ぶくぶく長々火の目小僧(ぶくぶくながながひのめこぞう)
一 これは昔も昔も大昔のお話です。そのじぶんは今とすっかりちがって、鼠(ねずみ)でも靴(くつ)をはいて歩いていました。そして猫を片はしから取って食べました。ろばも剣をつるしていばっていました。にわとりは、しじゅう犬をおっかけまわしていじめていました。 こんなに、何(なん)でもものがさかさまだったときのことですから、今から言えば、それこそ昔も昔も大昔の、そのまたずっとずっと昔のお話です。だから、いろんなおかしなことばかり出て来ます。しかし、けっしてうそではありません。 そのころ或(ある)国の王さまに、美しい王女がありました。その王女を世界中の王さまや王子が、だれもかれもお嫁にほしがって、入りかわりもらいに来ました。 しかし王女は、どんなりっぱな人のところから話があっても、厭(いや)だ、と言って、はねつけてしまいました。 世界中の王さまや王子たちは、それでもまだこりないで、なんども出かけて来ました。 王女は、うるさくてたまらないものですから、とうとうお父さまの王さまに向って、「ではだれでも三晩(みばん)の間(あいだ)、私(わたくし)をお部屋の外へ出さないように、寝ずの番をして見せる人がありましたら、その方のお嫁になりましょう。」と言いました。 王さまはさっそくそのことを世界中へお知らせになりました。そのかわり、もし途中で少しでもい眠りをすると、すぐにきり殺してしまうから、そのつもりでおいで下さいとお言いになりました。 すると方々の王さまや王子たちは、何だ、そんなことなら、だれにだって出来ると言って、どんどんおしかけて来ました。 ところが、夜になって、王女のお部屋へとおされて、しばらく王女の顔を見ていると、どんな人でもついうとうと眠くなって、いつの間にかぐうぐう寝こんでしまいました。それで、来る人来る人が、一人ものこらず、みんな王さまにきり殺されてしまいました。 すると、或王さまのところに、鹿のようにきれいな、そしてたかのように勇(いさま)しい、年わかい王子がいました。この王子がその話を聞いて、私ならきっと眠らないで番をして見せる、一つ行ってためして来ようと思いました。 しかしお父さまの王さまは、王子がうっかり眠りでもしたらたいへんですから、いやいやそれはいけないと言って、どうしてもおゆるしになりませんでした。そうなると王子はなおさらいきたくて、毎日々々、「どうかいかせて下さいまし。たった三晩ぐらいのことですもの。かならず眠りはいたしません。」と言いながら、王さまにつきまとって、ねだりました。さすがの王さまもとうとう根(こん)まけをなすって、それでは、どうなりとするがいいと、しかたなしにこう仰(おっしゃ)いました。 王子は大よろこびで、お金入れへお金をどっさり入れて、それから、よく切れるりっぱな剣をつるすが早いか、お供もつれないで、大勇(おおいさ)みに勇んで出かけました。 二 王子は遠い遠い長い道をどんどん急いでいきました。 すると二日目に、途中で一人のふとった男に出あいました。 その男はよっぽどからだがおもいと見えて、足を引きずるようにして、のッそり/\歩いていました。「もしもし、おまえさんはどこまでいくのです。」と、王子はその男に話しかけました。「私(わたくし)は、仕合せというものをさがしに世界中を歩いているのでございます。」と、そのふとった男がこたえました。「一たいあなたの商ばいは何です。」と王子は聞きました。「私にはこれという商ばいはございません。ただ人の出来ないことがたった一つ出来るだけでございます。」「では、その人に出来ないことというのはどんなことです。」「なに、たいしたことではございません。私はぶくぶくという名前で、いつでも勝手なときに、ひとりでにからだがゴムの袋のようにぶくぶくふくれます。まず一聯隊(いちれんたい)ぐらいの兵たいなら、すっかり腹の中へはいるくらいふくれます。」 ふとった男はこう言って、にたにた笑いながら、いきなりぷうぷうふくれ出して、またたく間(ま)に往来一ぱいにつかえるくらいの、大きな大きな大男になって見せました。王子はびっくりして、「ほほう、これはちょうほうな男だ。どうです、きょうから私のお供になってくれませんか。私もちょうど、お前さんと同じように、仕合せをさがして歩いているのだから。」と、聞いて見ました。するとぶくぶくはよろこんで、「どうぞおともにつけて下さいまし。何よりの仕合せでございます。」と言って、すぐに家来(けらい)になりました。 二人はそれからしばらく、てくてく歩いていきますと、こんどは向うから、まるで棒のようにやせた、ひょろ長い男が出て来ました。王子は、「おや、へんなやつが来たぞ。」と思いながらそばへいって、「もしもし、おまえさんはどこまでいくのです。」と聞きました。「私は世界中を歩くのです。」と、その棒が言いました。「一たいおまえさんは何商ばいです。」と王子は聞きました。「私には商ばいはありません。ただ人の出来ないことが、たった一つ出来るだけでございます。私の名前は長々(ながなが)と申します。私がちょいと、こう爪(つま)立(だ)ちをしますと、すうッと天まで手がとどきます。それから一と足で一里さきまでまたげます。このとおりです。」 棒はこう言うが早いか、たちまちするするとからだをのばして、おやッという間(ま)に、もう高い高い雲の中へ頭をつっこんでしまいました。そして、ひょい/\/\と五足六足(いつあしむあし)歩いたと思いますともう五、六里向うへとんでいました。それからまたひょい/\/\と、またたく間(ま)に目の前へかえって来ました。王子は、「いや、これは便利な男がいたものだ。」と、すっかりかんしんして、「これから私のお供になってくれないか。」と言いました。「へいへい、それはねがってもない幸(さいわい)でございます。」と、棒は大喜びで、すぐに家来になりました。王子は二人をつれて、またどんどんいきました。そして間もなく、ある大きな森の中へ来ました。 するとそこに、だれだか一人の男がいて、ぐるりの大きな木を片ッぱしからひきぬいては、どんどんつみ上げていました。 王子は、「もしもし、それをつみ上げてどうするのです。」と聞きました。 するとその男は、「なァに、ただ目から火をふいて、この丸太を一どきにもやすんです。」と言いながら、じっと目をすえて、その山のようにつみかさねた木をにらみつけました。すると、両方の目の中から、しゅうしゅうと、長い焔(ほのお)がふき出て、それだけの丸太をまたたく間に灰にしてしまいました。「ほほう、これはすばらしい。どうです。私のお供になりませんか。」と王子は言いました。「はいはい、どうぞおねがいいたします。」と、その男も家来になりました。この男は火(ひ)の目(め)小僧(こぞう)という名まえでした。
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