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源氏物語(げんじものがたり)49 総角

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-11-6 10:09:06 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


 だれもこんなことを言って、唯一の庇護者ひごしゃであるかおるにこの望みを取り次ごうとしないのを病女王は残念に思っていた。
 女王の病のために薫が宇治に滞在していることを、それからそれへと話に聞き、慰問にわざわざ来る人もあった。深く愛している様子を察している部下の人、家職の人たちはいろいろの祈祷を依頼しにまわるのに狂奔していた。
 今日は五節ごせちの当日であると薫は京を思いやっていた。風がひどくなり、雪もあわただしく降り荒れていた。京の中の天気はこんなでもあるまいがと切実に心細さを感じていた薫は、この人と夫婦になれずに終わるのであろうかと考えられる点に、運命の恨めしさはあったが、そんなことは今さら思うべきでない、なつかしい可憐かれんなふうで、ただしばらくでも以前のように思うことの言い合える時があればいいのであるがと物思わしくしていた。明るくならないままで日が暮れた。

かきくもり日かげも見えぬ奥山に心をくらすころにもあるかな

 薫の歌である。この人のいてくれるのをだれも力に頼んでいた。
 いつもの近い席に薫がいる時に、几帳きちょうなどを風が乱暴に吹き上げるため中の君は向こうのほうへはいった。老いた女房などもきまり悪がって隠れてしまった間に、近々と病床へ薫は寄って、
「どんな御気分ですか、私が精神を集中して快くおなりになるのを祈っているのに、そのかいがなくて、もう声すら聞かせていただけなくなったのは悲しいことじゃありませんか。私をあとに残して行っておしまいになったらどんなに恨めしいでしょう」
 泣く泣くこう言った。もう意識もおぼろになったようでありながら女王は薫のけはいを知ってそでで顔をよく隠していた。
「少しでもよろしい間があれば、あなたにお話し申したいこともあるのですが、何をしようとしても消えていくようにばかりなさるのは悲しゅうございます」
 薫を深くあわれむふうのあるのを知って、いよいよ男の涙はとめどなく流れるのであるが、周囲で頼み少なく思っているとは知らせたくないと思って慎もうとしても、泣く声の立つのをどうしようもなかった。自分とはどんな宿命で、心の限り愛していながら、恨めしい思いを多く味わわせられるだけでこの人と別れねばならぬのであろう、少し悪い感じでも与えられれば、それによってせめても失う者の苦しみをなだめることになるであろう、と思って見つめる薫であったが、いよいよ可憐かれんで、美しい点ばかりが見いだされる。かいななども細く細く細くなって影のようにはかなくは見えながらも色合いが変わらず、白く美しくなよなよとして、白い服の柔らかなのを身につけ夜着は少し下へ押しやってある。それはちょうど中に胴というもののないひな人形を寝かせたようなのである。髪は多すぎるとは思われぬほどのかさで床の上にあった。まくらから下がったあたりがつやつやと美しいのを見ても、この人がどうなってしまうのであろう、助かりそうも見えぬではないかと限りなく惜しまれた。長く病臥びょうがしていて何のつくろいもしていない人が、盛装して気どった美人というものよりはるかにすぐれていて、見ているうちに魂も、この人と合致するために自分を離れて行くように思われた。
「あなたがいよいよ私を捨ててお行きになることになったら、私も生きていませんよ。けれど、人の命は思うようになるものでなく、生きていねばならぬことになりましたら、私は深い山へはいってしまおうと思います。ただその際にお妹様を心細い状態であとへお残しするだけが苦痛に思われます」
 中納言は少しでもものを言わせたいために、病者が最も関心を持つはずの人のことを言ってみると、姫君は顔を隠していたそでを少し引き直して、
「私はこうして短命で終わる予感があったものですから、あなたの御好意を解しないように思われますのが苦しくて、残っていく人を私の代わりと思ってくださるようにとそう願っていたのですが、あなたがそのとおりにしてくださいましたら、どんなに安心だったかと思いましてね、それだけが心残りで死なれない気もいたします」
 と言った。
「こんなふうに悲しい思いばかりをしなければならないのが私の宿命だったのでしょう。私はあなた以外のだれとも夫婦になる気は持ってなかったものですから、あなたの好意にもそむいたわけなのです。今さら残念であの方がお気の毒でなりません。しかし御心配をなさることはありませんよ。あの方のことは」
 などともなだめていた薫は、姫君が苦しそうなふうであるのを見て、修法の僧などを近くへ呼び入れさせ、効験をよく現わす人々に加持をさせた。そして自身でも念じ入っていた。人生をことさらいとわしくなっている薫でないために、道へ深く入れようとされる仏などが、今こうした大きな悲しみをさせるのではなかろうか。見ているうちに何かの植物が枯れていくように総角あげまきの姫君の死んだのは悲しいことであった。引きとめることもできず、足摺あしずりしたいほどに薫は思い、人が何と思うともはばかる気はなくなっていた。臨終と見て中の君が自分もともに死にたいとはげしい悲嘆にくれたのも道理である。涙におぼれている女王を、例の忠告好きの女房たちは、こんな場合に肉親がそばで歎くのはよろしくないことになっていると言って、無理に他の室へ伴って行った。
 源中納言は死んだのを見ていても、これは事実でないであろう、夢ではないかと思って、台のを高く掲げて近くへ寄せ、恋人をながめるのであったが、少しそでで隠している顔もただ眠っているようで、変わったと思われるところもなく美しく横たわっている姫君を、このままにして乾燥した玉虫のからのように永久に自分から離さずに置く方法があればよいと、こんなことも思った。遺骸いがいとして始末するために人が髪を直した時に、さっと芳香が立った。それはなつかしい生きていた日のままのにおいであった。どの点でこの人に欠点があるとしてのけにくい執着を除けばいいのであろう、あまりにも完全な女性であった。この人の死が自分を信仰へ導こうとする仏の方便であるならば、恐怖もされるような、悲しみも忘れられるほど変相を見せられたいと仏を念じているのであるが、悲しみはますます深まるばかりであったから、せめて早く煙にすることをしようと思い、葬送の儀式のことなどを命じてさせるのもまた苦しいことであった。空を歩くような気持ちを覚えて薫は葬場へ行ったのであるが、火葬の煙さえも多くは立たなかったのにはかなさをさらに感じて山荘へ帰った。
 忌籠きごもりする僧の数も多くて、心細さは少し慰むはずであったが、中の君はだれにもだれにも先立たれた不幸な女として人から見られるのすら恥ずかしいと思い沈んでいて、この人も生きた姫君とは思われないほどであった。兵部卿ひょうぶきょうの宮からも御慰問の品々が贈られたのであるが、恨めしいと思い込んだ姉君の気持ちを、ついに緩和させずじまいになされた方だと思うと、中の君はお受けしてうれしいとは思わなかった。
 中納言は人生の悲しみを切実に味わった今度のことを機会に、出家したいと思う心はあるのであるが、三条の母宮の思召しもはばかられ、それとこの中の君の境遇の心細さは見捨てられないものに思われて煩悶はんもんをしながら、故女王にょおうの言ったとおりに、短命で死ぬ人の代わりに中の君をめとるのもよかった、自分の身を分けた同じものに思えと言われても、恋の相手を変える気にその当時の自分はなれなかった、こんな孤独の人にして物思いをさせるのであったなら、故人を忍ぶ相手として二人で語り合う身になっておればよかったのであるとも思った。かりそめにも京へ出ることをせず、物思いをしてこもっていることを知って、世間の人も故人を薫が深く愛していたことを知り、宮中をはじめとして諸方面からの慰問の使いが山荘を多くおとずれた。
 女王の歿後ぼつごの日はずんずんとたっていく。七日七日の法要にも尊いことを多くして志の深い弔いを故人のために怠らぬ源中納言も、妻を失った良人おっとでないため喪服は着けることのできないため、ことに大姫君を尊敬して仕えた女房らの濃い墨染めのそでを見ても、

くれなゐに落つる涙もかひなきはかたみの色を染めぬなりけり

 こんなことがつぶやかれ、浅いくれないの下の単衣ひとえの袖を涙にらしているこの人は、あくまでえんできれいであった。女房たちがのぞきながら、
「姫君のおかくれになった悲しみは別として、この殿様がこちらにずっとおいでくださいますことに私たちはもうらされていて、忌が済んでお帰りになることを思うと、お別れが惜しくて悲しいではありませんか。なんという宿命でしょう。こんなに真心の深い方をお二方とも御冷淡になすって、御縁をお結びにならなかったとはね」
 とも言って泣き合っていた。
「こちらの姫君をあの方のお形見とみなして、今後はいろいろ昔の話を申し上げ、また承りもしたいと思うのです。他人のように思召さないでください」
 と薫は中の君へ言わせたが、すべての点で自分は薄命な女であると思う心から恥じられて、中の君はまだ話し合おうとはしなかった。この女王のほうはあざやかな美人で、娘らしいところと、気高けだかいところは多分に持っていたが、なつかしい柔らかな嫋々じょうじょうたる美というものは故人に劣っていると事に触れて薫は思った。
 雪の暗く降り暮らした日、終日物思いをしていた薫は、世人が愛しにくいものに言う十二月の月のえてかかった空を、御簾みすを巻き上げてながめていると、御寺みてらの鐘の声が今日も暮れたとかすかに響いてきた。

おくれじと空行く月を慕ふかなひにすむべきこの世ならねば

 風がはげしくなったので、揚げ戸を皆おろさせるのであったが、四辺の山影をうつした宇治川のみぎわの氷に宿っている月が美しく見えた。京の家の作りみがいた庭にもこんな趣きは見がたいものであるがと薫は思った。病体にもせよあの人が生きていてくれたならば、こんな景色けしきも共にながめて語ることができたであろうと思うと、悲しみが胸から外へあふれ出すような気がした。

恋ひわびて死ぬる薬のゆかしきに雪の山には跡をなまし

 死を求める雪山童子せつさんどうじが鬼に教えられたの文も得たい、それを唱えてこの川へ身を投げ、き人におうとかおるが思ったというのは、あまりに未練な求道者というべきである。
 中納言は女房たちを皆そばへ呼び集めて、話などをさせて聞いていた。様子のりっぱであることと、親切な性情を知っている女たちであるから、その中の若い人らは身にしむほどの思いで好意を持った。老いた人たちは薫を見ることによっても故人が惜しまれてならなかった。
「御病気の重くなりましたのも、兵部卿ひょうぶきょうの宮様のお態度に失望をなさいまして、世間体も恥ずかしいとお思いになりますのを、さすがに中の君様には、それほどにまで思召すとはお隠しになりまして、ただお一人心の中でだけ世の中を悲観し続けていらっしゃいますうちに、お食欲などもまるでなくなっておしまいになりまして、御衰弱に御衰弱が重なってまいったようでございます。表面には物思いをあそばすふうをお見せにならずに、深く胸の中で悩んでいらっしったのでございます。それに中の君様に結婚をおさせになりましたことは父宮様の御遺戒にもそむいたことであったと、いつもそれをお心の苦になさいましたのでございますよ」
 こんなことを言って、いつの時、いつかこうお言いになったことがあるなどと大姫君のことを語って、だれもだれも際限なく泣いた。自分の計らいが原因して苦しい物思いを故人にさせたと、あやまちを取り返しうるものなら取り返したく思って薫は聞いたのであって、恋人の死そのものだけでなく、すべての人生が恨めしく、念誦ねんずを哀れなふうにしていて、眠りについたかと思うとまたすぐに目ざめていた。
 この早朝の雪のの寒い時に、人声が多く聞こえてきて、馬の脚音あしおとさえもした。こうした未明に雪を分けてだれも山荘へ近づくはずがないと僧たちもそれを聞いて思っていると、それは目だたぬ狩衣かりぎぬ姿で兵部卿の宮が訪ねておいでになったのであった。ひどく衣服をらしてはいっておいでになった。妻戸をおたたきになる音に、宮でおありになろうことを想像した薫は、かげになったほうの室へひそかにはいっていた。まだ女王のいみの日が残っているのであるが、心がかりに堪えぬように思召して、一晩じゅう雪に吹き迷わされになりながらここへ宮はお着きになったのである。こんな悪天候をものともあそばさなかった御訪問であったから、恨めしさも紛らされていってもいいのであろうが、中の君はってお話をする気にはなれなかった。宮の御誠意のなさに姉を煩悶はんもんさせ続けていたころの恥ずかしかったこと、その気持ちを直させることもしていただけなかったのであるから今になって真心をつくしてくださることになっても、もうおそい、かいがないと深く中の君は思うのであって、女房のだれもが道理を説いて勧めた結果、ようやく物越しでお逢いすることになり、宮は今までの怠りのお言いわけをあそばすのであるが、ただじっと聞き入っているばかりの中の君で、この人さえも、あるかないかのような心細い命の人と思われ、続いてどうかなるのではあるまいかと思われる気配けはいも見えるのを、宮はお悲しみになって、今日は何事も犠牲にしてよいという気におなりになりお帰りにならないことになった。物越しなどでなく、直接に逢いたいと宮はいろいろお訴えになるのであったが、
「もう少し人ごこちがするようになっているのでしたら」
 と言い、女王はいなみ続けていた。
 このことを薫も聞いて、中の君へ取り次がすのに都合のよい女房を呼んで、
「こちらの真心に対してあさはかにも見える態度を、初めもその後もおとりになった宮を不快にお思いになるのはもっともですが、今少し情状を酌量しゃくりょうになって、反感をお起こしにならぬ程度にお扱いになるがよろしい。今まで御経験のなかったためにお苦しいでしょうが」
 などと忠告をさせた。それを聞いた中の君は薫の思うことも恥ずかしくて、いよいよ宮のお話にお答えを申し上げる気になれなくなった。
「あなたはどうしてこんなに気が強いのでしょう。前にあんなに私の心持ちも、周囲の事情もお話ししておいたではありませんか。それを皆お忘れになったのですか」
 とお言いになり、宮は一日をお歎き暮らしになった。夜になるといっそう天気が悪くなり、ますます吹きつのる風の音を聞きながら、寂しい旅寝の床に歎き続けておいでになるのもさすがにおいたましく思われて、女王はまた物越しでお話を聞くことにした。無数の神をあかしに立てて、今からの変わりない愛をお語りになるのを、女王は、どうしてこんなに女へお言いになることにれておいでになるのであろうといやな気もするのであるが、遠く離れていてうとましく思うのとは違って、すぐれた御容姿の方が、自分のために悲しんでおいでになるのを見ては、心も動かずにはいないのであった。ただ聞くばかりであったが、

きしかたを思ひいづるもはかなきを行く末かけて何頼むらん

 と、はじめてほのかな声で言った。なお飽き足らず思召す宮であった。

「行く末を短きものと思ひなば目の前にだにそむかざらなん

 すべてはかない人生にいて、人をお憎みになるような罪はお作りにならないがいいでしょう」
 ともお言いになり、いろいろとおなだめになったが、
「私は気分もよろしくないのでございますから」
 中の君はこう言って奥へはいってしまった。人目も恥ずかしいように思召し、そのまま歎息を続けて宮は夜をお明かしになった。女の恨むのも道理なほどの途絶えを作ったのは自分であるが、あまりに無情な扱い方であると恨めしい涙の落ちてきた時に、ましてそのころの彼女はどれほどに煩悶はんもんして涙の寒さを感じたことであろうと、お思われになって、これが過去をお顧みさせることになった。
 中納言が主人がたの座敷に住んでいて、どの女房をも気安いふうに呼び使い、みずから指図さしずをしながら宮へ朝餐ちょうさんを差し上げたりさせるのを御覧になって、恋人を失ったあとのこの人の生活を気の毒にもお思いになり、趣のあることとも御覧になった。顔色もひどく青白くなり、せてぼんやりとしたところも見えるほど物思いにやつれているふうも心苦しく宮は思召して、真心から御慰問の言葉をお告げになった。恋人の死の前後の悲しい心の動揺を今さら言いだしてもかいのないことではあるが、だれよりもこの方に聞いていただきたい自分であることを薫は知りながら、言いだせば自分の弱さがあらわになり、一つのことを思いつめる頑固がんこ男とお思われすることがはばかられて、言葉少なにしていた。日々泣き暮らしている人であったから、顔変わりがしたのも見苦しくはなくて、いよいよ清楚せいそえんなのを宮は御覧になり、女であれば、たとえ中の君などでも必ずこの人に心が移るであろうと、御自身の多情なお心からそんな想像もされるようになった宮は、なんとなくその点がお気がかりになり、どうかしてはるかなみちを通い歩くというそしりも避け、中の君の恨みを除かせもするために京へ移したいとお思いになるようになった。
 こんなふうに恋人の心は容易に打ち解けるとは見えないし、今一日をここにいることは御所でも悪く思召おぼしめすことであろうこともお心に上るのであったから、宮はお帰りになろうとした。
 真心を尽くして恋人の心を動かそうと宮はお努めになったのであるが、相手の冷淡であることは苦しいものであると、この一点をお思い知らせようとして、この朝も何の言葉も送らずに中の君は宮をお帰ししたのであった。
 年末になればこうした山里でなくても晴れる日は少ないのであるから、まして宇治は荒れ日和びよりでない日もなく雪が降り積もる中に、物思いをしながらも暮らしている薫は、いつまでも続く夢を見ているようであった。総角あげまきの姫君の四十九日の法会も盛んに薫の手で行なわれた。
 このまま新年までも閉じこもっていることはできぬ、御母宮を初めとして自分を長くお待ちになっている所々があるのであるからと思い、いよいよ引き上げようとする薫はまた新たな深い悲しみを覚えた。ずっとこの人が来て住んでいたために、出入りする人の多かった忌中に続いた生活が跡かたもなく消えていくことを寂しがる人々は、姫君の死の当時にもまさって悲しがった。以前間をおいてたずねて来たころの交情にもまさり、長く居ついていた忌中に仕えれた薫の情味の深さ、精神的なことから物質的なことにまで及ぶ思いやりの多いこの人を今日かぎりに送り出すのかと女房たちは歎きにおぼれていた。
 兵部卿の宮からは、
お話ししたように、そちらへ出向くことにいろいろ困難なことがあるため、私は心を苦しめておりましたが、ようやくあなたを近日京へ迎える方法が見つかりました。
 というお手紙が中の君へあった。
 中宮ちゅうぐうが宇治の女王にょおうとの関係をお知りになって、その姉君であった恋人を失った中納言もあれほどの悲しみを見せていることを思うと、並み並みの情人としてはだれも思われないすぐれた女性なのであろうと、兵部卿の宮のお心持ちに御同情をあそばして、二条の院の西の対へ迎えて時々通うようにとそっと仰せがあったのである。女一にょいちみやに高貴な侍女をお付けになりたいと思召す心から、それに擬しておいでになるのではあるまいかと兵部卿の宮はお思いになりながらも、近くへその人を置いて、常にお逢いになることのできるのはうれしいことであると思召して、この話を薫にもあそばされた。三条の宮を落成させて大姫君を迎えようとしていた自分であるが、その人の形見にせめてわが家の人にしておきたかった中の君であったと、このことでまた心細くなる気もする薫であった。宮の疑っておいでになるような感情はまったく捨てて、その人の保護者は自分のほかにないと、兄めいた義務感を持っているのであった。





底本:「全訳源氏物語 下巻」角川文庫、角川書店
   1972(昭和47)年2月25日改版初版発行
   1995(平成7)年5月30日40版発行
※このファイルは、古典総合研究所(http://www.genji.co.jp/)で入力されたものを、青空文庫形式にあらためて作成しました。
※校正には、2002(平成14)年4月10日44版を使用しました。
入力:上田英代
校正:kompass
2004年5月3日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



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