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いなか、の、じけん(いなか、の、じけん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-11-8 14:03:28 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


     郵便局

 鎮守の森の入口に、村の共同浴場と、青年会の道場が並んで建っていた。夏になるとその辺で、撃剣の稽古を済ました青年たちが、歌を唄ったり、湯の中で騒ぎまわったりする声が、毎晩のように田圃越たんぼごしの本村ほんむらまで聞こえた。
 ところが或る晩の十時過の事。おめん籠手こての声が止むと間もなく、道場の電燈がフッと消えて人声一つしなくなった。……と思うとそれから暫くして、提灯ちょうちんの光りが一つ森の奥からあらわれて、共同浴場の方に近づいて来た。
「来たぞ来たぞ」「シッシッ聞こえるぞ」「ナアニ大丈夫だ。相手は耳が遠いから……」
 といったような囁きが浴場の周囲の物蔭から聞こえた。ピシャリと蚊をたたく音だの、ヒッヒッと忍び笑いをする声だのが続いて起って、又消えた。
 提灯の主は元五郎といって、この道場と浴場の番人と、それから役場の使い番という三ツの役目を村から受け持たせられて、森の奥の廃屋あばらやに住んでいる親爺おやじで、年の頃はもう六十四五であったろうか。それが天にも地にもたった一人の身よりである、お八重やえという白痴の娘を連れて、仕舞湯しまいゆに入りに来たのであった。
 親爺は湯殿に這入ると、天井からブラ下がっている針金を探って、今日買って来たばかりの五分心ぶしんの石油ラムプを吊して火をけた。それから提灯を消して傍の壁にかけて、ボロボロ浴衣ゆかたを脱ぐと、くの字なりにゆがんだ右足に、黒い膏薬こうやくをベタベタと貼りつけたのを、さも痛そうにラムプの下に突き出して撫でまわした。
 その横で今年十八になったばかりのお八重も着物を脱いだが、村一等の別嬪べっぴんという評判だけに美しいには美しかった。しかし、どうしたわけか、その下腹が、奇妙な恰好にムックリと膨らんでいるために、親爺の曲りくねった足と並んで、一種異様な対照を作っているのであった。
「ホントウダホントウダ」「ふくれとるふくれとる」「ドレドレ俺にも見せろよ」「フーン誰の子だろう」「わかるものか」「俺ア知らんぞ」「嘘け……お前の女だろうが」「馬鹿云えコン畜生」「シッシッ」
 というようなボソボソ話が、又も浴場のまわりで起った。しかし親爺は耳が遠いので気がつかないらしく、黙って曲った右足を湯の中に突込んだ。お八重もそのあとから真似をするように右足をあげて這入りかけたが、フイと思い出したようにその足を引っこめると、流し湯へかがんでシャーシャーと小便を初めた。
 元五郎親爺はその姿を、かすんだ眼で見下したまま、妙な顔をしていたが、やがてノッソリと湯から出て来て、小便を仕舞しまったばかりの娘の首すじを掴むと、その膨れた腹をグッと押えつけた。
「これは何じゃえ」
「あたしの腹じゃがな」
 と娘は顔を上げてニコニコと笑った。クスクスという笑い声が又、そこここから起った。
「それはわかっとる……けんどナ……この膨れとるのは何じゃエ……これは……」
「知らんがな……あたしは……」
「知らんちうことがあるものか……いつから膨れたのじゃエこの腹はコンゲニ……今夜初めて気が付いたが……」
 と親爺は物凄い顔をしてラムプをふりかえった。
「知らんがナ……」
「知らんちうて……お前だれかと寝やせんかな。おれが用達ようたしに行っとる留守のに……エエコレ……」
「知らんがナ……」
 と云い云いふり仰ぐお八重の笑顔は、女神のように美しく無邪気であった。
 親爺は困惑した顔になった。そこいらをオドオド見まわしては新らしいラムプの光りと、娘の膨れた腹とを、さも恨めしげに何遍なんべんも何遍も見比べた。
「オラ知っとる……」「ヒッヒッヒッヒッ」
 という小さな笑い声がその時に入口の方から聞えた。
 その声が耳に這入ったかして、元五郎親爺はサッと血相をかえた。素裸体すっぱだかのまま曲った足を突張って、一足いっそく飛びに入口の近くまで来た。それと同時に、
「ワ――ッ」「逃げろッ」
 という声が一時に浴場のまわりから起って、ガヤガヤガヤと笑いながら、八方に散った。そのあとから薪割用の古鉈ふるなたひっさげた元五郎親爺が、びっこ引き引き駆け出したが、これも森の中の闇に吸い込まれて、足音一つ聞こえなくなった。
 そのあくる朝の事。元五郎親爺は素裸体に、鉈をしっかりと掴んだままの死体になって、鎮守さまのうしろの井戸から引き上げられた。又娘のお八重は、そんな騒ぎをちっとも知らずに廃屋あばらやの台所の板張りの上でグーグー睡っていたが、親爺の死体が担ぎ込まれても起き上る力も無いようす……そのうちにそこいらが変に臭いので、よく調べてみると、お八重は叱るものが居なくなったせいか、昨夜ゆうべの残りの冷飯ひやめしの全部と、糠味噌ぬかみその中の大根やを、ぬかだらけのまま残らず平らげたために、烈しい下痢を起して、腰を抜かしていることがわかった。
 そのうちに警察から人が来て色々と取調べの結果、昨夜ゆうべからの事が判明したので、元五郎親爺の死因は過失から来た急劇脳震盪のうしんとうということに決定したが、一方にお八重の胎児の父はどうしてもわからなかった。
 初めはみんな、撃剣を使いに行く青年たちのイタズラであろうと疑っていたが、八釜やかまの区長さんが主任みたようになって、一々青年を呼びつけて手厳しく調べてみると、この村の青年ばかりでなく、近所の村々からもお八重をヒヤカシに来ていた者があるらしい。それでお八重には郵便局という綽名あだながついていることまで判明したので、区長さんは開いた口がふさがらなくなった。
 すると、その区長さんの長男で医科大学に行っている駒吉というのが、ちょうどその時に帰省していて、この話をきくと恐ろしく同情してしまった。実地経験にもなるというので、すぐに学生服を着て、お八重の居る廃屋へやって来て、新しい聴診器をふりまわしながら親切に世話をし初めた。母親に頼んで三度三度おかゆを運ばせたり、自身に下痢止めの薬を買って来て飲ませたりしたので「サテは駒吉さんの種であったか」という噂がパッと立った。しかし駒吉はそんな事を耳にもかけずに、休暇中毎日のようにやって来て診察していると、今度はその駒吉が、お八重の裸体の写真を何枚も撮って、机の曳出ひきだしに入れていることが、誰云うとなく評判になったので、流石さすがの駒吉も閉口したらしく、休暇もそこそこに大学に逃げ返った。そうすると又、あとからこの事をきいた区長さんがカンカンに怒り出して、母親がお八重の処へ出入りするのを厳重にさし止めてしまった。
「お八重が子供を生みかけて死んでいる」という通知が、村長と、区長と、駐在巡査のうちへ同時に来たのは、それから二三日経っての事であった。それは鎮守の森一パイに蝉の声の大波が打ち初めた朝のの事であったが、その森蔭の廃屋へ馳けつけた人は皆、お八重の姿が別人のように変っていたのに驚いた。誰も喰い物を与えなかったせいか、美しかった肉付きがスッカリ落ちこけて、骸骨のようになって仰臥ぎょうがしていたが、死んだ赤子の片足を半分ばかり生み出したまま、苦悶しいしい絶息したらしく、両手の爪をボロ畳に掘り立てて、全身をり橋のように硬直させていた。そのうちでも取りわけて恐ろしかったのは、蓬々ぼうぼうと乱れかかった髪毛かみのけの中から、真白くクワッと見開いていた両眼であったという。
「お八重の婿どん誰かいナア
 阿呆鴉あほうがらすふくろかア
 お宮の森のくら闇で
 ホ――イホ――イといている。
 ホイ、ホイ、ホ――イヨ――」
 という子守唄が今でもそこいらの村々で唄われている。

     赤玉

「ナニ……兼吉かねきちが貴様を毒殺しようとした?……」
 と巡査部長が眼を光らすと、その前に突立った坑夫体こうふていの男が、両手を縛られたまま、うなだれていた顔をキッともたげた。
「ヘエ……そんで……兼吉をやっつけましたので……」
 と吐き出すように云って、眼の前の机の上に、新聞紙を敷いて横たえてある鶴嘴つるはしを睨みつけた。その尖端の一方に、まだ生々しい血のかたまりが粘りついている。
 巡査部長は意外というおももちで、威儀を正すかのように坐り直した。
「フーム。それはどうして……何で毒殺しようとしたんか……」
「ヘエそれはこうなので……」
 と坑夫体の男は唾を呑み込みながら、入口のタタキの上に、むしろを着せて横たえてある被害者の死骸をかえりみた。
「私が一昨日おとついから風邪を引きまして、納屋なやに寝残っておりますと、昨日きのうの晩方の事です。あのかねの野郎が仕事を早仕舞はやじまいにして帰って来て『工合はどうだ』ときました」
「……ふうん……そんなら兼と貴様は、モトから仲が悪かったという訳じゃないな」
「……ヘエ……そうなんで……ところで旦那……これはもう破れカブレでぶちまけますが、大体あの兼の野郎と私との間には六百ケンで十両ばかりのイキサツがありますので……もっとも私が彼奴あいつに十両貸したのか……向うから私が十両借りたのか……そこんところが、あんまり古い話なので忘れてしまいまして……チッポケナ金ですから、どうでも構わんと思っていても、兼の顔さえ見ると、奇妙にその事が気にかかってしようがなくなりますので……けんどそのうちに兼が何とか云って来たらどっちが借りたか、わかるだろうと思って黙っていたんですが……そんで……私は見舞いを云いに来た兼の顔を見ると又、その事を思い出しました。そうして……どうも熱が出たようで苦しくて仕様がない。こんな事は生れて初めてだから、事に依ると俺は死ぬんかもしれない……と云いますと兼の野郎が……そんだら俺が医者を呼んで来てやろうと云って出て行きましたが、待っても待っても帰って来ません。私は兼の野郎が唾を引っかけて行きおったに違いないと思ってムカムカしておりましたが、そのうちに十二時の汽笛が鳴りますと、どこかで喰らって真赤になった兼が、雨にズブれになって帰って来て私の枕元にドンと坐ると、大声でわめきました。何でも……事務所の医者(炭坑医)は二三日前から女郎買いに失せおって、事務所を開けてケツカル……今度出会ったら向う脛をぶち折ってくれる……というので……」
「……フム……不都合だなそれは……」
「……ネエ旦那……あいつらア矢っ張り洋服を着たケダモノなんで……」
「ウムウム。それから兼はどうした」
「それから山の向うの村の医者ン所へ行ったら、此奴こいつも朝からうなぎ取りに出かけて……」
「ナニ鰻取り……」
「ヘエ。そうなんで……この頃は毎日毎日鰻取りにかかり切りで、うちには滅多にうせおらんそうで……よくきいてみるとその医者は、本職よりも鰻取りの方が名人なんで……」
「ブッ……馬鹿な……余計な事を喋舌しゃべるな」
「ヘエ……でも兼の野郎がそうかしましたので……」
「フーム。ナルホド。それからどうした」
「それから兼は、その村の荒物屋を探し出して、風邪引きの妙薬はないかちうて聞きますと……この頃風邪引きが大バヤリで売り切れてしまったが、馬の熱さましで赤玉あかだまちうのならある。馬の熱が取れる位なら人間の熱にも利くだろうが……とその荒物屋の親仁おやじが云うので買って来た……しかし畜生は薬がよく利くから、分量が少くてよいという事を俺はきいている。だから人間は余計にまなければ利くまいと思って、その赤玉ちうのを二つ買って来た。これを一時いちどきに服んだら大抵利くだろう。金は要らぬから、とにかく服んで見イ……と云ううちに兼は白湯さゆを汲んで来て、薬の袋と一緒に私の枕元へ並べました。私は兼の親切に涙がこぼれました。このアンバイでは俺が兼に十円借りていたに違いないと思い思い薬の袋を破ってみますと、赤玉だというのに青いかびが一パイに生えておりまして、さし渡しが一寸近くもありましたろうか……それを一ツずつ、白湯で丸呑みにしたんですがトテも骨が折れて、息が詰まりそうで、汗をビッショリかいてしまいました」
「……フーム。それで風邪は治ったか」
「ヘエ……今朝けさになりますと、まだすこしフラフラしますが、熱は取れたようですから、景気づけに一パイやっておりますところへ、昨日きのう、兼からの言伝ことづてをきいたと云って、鰻取りの医者が自転車でやって来ました。五十位の汚いオヤジでしたが、そいつを見ると私は無性に腹が立ちましたので……この泥掘り野郎……貴様みたいな藪医者に用は無い。はばかりながら俺の腹の中には、赤玉が二つ納まっているんだぞ……と怒鳴りつけてやりましたら、その医者は青くなって逃げ出すかと思いのほか……ジーッと私の顔を見て動こうとしません」
「フーム。それは又何故なぜか」
「そのじじいは暫く私の顔を見ておりましたが……それじゃあお前は、その二ツの赤玉を、いつ飲んだんか……と云ううちにブルブル震え出した様子なので、私も気味が悪くなりまして……ナニ赤玉には違いないが、青い黴の生えた奴を、昨夜ゆんべ十二時過に白湯で呑んだんだ。そのおかげで今朝はこの通り熱がとれたんだが、それがどうしたんか……とききますと医者のじじいはホッとしたようすで……それは運が強かった。青い黴が生えていたんで、薬の利き目が弱っていたに違いない。あの赤玉の一粒に使ってある熱さましは、人間に使う分量の何層倍にも当るのだから、もし本当に利いたら心臓がシビレて死んでしまう筈だ……どっちにしても今酒を呑むのはケンノンだから止めろと云って、私の手を押えました」
「フーム。そんなもんかな」
「この話をきくと私は、すぐに納屋を出ましてまぶへ降りて、仕事をしている兼を探し出して、うしろから脳天を喰らわしてやりました。そうして旦那の処へ御厄介を願いに来ましたので……逃げも隠れも致しません。ヘエ……」
「フーム。しかしわからんナ。どうも……その兼をやっつけた理由が……」
「わかりませんか旦那……兼の野郎は私が病気しているのにつけ込んで、私を毒殺して、十両ゴマ化そうとしたに違いないのですぜ。あいつはもとから物識ものしりなのですからね。ネエ旦那そうでしょう、一ツ考えておくんなさい」
「ウップ……たったそれだけの理由か」
「それだけって旦那……これだけでも沢山じゃありませんか」
「……バ……馬鹿だナア貴様は……それじゃ貴様が、兼に十両貸したのは、間違いない事実だと云うんだナ」
「ヘエ。ソレに違いないと思うので……そればっかりではありません。兼の野郎が私を馬と間違えたと思うと矢鱈やたらに腹が立ちましたので……」
「アハハハハ……イヨイヨ馬鹿だナ貴様は……」
「ヘエ……でも私は恥をかされると承知出来ない性分で……」
「ウーン。それはそうかも知れんが……しかし、それにしても貴様の云うことは、ちっとも訳が解らんじゃないか」
「何故ですか……旦那……」
「何故というて考えてみろ。兼のそぶりで金の貸し借りを判断するちう事からして間違っているし……」
「間違っておりません……あいつは……ワ……私を毒殺しようとしたんです……旦那の方が無理です」
「黙れッ……」
 と巡査部長は不意に眼を怒らして大喝した。坑夫の云い草が機嫌にさわったらしく、真赤になって青筋を立てた。
「黙れ……不埒ふらちな奴だ。第一貴様はその証拠に、その薬で風邪が治っとるじゃないか」
「ヘエ……」
 と坑夫は毒気を抜かれたように口をポカンといた。そこいらを見まわしながら眼を白黒さしていたが、やがてグッタリとうなだれると床の上にペタリと坐り込んだ。涙をポトポト落してひれ伏した。
「……兼……済まない事をした……旦那……私を死刑にして下さい」

     古鍋

「金貸し後家ごけ」と言えば界隈で知らぬ者は無い……五十前後の筋骨逞ましい、タ目と見られぬ黒アバタで……腕っ節なら男よりも強い強慾者で……三味線が上手じょうずで声が美しいという……それが一人娘のお加代というのと、たった二人切りで、家倉いえくらの立ち並んだ大きな家に住んでいた。しかし娘のお加代というのは死んだ親爺おやじ似かして、母親とは正反対の優しい物ごしで、色が幽霊のように白くて、縫物が上手という評判であった。
 そのお加代のところへ、隣り村の畳屋の次男坊で、中学まで行った勇作というのが、この頃毎晩のように通って来るというので、兼ねてからお加代に思いをかけていた村の青年たちが非常に憤慨して、寄り寄り相談を初めた。そのあげく五月雨さみだれの降る或る夕方のこと、手に手に棒千切ぼうちぎりを持った十四五人が「金貸し後家」のうちのまわりを取り囲むと、強がりの青年が三人代表となって中に這入はいって、後家さんに直接談判を開始した。
「今夜この家に、隣り村の勇作が這入ったのをたしかに見届けた。尋常に引渡せばよし、あいまいな事を云うなら踏み込んで家探しをするぞ……」
 という風に……。
 奥から出て来た後家さんは、浴衣ゆかたを両方の肩へまくり上げて、黒光りする右の手でランプを……左手に団扇うちわを持っていたが、あがかまちに仁王立ちに突立ったまま、平気の平左で三人の青年を見下した。
「アイヨ……来ていることは間違いないよ……だけんど……それを引渡せばどうなるんだえ」
「半殺しにして仕舞うのだ。この村の娘には、ほかの村の奴の指一本させないのが、昔からの仕来しきたりだ。お前さんも知っているだろう」
「アイヨ……知っているよ。それ位の事は……ホホホホホ。けれどそれはホントにお生憎あいにくだったネエ。そんな用なら黙ってお帰り!」
「ナニッ……何だと……」
「何でもないよ、勇作さんは私の娘の処へ通っているのじゃないよ」
「嘘をけ。それでなくて何で毎晩このうちに……」
「ヘヘヘヘヘ。わたしが用があるから呼びつけているのさ……」
「エッ……お前さんが……」
「そうだよ。ヘヘヘヘヘ。大事な用があってね……」
「……そ……その用事というのは……」
「それは云うに云われぬ用事だよ……けんど……いずれそのうちにはわかる事だよ……ヘッヘッヘッヘッ」
 青年たちは顔を見合わせた。白い歯をき出してニタニタ笑っているアバタづらを見ているうちに、皆気味がわるくなったらしかったが、やがてその中の一人が勿体らしく、咳払いをした。
「……ようし……わかった……そんなら今夜は勘弁してやる。しかし約束を違えると承知しないぞ」
 という、変梃へんてこ捨科白すてぜりふを残しながら三人は、無理に肩をそびやかして出て行った。
 勇作はそれからのち、公々然とこの家に入浸りになった。
 ところが、やがて五六ヶ月経って秋の収穫期とりいれどきになると、後家さんの下ッ腹が約束の通りにムクムクとセリ出して来たのでドエライ評判になった。どこの稲扱いねこでもこの噂で持ち切った。しかもその評判が最高度ぜっちょうに達した頃に村役場へ「勇作を娘の婿養子にする」という正式の届出とどけでが後家さんの手で差し出されたので、その評判は一層、輪に輪をかけることになった。
「これはどうもこの村の風儀上面白くない」と小学校の校長さんが抗議を申込んだために、村長さんがその届を握り潰している……とか……村の青年が近いうちに暴れ込む手筈になっている……とか……町の警察でも内々で事実を調べにかかっている……とかいう穿うがった噂まで立ったが、そのせいか「金持ち後家」の一家三人は、裏表の戸をピッタリと閉め切って、醤油買いにも油買いにも出なくなった。いつもだと後家さんは、収穫後とりいれごの金取り立てで忙しいのであったが、今年はそんなもようがないので、借りのある連中は皆喜んだ。
 ところが又そのうちに、収穫とりいれが一通り済んで、村中がお祭り気分になると、後家さんのうちがいつまでも閉め込んだ切り、煙一つ立てない事にみんな気が付き初めた。初めのうちは「後家さんが、どこかへ子供を生みに行ったんだろう」なぞと暢気のんきなことを云っていたが、あんまり様子が変なので、とうとう駐在所の旦那がやって来て、区長さんと立ち合いの上で、裏口の南京錠をコジ離して這入ってみると、中には人ッ子一人居ない。そうして家具家財はチャンとしているようであるが、その中で唯一つ金庫の蓋がいて、現金と通い帳が無くなっているようす……その前に男文字の手紙が一通、読みさしのまま放り出してあるのを取り上げて読んでみると、あらかたこんな意味の事が書いてあった。

「お母さん。あなたがあの時に、勇作さんを助けて下すった御恩は忘れません。けれども、それからのちの、あなたの勇作さんに対する、恩着せがましい横暴な仕うちは、イクラ恨んでも恨み切れません。わたしはもう我慢出来なくなりましたから、勇作さんと一緒に、どこか遠い所へ行ってスウィートホームを作ります。私たちは当然私たちのものになっている財産の一部を持って行きます。さようなら。どうぞ幸福に暮して下さい。
    月   日
勇作
妻加代

   母上様
 それでは後家さんはどこへ行ったのだろうと、家中を探しまわると、物置のはりから、半腐りの縊死体いしたいとなってブラ下っているのが発見された。その足下にはボロ切れに包んだ古鍋が投げ棄ててあった。

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