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心の鬼(こころのおに)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/9/11 9:29:27 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 | ||||||||
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上 これお糸や。
といひながら臭き煙草を一ぷく これお糸ゆふべもいうた通り、今日はこれから大阪まで行つてこねばならぬ。いつもいふ事ぢやが、留守中は殊に気をつけて、仮りにも男と名の付くものには逢ふ事はならぬぞよ。たとへ家に召遣ふものでも男にはお前が
ナ何叔父さんはどうしやうといふのか、知れたこツちや。叔父さんでも同じこツちや。 ウム……いつぞや叔父さんが怒つた事がある……フフン何構ふもんかい、たとへ甥の嫁でも留守に逢はうといふのが、向うが間違いぢや。それで気に入らねばここの家へ来ぬがええわ、あたあほうらしい、亭主の留守に人の女房に相手になつて、何が面白い事があろぞい、誰でもその身で知れたものぢや、てんでに我が女房は気にしてる ちよつと妻の顔色を窺ひしかど、何の返事もなければ不満らしく、また煙草一二ふく燻らして、ポンと叩く灰吹の音にきじめを利かし。 何でもかんでも搆はせんわ、一切断るといふ事を忘れまいぞー誰はええ、彼はええといふ事になると、ついものがややこしなつて来てうちの規則が破れるさかい。何のお前人の女房といふものは、亭主の気にさへ入ればそれでよいのじや。よその人の気に入ると、えて間違ひが出来るさかいな。
少し声を潜めて、 トいふも実はわしのお父さんがそれでしくじつてはるのや。
ウ何ぢや、親類の人だけは受けが悪なると困る。ハ……分らぬ事をいふ奴ちや。わしとこの親類に誰ぞ、ヘイ上げまようというて、金を持て来るものがあるかい――、あらしよまいがな。それ見イな、何が困る事があろぞひ。まだしも無心をいはぬだけが取得と思つてる位の先ばかりじやないか、それを何心配する事があろぞひ。そんな奴でもちよつと来て見イな、茶の一杯も振舞はんならんし、畳も自然損じるといふもんぢや。そこへ気がつかぬとは、さてさて世帯気のないこツちや。いつもお前の心配は、とかく方角が違うて困る…… 「なるほど分りました。」 分つたか、分つたらそれでよい。それからまた飯時のこツちやがな、お前はいつも、わしがいひ付けといても、わしの留守には出て見てくれぬさかいいかん。これから行くと、なんぼ急いでも帰りは夕方になるやろさかい、昼飯はわしの留守に喰う事になる。さうすると皆ンなが、ここを先途と喰ふさかい、いつもいふ通りその時だけは台所へ出て、火鉢の傍で見張つててくれ。それも男の方はなるべくその顔を見ぬやうにして、手を見てゐればよい。それでも勘定は分るさかい、女子の方は構はせん、充分顔を見ててやれ。さうするとあんなもんでもちつとは遠慮して、四杯のとこは三杯で済ますといふもんぢや。男の方はしよことがない、手だけで勘忍してやるのやけどなハ…… 高く笑ひてまた小声になり、 さうするとまア一人前に一杯づつは違てくるといふもんじや。一杯づつ違ふとして見ると、コーツとなんぼになる知らん。
首をひねりてちよつと考へ、 まア男が十人で女が三人そこへ丁稚の長吉やがな……
いひかけてまた考へ、ポンと膝を叩きて、 ええわ、子供の割にはよう喰ひよるさかい、こいつも一人前に見といてやろ、さうするとコーツとなあ。……
次第に左の手の指を折りたるを、妻の面前にさし出して、それと七分三分にその顔を眺め、 そやろがな、これで十四人じや、そうするとどれだけになる知らん。
得意らしくうつむきて勘定にかかり、たちまちに胸算は出来たりと見えて、しきりに自ら感歎し、 えらいものなア。ちよつとこれで一遍に四合六勺あまりは違ふさかいな。
振り向きて まあそれざつと三杯を一合と見いな、もつとも家の茶碗は小さうしてあるけど、みんながてんこ盛りに盛りよるさかいな、そこで、
とまた算盤を取り上げて、今度は手に持ちたるまま妻の顔を見て、 先づここへ三と置くやろ、さうしてこちらへ十四とおいてと、エエ十四を三で除るとすると、――な、それな三一三十の一三進が一十、ソレ三二六十の二、三二六十の二でそれな……
ちよつと頭を掻きて、 除り切れんさかい都合が悪いけど、これでざつと四合六勺なんぼといふものやろ、
どうじやといはぬばかり手柄顔に、また妻の顔を見て、 それな、そこでコーツと一石を十二円の米として、
とまたぱちぱち算盤と相談、 五銭六厘は違はうといふもんじや。ゑらいもんなあ。今は割木がたこなつてるさかい、これで一束は買へまいけれど、まア一度分の
今は自分の得意のみにては飽き足らずや、妻よりも感歎の声を上げさせむと、しきりにその同意を促したれど、これはまたいかなる事ぞ、鬼の女房に鬼神のなり損ねてや。この女房京女には似ず、先刻来の事にはいつさい無頓着にて アハ……これはまたちと御機嫌を損ねたかな。
これには妻も何とかいうてくれさうなものと、しばしためらひゐたりしが、なほもかなたは無言なれば、また重ねかけて、 何じやまた怒つたのか、何にもそないな怖い顔せいでもえいがな、お前はとかく私が勘定の話すると気に入らぬけれど、わしばかりの世帯ぢやないがな。この身代がようなれば、やはりお前もええといふもんぢや。――が今のはほんの物の道理をいうて見たのや、何もこれで雑用が減つたか減らぬか、それを月末に勘定してみやうといふではなし、ほんの話をして見ただけの事やさかい、万事その心得で居てさへ貰へばええといふこツちや。
自ら詫びるやうな調子になりて、 わしも今出て行こうといふ矢先じや。お前の怒つた顔を見て行くのも、あんまりどつとせんさかい、ちと笑ろて見せいな。
同時に算盤は、無情にも コーツとなア、その代はり土産は何を買うて来か知らん、二ツ井戸のおこしはお前が好きやけど、○万の蒲鉾はわしも喰べたいさかいな。
さも大事件らしくしばし考へ込みしが、庄太郎はポンと手を叩きて、 いいわ、負けといてやろ、おこしにして来るさかいな。ひよつと夕飯までに帰らなんだら、少し
いかなる場合にも、勘定を忘れぬ男なりけり。お糸もかう機嫌を取られてみれば、さすが我が亭主だけに、厭はしき人ながらも気の毒になりて、やうやく重き唇を開き、 宜しうござります、何んにも御心配おしやすな、あんたに御心配かけるやうな事はしまへんさかい、安心してゆつくりと行ておいでやす。
大張込みにいひたるつもりなれど、そのゆつくりといひしが気にかかりて、庄太郎はむツとした顔付、 何じやゆつくりと行て来いといふのか。
俄然軟風の天気変はりて、今にも霹靂一声頭上に落ちかからむ気色にて、庄太郎は猜疑の眼輝かせしかど、例の事とて、お糸は早くも推しけむ、につこりと笑ひを作りて、 いいえ、なアゆつくりというたのはそりやあなたのお心の事、おからだはどこまでもお早う帰つて貰ひまへんと、私も心配どすさかい。
庄太郎はとみに破顔一番せむとしたりしにぞ、白き歯を見せてはならぬところと、わざと渋面、 さうなうてはかなはぬ筈ぢや、亭主の留守を喜ぶやうな女房では、末始終が案じられる。それはマアそれでよいが、また何にもいふ事はなかつたかしらん。
考へ果てしなき折しも、店の方にて丁稚の長吉、待ちあぐみての大欠伸、 旦那はまアいつ大阪へ行かはるのやろ、人を早う早うと起こしといて、今時分までかかてはるのやがな、おつつけ豆腐屋の来る時分やのに。
庄太郎聞き付けてくわつと怒りを移し、 これ長吉ちよつと来い。
我が前へ坐らせて、 お前は今何をいうてたのぢや。いつ行こと行こまいと、こちの勝手じや、お前の構ひにはならぬこツちや。そんな事いうてる手間で隣家へ行て、もう何時でござりますると聞いて来い。ついでに大阪へ行く汽車はいつ出ますと、それも忘れまいぞ。
叱り飛ばして出しやり、もと柱時計の掛けありし鴨居の方を見て独言のやうに、 ああやはり時計がないと不自由ななア、要らぬものは売つて金にしとく方が、利がついてよいと思うて、何やかや売つた時に一所に売つてしまうたが、こんな時にはやつぱり不自由なわい。でも隣家は内よりもしんしよが悪い僻に、生意気に時計を掛けてよるさかい、聞きにさへやれば、内に在るのも同じこツちや。あほな奴なア、七八円の金を寐さしといて、人の役に立ててよる。
これにも女房無言なれば、また不機嫌なりしところへ、長吉帰り来りて、九時三十分といふ報告に、さうさうはゆつくりと構へて居られず、 ええか、今いうただけの事は覚えてるな。
念の上にも念を推してやうやくに立上り、辻車の安価なるがある処までと長吉を伴につれ、持たせたるささやかなる風呂敷包の中には、 ヘイ番頭さんただ今、
いひ訳ばかり頭を下げぬ。名は番頭なれどこれも白鼠とまではゆかぬ新参、長吉の顔見てニヤリと笑ひ、 おだてかかれば、上を見習ふ若い者二三人、中にも気軽の三太郎といふが、 これ長吉ツどん、うつかり番頭さんに口を辷らすまいぞ。極内でわしに聞かしとくれ。おほかた旦那はこういうてはつたやろ。店の者の中でも、この三太郎は一番色白でええ男やさかい、あれにはキツト気をつけいとナそれ。
アハ……と笑い転げる長吉をまた一人が捉へて、 なんのそんな事があろぞい。三太郎はあんな男やさかい気遣ひはない、向ふが惚れてもお糸が惚れぬ。それよりはこの惣七。あれがどうも案じられると、いははつたやろ。
いふ尾についてまた一人が、 三太郎ツどんも惣七どんも、その御面相で
銘々少し思ふふしありと見えて、冗談半分真顔半分で問ひかかるをかしさを、長吉は へいへいただ今申します、旦那のいははりましたのには、店の奴等は三太郎といひ、惣七十蔵、その他のものに至るまで……
といひかければ、早銘々得意になりて、我こそその心配の焦点ならめと、一刻も早くその後を聞きたげなり。長吉は逃支度しながら声色めかして、 いづれを見ても山家育ち、身代はりに立つ面はない、長吉心配するに及ばぬといわはりました。
といひ捨てて、己れ大人を馬鹿にしたなと、三人が立ちかかりし時は長吉の影は、はや裏口の戸に隠れたり。跡にはどつと大笑ひ、中にも番頭の声として、 やはりお糸さんが
同士討ちの声がやがやと ヘイお母アさんただ今。
おとなしく手をつかゆるを、お糸は見て淋しげなる笑ひを漏らし、 おおえらい早かつたなア、もうお昼上りかへ。
ヘイお昼どす。 そんなら松にさういうて、早うお飯喰べさせてお貰ひ、お母アさんも今行くさかい。 お駒はものいひたげに、もぢもぢとしてやがて、 あのお母アさん、焼餅たらいふものおくれやはんか。
エ、焼餅、焼餅といふものではないえ、 いいえ私は知つてます、お焼きがあると皆ンながいわはりました。 誰れがへ。 学校で隣のお竹さんや、向ひのお梅さんが、あんたとこにはお父ツさんが、毎日焼いてはるさかい、たんと焼餅があるやろ、いんだらお母アはんにお貰ひて。 ええそんな事をかへ。 お糸は口惜しく情なく、さては夫の
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