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夢の国(ゆめのくに)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-11-2 9:08:36 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

   一

 雪の降る日でした。
 よしちやんは机について学課のおさらへをしてをりました。障子の立つてゐる室の内は、薄暗くて、まるで夕暮の様でした。外にはまだ盛んに雪が積るらしく、時々木の枝からさら/\と雪の落ちる音が聞えました。
「アヽ/\/\」
 吉ちやんは大きな口をあけて、欠伸あくびをしました。ふとだれやら自分を呼ぶ声がしますから、振り返つてみますと、暗い片隅かたすみに、白いおひげの長く垂れたおぢいさんが、蝙蝠傘かうもりがさを手にもつて、立つて居りました。
ぼくを呼んだのは、あなたですか。」
 吉ちやんは不思議さうにきゝました。
「あゝわしが呼んだ、お前は大変勉強するね、少し休まないか、面白いものを見せてあげるよ。」
 吉ちやんは変なおぢいさんだ。一体どこから、いつ来たのだらうと思ひました。けれども全然見知らぬ人でもないやうでした。
「あゝさう/\。」
と、吉ちやんはその時不意に思ひつきました。
「あなたは去年のクリスマスに、青年会館に出てゐらした、サンタ・クロースですね。」
 おぢいさんは、につこり笑ひました。
「似てゐるかも知れないが、ちがふよ。わたしはねえ、オレ・リユク・ウイといふ名さ。」
「へえ、やはり西洋人ですね。」
「いや、西洋人でもなければ、支那人しなじんでも日本人でもない。夢の国にゐるものだよ。」
「夢の国? そんな国がありますか。」
「あるとも/\、わしの名はそれにちなんだものだ。オレ・リユク・ウイといふのは、日本の言葉で言へば、をつぶれ、といふことだよ。お前もちよつと、わしの国へ行つてみないか。」
「えゝ有難う、でもこんなに雪が降つちや、外はみちが悪いでせう。」
「いゝえ、外へ出なくてもいゝのだよ、ただそこへすわつたまゝ、この傘の下に入れば、ぐ行かれるんだ、いゝかね、ほうれ。」
 オレ・リユク・ウイのおぢいさんは、さう言つて、手にもつた蝙蝠傘をひろげて、吉ちやんの頭の上にさしかけました。
 それは綺麗な不思議な絵をかいた傘でした。子供の顔をした花やら、人間のやうに歩く動物やら、まだみたこともない形や色をしたものが、沢山にかいてありました。しかも、それが活動写真のやうに、動くのでした。
「これが夢の国ですか。変なところですねえ。日本とはまるでちがつてゐる。」
 吉ちやんが言ひますと、オレ・リユク・ウイは、
「日本のやうなところもあるよ。そこが見たければ、つれて行つてあげるよ。ちよつと眼をつぶりなさい。」
と、言ひました。


    二

「あゝ本当に不思議々々々。」
と、よしちやんは叫びました。
「おぢいさんこゝはどこ? えゝ? 浅草の観音様?」
「さあ、さうかも知れない。夢の国のところの名はむづかしいから、言はないで置かう。」
「あれ、あすこに石の鳥居が見えますよ。けれども仲見世なかみせはありませんね。」
「うん、そんなものはない、けれどもね、一つお前に言つて置くことがある。それはお前にどつさりお土産をやらうといふことだ。しかし、わしのいふとほりにしなければいけないよ。いゝか、あの鳥居が三つあるから、そのうちの一番目のでも二番目のでも、そこにあつたものは、お前が取つてもいゝ。けれどもそんなものは本当に、お前のためにならんから、欲しくても取らないで、三番目の鳥居に行つてから、始めて取るのだよ。それではわしはこゝで失敬する。日本へ帰るのはわけはない。お土産さへ取れば、あとは独りで帰れるから。」
 オレ・リユク・ウイはさう言つたかと思ふと、ふとその姿を消してしまひました。
 一番目の鳥居に来てみますと、果して、そこに一つの豆自動車がありました。けれどもその自動車は、あたり前の形をしてゐませんで、前の方が竜の首になつて、乗るところは丁度その背中に当るところでした。そして金と銀とで全体ができて、いろ/\の宝石、ダイヤモンド、紅玉ルビー碧玉サフアイヤ、エメラルドなどでかざつて、ぴか/\光つてをりました。
「おや、珍らしい自動車だなあ。」
 吉ちやんは思はず、足をそこに止めて、見とれてをります。
ぼくもこんな自動車が一つ欲しいな。」
 おぢいさんの言つたことなんか忘れて、吉ちやんは、欲しいと思ひました。すると、ぐに、
「さあ/\お取んなさい/\/\/\、お取りになれば、あなたのものですよ。だれも何とも言ひはしませんよ。」
と、竜の首になつてゐるところが、不意に口をきゝました。
 吉ちやんはびつくりしました。
「おや、不思議な自動車だ、物をいふのねえ。」
「えゝ、この国のものは、何でも物を言ひますよ。」
「さうかね。――うん、僕欲しいね、この自動車が――。それでもオレ・リユク・ウイのおぢいさんが、一番目の鳥居のものは、取つちやいけないつていひつけたから……」
「なあに、あのおぢいさんの言ふことなんか当てになりやしません。早くお取んなさい。まあ乗つて御覧なさい、わたしは一時間に千里走りますよ。」
「千里! 一時間に? うん、ぢや乗つてみよう。でも僕のものにするんぢやないよ。でないとおぢいさんに知れると悪いから。」
ただ乗るだけですか。」
と、自動車の竜は、ちよつと首を傾げました。
「困りましたなあ。そして乗つてしまつたら、あとは置いてけぼりにされるんですか。」
「だつて外にもつといゝお土産があるから、オレ・リユク・ウイのおぢいさんが、取つちやあいけないと言つたもの。」
「では仕方がありません。あなたがきがくるまでお乗りなさい。どうせわたしはあなたのおうちまでは行かれないのですから。それに二番目の鳥居へあなたは行くんでせう。二番目の鳥居までは遠いですよ。」
「どのくらゐあるの、遠いつてのは。」
「十里あります。だからお乗りなさい。」
「でも、ハンドルが無いぢやないか。」
「はゝゝ」
と、自動車は笑ひました。
「この国ぢやハンドルなんて、面倒くさい馬鹿げたものは有りません。あなたが乗りさへなされは、自動車はひとりでに、どこへでもあなたのお好きなところへ行きます。飛行機のやうに空にでものぼります。」
 吉ちやんはそのいふとほりに自動車にのりますと、自動車はふはりと宙に浮いて、またゝくうちに、二番目の鳥居の前にとまりました。


    三

 第二の鳥居にはよしちやんの身のたけほどある大きな人形が、立派な洋服を着て立つてをりました。吉ちやんが自動車から出るのを見ると、
「あゝよく来てくれたね、君の来るのを待つてゐたのだ。」
と、声をかけました。
「おや、君はぼくを知つてゐるのかい。そして君は人形ぢやないか。どうしてそんなに物が言へるの。」
「はゝゝ」
と、人形は笑ひました。
「この国ぢや何でも物を言つて、何でもひとりで動くのだよ。そんなことをきいてゐるよつかも、早くこの服を着てくれたまへ。僕困つてゐるんだ。」
 吉ちやんは首を横にふりました。
「そんな追剥おいはぎなんか僕出来ない。それにオレ・リユク・ウイのおぢいさんが、二番目の鳥居のも、取つちやいけないと言つたんだもの。」
「あのおぢいさんの言ふことなんか、当てになるものかね。いゝから僕があげるといふのだ。追剥ぎぢやない。どうか取つてくれ給へ。」
 吉ちやんも、洋服がとうから欲しかつたのでした。けれども吉ちやんのうちは、お金のあるうちでなかつたので、それがなか/\出来さうにもなかつたのです。ですから吉ちやんはこの人形の洋服が、ばかに欲しくなりました。何しろ立派な服でしたから。吉ちやんは大臣や、陸海軍の大将の服でも、こんなに沢山金モールがついて、勲章がかざつてあるとは思ひませんでした。
「ではねえ、僕に貸してくれ給へ。きたないけれど、その間僕のきものを着てゐてねえ……三番目の鳥居に行くまでゝいゝのだよ。お土産ができたら、僕直ぐにうちへ帰るのだから。」
「あゝいゝとも/\。さあ/\着給へ、着給へ。」
 人形はさつさと立派な洋服を脱いで、吉ちやんに渡しました。そして裸になつたまゝ、吉ちやんの着物なんか着ないで、そのまゝよた/\といつてしまひました。
「まあをかしな人形だ。寒くはないかしら。」
「いゝえ。」
と、そばから竜の豆自動車が口を出しました。
「この国ぢや、寒いことも、暑いこともないのです。もつともあなたのやうな外国人は別ですがね。外国人だとそんなこともあります。けれどもさうなると、直ぐその国へ追ひ出されて、もう一度オレ・リユク・ウイのおぢいさんが、迎ひに来ないうちは二度とこゝへ来られません。さあ、そんなことはどうでもいゝです。早くお乗りなさい。三番目の鳥居に行きませう。」
 三番目の鳥居は木のぼろ/\にくさつた小さな鳥居でした。吉ちやんはがつかりしました。
「なんだ、こんな汚ない、ちいぽけな鳥居か。おまけにお土産になるやうないものは、一つもないぢやないか。」
「だからわたしが言つたでせう。」
と、竜の豆自動車は申しました。
「あのおぢいさんの言ふことなんか、当てになりやしませんよ……わたしを拾つたからこそいゝのです。でなかつたら、お土産なんかありやしません。」
「本当だね、ぢや帰らう。」
 吉ちやんは自動車にのりかけると、
「もし/\。」
と、呼びかけるものがありました。見ると、鳥居の根にポケツトの中に入れるぐらゐの、すすけた大黒様がありました。
「吉坊/\、お前わしを忘れちやいけないよ。わしを拾つていかなければいけないよ。」
 大黒様は、かなりはつきりした声で申しました。吉ちやんは頭をきました。
「あなたは汚ないね。取つたら、手がよごれるでせう。」
「よごれたつてかまはない。わしをポケツトに入れなさい。」
 吉ちやんは困つて、竜の豆自動車にきゝました。
「どうだらう。大黒様をつれて行つたものだらうか。」
「さあ、どうでも。」
と、自動車は言ひました。
「あなたのお心まかせです。けれどもこの大黒様は、もう千年も年をつてゐますから、何でも物をよく知つてゐますよ。だからこの国を旅なさるんなら、つれて行つた方が便利です。」
「さう、ぢや仕方がない、つれて行かう。」
 吉ちやんが大黒様を拾つて、ポケツトに入れると、手にも服にも真黒にすすがつきましたから、いやな顔をして、払つてゐると、大黒様はそつと頭をのぞけて、にこ/\笑ひ、
「そんなことを気にしなさるな。いまにもつといゝものをあげるから、それよつかも、お前は大事なものを拾はない。あれ、あすこにおしやもじが落ちてゐる。あれが大変な宝だ。早く、こゝへ持つて来なさい。」
 そのおしやもじは、一方は焼け焦げになつてゐる汚ないものでした。吉ちやんは、馬鹿ばからしいとは思ひましたが、何でも知つてゐる大黒様のいひつけですから、仕方がないから、拾つて別のポケツトに入れました。
「さあ、今度はちつと、遠くへ行かう。」
と、大黒様は言ひました。
「おい自動車、一万里の速力になつて、千里さきへ行つてくれ。」
「へい、かしこまりました。」
 自動車は、目にもとまらぬ速さで、プーンと空を飛びました。

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