ある国に王様がありまして、夫婦の間にたった一人、オシャベリ姫というお姫さまがありました。 このお姫様は大層美しいお姫様でしたが、どうしたものか生れ付きおしゃべりで、朝から晩まで何かしらシャベッていないと気もちがわるいので、おまけにそれを又きいてやる人がいないと大層御機嫌がわるいのです。 ある朝のこと、このオシャベリ姫は眼をさまして顔を洗うと、すぐに両親の王様とお妃様の処に飛んで来て、もうおしゃべりを初めました。 「お父様お母様、昨夜は大変でしたのよ。ゆうべあたしがひとりで寝ていますと、どこから這入って来たのか、一人の黒ん坊が寝床のところへ来まして、妾の胸に短刀をつきつけて、宝物のあるところはどこだと、こわい顔をしてきくのです」 「まあ、それからどうしたの」 と王様とお妃様はビックリして姫にお尋ねになりました。 「それからね……妾はしかたがありませんから、宝物の庫のところへ連れて行ったら、黒い腕で錠前を引き切って中の宝物をすっかり運び出して、お城の外へ持って行ってしまったのですよ」 「なぜその時にお前は大きな声で呼ばなかった」 「だって、その宝物をみんな妾に持たせて運ばせながら、黒ん坊は短刀を持ってそばに付いているのですもの」 「フーム。それは大変だ。すぐに兵隊に追っかけさせなくては。しかしお前はそれからどうした」 「やっとそれが済んだら、黒ん坊は妾の胸に又短刀をつきつけて今度は、オレのお嫁になれって云うんですの」 「エーッ。それでお前はどうした」 「あたしはどうしようかと思っていましたら……眼がさめちゃったの」 「何……どうしたと」 「それがすっかり夢なのですよ」 「馬鹿……この馬鹿姫め。夢なら夢となぜ早く云わないのか」 と王様は大層腹をお立てになりました。 「まあ。それでも夢でよかった。あたし、どんなに心配したかしれない」 とお妃さまもほっとため息をつきました。 「オホホホホホ。まあ、おききなさい。それからね、わたしは眼をさまして見ますと、まだ夜が明けないで真暗なんでしょう。あたしは何だか本当に黒ん坊が来そうになってこわくなりましたから、ソッと起き上って次の間の女中の寝ているところへ来て見ますと、二人いた女中が二人ともいないのです」 「憎い奴だ。お前の番をする役目なのにどこに行っていたのであろう。非道い眼に合わせてやらなくてはならぬ」 と王様は又も大層腹をお立てになりました。 「それがねえ、お父様。お叱りになってはいけないのですよ。妾もどこに行ったろうと思って探して見ると、二人とも機織り部屋に行って糸を紡いでいるのです」 「何、糸を?」 とお妃さまが云われました。 「感心だねえ。夜も寝ないで糸を紡いでいるのかえ」 「それがまだ感心することがあるのですよ……」 オシャベリ姫はなおも前のお話をつづけました。 「あたしは、二人の女中が今頃何だって機織室に這入って糸を紡いでいるのだろうと思って、ソッと鍵の穴から中の様子を見ますと、本当にビックリしてしまったのです。だって東の方の壁と西の方の壁に、一列ずつ何百か何千かわからぬ程沢山の蜘蛛がズラリと並んでいるのです」 「何、蜘蛛が! おお、気味のわるい」 と王様とお妃は一度に云われました。 「ところがそれがちっとも気味わるくないのです。東の方の壁に並んでいる蜘蛛はみんな黄金色で、西の方のはすっかり白銀色なのです。そのピカピカ光って美しいこと。そうして黄金色の蜘蛛のお尻からは黄金色の糸が出ているし、白銀色の蜘蛛のお尻からは白銀色の糸が出ているのを、二人の女中が一人ずつ糸車にかけて、ブーンブーンと撚って糸を作っているのです。その面白くて奇麗だったこと……」 「フーム。それは不思議なことだな」 「まだ不思議なことがあるのです。その糸を巻きつけた糸巻きがだんだん大きくなって来ますと、その糸の光りで室中が真昼のように明るくなります。私はあんまりの不思議さにビックリして思わず外から……その糸をどうするの……と尋ねました」 「そうしたら何と返事をしたの」 とお妃様がお尋ねになりました。 「そうしたら、返事をしないのです」 「どうして」 「二人の女中はビックリして私の方を見ました。その拍子に今までブンブンまわっていた二人の女中の糸巻きが急にあべこべにまわりますと、大変です。金の糸と銀の糸がスルスルと解けて来て、二人の女中の首に巻き付きました」 「オヤオヤ。それからどうした」 「二人の女中は驚いて立ち上って、その巻き付いた糸を取ろうとして藻掻き初めましたが、もがけばもがく程糸がほどけて来て、手や足までもからみつきました。それで女中はなおなお狂人のようになって床の上にころがりまわりましたが、しまいには金銀の糸がすっかり二人の女中に巻き付いて人間の糸巻きのようになって、只うんうんうなりながら床の上を転びまわるばかりでした」 「お前はそれを見ていたのか」 「エエ。あたしはこれはわるいことをした。だってあんなことを云わなければ、二人の女中はビックリしなかったでしょう。ビックリしなければ糸車をあべこべにまわさなかったでしょう。糸車をあべこべにまわさなければ、金銀の糸は女中の首に巻き付かなかったのでしょう」 「そうだ、そうだ」 「ほんとにね」 「あたしそう思って、できるだけ早く助けてやろうとしましたが、扉に鍵がかかっていましたので、助けてやりようがありません」 「それは困ったな」 「それでどうしたの」 「そのうちに糸巻の糸はすっかり二人の女中に巻き付いてしまった上に、壁にいた蜘蛛までも糸にくっついて女中の身体に引っぱりつけられましたが、女中が転がりまわりますので、蜘蛛も苦しまぎれに大層憤って、女中の身体に巻き付いている糸をすっかり噛み切ってしまいました」 「まあ、それはよかった」 「いいえ。それからがこわいのです。糸を噛み切った蜘蛛は、寄ってたかって女中を喰い殺してしまいました」 「ヤア、それは大変だ」 「何という可愛想なことでしょう」 と云ううちに王様とお妃様は立ち上がって、急いで機織部屋に行こうとなさいました。 オシャベリ姫は慌ててそれを押し止めていいました。 「まあ、お父様お母様、おききなさい……それがやっぱり夢なのですよ……」 「何だ、それも夢か?」 「まあ、お前は何ておしゃべりなのだろう」 と王様とお妃様は又椅子に腰をおかけになりました。そうして王様は真赤に怒ってオシャベリ姫をお睨みになりました。 「この馬鹿姫め。お前みたようなよけいな事をオシャベリする奴はいない。この上そんなことをオシャベリしたら石の牢屋へ入れてしまうぞ」 と大きな声でお叱りになりました。 「これから本当のことをお話しなさい。ね、いい子だから」 とお母様のお妃様がおとりなしになりました。 けれどもオシャベリ姫は平気でこう云いました。 「いいえ。これからが本当なのです。今までのは今度の本当におもしろいお話をするためにお話ししたのです」 「何……これからが本当に面白い話だと云うのか」 「それはどんな話ですか」 と王様もお妃様もお尋ねになりました。 オシャベリ姫は又お話を初めました。 「あたしは今までお話しした二つの夢がさめますと、ほんとに今夜は変な晩だと思いました。だって、寝ていれば黒ん坊が来そうだし、女中の室に行ったらばまた何だか変なことを見そうなので、困ってしまいました。それでしかたなしに寝床にねたまま二人の女中の名前を呼んでみました」 「ああ、それはよかった。初めからそうすればよかったのに」 と王様が云われました。 「でも前のは夢ですもの。しかたがありませんわ」 「ウン、そうだったな。それからどうした」 「そうしたら二人の女中が二人ともハイと云っておきて来ましたから、妾はやっと安心をして、今お話しした二つの夢のお話しをしてきかせました」 「二人とも吃驚したでしょうねえ」 と今度はお妃が云われました。 「エエ、ほんとにビックリして二人とも顔を見合わせましてね。ニコニコ笑って……それは大変にお芽出度い夢で御座います……って云うんですの」 「ホー。どうして芽出度いのだ」 「宝物を盗まれたり、女中が死んだりする夢が何でそんなに芽出度いのかえ」 と王様とお妃様は又も揃ってお尋ねになりました。 「それはこうなのです。二人の女中の云うことには、この国で一番芽出度い夢は『短刀と蜘蛛』の夢と昔から言い伝えてあるって云うんです」 「フーム、そうかなあ」 「あたしは初めてききました」 と王様とお妃様は顔をお見合せになりました。 「あたしもよく知りませんけど、女中がそう云うんですの」 とオシャベリ姫は云いました。 「して、それはどういうわけで芽出度いのだ」 と王様がお尋ねになりました。 「何でも短刀と蜘蛛の夢を見るといいお婿さんが来ると、みんなが云うのだそうです」 「まあ、それはほんとかえ」 「ほんとだそうです。けれども、そんな夢を見たことが相手のお婿さんにわかるとダメになるのだそうです。ですから二人の女中は私に、その夢のことを誰にも云ってはいけないと云いました」 「まあ、お前はほんとに馬鹿だねえ……ナゼそんな大切な夢をそんなにオシャベリしてしまうの」 とお母様のお妃はほんとに残念そうに云われました。 「イイエ。お母様。あたしはお婿さんなんかいらないの。それよりもそのお話しをした方がよっぽどおもしろいの。だってこんな面白い夢を見たことは生れて初めてなのですもの」 「お前はほんとにしようがないおしゃべりだねえ。それじゃお前のお守の女中がその夢のことを外へ話さないようにしましょう」 とお妃様が云われました。 「いいえ。構わないのよ、お母様。女中がお話しなくともあたしがお話ししますからダメですよ」 とオシャベリ姫が云いました。 王様もお妃様もおしゃべり姫のオシャベリに呆れておいでになるところへ、姫のお付きの女中が二人揃って姫の前に来て頭を下げて、 「お姫様、お化粧のお手伝いを致しにまいりました。もうじき御飯になりますから」 とお辞儀をしました。 お妃様はそれを見て、 「オオ。お前達は昨夜姫からおもしろい夢のお話をきいたそうだね」 と云われました。 王様からこう尋ねられますと、女中は吃驚したような顔をして顔を見合わせました。そうして二人一時にこう答えました。 「いいえ。お嬢様は夢のお話など一つも私達になさいません」 「えっ……お前達は姫から夢の話を一つもきかないのか」 と王様はこわい顔をしてお睨みになりました。 「ハイ」 「嘘を云うときかないぞ」 「嘘は申しません」 「よし。あっちへ行け」 といわれますと、女中はお辞儀をして行ってしまいました。 王様は女中が行ってしまうと、オシャベリ姫をぐっとお睨みになりました。 「コレ……オシャベリ姫。お前はなぜそんなに嘘ばかりオシャベリをするのだ」 と王様は雷のような声で姫をお叱りになりました。 けれども姫はちっともこわがらずにこう云いました。 「いいえ。私はちっとも嘘を云いません。本当にそんな夢を見て、本当にその話を女中にしたのです。女中の方が嘘をついているのです」 と云い張りました。 けれどもお父様の王様は、もう姫の云うことを本当になさいませんでした。 「お前の云うことはみんな嘘だ。その上にそんなに強情を張ってオシャベリをやめないならば、もうおれの子ではない。この国では嘘を吐いたものは石の牢屋に入れることになっているのだから、貴様もいれてやる」 と云ううちに王様は立ち上って、泣き叫ぶ姫の襟首をお掴みになりました。 お母様のお妃は慌ててお止めになって、 「サア姫や。嘘を吐いて済みませんでしたとお云い。これから決して嘘を吐きませんとお云い。お母さんが詫をして上げるから」 と云われましたが、姫は頭を振って「イヤイヤ」をしながら、強情を張って泣くばかりでした。 「よし。そんなに強情を張るならいよいよ勘弁できぬ」 と王様は大層腹をお立てになって、とうとうオシャベリ姫を石の牢屋に入れておしまいになりました。 石の牢屋はお城の地の下の、真暗なつめたいところにありました。 オシャベリ姫はそこに入れられて、あんまり怖いので石の上に寝たままオイオイ泣いていましたが、いつまで経っても誰も助けに来てくれません。お母様や女中の名前を呼んでも、あたりは只シンとして真暗なばかりです。 そのうちに姫は泣きくたびれて、ウトウトねむりかけますと間もなく、 「ニャー」 と云うやさしい猫の声がきこえました。 見ると、向うの暗いところに黄金色の猫の眼が二つキラキラと光っています。 オシャベリ姫は淋しくてたまらないところでしたから、この猫を見るとよろこんで、 「チョッチョッチョッ」 と呼びました。そうすると猫はすぐに姫のところへ摺り寄って、咽喉をグルグル鳴らしました。 姫は猫を抱き上げてこう云いました。 「まあ……お前はどこから這入って来たの? この石の牢屋には鼠の入る穴さえ無いのに……お前、もし出るところを知っているのなら妾に教えて頂戴な!」 「ニャー」 「オヤ。お前、出て行くところを知ってるのかえ」 「ニャー」 「じゃお前、先に立って妾をつれて行っておくれな」 「ニャーニャー」 と云ううちに、猫はもう姫の手を抜け出してあるき出しながら、「こっちへいらっしゃい」と云うようにふり返りました。 オシャベリ姫は、猫が本当に牢屋の外へ連れて行ってくれるのか知らんと変に思いながら、真暗な中で時々ふりかえる猫の眼を目あてにしてソロリソロリとあるき出しますと、不思議にも狭いと思った牢屋は大変に広くて、どこまで行っても突き当りません。そのうちに何だか野原に来たようで、穿いている靴の先に草っ葉が当るようです。 なおよく気をつけて見ると、頭の上には空があって、処々その雲の間から星が光っています。 「まあ。やっぱり猫は本当にあたしを助けてくれるのだよ。だけど一体ここはどこなんだろう」 と、そこいらを見まわしました。 そうするとやがてあたりが明るくなって、まだ見た事もない山や河や森や家が見えて来ると一所に、向うの雲の間から真赤なお天道様がピカピカ輝きながら出て来ました。そうしてそこいら一面に咲いている花も照らしました。 その時に気がつくと、最前の猫はどこへ行ったか、影もすがたもなくなっていました。 オシャベリ姫がボンヤリして立っていますと、間もなくうしろの森の中から二人の百姓の夫婦らしいものが出て来ましたが、だんだん近づいて見るとコハ如何に……それは人間の姿をした雲雀で、オシャベリ姫の姿を見付けるとビックリして立ち止まりました。そうして二人はオシャベリ姫を指しながら話を初めました。 「クイッチョ、クイッチョ、クイッチョ、クイッチョ」 「ピークイ、ピークイ、ピークイ、ピークイ」 これを聞くと、オシャベリ姫は不思議なことも何も忘れて、可笑しくてたまらなくなりました。 「マア……可笑しいこと。アノ……チョイト雲雀さん。ここは何という処ですか。教えて頂戴な」 と近寄って行きました。 そうすると雲雀の夫婦は慌てて逃げ出しました。 「ピーツク、ピーツク、ピーツク、ピーツク」 「ツクリイヨ、ツクリイヨ、ツクリイヨ、ツクリイヨ」 と、一生懸命に叫びながら自分の家の方へ逃げて行きますと、その声をききつけて森の中から沢山の雲雀が出て来ました。 その雲雀たちはみんな人間の姿をしていて、お爺さんのようなの、お婆さんのようなの、又は若い人から子供までいるらしく、みんなゾロゾロと連れ出ってオシャベリ姫をすっかり取り巻いてしまいました。 オシャベリ姫を取巻いた雲雀たちは、初めはみんなだまって不思議そうにオシャベリ姫を見ていました。 けれども何もわるいことをしそうにもないので姫は安心をしまして、も一ペン尋ねて見ました。 「まあ……ここは雲雀の国なの? あたしは人間の国から来たものだけれども、帰り途がどっちへ行っていいかわからなくて困っているのよ。だれか知っているなら教えて頂戴な」 すると、その中の一番年寄りらしい身姿をした雲雀がこう云いました。 「リイチョ、リイチョ。リイチョ、リイチョ。チョ、チョ。チョン、チョン」 「まあそれは何と云うこと」 「チョングリイ、チョングリイ、チョングリイ」 「グリイチリ、グリイチリ。チリロ、チリロ」 「ちっともわからないわ」 「チリル、チリル。ルルイ、ルルイ。リイツク、リイツク、リイツク、リイツク」 「つまらないわねえ……そんな言葉じゃ……」 オシャベリ姫がこう云いますと、今度は集まっていた雲雀がみんな一時にしゃべり出しました。
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