が味噌漉でテンプラをば、すくうて天井へ上げようとした。死ぬる迄可愛がろうとしたバッテン天婦羅が天井へ行かんちうて逃げた……なんて聞けば聞く程馬鹿らしいけに俺がそうっとアクビしたところがそいつが寝ている篠崎に伝染って、これもそうっとアクビしたけに、俺あ良い事したと思うた。病人も嘸アクビしたかったろうと思うてな――」 「何時間かかったろうかい」 「俺あ時計バッカリ見よった、二時間と五分かかったが、その最後の五分間の長かった事。停車場で一時間汽車ば待っとる位長かった」 「うん。何にせい珍らしいものば見た」 「仁三郎も途方もない嬶アば持ったのう」 「仁三郎はやっぱりよう考えとるバイ。達者な内にあげな嬶アばもろうて、あげな歌バッカリ毎日毎晩歌わにゃならんちうたなら俺でも考える」 「第一魚市場の魚が腐る」 「アハハハッ……人間でも腐る。俺は聞きよる内に腰から下の方が在るか無いか判らんごとなった、生命にゃかえられんけに引っくり返ってやろうかと何遍思うたか知れん」 「俺は袴の下に枕を敷いとったが、あのオチニの風琴の音をば聞きよる内に、自分の首が段々細うなって、水飴のごとダラアと前に落ちようとするけに、元の肩の上へ引き戻し引き戻ししよったらその中に済んだけに、思わずアーメンと云うたら、涎がダラダラと袴へ落ちた、まあだ変な気持がする」 「ああ非道い目に遭うた。どこかで一杯飲み直そうじゃないや」 「ウアイー賛成! 賛成! 助かりや助かりや、有難や有難や、勿体なや、サンタ・マリア……一丁テレスコ天上界。八百屋の人参、牛蒡え――」 「踊るな馬鹿!」 「アーメン、ソーメン、トコロテン。スッテンテレツク天狗の面か。アハハハハ。鶴亀鶴亀」 以て当時の光景を察すべしである。 而も、こうした儀式が済んだ後牧師等が引上げると、一座が急にシーンとなった。後には可憐な母親と娘が仁三郎の枕許に坐ってシクシクと泣くばかりになった。 その時に湊屋仁三郎は、ホンの少しばかり腫れぼったい目を開いて、左右を見た。下座に居流れていた市場連中を見て、泣くようにシカめた顔で笑って見せた。 「何チウ妙なモンヤ」 一同が腹をかかえて笑い転げたというが、そうしたサ中にも仁三郎一流のヒョウキンな批判を忘れないところが正に古今独歩と云うべきであろう。 ところが話は、未だ済んでいない。仁三郎の珍最期はこれからである。しかも、仁三郎が完全に呼吸を引取ったアトの事で、御本尊の仁三郎のお陀仏自身にすら思い付かない……しかも仁三郎一流の専売特許式珍劇がオッ初まって、オール博多の人口に膾炙する事になったのだから痛快中の痛快事である。
その仁三郎が係医の予言の通り結婚後キッチリ十日目に死んだ。 もちろんその時には、何の変哲もなかった。一同が眼をしばたたいて快人篠崎仁三郎の一代を惜しんだだけの事であったがここに困った事には、一旦、天主教に入った以上、葬式もやはり、大名町の赤煉瓦の中で執行せなければならぬというので、市場連中は相当ウンザリさせられたものらしい。 然し仕方がない。何にしろ博多ッ子の中の博多ッ子、湊屋仁三郎の葬式じゃけに、一ツ思い切って立派にしてやれというので、生魚、青物両市場の大問屋全部が懸命の力瘤を入れた。 「相手がアーメンと思うと、いくら力瘤を入れても、入れ甲斐がないような気がして、チーット力瘤を入れ過ぎたようです、とうとう大椿事になりましてなあ――」 とその時の有志の一人が語った。
当日は予想以上の盛会であった。 「仁三郎さんが、ヤソ教で葬式されさっしゃるげな、天国へ行かっしゃるげなけに、死んでも亦と会われんかも知れん」 というので、知るも知らぬも集って来た結果会衆は会堂に溢れ会堂を取り囲み、往来に溢れるという素敵な人気であった。 同時に、その時の葬式が亦、師父ジョリーさんの全幅を傾けて計画した天主教本格の盛大、長時間のものであったらしい。但し今度は会堂の中が椅子席だったので、重立った連中は、大部分脚のシビレを助かったというが、それでも中央の通路に突立っていた者は二三人引くり返ったくらい盛大荘重なものがあったという。 そのうちに正午から夕方迄かかって、やっと葬式が済んだので会衆一同は、思わずホッと溜息をした。その音が、ゴーッと堂内に溢れて、急行列車の音に似ていたというが、マサカそれ程でもなかったろう。 そこへ棺担ぎが出て来て棺桶に太い棒を通した。そのまま、市営の火葬場へ持って行こうとすると、一番前の椅子に腰をかけていた市場の親友二三人が何事かタマリかねたらしく立ち上って馳けよった。 「……チョ……一寸待ちなさい。こげな葬式で仁三郎が成仏出来るもんじゃない。ふうたらぬるい。もう辛棒が出来ん。カンニン袋の緒が切れた。一寸貸しなさい。私達が担いでやるけに……オイみんな来い、ついでに前の花輪をば、二ツ三ツ借りて来い」 魚市場だけに乱暴者が揃っていたからたまらない。得たりや応という中にテンデに羽織をぬいで棺桶を担ぎ上げた。牧師連中が青い目をグリつかせている前で花輪を二ツ三ツ引ったくるとその勢で群衆を押し分けて、 「ウアーイ。ワッショイ、ワッショイ」 と表の往来へ走り出した、生魚を陸上るのと、おんなじ呼吸でどこを当てともなくエッサエッサと走り出したので消防組と市場の体験のある者以外は皆バタバタと落伍してアトにはイキのいいピンピンした連中ばかりが残って了った。 そこで、ヤッと棺桶が立ち止った。 「オーイ、みんな揃うたかーア」 「後から二三人走って来よーる」 「ああ草臥れた。恐ろしい糞袋の重たい仏様じゃね――。向うの酒屋で一杯やろうか」 「オッと来たり、その棺桶は門口へ降いとけ。上から花輪をば、のせかけとけあ、後れた奴の目印になろう。盗む者はあるめえ」 一同はその居酒屋へなだれ込んで、テンデにコップや桝を傾けてグイグイと景気を付けた。 「サアサアみんな手を貸せ手を貸せ。ヨーイシャンシャン、ヨーイ、シャンシャンウアーイ」 と一本入れた一同は、又もや棺桶を担ぎ上げて、人通りを押分け始めた。すると上機嫌で先棒を担いでいた湊屋の若い奴が向う鉢巻で長持唄を歌い始めた。 「アーエー女郎は博多の――え――柳町ちゃ――エエ」 「柳町へいこうえ」 「馬鹿! 仏様担いで柳町へ行きゃあ花魁の顔見ん内に懲役に行くぞ」 「ああ、そうか」 「とりあえずお寺へ行こうお寺へ行こう」 「仁三郎は何宗かい」 「仁三郎が宗旨を構うかいか」 「そんなら成丈け景気のええお寺へ行こう」 「あッ。向うで太鼓をば敲きよる。あすこが良かろう」 「よし来た。行け行け。アーリャアーリャアーリャ。馬じゃ馬じゃ馬じゃ馬じゃい」 「エート。モシモシ和尚さんえ和尚さんえ。一寸すみませんがア……お葬式の色直しイ。裏を返せばエー」 「いらん事云うな、俺が談判して来る」 博多蓮池町○○寺の和尚は捌けた坊主であったらしい。 「どうも後口が悪うて悪うてまあだムカムカします。一ツ景気のえいところで一ツコキつけて、つかあさい」 という交渉を心よく引受けた。直に中僧小僧をかり集めて本堂の正面に棺を据え、香を焚いて朗かに合唱し始めた。 「我昔所造諸悪業――一切我今皆懺悔エエ――」 まだ面喰っている小僧が棒を取り上げて勢よくブッ附けた。 「グワ――アアアンンン……」 一同グッタリと頭を下げた。 「あッ。あああ……これで、ようよう元手取った」
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